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第七章:勇者の故郷『エルムリア』
第七十二話:魔王の正体と男の賭け
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「……おい……いちゃん……」
男の声が聞こえる。遠い、霞がかった声だ。だが、もういい。もうこの世界は終わったんだ。
俺の手によって。
「おい!こらガキッ!」
男に頬を思い切り殴られた。鋭い痛みが、麻痺した俺の意識を無理やり引き戻す。
「うぅ……」
呻き声が漏れる。俺は顔を上げ、朦朧とした視界で男を見つめた。
「……ったく。なんて面してやがるんだ。いくぞ」
男は苛立たしげな表情でそう言うと、俺の肩を掴んで立ち上がらせた。その手は、冷たく、そして力強かった。
「…………どこに」
純粋な疑問。
「魔王退治に決まってんだろうが。このままじゃエルムリアの皆が危ねぇだろ」
「魔王……退治……?今、魔王を退治するって言ったのか?」
ふざけるな。まだ魔王と直面した訳でもないのに、この闇の魔力だけで精神がやられそうだ。俺のせいで復活した、最悪の災厄だ。
そんな相手に、勝てるわけがない。
「……勝てる訳ない」
俺はポツリと呟いた。全身から力が抜け、絶望が再び俺の心を支配しようとする。
しかし男はそんな俺を見て、嘲笑うように言った。
「そうかよ。なら黙って見てろ」
「……何をだよ」
俺がそう言うと、男は深く被っていたフードを外した。
月明かりが、その顔を照らす。男の容姿は、黒髪に黒目の三十半ばといった男だった。
その顔には、数々の修羅場をくぐり抜けてきた男特有の、鋭い眼光と深い皺が刻まれている。しかし、どこか達観したような、不思議な雰囲気も併せ持っていた。
「俺の戦いをだ」
その言葉は、静かだが、有無を言わせぬほどの重みがあった。
---
この闇の魔力の発生源の元にやって来ていた。
(……来てしまった……だがこの男……)
ハッキリ言って別格だった。
男が構えただけで、周囲の空気が一変する。闇の瘴気が、男の周りを避けるようにして渦巻いていた。
俺はその男の背後で守られている。
しかし──瘴気が濃すぎて、集中していないと今にも意識が持っていかれそうだ。
「……こいつが、原因……か……?」
今俺の前にいるのは、闇の瘴気に包まれた者が立っていた。その容姿はどこからどう見ても人間だった。
それも、俺と同じくらいの年頃に見える少年。
(どういうことだ……魔王が人間……?)
ゲームの知識が、またしても通用しない。魔王とは、巨大な角を生やし、禍々しい姿をした存在だとばかり思っていた。だが、目の前の存在は、普通の少年だ。
俺が疑問に思っていると、魔王らしき少年が口を開いた。その声は、まだ幼さが残る声だった。
「……我の復活を早めたのは貴様らか」
「ま、そうだな。意図的では無いがな」
男と魔王が対話している。魔王の言葉には威圧感がなく、どこか飄々とした雰囲気すら感じられる。
(これはどういう状況なんだ……?魔王だろ?なんでこいつ、こんなに普通なんだ……)
理解出来ないまま俺は男に付いてきていた。この状況から逃げ出したい、そう思いながらも、この奇妙な光景から目を離すことができない。
「……我を起こして何をするつもりだ」
どうやら魔王は記憶を失くしていたようだった。
「別に何もしない。復活が早まったのはこの兄ちゃんだ」
「──っ!?」
なんで俺の名を出すんだよコイツ!俺の絶望を、魔王にまで突きつけるつもりか!?
「……勇者は……そうか、もう居ないのだったか」
魔王は、俺の存在には目もくれず、何かを思い出すように呟いた。その言葉が、俺の中の勇者が見せた記憶を呼び覚ます。
「お前が……お前が勇者を殺したんだろうがっ!!」
俺は、我慢ならずに叫んだ。この世界に来てから、ずっと胸の奥に燻っていた怒りが、爆発した。
(しまった──殺される!)
そう思った瞬間、心臓が凍り付く。魔王の目が、ゆっくりと俺に向けられる。だが、そこに宿っていたのは、怒りでも殺意でもなかった。
「……そうなのか……悪いが我の記憶が曖昧のようだ。良ければ勇者について教えてくれぬか」
(……なんだコイツ、てっきり化け物でも出てくるかと思ったが、そうでもない……のか?本当に魔王……なのか?)
俺の常識と期待を、この魔王はまたもや、裏切ってくる。その戸惑いを、男は見逃さなかった。
男が俺に脳内に語りかけてきた。声は聞こえない。だが、頭の中に直接、その言葉が響いてくる。
『よく聞け兄ちゃん』
「なっ──」
俺は驚いて声を上げそうになったが、男の鋭い視線がそれを遮った。
『声を出すな。これは……テレパシー的なアレだ』
そんな事まで出来るのかお前。
こいつの常識は一体どこまで続くんだ。
『油断するな。相手は腐っても魔王だ。記憶が無いのなら丁度いい』
男の瞳の奥に、何か企んでいるような光が宿る。
どうする気だよお前。この絶望的な状況で、一体何ができるんだ。
『俺にいい考えがある。よく聞け』
男の言葉は、俺の頭の中に、静かに、そして明確に響いた。
……
…………
……………
男に言われた内容は要約すると、「お前は良い魔王だ」と言い聞かせ、味方につけるというものだった。
ハッキリ言ってバカバカしい。そんなものが通じる相手じゃないだろうに。魔王を騙すなんて、冗談でも笑えない。
そう思っていたのは俺だけだった。
「なあ、お前は自分が魔王だってこと、覚えてないんだろ?」
男は、魔王と向き合いながら、まるで世間話でもするかのように話しかけた。
「……正確には我には、なぜここにいるのかも、自分の名前すらも思い出せない」
少年魔王は、戸惑いながらも素直に答える。その様子は、本当に記憶を失っているようにしか見えなかった。
「ならよ、お前は『良い魔王』になりたくないか?」
男の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。隣で聞いている俺ですら、耳を疑うような言葉だった。
「良い……魔王?」
少年魔王は、戸惑ったように首を傾げる。その純粋な反応に、俺はさらに困惑した。
「ああ。良い魔王。この街を襲ってる奴らを見てみろ。こいつらは、お前が復活したせいで暴走し、皆を脅かしてる。つまり、こいつらを止められるのはお前だけだ」
男は、魔王が発する闇の瘴気の中で、堂々と話を続けた。男の言葉に嘘偽りはないように聞こえるが、その目的は明らかに、魔王を操るためだ。
「わ、我のせい……?」
少年魔王は、戸惑いの表情を浮かべ、周囲を見渡す。街の至るところから聞こえる悲鳴や、立ち上る炎。その惨状に、彼の顔に影が落ちた。
「そうだよ。お前が目覚めたせいで、この街は滅びかけてる。魔王の力ってのは、そういうもんなんだ。でもよ、お前は記憶がない。これからどう生きるか、それはお前次第ってワケだ」
男は、少年魔王の肩に手を置いた。それは、まるで父親が子供に諭すような、優しささえ感じさせる仕草だった。
「お前は、このまま街を滅ぼす、悪い魔王になるか?それとも、自分の力で街を救う、良い魔王になるか?」
(とんでもないハッタリだ……!こんなものが通じるわけが……)
俺は心の中で毒づく。だが、次の瞬間、俺の目の前で信じられないことが起きた。
少年魔王の瞳が、僅かに揺れる。そして、俺たちに向かって、深く頭を下げたのだ。
「……わかった。我のせいで皆が苦しんでいるのなら、我の力で、この騒ぎを鎮めよう。我は……良い魔王になろう」
その言葉に、俺は言葉を失った。
男は、その様子を見て、満足そうに頷く。
『見ての通りだ、兄ちゃん。これでこいつは、良い魔王になった。どうだ?いい案だったろ?』
男のテレパシーが俺の脳に直接響く。俺は、そのとんでもない計画と、それが成功してしまった事実に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……信じられない」
「信じなくてもいいさ。だが、これが現実だ。いくぞ」
男は、そう言うと少年魔王を連れて走り出した。その後ろを、俺は呆然としながらも、ついていく。
街のあちこちで、魔王の復活に呼応して暴れ回る魔物たちが、黒い瘴気を撒き散らしていた。だが、少年魔王がそこに現れると、その瘴気がまるで吸い込まれるように消えていく。
「我の力……」
少年魔王は、自分の力に驚いているようだった。その力は、俺が持つ魂片が共鳴しているのか分からないが、街を救うために使われているのは事実だった。
(嘘だろ……こんな……こんなことが……)
俺の頭はまだ混乱している。だが、それでも俺は、この男と少年魔王の行動から、目を離すことができなかった。
「なにがどうなってんだ……」
俺はただ見ているだけしか出来ずにいた。
男の声が聞こえる。遠い、霞がかった声だ。だが、もういい。もうこの世界は終わったんだ。
俺の手によって。
「おい!こらガキッ!」
男に頬を思い切り殴られた。鋭い痛みが、麻痺した俺の意識を無理やり引き戻す。
「うぅ……」
呻き声が漏れる。俺は顔を上げ、朦朧とした視界で男を見つめた。
「……ったく。なんて面してやがるんだ。いくぞ」
男は苛立たしげな表情でそう言うと、俺の肩を掴んで立ち上がらせた。その手は、冷たく、そして力強かった。
「…………どこに」
純粋な疑問。
「魔王退治に決まってんだろうが。このままじゃエルムリアの皆が危ねぇだろ」
「魔王……退治……?今、魔王を退治するって言ったのか?」
ふざけるな。まだ魔王と直面した訳でもないのに、この闇の魔力だけで精神がやられそうだ。俺のせいで復活した、最悪の災厄だ。
そんな相手に、勝てるわけがない。
「……勝てる訳ない」
俺はポツリと呟いた。全身から力が抜け、絶望が再び俺の心を支配しようとする。
しかし男はそんな俺を見て、嘲笑うように言った。
「そうかよ。なら黙って見てろ」
「……何をだよ」
俺がそう言うと、男は深く被っていたフードを外した。
月明かりが、その顔を照らす。男の容姿は、黒髪に黒目の三十半ばといった男だった。
その顔には、数々の修羅場をくぐり抜けてきた男特有の、鋭い眼光と深い皺が刻まれている。しかし、どこか達観したような、不思議な雰囲気も併せ持っていた。
「俺の戦いをだ」
その言葉は、静かだが、有無を言わせぬほどの重みがあった。
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この闇の魔力の発生源の元にやって来ていた。
(……来てしまった……だがこの男……)
ハッキリ言って別格だった。
男が構えただけで、周囲の空気が一変する。闇の瘴気が、男の周りを避けるようにして渦巻いていた。
俺はその男の背後で守られている。
しかし──瘴気が濃すぎて、集中していないと今にも意識が持っていかれそうだ。
「……こいつが、原因……か……?」
今俺の前にいるのは、闇の瘴気に包まれた者が立っていた。その容姿はどこからどう見ても人間だった。
それも、俺と同じくらいの年頃に見える少年。
(どういうことだ……魔王が人間……?)
ゲームの知識が、またしても通用しない。魔王とは、巨大な角を生やし、禍々しい姿をした存在だとばかり思っていた。だが、目の前の存在は、普通の少年だ。
俺が疑問に思っていると、魔王らしき少年が口を開いた。その声は、まだ幼さが残る声だった。
「……我の復活を早めたのは貴様らか」
「ま、そうだな。意図的では無いがな」
男と魔王が対話している。魔王の言葉には威圧感がなく、どこか飄々とした雰囲気すら感じられる。
(これはどういう状況なんだ……?魔王だろ?なんでこいつ、こんなに普通なんだ……)
理解出来ないまま俺は男に付いてきていた。この状況から逃げ出したい、そう思いながらも、この奇妙な光景から目を離すことができない。
「……我を起こして何をするつもりだ」
どうやら魔王は記憶を失くしていたようだった。
「別に何もしない。復活が早まったのはこの兄ちゃんだ」
「──っ!?」
なんで俺の名を出すんだよコイツ!俺の絶望を、魔王にまで突きつけるつもりか!?
「……勇者は……そうか、もう居ないのだったか」
魔王は、俺の存在には目もくれず、何かを思い出すように呟いた。その言葉が、俺の中の勇者が見せた記憶を呼び覚ます。
「お前が……お前が勇者を殺したんだろうがっ!!」
俺は、我慢ならずに叫んだ。この世界に来てから、ずっと胸の奥に燻っていた怒りが、爆発した。
(しまった──殺される!)
そう思った瞬間、心臓が凍り付く。魔王の目が、ゆっくりと俺に向けられる。だが、そこに宿っていたのは、怒りでも殺意でもなかった。
「……そうなのか……悪いが我の記憶が曖昧のようだ。良ければ勇者について教えてくれぬか」
(……なんだコイツ、てっきり化け物でも出てくるかと思ったが、そうでもない……のか?本当に魔王……なのか?)
俺の常識と期待を、この魔王はまたもや、裏切ってくる。その戸惑いを、男は見逃さなかった。
男が俺に脳内に語りかけてきた。声は聞こえない。だが、頭の中に直接、その言葉が響いてくる。
『よく聞け兄ちゃん』
「なっ──」
俺は驚いて声を上げそうになったが、男の鋭い視線がそれを遮った。
『声を出すな。これは……テレパシー的なアレだ』
そんな事まで出来るのかお前。
こいつの常識は一体どこまで続くんだ。
『油断するな。相手は腐っても魔王だ。記憶が無いのなら丁度いい』
男の瞳の奥に、何か企んでいるような光が宿る。
どうする気だよお前。この絶望的な状況で、一体何ができるんだ。
『俺にいい考えがある。よく聞け』
男の言葉は、俺の頭の中に、静かに、そして明確に響いた。
……
…………
……………
男に言われた内容は要約すると、「お前は良い魔王だ」と言い聞かせ、味方につけるというものだった。
ハッキリ言ってバカバカしい。そんなものが通じる相手じゃないだろうに。魔王を騙すなんて、冗談でも笑えない。
そう思っていたのは俺だけだった。
「なあ、お前は自分が魔王だってこと、覚えてないんだろ?」
男は、魔王と向き合いながら、まるで世間話でもするかのように話しかけた。
「……正確には我には、なぜここにいるのかも、自分の名前すらも思い出せない」
少年魔王は、戸惑いながらも素直に答える。その様子は、本当に記憶を失っているようにしか見えなかった。
「ならよ、お前は『良い魔王』になりたくないか?」
男の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。隣で聞いている俺ですら、耳を疑うような言葉だった。
「良い……魔王?」
少年魔王は、戸惑ったように首を傾げる。その純粋な反応に、俺はさらに困惑した。
「ああ。良い魔王。この街を襲ってる奴らを見てみろ。こいつらは、お前が復活したせいで暴走し、皆を脅かしてる。つまり、こいつらを止められるのはお前だけだ」
男は、魔王が発する闇の瘴気の中で、堂々と話を続けた。男の言葉に嘘偽りはないように聞こえるが、その目的は明らかに、魔王を操るためだ。
「わ、我のせい……?」
少年魔王は、戸惑いの表情を浮かべ、周囲を見渡す。街の至るところから聞こえる悲鳴や、立ち上る炎。その惨状に、彼の顔に影が落ちた。
「そうだよ。お前が目覚めたせいで、この街は滅びかけてる。魔王の力ってのは、そういうもんなんだ。でもよ、お前は記憶がない。これからどう生きるか、それはお前次第ってワケだ」
男は、少年魔王の肩に手を置いた。それは、まるで父親が子供に諭すような、優しささえ感じさせる仕草だった。
「お前は、このまま街を滅ぼす、悪い魔王になるか?それとも、自分の力で街を救う、良い魔王になるか?」
(とんでもないハッタリだ……!こんなものが通じるわけが……)
俺は心の中で毒づく。だが、次の瞬間、俺の目の前で信じられないことが起きた。
少年魔王の瞳が、僅かに揺れる。そして、俺たちに向かって、深く頭を下げたのだ。
「……わかった。我のせいで皆が苦しんでいるのなら、我の力で、この騒ぎを鎮めよう。我は……良い魔王になろう」
その言葉に、俺は言葉を失った。
男は、その様子を見て、満足そうに頷く。
『見ての通りだ、兄ちゃん。これでこいつは、良い魔王になった。どうだ?いい案だったろ?』
男のテレパシーが俺の脳に直接響く。俺は、そのとんでもない計画と、それが成功してしまった事実に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……信じられない」
「信じなくてもいいさ。だが、これが現実だ。いくぞ」
男は、そう言うと少年魔王を連れて走り出した。その後ろを、俺は呆然としながらも、ついていく。
街のあちこちで、魔王の復活に呼応して暴れ回る魔物たちが、黒い瘴気を撒き散らしていた。だが、少年魔王がそこに現れると、その瘴気がまるで吸い込まれるように消えていく。
「我の力……」
少年魔王は、自分の力に驚いているようだった。その力は、俺が持つ魂片が共鳴しているのか分からないが、街を救うために使われているのは事実だった。
(嘘だろ……こんな……こんなことが……)
俺の頭はまだ混乱している。だが、それでも俺は、この男と少年魔王の行動から、目を離すことができなかった。
「なにがどうなってんだ……」
俺はただ見ているだけしか出来ずにいた。
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