攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)

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第十章 アスフィ 感情迷走篇《第三部》

第143話 「希望」

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 亜久津との戦いから一人逃げてきたアイリスは『シーレンハイル』へと向かい足を動かす。

「……アスフィ大丈夫でしょうか。内にはお兄様が居るというのに……やはりわたくしも加勢を……」

 ぎらぎらと照りつける陽光の中でアイリスは迷っていた。本当に置いてきても良かったのかと。自分も一緒に戦うべきだったのでは無いだろうかと。

「……それでもアスフィはそれを許さないでしょうね」

 アイリスが慕うお兄様、フィーはアイリスですら分からない。
 分かったつもりでいたが、実際のところ彼は一体何者なのか。

「こうしてはいられません。アスフィなら大丈夫……いざと言う時はきっとお兄様が内から助けてくれるはず」

 アイリスは前向きだった。そうでも考えていなければ今にも心配でアスフィのいる元へと体が戻りそうになるからだ。

「大丈夫、ですか……。簡単に考えるものですねアイリス」
「――誰ですか!? ……あなたは」

 青髪、青眼の少女。自分と瓜二つの顔をした少女がそこに立っていた。

「わたくし……? 一体なぜ!?」
「何故、ですか。わたくしは質問ばかりですね。……でも、わたくしらしいです」

 アイリスが二人。同じ顔、同じ声、同じ身長の二人が向かい合い会話をしている奇妙な光景。

「本当にわたくしは愚かです。神力を失えばそこまで愚かに成り下がるのですか。やはり人間には戻りたくないものですね」
「……聞き捨てなりません。あなたが本当にわたくしだと言うなら、わたくしはそんな考えには至りません!」
「それは”今”だから言える事です。神だった頃のあなたを、わたくしを、思い出してみなさい。本当に今と同じような事をわたくしは言えますか?」
「そ、それは……」

 目の前の自分と瓜二つの少女の言葉に核心を突かれ、何も言い返せないアイリス。自分であり、自分とは異なる存在。

「どうやらオーディンが何かしたようですね」
「オーディン……ですか?」
「あら、神力を失ったわたくしはここまで無能だったとは」

 アイリスはそろそろ我慢の限界だった。何故ここまで言われなくてはならないのかと。

「――水の精霊よ、わたくしに力を! 『弾丸の雨レインバレット』!」

 自分と瓜二つの少女の上から雨が降り注ぐ。しかしそれはただの雨では無い。その一滴一滴が鋭いまさしく、弾丸。

 しかし――

「『水よ』」
「な!!?」

 聞き馴染みのあるセリフと共に繰り出されたのは、水のシールドであった。ドーム状のそれは彼女を弾丸の雨から身を守る。

「……やはりわたくし……なのですね」
「だからそう言っているでしょう」
「……しかし、おかしな話です。わたくしが持っていた『神力』というのは受け継がれたモノ。二つある筈がありません」
「ええ、そうみたいですね。わたくしのは偽物」

(偽物……? どういうことでしょうか)

 アイリスは理解出来なかった。

「はぁ……。分かっていないあなた……いえ、わたくしの為に教えて差し上げます。とはいえ、わたくしも推測にすぎません。わたくしもまさか自分が偽物などと思いたくはありませんでしたから」

(自分と同じ者が目の前にいて、自分が偽物などと言われたら悲しいものですしね……)

「わたくしはオーディンの創り上げた世界のアイリス。そう推測しています」
「オーディンの……?」
「まだ分かりませんか? オーディン、彼女は創造神。神の中でこんな真似を出来るのは彼女の他に居ません」
「それは分かっています! ですが、それでも神を作るなど……」

(そんな事できる訳……あっていい訳が無い。そんなことをすれば――)

「世界の均衡が崩れる、そうお思いでしょう」
「え、ええ」
「だからわたくしはダメなのです……甘い。以前のあなたなら疑いはしなかった。現に今のわたくしがそうであるように」

 青髪の少女は両手を空に掲げた。

 見た事のある……否! これは自分が攻撃の体勢に入った時の!?

「『ウォーターシールド』!」

 アイリスは青髪の少女の攻撃を恐れ、咄嗟に水のバリアを張った。

「そんなもので防げるとでも?」

 今のアイリスは神では無い。この世界では魔法を扱うには『才能』が必要だ。アイリスの冒険者時代の才能は『水をコントロールする』というもの。これは水を操ることで攻撃、防御にも徹する事が出来る。ただし、純粋な攻撃魔法、防御魔法の才能に恵まれた者の魔法には遠く及ばない。

「『水よ』」

 そのたった一言で、先程アイリスが使った魔法『弾丸の雨レインバレット』を青髪の少女はアイリスのものとは比較にならない威力で完全再現した。

「きゃあああああああああ」

 弾丸はアイリスの水のシールドをいとも簡単にすり抜けた。

「……そう、か弱い。神ではないわたくしはか弱いのです」
「…………ええ……そんな事は……分かっています」
「ならどうして一時の感情だとしても、彼を……アスフィを助けに戻ろうと考えたのでしょうか」

 きっと彼女は……この時のわたくしは愛を知らなかった。
 人を愛するという事を。憎しみしか無かったのだ。神の座を継がされ、仕方なく受け入れてやっていた。今目の前に居るのはそんな昔のわたくしだ。

 ***     

『神の座? ですか?』
『ええ、受け継いでくれるかしら? 私はあなたが一番相応しいと思うのよ』
『で、でも! ……わたくしの才能はただ水を操るだけで……水を浮かせたり、それを相手にぶつけたり……でもでも! それも水風船をぶつける様な威力で……』
『あっははは! いいじゃない! 水風船! ……水風船ってね、すぐ割れちゃうでしょ? でもあれって勢い良く投げられると結構痛いのよ?』
『からかわないで下さい!』
『……からかってないわ。あなたなら神の座を継げる。私はそう思うの。あなたしか居ないとすら思っているの。だから、お願いアリス・・・

 ***

 そうだ、わたくしは弱い。でも、あの人の頼みだった。あの人には恩がある。だから神の座を継いだ。一生懸命頑張った。あの人の代わりに民を導いた。最初は納得いかない民も居た。でも、それは時間とわたくしの努力を見ていてくれた民達のおかげで解決した。

 ……わたくしはエルザ・スタイリッシュを見た時、あの人に似ていると思った。それと同時に生い立ちを知った時、自分と似ているとも思った。だから、わたくしの前にいる彼女。

 彼女を理解しなければならない。

「目の前にいるわたくし? あなたは本物である私が憎いのでしょう。自分が偽物として創られ存在する事がどれだけ辛いのかは分かりません。それはわたくしが本物だからです。でも……これだけは言わせて下さい」

 アイリスは少女の攻撃を受け、身体中傷だらけだった。綺麗な水色の衣服には血が滲んでいる。

「あなたはわたくしです。ならば、わたくし達は理解出来る」
「……手を取ろうと?」
「いいえ、手は取りません。お互いに干渉せず、生きていこうと言っているのです」
「……何を言っているのかわたくしには理解できません」
「仰る通りですね。今の説明では分からないのも無理もありません。言葉足らずでした。……わたくしなら『アイリス』という名を名付けた理由、ご存知ですよね?」
「当たり前です」

 わたくしは何者かに『水の都フィルマリア』を滅ぼされた事により、愛していた民……あの人の民を忘れることが出来ず、神の力を使って『水の都フィルマリア』を自らの手で創り上げた。……でも、そんな事をしても民の心までは戻らなかった。まるで人形。
 言われたことをするだけの自動人形オートマタ

 それでも……そうでもしなければ、わたくしの心は壊れそうだった。憎しみの感情に呑まれそうだったのだ。

 そうしてわたくしは自らに新たな名前を付けた。希望アイリスと。冒険者時代のヒトの名を捨てた。

「……結局、あの人の代わりなんてわたくしには出来ないんですよ……あなたもわたくしなら分かるでしょう? だから希望を持って生きて下さい。憎しみを持ったままなんて辛いだけです。人を愛するのもいいものですよ? あなたにはキスの味、分かりますか? わたくしは甘いものと思っていましたが、実は案外無味なんです、うふふ」

 アイリスは笑った。

「……何を」
「でも実際、甘いのは味ではなく、ムードでした。なので、あながち間違ってはいませんでした……だからあなたにも人を愛する事を知って欲しい。憎しみを持って生きるのは辛いです。いい事なんて何もありません。だから、あなたに差し上げます」

 アイリスは青髪の少女の元へ近付いていく。

「あなたに『希望アイリス』の名を」
「……何故……どうして……」
「わたくしはもう神ではありません。アイリスなんて名前、今のわたくしには大きすぎて抱えきれません。……それに、もうわたくしは彼に希望を貰いました。愛……はまだ貰えていません。片思いというやつみたいです。ですが、それでいいのです。だから、もうわたくしに希望アイリスの名は必要ない。あなたに差し上げます、アイリス・・・・

 この日より、希望アイリスは自らの名を捨てた。
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