転生したら、まさかの脇役モブでした ~能力値ゼロからの成り上がり、世界を覆すは俺の役目?~

水無月いい人(minazuki)

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第七章:勇者の故郷『エルムリア』

第七十八話:王都の夜と不穏な動き

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王都の宿の一室。厚手のカーテンのわずかな隙間から、漆黒の夜が顔を覗かせている。その深遠な闇が、俺の心をじわりと、まるで冷たい指でなぞるように締め付けてくる。

昼間の喧騒は嘘のように消え失せ、街は静けさに包まれていた。その静寂がかえって不気味だ。

この静けさの裏側には、王城という巨大な権力の塊が、まるで巨大な捕食者のように潜んでいる気がして、息苦しかった。

リアムが騎士団に連行されてから、どれくらいの時間が経っただろうか。

長い時間が、砂時計の砂のように、俺の焦燥感と共に流れ落ちていく。

厳重な監視下に置かれているとはいえ、果たして無事でいるのか、拭いきれない不安が胸の奥で渦巻いていた。

俺の脳裏には、記憶を失い、何の悪意も持たず、ただ世界を純粋な瞳で見つめていたリアムの姿が焼き付いている。

あんな純粋な存在が、「魔王」というおどろおどろしい肩書きのせいで、今頃どうなっているのか。考えるだけで、胃の腑が掴まれるような感覚に陥る。

「魔王……あいつ、本当に大丈夫だろうか」

無意識のうちに、俺は窓の外の闇に向かって呟いていた。

隣では、明日の準備を整えていたセレナが、その言葉に優しく反応してくれる。彼女の声は、まるで温かい毛布のように俺の胸にじんわりと染み渡り、張り詰めていた心がわずかに和らいだ。

「心配なのですね」

「いや……なんだかあいつ……魔王には見えなくてな。まるで──」

言葉が詰まる。あの純粋な目を思い出せば、どうしたって「魔王」という存在と結びつかない。

恐怖も、憎しみも、何も感じさせない。強いて言うなら……

「迷子……みたいな」

俺の言葉に、セレナは小さく微笑んだ。彼女は俺の心情をよく理解してくれている。

「……迷子ですか。確かにそうかもしれませんね。しかし、強大な闇の魔力を持ち合わせていることには変わりありません」

セレナの声は、あくまで冷静に現実を告げていた。どれだけ子供に見えようと、リアムはかつて世界を恐怖に陥れた魔王だという事実。

それは決して忘れちゃいけない。俺も、頭ではその冷徹な現実を理解していた。もしあいつが記憶を取り戻し、本当に魔王として覚醒でもしたら、勇者がいないこの世界はもうおしまいだ。

そんな重い可能性が、鉛のように俺の肩にずしりと乗しかかる。その存在をどうにか管理しなければならないのに、今の俺はあまりにも無力で、その現実に打ちのめされそうになる。

部屋の空気は、再び重い沈黙に包まれた。王都の宿にいるのに、心が全然落ち着かない。
昔はこんなんじゃ無かった……。

(昔……昔か)

「……にしても、久しぶりだよな、ここも」

俺は沈黙を破るように言った。この王都は、かつて俺が「弱い」と断じられた屈辱の場所だ。同時に、アシュレイ団長という恩人に出会った、俺にとって重要な場所でもある。

「はい。なんだか帰ってきたという感じがします」

セレナの声は、故郷に戻ったかのような安堵を含んでいた。彼女もまた、この王都で長い時間を過ごしてきた聖女だ。

アシュレイ団長が今どうしているのか、俺の心には常に気がかりな存在として残っていた。「時間がない」と焦っていた彼の言葉の意味が、俺は未だに理解できない。

その時、俺が窓の外を見ていると、唐突に視界にナナシが入ってきた。それもいつになく真剣な表情で。

「──待たせたな。兄ちゃん、嬢ちゃん」

「……お前、どこから入ってきてんだよ」

ナナシは答えず、空気が張り詰めた。

「邪魔するぜ」

ナナシはお構い無しに土足で入ってきた。

「今夜動く。準備しておけ」

「……魔王はどうなったんだ」

俺は何故かそんな言葉を口走っていた。

「とりあえず殺されてはない」

ナナシのぶっきらぼうな返答に、俺は息を吐いた。セレナも安堵する。

だが、俺はナナシの言葉の裏に不穏な気配を察していた。

「いいか、二人共。魔王様……リアムを拾ったら、すぐにこの国を去れ」

その言葉は、俺にとって衝撃だった。国王に聞きたいことが山ほどあるというのに、すぐに去れと言うのか。

「なんでだよ!俺にはまだあのジジイに聞きたいことが──」

「二度は言わねぇからよく聞け」

ナナシの有無を言わせぬ圧力に、俺は口を閉ざす。部屋に重い沈黙が満ちる中、ナナシはゆっくりと口を開く。

「王家の血筋を持つ者は、強大な力を宿している」

エルヴィーナ王女の圧倒的な魔力を思い出す。

「そんなことは知ってる。王女エルヴィーナがそうだっただろ」

「……知ってるなら話が早い。嬢ちゃんは分かってるんだろうが、兄ちゃんは頭が悪いようだな」

「は?喧嘩売ってんのか!」

俺の剣幕に、セレナが間に入る。

「……アルス様。ナナシ様は言い回しがくどいですから、分からないのは無理もありません」

「嬢ちゃん……見た目に反して結構キツイな」

「貴方がアルス様を貶したからです」

セレナはナナシを一蹴し、俺に向き直った。彼女の瞳は真剣な光を宿している。

「アルス様。王家の者で、他に誰が当てはまると思いますか?」

「そりゃ王女と、その……は?冗談だろ?」

王女と国王。その思考に至った瞬間、全身に鳥肌が立つほどの衝撃を受けた。

まさか、あの国王が。自分を「弱い」と断じたあのジジイが、俺たちを脅かすほどの強大な力を持っているというのか。

弱いって言葉はそのままの意味だったのか……。

「つまり、俺たちが相手にしてるのは、魔王より恐ろしい相手ってことだ」

ナナシの言葉が、重く響く。

「冗談……だろ?……ナナシ。お前とあのジジイ、どっちが強いんだ……?お前、だよな?そうだよな?」

「……悪いな兄ちゃん。あのジジイと俺じゃ、話にならん」

その言葉は、俺の頭の中で木槌で殴られたような衝撃を与えた。

「……は?お前が?」

絶望が支配する。ナナシでも敵わない相手。

「それに加えて、王女様もいる。王女様がもし、あのジジイに加担すれば、俺たちは確実に負ける」

全身から力が抜ける。だが、その絶望を打ち破るかのように、セレナの声が響いた。

「いいえ。王女様は国王に加担するような真似は致しません」

俺は驚いて目を見開いた。

「……嬢ちゃん、根拠は?」

「アルス様が好きだからです」

その言葉に、部屋の空気が凍り付いたようだった。ナナシもまた、思わず目を丸くする。

「…………冗談だろ」

「本当です」

セレナは真っ直ぐな瞳で俺を見つめ、言い切った。

「……モテモテなのな、兄ちゃん」

「うっせぇ。こっちはそのせいで自信なくしたんだよ!」

エルヴィーナ王女の圧倒的な才能を目の当たりにしたことで、俺は自分の無力さを痛感していたのだ。

「……まあとにかく、それが本当なら相手はジジイだけか。目的は、兄ちゃんと嬢ちゃん、そしてリアムをこの国から出す」

ナナシは真剣な表情に戻り、状況を整理する。

「……お前、なんで俺たちにそこまで」

アルスは、ナナシの真意が掴めずにいた。彼の行動原理は常に謎に包まれている。

「俺にも個人的な因縁ってのがあんだよ」

ナナシの言葉は、まるで煙に巻くかのようだ。俺がさらに問いただそうとしたが、ナナシはそれを遮った。
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