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第八章:王城決戦編
第九十八話:『生きてきた道』
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静かな地下空間に、俺は独り残された。仲間たちが去った後、俺はただ地面に寝転がっていた。
「……」
何も感じない。いや、何も感じたくなかった。感情の全てをどこか遠くに置き去りにして、空っぽの抜け殻になった気分だった。
見上げても見えるのは、ひび割れた石壁だけ。冷たく、無機質なその天井を見つめながら、俺はぽつりと呟いた。
「どうして……こうなったのかな」
前世の記憶が、鮮やかに蘇る。
◆
「遠山、この間の件よろしく」
「はい、分かりました」
俺は二十歳の頃に大手金融会社に勤め始めた。遠山、それが前世の俺の名前だ。
働いて十年も経てば、そこそこ上の立場になり、後輩もできる。
「先輩、この方。まだ待って欲しいって……」
「そうか……んじゃ行くか」
令和の時代に、取り立てに行くなんて、おかしな話かもしれない。入社した時は何も疑わなかった。誰もが知る大企業だからだ。だが、何年かした頃に俺の会社はブラックだと確信した。
それは、取り立てという名の、債務者への脅迫だった。
……
…………
「……あのー、四井銀行の者です」
インターホンを鳴らすも、中から返事はない。居留守だ。扉の向こうに人の気配があるのは分かっている。
「……先輩、どうしますか?」
「…………お前、最近入ったんだよな」
「はい!入社して今日で一週間になります!」
「……そうか。なら、この先起こる事は、どこにも言うなよ」
俺の声は、自然と低くなった。
「え?何を──」
「俺も初めはビビったけど──」
俺は、鞄からピッキングツールを取り出し、慣れた手つきで鍵穴に差し込んだ。
「……よし、空いた」
カチリ、という軽い音とともに、鍵が開く。
「先輩……マジですかこれ……」
新人は、恐怖と驚愕に体を震わせた。
「まぁな。お前、大手だからって油断したろ?俺も初めはそうだった。大手の会社だからこれが普通なんだと、自分に言い聞かせていた」
「あ、はい……」
「けどな、これが現実なんだよ」
俺は扉を開けた。
中にいたのは、三十代ほどの疲れた顔をした女だった。
「ちょ、ちょっと!?嘘でしょ!?なんで!?鍵して──」
「田中優里奈さんですね?」
「ちがっ──」
「いえ、合っています。こちらで全て情報は把握してますので」
俺は、事務的にそう告げた。その言葉に、女の顔から血の気が引いていく。
「こ、こんなのおかしいわ!警察!警察呼ぶわよ!」
「ええ、構いませんよ。でも、あなたが初めに借りた金は闇のものですよね」
「先輩……それって闇金ってやつですか」
新人が、小声で尋ねてくる。
「ああ。この人は、クスリをやってる。それを買うために闇金を利用した。でも、返せなかった。そして、ウチを利用した。つまり、警察に電話すれば、捕まるのはこの人だ」
「なんでウチの会社はそんな所まで知ってるんですか……」
「色んな金融機関と繋がってんだよ。ちなみに言うと、その闇金もウチの子会社だ」
「ええええええっ!?」
新人の驚きの声が、静かな室内に響く。
「言うなよ……?言ったらどうなるか知らんぞ」
俺の言葉に、新人は完全に怯えきっていた。
「ももももちろんです!!墓場まで口閉ざしてます!」
こうして俺は、時折ではあるが、取り立てに行く。そして、その度に、新人を連れていくようにしていた。
「いくら返せば……いいの?今、返せるお金が無いの!だからお願い!もう少しだけ待って!」
女は、泣きながら俺に懇願する。
「もう随分待ちましたよ。調べたらあなた、未成年の頃からクスリしてますね」
俺は持ってきた紙をペラペラと捲る。そこには、女の情報が全て書かれていた。
「十五の時に始め、現在も。ウチはもう十年以上も待ってるんです。その間、一円も返済が無いとなるとこうなるでしょう」
「そ、そんな……でもお金が……」
「仕事して下さい。ウチは仕事の斡旋もしてます。その代わり、仕事を選べるなんて考え持たないで下さいね」
「……そんな」
女の顔が、絶望に歪む。
「では、こちらに紹介状置いておきますので、期限内に行ってください。服装は自由ですので、今からでも大丈夫です。では失礼しました」
俺たちは、女の家を後にした。
人気のない公園にやってきた。ベンチに腰掛け、一服する。
「先輩、いつもこんな事してるんですか」
「いつもじゃないけどな。偶に……そうだな、週二くらいだな」
「いやいや、それ偶じゃないでしょう!?」
新人は、俺の言葉に思わずツッコミを入れた。
「お前もいずれやる事になるぞ」
その言葉に、新人は体を震わせた。
「……お前、金借りたりとかしてないか?」
「え、はい。自分の家系はそういうの厳しくて……」
「そうか……」
俺はタバコを深く吸い込み、新人に告げた。
「お前、ウチ辞めとけ」
「え……」
「今の見て、続けたいと思ったか?」
「……えっと」
新人は、言葉を濁した。
「迷うくらいなら辞めろ」
「先輩は辞めないんですか?やめたいと思った事は……」
「……辞められないんだよ」
俺は、目を伏せた。
「え?何でですか?」
「二十歳の頃に借金をした。友人に金を貸してくれって言われてな」
「それっていくらなんですか……?」
「二百万」
「え……何でそんな……」
新人は驚きを隠せないでいた。
「そりゃ困ってたからに決まってんだろ。でも、その金は結局返ってこなかったけどな。それからは何も知らなかった俺は、ある金融会社に金を借りたんだ。その頃はこんなにも簡単に金って借りられるんだと感じたもんだ」
「……それって」
「ウチの会社だ」
「──っ!」
新人の顔が、驚きと恐怖で固まる。
「怖いだろ?ある日、知らない男が家に訪ねてきてな。それで、今の会社で働く事になった」
「さっきの方みたいですね……」
「ま、そうだな。ちなみにその時取り立てに来たのがウチの社長だ」
「社長直々ですか!?」
「驚いたろ?あんな優しそうな顔して、中身は超ブラックなんだぜ?……ま、ウチは外もブラックだけどな」
俺は、自嘲気味に笑った。
「いや、全然笑えないんですけど……」
「まぁそういうことだ。俺はまだ借金があるから辞められない。けど、お前はまだ辞められる」
「先輩まさか、入ってくる新人にいつもこんな事言ってるんですか?」
「……まぁな。だって……可哀想だろ。俺は自業自得だからいい。でも、憧れて入社した大手会社がブラックなんてよ、俺なら嫌だ。それも、裏ではこんな事もしてる。だから俺は取り立ての時、入社した新人をいつも連れていくようにしてる。まぁ、お陰で社長に『お前が新人を連れていくと何故か新人が辞めていく』って言われてんだけどな!アハハハハッ」
「いや、マジで笑えないです」
「……だから俺が言いたい事は一つだけだ。”生きる道は他にもある”」
「……ありがとうございます、先輩。俺辞めます……先輩もいつか辞められるといいですね、この仕事。先輩みたいな優しい人には、この仕事似合ってないですから!」
「言うじゃないか……まぁそうだな、他に生きる道があれば、そうするよ」
その翌日、新人は退職した。
◆
「……何が『生きる道は他にある』、だよ」
俺は、冷たい床に寝転がったまま、自嘲気味に呟いた。
「生まれ直した命を手にして、自由に生きられる道を掴んだじゃねぇか。……それなのに、何してんだろうな、俺は……」
俺は優しい人間なんかじゃない。やっていた事は優しさとはかけ離れた仕事だ。
そして今、異世界でも、俺はまた同じ過ちを繰り返している。
「俺は、何一つ変わってない……」
独りきりの地下空間に、俺の虚ろな声だけが響き渡った。
「……」
何も感じない。いや、何も感じたくなかった。感情の全てをどこか遠くに置き去りにして、空っぽの抜け殻になった気分だった。
見上げても見えるのは、ひび割れた石壁だけ。冷たく、無機質なその天井を見つめながら、俺はぽつりと呟いた。
「どうして……こうなったのかな」
前世の記憶が、鮮やかに蘇る。
◆
「遠山、この間の件よろしく」
「はい、分かりました」
俺は二十歳の頃に大手金融会社に勤め始めた。遠山、それが前世の俺の名前だ。
働いて十年も経てば、そこそこ上の立場になり、後輩もできる。
「先輩、この方。まだ待って欲しいって……」
「そうか……んじゃ行くか」
令和の時代に、取り立てに行くなんて、おかしな話かもしれない。入社した時は何も疑わなかった。誰もが知る大企業だからだ。だが、何年かした頃に俺の会社はブラックだと確信した。
それは、取り立てという名の、債務者への脅迫だった。
……
…………
「……あのー、四井銀行の者です」
インターホンを鳴らすも、中から返事はない。居留守だ。扉の向こうに人の気配があるのは分かっている。
「……先輩、どうしますか?」
「…………お前、最近入ったんだよな」
「はい!入社して今日で一週間になります!」
「……そうか。なら、この先起こる事は、どこにも言うなよ」
俺の声は、自然と低くなった。
「え?何を──」
「俺も初めはビビったけど──」
俺は、鞄からピッキングツールを取り出し、慣れた手つきで鍵穴に差し込んだ。
「……よし、空いた」
カチリ、という軽い音とともに、鍵が開く。
「先輩……マジですかこれ……」
新人は、恐怖と驚愕に体を震わせた。
「まぁな。お前、大手だからって油断したろ?俺も初めはそうだった。大手の会社だからこれが普通なんだと、自分に言い聞かせていた」
「あ、はい……」
「けどな、これが現実なんだよ」
俺は扉を開けた。
中にいたのは、三十代ほどの疲れた顔をした女だった。
「ちょ、ちょっと!?嘘でしょ!?なんで!?鍵して──」
「田中優里奈さんですね?」
「ちがっ──」
「いえ、合っています。こちらで全て情報は把握してますので」
俺は、事務的にそう告げた。その言葉に、女の顔から血の気が引いていく。
「こ、こんなのおかしいわ!警察!警察呼ぶわよ!」
「ええ、構いませんよ。でも、あなたが初めに借りた金は闇のものですよね」
「先輩……それって闇金ってやつですか」
新人が、小声で尋ねてくる。
「ああ。この人は、クスリをやってる。それを買うために闇金を利用した。でも、返せなかった。そして、ウチを利用した。つまり、警察に電話すれば、捕まるのはこの人だ」
「なんでウチの会社はそんな所まで知ってるんですか……」
「色んな金融機関と繋がってんだよ。ちなみに言うと、その闇金もウチの子会社だ」
「ええええええっ!?」
新人の驚きの声が、静かな室内に響く。
「言うなよ……?言ったらどうなるか知らんぞ」
俺の言葉に、新人は完全に怯えきっていた。
「ももももちろんです!!墓場まで口閉ざしてます!」
こうして俺は、時折ではあるが、取り立てに行く。そして、その度に、新人を連れていくようにしていた。
「いくら返せば……いいの?今、返せるお金が無いの!だからお願い!もう少しだけ待って!」
女は、泣きながら俺に懇願する。
「もう随分待ちましたよ。調べたらあなた、未成年の頃からクスリしてますね」
俺は持ってきた紙をペラペラと捲る。そこには、女の情報が全て書かれていた。
「十五の時に始め、現在も。ウチはもう十年以上も待ってるんです。その間、一円も返済が無いとなるとこうなるでしょう」
「そ、そんな……でもお金が……」
「仕事して下さい。ウチは仕事の斡旋もしてます。その代わり、仕事を選べるなんて考え持たないで下さいね」
「……そんな」
女の顔が、絶望に歪む。
「では、こちらに紹介状置いておきますので、期限内に行ってください。服装は自由ですので、今からでも大丈夫です。では失礼しました」
俺たちは、女の家を後にした。
人気のない公園にやってきた。ベンチに腰掛け、一服する。
「先輩、いつもこんな事してるんですか」
「いつもじゃないけどな。偶に……そうだな、週二くらいだな」
「いやいや、それ偶じゃないでしょう!?」
新人は、俺の言葉に思わずツッコミを入れた。
「お前もいずれやる事になるぞ」
その言葉に、新人は体を震わせた。
「……お前、金借りたりとかしてないか?」
「え、はい。自分の家系はそういうの厳しくて……」
「そうか……」
俺はタバコを深く吸い込み、新人に告げた。
「お前、ウチ辞めとけ」
「え……」
「今の見て、続けたいと思ったか?」
「……えっと」
新人は、言葉を濁した。
「迷うくらいなら辞めろ」
「先輩は辞めないんですか?やめたいと思った事は……」
「……辞められないんだよ」
俺は、目を伏せた。
「え?何でですか?」
「二十歳の頃に借金をした。友人に金を貸してくれって言われてな」
「それっていくらなんですか……?」
「二百万」
「え……何でそんな……」
新人は驚きを隠せないでいた。
「そりゃ困ってたからに決まってんだろ。でも、その金は結局返ってこなかったけどな。それからは何も知らなかった俺は、ある金融会社に金を借りたんだ。その頃はこんなにも簡単に金って借りられるんだと感じたもんだ」
「……それって」
「ウチの会社だ」
「──っ!」
新人の顔が、驚きと恐怖で固まる。
「怖いだろ?ある日、知らない男が家に訪ねてきてな。それで、今の会社で働く事になった」
「さっきの方みたいですね……」
「ま、そうだな。ちなみにその時取り立てに来たのがウチの社長だ」
「社長直々ですか!?」
「驚いたろ?あんな優しそうな顔して、中身は超ブラックなんだぜ?……ま、ウチは外もブラックだけどな」
俺は、自嘲気味に笑った。
「いや、全然笑えないんですけど……」
「まぁそういうことだ。俺はまだ借金があるから辞められない。けど、お前はまだ辞められる」
「先輩まさか、入ってくる新人にいつもこんな事言ってるんですか?」
「……まぁな。だって……可哀想だろ。俺は自業自得だからいい。でも、憧れて入社した大手会社がブラックなんてよ、俺なら嫌だ。それも、裏ではこんな事もしてる。だから俺は取り立ての時、入社した新人をいつも連れていくようにしてる。まぁ、お陰で社長に『お前が新人を連れていくと何故か新人が辞めていく』って言われてんだけどな!アハハハハッ」
「いや、マジで笑えないです」
「……だから俺が言いたい事は一つだけだ。”生きる道は他にもある”」
「……ありがとうございます、先輩。俺辞めます……先輩もいつか辞められるといいですね、この仕事。先輩みたいな優しい人には、この仕事似合ってないですから!」
「言うじゃないか……まぁそうだな、他に生きる道があれば、そうするよ」
その翌日、新人は退職した。
◆
「……何が『生きる道は他にある』、だよ」
俺は、冷たい床に寝転がったまま、自嘲気味に呟いた。
「生まれ直した命を手にして、自由に生きられる道を掴んだじゃねぇか。……それなのに、何してんだろうな、俺は……」
俺は優しい人間なんかじゃない。やっていた事は優しさとはかけ離れた仕事だ。
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