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第九章:王城決戦編 【第三幕】
第百二十七話:魔神の盤上、再々戦
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未来予知は……反則だろ。
俺たちがやって来る未来も見えているってことだ。チートもいいとこだ。
そんな俺の考えを読んだのか、ダーウィンは楽しげな声で言った。
『ラプラスの未来予知は魔神には通用しないよ』
「つまり、魔神同士の未来は見えないってことか」
『ううん、僕だけじゃない。僕の使徒である君もそうだよ』
「……ん?だが、ラプラスはやって来たぞ」
姿を見る間もなく。
『それは君を予知したのではなく、ラプラスの使徒であるナナシを予知したんだろうね』
「……どういうことだ?」
『つまりだよ、アルスくん。ラプラスは自分の使徒が何者かにやられる未来を予知した。だから来た、そんな所かな』
俺がナナシに勝っていた?
そんな未来──俺には想像すらできなかった。
それでも、目の前の少女に問いかける。
「……で?ラプラスが未来予知なら、お前は何ができる?」
少女は頬をふくらませ、小さく肩をすくめて笑った。
『もう、アルス君ったら。女の子にそんなこと聞く? 本当に僕のことを知りたがりなんだから……』
そして、唇の端を上げて囁くように続けた。
『そんなに気になるなら──次は唇で教えてあげようか?』
ダーウィンはくるくると回り、舞台役者のように大げさな仕草で俺をからかう。
殴りたくなるはずなのに、不思議と拳が上がらない。
その胡散臭い輝きに、苛立ちながらも目を逸らせなかった。
「……俺は、結構マジで聞いてるんだが」
少女は一瞬、楽しげに目を細める。
『ふふ、それなら僕もマジで答えようか』
声が低く沈み、次の一言に重みがのしかかる。
『──魔神が、“マジ”でね』
空気が凍りつく。
次の瞬間、背後から柔らかな感触が寄り添い、耳元に熱を帯びた吐息がかかった。
『ふふ……ねえアルス君。いずれはちゃんと教えてあげる。だって君には、その秘密を覗き込む資格があるんだから』
囁きと同時に、濡れた唇が耳のすぐ近くをかすめる。
甘やかなはずなのに、背筋を這い上がる冷たいものは消えない。
『──ただし、今じゃないけどね?』
俺は、ダーウィンの言葉に納得するしかなかった。
彼女は、俺が何を求めているのか、すべてお見通しなのだ。
「……分かった。なら最後に聞かせろ」
『なんだい?』
「俺が戻ったとき……セレナやエル、みんなにお前の姿が見えるんじゃないのか?」
『ふふ、心配無用さ。彼女たちに僕らの姿は映らないよ──声すらも、ね』
一拍置いて、悪戯めいた笑みが浮かぶ。
『僕ら魔神を認識できるのは、同じ魔神か……あるいは、その使徒だけさ』
「なら……ナナシは見えるのか」
ナナシはラプラスの使徒だ。ならダーウィンの姿が見えるのだろう。
『さあ、そろそろ行こうか!』
ダーウィンが指を鳴らす。
途端に、煌めいていた部屋が音もなく崩れ始めた。
まるで精巧なガラス細工が砕け散るように、無数の光の粒が降り注ぐ。
「お、おい!これはどういう──」
『僕も一緒に行くんだ。この部屋は、もう必要ない』
「だからって壊すことはないだろ!もっと方法が──」
『あはは、細かいこと気にしすぎ!ほんと可愛いんだから。ほら、こうして抱きしめ合えば──君、もう逃げられないよ?』
「うわあああああああ!」
返事を待つ間もなく、ダーウィンは俺を強く抱きしめた。
そのまま足元の床が消え、俺たちは光の渦へと真っ逆さまに落ちていく。
底の見えない恐怖に、思わず涙が滲む。
だが同時に、彼女の温もりが確かにそこにあった。俺はそれを強く感じながら、再び現実へと引き戻されていった。
******
ナナシは混乱していた。
大剣を下ろし、目の前に倒れるアルスを見る。
そこに、血も傷もない。
「……どういう事だ」
ナナシの声に、セレナが怒りに満ちた声を上げた。
「ナナシ様……!なんて卑怯な──」
「違うっ!俺じゃねぇ!……俺じゃねぇんだよ!」
ナナシは、怒りと困惑を入り混ぜた表情で、必死に周囲を見回す。誰かが直接手を下したような感覚があった。
「傷が……無い……?誰だ……誰が横槍を入れた!?俺と兄ちゃんの決闘を汚したのは──!」
その時、教会の入り口から、甲高い声が響いた。
誰もいなかった場所に、桃色の髪がふわりと揺れ、少女が姿を現す。
腰に手を当て、得意げに胸を張るその姿は、まるで精巧な人形のように可憐。
しかし、その瞳の奥には、ぞっとするほど濃い悪意が光っていた。
「妾じゃ!」
「……なんだ、お前」
ナナシは、警戒の色を滲ませながら少女を睨みつけた。
「妾はラプラス……貴様は、もう覚えておらぬか」
「ラプ……ラス……?聞いたことのねぇ名前だ……だが、なんだこの感覚……頭にこびりつくように響きやがる……」
ラプラスは、そんなナナシの反応を楽しむかのように、妖艶な笑みを浮かべた。
「なるほど……そいつが妾の使徒を討ったのか。まだ青い童ではないか。信じられぬな……ふふ、そうか……やはり貴様じゃな、ダーウィン」
その言葉に、ナナシの眉間に深い皺が刻まれる。
「……ダーウィン?」
目の前の少女も、彼女が口にしたその名も、すべてが理解の外にあった。
「誰だ、そいつは……!」
その時、ナナシの背後から、澄んだ声が響いた。
振り返った先に立っていたのは、まるで夜空を切り取ったかのような、美しくも異質な少女。
アルスが知るダーウィンの姿だった。
「──それは、僕のことだよ」
「な、なんなんだよ……なんなんだよお前ら!」
ナナシは、二人の少女に挟まれ、絶叫する。
目の前でアルスが死に、ラプラスなる存在が現れ、さらにダーウィンと名乗る者まで現れたのだ。
理解の及ばぬ出来事が、彼の理性を容赦なく削っていく。
「初めまして、僕はダーウィン。──見ての通り、可愛いさが取り柄の、魔法使いさ」
ダーウィンは、長い髪を揺らしながらくるりと回る。
その仕草は舞台役者のように大げさで、どこか胡散臭い。
「…………お前ら、まさか魔神……なのか」
ナナシの声が震える。
するとダーウィンは、花のように笑みを浮かべて言った。
「……おっと、その言葉を口にするのは、あまりオススメしないよ?」
「妾が教えたのじゃ。ただし、妾の事は……覚えておらんがのう」
ラプラスは、ニヤリと笑った。
「あー、そういう事だね。君らしいよ。他人の記憶を改ざんするなんて、あー酷い酷い」
「……さっきから何言ってんだ、お前ら」
二人の少女に挟まれたナナシは、完全に混乱していた。
しかしダーウィンは、その様子をまるで舞台の観客のように楽しみ、わざと甘やかすような声音で囁いた。
「ナナシくん。君は今から──ぼ・く・の・アルスくんと勝負して貰う……と言っても、最初からそのつもりだったよね」
その言葉に、ナナシの瞳に再び光が宿った。
「ああそうだ。兄ちゃんと勝負して俺が勝つ──その筈だったのに、邪魔しやがって!」
「なら再戦といこう。アルスくんはもう君の前に居る」
「何を言って──なっ!兄ちゃん、いつの間に!?」
俺は、死んだフリをしていた。
静かに息を潜め、ナナシと二人の魔神のやり取りを聞き届けていた。
俺はゆっくりと立ち上がり、ナナシの視線を正面から受け止める。
教会の床は冷たく、聖堂の静寂が二人の間の時間を引き伸ばすようだった。
「どうやら、俺はまだ死んでいなかったようだ」
試練の力……だろうか。
体が以前より軽い気がする。
「……まさか兄ちゃんも、不死身……なのか?」
ナナシは驚き、目を大きく見開く。僅かに震える呼吸の音が、静寂の中で響く。
「さぁ、どうだろうな。少なくとも、俺は命に限りある人間のつもりだ」
俺の瞳には冷静さと覚悟が宿り、背筋を通る緊張が周囲の空気を引き締める。
ナナシは、少し息を整え、唇の端に不敵な笑みを浮かべた。
「……ハッ!いいぜ。なら再々戦といこうじゃねぇか、兄ちゃん!」
拳を握りしめる手に、躍動する気迫が伝わってくる。
俺はその挑発に応えるように肩を揺らし、静かに構えた。
冷たい光が差し込むステンドグラスの影が二人の輪郭を際立たせ、まるで戦いの幕開けを告げるかのように揺れていた。
「待つのじゃ、妾の──」
ラプラスの言葉を、冷たく、そして鋭い声が遮る。
「おっと、きみの相手は僕だよラプラス……僕のアルスくんに手を出したんだ。その覚悟はできているよね」
ダーウィンの瞳に、星の光が宿ったかのように煌めく。
その瞬間、ラプラスの体が微かに震え、僅かに後ずさった。
「わ、妾はただ妾の使徒を助ける為に──」
「それ自体は構わないさ。でも、問題はそこじゃない。僕のアルスくんに手を出した。これが重要なんだよ」
教会内の空気が張り詰め、静寂が二人の言葉を吸い込む。
ステンドグラスから差し込む光が、床に鋭い影を落とし、二人の魔神の輪郭を浮かび上がらせた。
ラプラスとダーウィン、互いに睨み合い、火花が散るかのような緊張が走る。
その間、教会を満たす重苦しい空気の中、アルスとナナシ、そして二柱の魔神は、それぞれの思惑を胸に、互いを睨み据えた。
アルスは、目の前のナナシを真っ直ぐ見つめる。彼の目は、エルを守るという揺るぎない決意に満ちていた。ナナシの瞳にもまた、アルスという存在に挑む者としての熱い気迫で燃え盛っている。
彼らはもはや、言葉を必要としなかった。互いの剣にすべてを込める覚悟を、その眼差しだけで確かめ合った。
一方、ラプラスは、ダーウィンの言葉に動揺を隠せずにいた。
彼女の未来予知は、アルスという存在を予知することができなかったからだ。
そして何より、ダーウィンがアルスに向けた言葉に含まれる、深い執着と独占欲。
それは、彼女がアルスを「僕のもの」と呼ぶことの意味を、ラプラスに嫌というほど理解させた。
ダーウィンは、そんなラプラスの戸惑いを嘲笑うかのように、静かに微笑んでいる。
彼女にとって、この戦いはアルスと自分の為に過ぎない。他に理由はない。
しかし、その瞳の奥には、アルスという唯一無二の存在を誰にも渡さないという、魔神としての底なしの貪欲さが隠されていた。
そうして教会の空間は一瞬で凍りついたように静まり返る。
男二人、魔神二人。それぞれの思惑がぶつかり合い、それはまるで時の流れすら止まったかのようだった。
そして今、長く引き延ばされた緊張の糸が、一気に解き放たれる──。
俺たちがやって来る未来も見えているってことだ。チートもいいとこだ。
そんな俺の考えを読んだのか、ダーウィンは楽しげな声で言った。
『ラプラスの未来予知は魔神には通用しないよ』
「つまり、魔神同士の未来は見えないってことか」
『ううん、僕だけじゃない。僕の使徒である君もそうだよ』
「……ん?だが、ラプラスはやって来たぞ」
姿を見る間もなく。
『それは君を予知したのではなく、ラプラスの使徒であるナナシを予知したんだろうね』
「……どういうことだ?」
『つまりだよ、アルスくん。ラプラスは自分の使徒が何者かにやられる未来を予知した。だから来た、そんな所かな』
俺がナナシに勝っていた?
そんな未来──俺には想像すらできなかった。
それでも、目の前の少女に問いかける。
「……で?ラプラスが未来予知なら、お前は何ができる?」
少女は頬をふくらませ、小さく肩をすくめて笑った。
『もう、アルス君ったら。女の子にそんなこと聞く? 本当に僕のことを知りたがりなんだから……』
そして、唇の端を上げて囁くように続けた。
『そんなに気になるなら──次は唇で教えてあげようか?』
ダーウィンはくるくると回り、舞台役者のように大げさな仕草で俺をからかう。
殴りたくなるはずなのに、不思議と拳が上がらない。
その胡散臭い輝きに、苛立ちながらも目を逸らせなかった。
「……俺は、結構マジで聞いてるんだが」
少女は一瞬、楽しげに目を細める。
『ふふ、それなら僕もマジで答えようか』
声が低く沈み、次の一言に重みがのしかかる。
『──魔神が、“マジ”でね』
空気が凍りつく。
次の瞬間、背後から柔らかな感触が寄り添い、耳元に熱を帯びた吐息がかかった。
『ふふ……ねえアルス君。いずれはちゃんと教えてあげる。だって君には、その秘密を覗き込む資格があるんだから』
囁きと同時に、濡れた唇が耳のすぐ近くをかすめる。
甘やかなはずなのに、背筋を這い上がる冷たいものは消えない。
『──ただし、今じゃないけどね?』
俺は、ダーウィンの言葉に納得するしかなかった。
彼女は、俺が何を求めているのか、すべてお見通しなのだ。
「……分かった。なら最後に聞かせろ」
『なんだい?』
「俺が戻ったとき……セレナやエル、みんなにお前の姿が見えるんじゃないのか?」
『ふふ、心配無用さ。彼女たちに僕らの姿は映らないよ──声すらも、ね』
一拍置いて、悪戯めいた笑みが浮かぶ。
『僕ら魔神を認識できるのは、同じ魔神か……あるいは、その使徒だけさ』
「なら……ナナシは見えるのか」
ナナシはラプラスの使徒だ。ならダーウィンの姿が見えるのだろう。
『さあ、そろそろ行こうか!』
ダーウィンが指を鳴らす。
途端に、煌めいていた部屋が音もなく崩れ始めた。
まるで精巧なガラス細工が砕け散るように、無数の光の粒が降り注ぐ。
「お、おい!これはどういう──」
『僕も一緒に行くんだ。この部屋は、もう必要ない』
「だからって壊すことはないだろ!もっと方法が──」
『あはは、細かいこと気にしすぎ!ほんと可愛いんだから。ほら、こうして抱きしめ合えば──君、もう逃げられないよ?』
「うわあああああああ!」
返事を待つ間もなく、ダーウィンは俺を強く抱きしめた。
そのまま足元の床が消え、俺たちは光の渦へと真っ逆さまに落ちていく。
底の見えない恐怖に、思わず涙が滲む。
だが同時に、彼女の温もりが確かにそこにあった。俺はそれを強く感じながら、再び現実へと引き戻されていった。
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ナナシは混乱していた。
大剣を下ろし、目の前に倒れるアルスを見る。
そこに、血も傷もない。
「……どういう事だ」
ナナシの声に、セレナが怒りに満ちた声を上げた。
「ナナシ様……!なんて卑怯な──」
「違うっ!俺じゃねぇ!……俺じゃねぇんだよ!」
ナナシは、怒りと困惑を入り混ぜた表情で、必死に周囲を見回す。誰かが直接手を下したような感覚があった。
「傷が……無い……?誰だ……誰が横槍を入れた!?俺と兄ちゃんの決闘を汚したのは──!」
その時、教会の入り口から、甲高い声が響いた。
誰もいなかった場所に、桃色の髪がふわりと揺れ、少女が姿を現す。
腰に手を当て、得意げに胸を張るその姿は、まるで精巧な人形のように可憐。
しかし、その瞳の奥には、ぞっとするほど濃い悪意が光っていた。
「妾じゃ!」
「……なんだ、お前」
ナナシは、警戒の色を滲ませながら少女を睨みつけた。
「妾はラプラス……貴様は、もう覚えておらぬか」
「ラプ……ラス……?聞いたことのねぇ名前だ……だが、なんだこの感覚……頭にこびりつくように響きやがる……」
ラプラスは、そんなナナシの反応を楽しむかのように、妖艶な笑みを浮かべた。
「なるほど……そいつが妾の使徒を討ったのか。まだ青い童ではないか。信じられぬな……ふふ、そうか……やはり貴様じゃな、ダーウィン」
その言葉に、ナナシの眉間に深い皺が刻まれる。
「……ダーウィン?」
目の前の少女も、彼女が口にしたその名も、すべてが理解の外にあった。
「誰だ、そいつは……!」
その時、ナナシの背後から、澄んだ声が響いた。
振り返った先に立っていたのは、まるで夜空を切り取ったかのような、美しくも異質な少女。
アルスが知るダーウィンの姿だった。
「──それは、僕のことだよ」
「な、なんなんだよ……なんなんだよお前ら!」
ナナシは、二人の少女に挟まれ、絶叫する。
目の前でアルスが死に、ラプラスなる存在が現れ、さらにダーウィンと名乗る者まで現れたのだ。
理解の及ばぬ出来事が、彼の理性を容赦なく削っていく。
「初めまして、僕はダーウィン。──見ての通り、可愛いさが取り柄の、魔法使いさ」
ダーウィンは、長い髪を揺らしながらくるりと回る。
その仕草は舞台役者のように大げさで、どこか胡散臭い。
「…………お前ら、まさか魔神……なのか」
ナナシの声が震える。
するとダーウィンは、花のように笑みを浮かべて言った。
「……おっと、その言葉を口にするのは、あまりオススメしないよ?」
「妾が教えたのじゃ。ただし、妾の事は……覚えておらんがのう」
ラプラスは、ニヤリと笑った。
「あー、そういう事だね。君らしいよ。他人の記憶を改ざんするなんて、あー酷い酷い」
「……さっきから何言ってんだ、お前ら」
二人の少女に挟まれたナナシは、完全に混乱していた。
しかしダーウィンは、その様子をまるで舞台の観客のように楽しみ、わざと甘やかすような声音で囁いた。
「ナナシくん。君は今から──ぼ・く・の・アルスくんと勝負して貰う……と言っても、最初からそのつもりだったよね」
その言葉に、ナナシの瞳に再び光が宿った。
「ああそうだ。兄ちゃんと勝負して俺が勝つ──その筈だったのに、邪魔しやがって!」
「なら再戦といこう。アルスくんはもう君の前に居る」
「何を言って──なっ!兄ちゃん、いつの間に!?」
俺は、死んだフリをしていた。
静かに息を潜め、ナナシと二人の魔神のやり取りを聞き届けていた。
俺はゆっくりと立ち上がり、ナナシの視線を正面から受け止める。
教会の床は冷たく、聖堂の静寂が二人の間の時間を引き伸ばすようだった。
「どうやら、俺はまだ死んでいなかったようだ」
試練の力……だろうか。
体が以前より軽い気がする。
「……まさか兄ちゃんも、不死身……なのか?」
ナナシは驚き、目を大きく見開く。僅かに震える呼吸の音が、静寂の中で響く。
「さぁ、どうだろうな。少なくとも、俺は命に限りある人間のつもりだ」
俺の瞳には冷静さと覚悟が宿り、背筋を通る緊張が周囲の空気を引き締める。
ナナシは、少し息を整え、唇の端に不敵な笑みを浮かべた。
「……ハッ!いいぜ。なら再々戦といこうじゃねぇか、兄ちゃん!」
拳を握りしめる手に、躍動する気迫が伝わってくる。
俺はその挑発に応えるように肩を揺らし、静かに構えた。
冷たい光が差し込むステンドグラスの影が二人の輪郭を際立たせ、まるで戦いの幕開けを告げるかのように揺れていた。
「待つのじゃ、妾の──」
ラプラスの言葉を、冷たく、そして鋭い声が遮る。
「おっと、きみの相手は僕だよラプラス……僕のアルスくんに手を出したんだ。その覚悟はできているよね」
ダーウィンの瞳に、星の光が宿ったかのように煌めく。
その瞬間、ラプラスの体が微かに震え、僅かに後ずさった。
「わ、妾はただ妾の使徒を助ける為に──」
「それ自体は構わないさ。でも、問題はそこじゃない。僕のアルスくんに手を出した。これが重要なんだよ」
教会内の空気が張り詰め、静寂が二人の言葉を吸い込む。
ステンドグラスから差し込む光が、床に鋭い影を落とし、二人の魔神の輪郭を浮かび上がらせた。
ラプラスとダーウィン、互いに睨み合い、火花が散るかのような緊張が走る。
その間、教会を満たす重苦しい空気の中、アルスとナナシ、そして二柱の魔神は、それぞれの思惑を胸に、互いを睨み据えた。
アルスは、目の前のナナシを真っ直ぐ見つめる。彼の目は、エルを守るという揺るぎない決意に満ちていた。ナナシの瞳にもまた、アルスという存在に挑む者としての熱い気迫で燃え盛っている。
彼らはもはや、言葉を必要としなかった。互いの剣にすべてを込める覚悟を、その眼差しだけで確かめ合った。
一方、ラプラスは、ダーウィンの言葉に動揺を隠せずにいた。
彼女の未来予知は、アルスという存在を予知することができなかったからだ。
そして何より、ダーウィンがアルスに向けた言葉に含まれる、深い執着と独占欲。
それは、彼女がアルスを「僕のもの」と呼ぶことの意味を、ラプラスに嫌というほど理解させた。
ダーウィンは、そんなラプラスの戸惑いを嘲笑うかのように、静かに微笑んでいる。
彼女にとって、この戦いはアルスと自分の為に過ぎない。他に理由はない。
しかし、その瞳の奥には、アルスという唯一無二の存在を誰にも渡さないという、魔神としての底なしの貪欲さが隠されていた。
そうして教会の空間は一瞬で凍りついたように静まり返る。
男二人、魔神二人。それぞれの思惑がぶつかり合い、それはまるで時の流れすら止まったかのようだった。
そして今、長く引き延ばされた緊張の糸が、一気に解き放たれる──。
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追記:2025/09/20
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