転生したら、まさかの脇役モブでした ~能力値ゼロからの成り上がり、世界を覆すは俺の役目?~

水無月いい人(minazuki)

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第九章:王城決戦編 【第三幕】

第百三十五話 :偽善者アルス

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 気まずい……ついさっきだ。
 目の前にいる少女は俺を嫌な目つきで見続けていた。

「……なんだよ、その目」

 『ふふっ、ほらね?僕の力無しじゃリリアには勝てないよ?』

「……リリアは俺を偽善者と言いやがった」

『そう』

 さぞ当たり前かのようにダーウィンは俺の言葉に反応する。

「……俺はずっと頑張って来たんだ……それなのにアイツに俺の何が分かるってんだよ」

 無様にも愚痴をこぼしていた。

 それをダーウィンはうなずきながら聞いていた。

「死んだ事もある……つか、今も死んでる。力もゼロから……そんな俺の気持ちに何が分かるんだよ……」

 『それは君が一番よく理解しているんじゃないのかな』

「……俺が?お前も俺を偽善者だとでも言うつもりか?」

『偽善者って言うのはね、アルスくん。優しくしてあげる自分に酔ってるだけの人間のことさ。
 相手を救う?違う違う、本当は“救ってる自分”が大好きなだけ。
 でもね──そうやって酔っていられるなら、それもまた幸せなんじゃないかな?』

「……ワケわかんねぇ」

『そうだね、例えば──』

 ダーウィンは小さく笑うと、音もなく俺の背後に回り込み、首筋へと吐息を落とした。
 一瞬で距離を奪われ、心臓が跳ねる。

『人はよく“誰かのために”って言うけど……本当は、自分のためなんだ。助ける自分が愛しくてたまらないから、手を差し伸べる。ね、アルスくん……それって立派な偽善だろ?』

 囁きは甘く、耳元をかすめる唇がやけに近い。
 背筋を這い上がる寒気と同時に、抗えない熱が胸を焦がす。

『でもね──そんな偽善で救われる人がいるなら……僕はそれを、とても美しいと思うよ』

「救う……俺は誰かを救うという行為に酔っていた……のか」

『ふふ、でもそれは悪いことじゃないよ?実際に君に救われた者が居るのも事実さ。セレナも、エルも……そして他の誰かもね』

 ダーウィンはわざと間を置き、俺の顔を覗き込む。瞳に映る笑みは甘く、それでいてぞっとするほど底知れない。

『けれど──リリアはそれを嫌う。……ねえ、アルスくん。どうしてだと思う?』

 吐息が耳元に触れる。問いかけというより、答えを知っている者の悪戯めいた囁きだった。

「……」

『はぁ……ほんと、女心が分かってないねぇ、アルスくんは』
 
 小さくため息をつきながら、ダーウィンはわざと俺の視線の先に顔を近づけてくる。瞳に映る笑みは挑発的で、吐息は熱を帯びていた。

『君はいったい、何を救いたいんだい?女の子一人の涙?それとも──世界そのもの?』

 耳元に触れる囁きは、甘いのに残酷な問いだった。

「俺は……初めは生き残る為、だった」

『ふふ、そうだね』

「けど、この世界の残酷さを目の当たりにして……気付けば世界を守る、なんてことを考えていた時期もあった……」

『へぇ、アルスくんが“救世主気取り”だなんて、ちょっと可愛いじゃないか』

「でも……俺なんかには到底、不可能な話だった」

 ダーウィンは口元を緩め、頬杖をついて俺を覗き込む。
 その瞳は小悪魔的な悪戯心と、どこか甘い興味で満ちていた。

 『不可能ではないよ、アルスくん』

 不意に背後から腕が伸び、首元に絡みつく。細いはずなのに、逃げられないほど強い力だった。

『君はこの世界を救える。だって、僕が付いてるじゃないか。聖女でも、王女でもない──』

 耳元で囁きながら、唇が肌にかすかに触れる。
 甘いのに、どこか底知れない悪魔の吐息。

『君には、“僕”が居るんだから』

「お前が……?」

 『そうさ。……仕方ない。ここまで話したんだ。僕は悪魔じゃないからね。教えてあげるよ。リリアは魔王因子の適合者だ』

「魔王因子の適合者……?」

『そう、その存在に気付いたマルバスは──彼女を隔離した』

「……なぜ?」

『ふふ、理由は単純さ。マルバスは病を癒す力を持っているだろ? だからこそ、“時が経てば因子の力も弱まる”と考えたんだ』
 
 ダーウィンはわざと楽しげに肩をすくめる。

『それに、彼の身体は老い始めていた。器が欲しかったんだよ。だから彼女を封印した……時が経てば、抵抗も弱まり、いずれ“自分のもの”にできるってね』

 甘い笑みを浮かべながらも、その声音はぞっとするほど残酷だった。
 
 「何故しなかったんだ」

 俺は当然の疑問を投げかけた。

『ふふ……それがね、出来なかったんだよ』
 
 ダーウィンは唇の端を吊り上げ、愉快そうに俺を覗き込む。

『リリアの魔王因子は、時が経つほどに弱まるどころか……どんどん強くなっていった』
 
 囁く声は甘いのに、言葉は冷酷だ。

『今の彼女は──と呼んでも差し支えないくらいさ』

「魔王……か」

『さあ、アルスくん。ここまで聞いて──君は何を思った?』

「……え」

 ダーウィンは唇に笑みを浮かべ、わざと間を取って耳元に囁く。

『魔王を倒して、この世界を救いたいと思ったのかな?それとも……今居る彼女たち。聖女に、王女に──ああ、もうすぐ“女王様”になるんだったね』

 指先が俺の胸を軽く突き、挑発するように笑う。

『ま、どっちでもいいや。でも──君はどちらかを選ばなければいけないんだよ』

「俺は──」

『あ、ちなみにだけど──全てを救う、なんて選択肢は君にはないよ』

 肩越しに甘く囁くその声は、挑発的で、耳に残る。
 ダーウィンの唇がかすかに微笑み、目だけで俺をじっと見つめる。
 その瞬間、俺の胸の中で焦燥と戸惑いが渦巻いた。

「なんでだよ……」

『簡単さ、アルスくん。今や彼女──リリアは世界を滅ぼす魔王だ。放っておけば、ナナシと一緒に世界を壊すだろうね』

「それはナナシが説得して──」

『はは、君、本気でそう思ったのかい?』
 
 ダーウィンは肩越しに耳元で囁くように続ける。吐息が首筋をかすめ、ぞくりと背筋を走る。

『リリアのために生きてきたあの男が、彼女を説得できると? 僕はそうは思わない。……未来が見えるラプラスなら、きっとその答えも見えていたんだろうけどね』

「なら俺はどうすれば……」

『だから言っただろう? 二つに一つだ』
 
 背後から肩越しに近づく吐息が、耳元をかすめる。

『君はリリアを殺すか、生かすか──でも、どちらにしても今の君には、彼女を殺すことも、逃げることも出来ない』
 
 くすりと笑う声が甘く響き、背筋が凍る。

『さて、それを踏まえて──あえて聞こうかな。君の目の前にいるのは──だ~れだ?』

 肩をすり抜ける指先と、耳元に届く囁き。
 甘く、でもぞくりと背筋を走るその声には、悪戯じみた色気が混じっていた。

「そうだな……俺の前世では、こんな言葉がある──“第三の選択肢”というものが」

『あはっ! 面白いじゃないか、アルスくん』

 ダーウィンは肩越しに身を寄せ、耳元で甘く言葉を投げかける。
 
『具体的に何をするの?殺すも、生かすも難しい状況の今、君に出来ることを教えてよ』

 くすくすと笑う声は甘く、蕩けてしまいそうになる。
 挑発され、焦燥が胸を支配する──アルスはその視線から逃れられなかった。

「……リリアも世界も救う。もちろん、リリアを殺さない方法でな」

『だからそれを教えてよ!』
 彼女は満面の笑みで、待ち侘びるかのように身を乗り出す。

「ダーウィン……お前の身体が欲しい」

『…………それは告白かい?なら、良いムード用意しよう』
 
 彼女が指を鳴らすと瞬間──煌びやかな一室が目の前に広がった。

『どう? ここならムード満載──』

 甘く挑発する声に、俺は彼女を引き寄せた。
 彼女の体温が腕に伝わり、心臓が跳ねる。

『ちょっ……アルスくん!?』
 
 驚きと少しの照れが混ざった声に、俺は笑みを返す。

「俺は……お前が欲しい、ダーウィン」

『直球だね……でも、僕は嫌いじゃないよ』
 
 小さく笑いながら彼女は顔を赤くして、俺の腕にぎゅっとしがみついた。

「悪いな、お前の身体は俺が頂く」

 俺は彼女に口づけをした。ただの口付けじゃない──
 口の中に、あるものをそっと入れた。

『ンッ!?』

「……はぁ……それは“勇者の魂片”だ。口に含めるよう、小さくしておいた」
 
 俺の声は低く、冷たい自信に満ちていた。
 
「これでお前が俺を支配する時代は終わりだ。魔神? ざけんな。ゲーマー相手にゲームマスター気取りしてんじゃねぇ」

『ゲホッ、ゲホッ……ふ……ふふ……』
 
 むせる声の向こうで、彼女の瞳に少しだけ驚きと屈服の色が混じった。

「なんだ」

『ううん、なにも』
 
 ダーウィンは少し首を傾げて、満面の笑みを浮かべた。
 

『僕は嬉しいのさ。君と一つになれた──“魔神”と“人”が、こうして混ざり合うなんて……言うなれば、“魔人”ってところかな』

 その瞳は輝き、悪戯っぽく、そして甘く光っていた。

『これは……前代未聞の出来事だよ!』

 その声が耳に残る。
 鼓動が重なり合い、互いの境界はもう曖昧だった。
 俺は悟る──この瞬間から、俺はもうただのではなくなったのだと。
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