攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)

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第四幕【NEO: Healing Re:Genesis】

Re:第四十八話『僕は何度でも救うとそう決めた』【最終話】

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 ──光が、静かに空へと還っていく。

 空を満たしていた神の気配は、もうどこにもなかった。  
 誰もがその光景を見て、ようやく神は去ったのだと理解する。

 
「『ヒール』」

 アスフィが膝を折り、倒れていた少女──ルクスをそっと抱き起こした。

 
「ん…………ここは」

「ここは……うん、平和な世界です」

 彼女の問いに、アスフィは静かに微笑んで返す。  
 風が吹き、焼けた大地を優しく撫でるように流れていく。

 
「……オーディンは居なくなったんですね」

 ルクスが空を見上げながら、ぽつりと呟く。  
 その声音には、確かな安堵と、ほんの少しの寂しさが混ざっていた。

 
「罪を償いに、還るべき場所にね」

 アスフィは視線を逸らさず、淡々と答える。

 
「……実は私──」

「それ以上は言わなくていい」

 言葉を遮ったのは、アスフィの穏やかな声だった。  
 だが、その表情は一瞬だけ翳っていた。

 
「……君は、大好きな彼の元へ行くといい。僕には、まだやることがあるから」

 
「……ありがとうございます」

 ルクスは、かすかに微笑みながら深く一礼すると、  
 レイラたちの待つ場所へと駆け出していった。

 
 ──その後ろ姿を見送りながら、アスフィはただひとり、立ち尽くす。

 
「“僕”には、似合わない。あの輝かしい光景は」

 静かに零されたその言葉は、風に溶けるように消えていった。

 
 ルクスが戻った先では、レイラたちが抱きしめ合い、  
 再会の涙を分かち合っている。

 ──しかし、アスフィは知っている。

 その姿はもう、この世のものではない。  
 あれは《還るべき場所》でようやく結ばれた者たちの、  
 儚くも温かい奇跡だった。

 
「そろそろこの異常な回復、解いてくれませんかねぇ」

 聞き慣れた皮肉混じりの声が、背後から投げかけられる。

 
「エーシル。あなたにも、罪を償う必要があることを……お忘れですか」

 アスフィは振り返らずに応じた。

 
「……分かっていますとも。妻は、もう……いない。  
 ……もし私が死ねば、彼女に会えるでしょうか」

 エーシルが口にしたのは、彼らしくない“弱音”だった。

 
「難しいですね」

 その問いに、アスフィは即座に答えた。  
 迷いも、慰めも、何も含まない声で。

 
「難しい……ですか。出来ないとは言わない辺り、  
 あなたらしいものですねぇ」

 エーシルは苦笑しながらそう返した。

 
 アスフィは何も言わなかった。

 ただ、その背に、微かな覚悟だけを背負っていた。

 
 ──そして、少女がひとり、歩み寄る。

 
「……まだ、終わってないわ」

 それは、エルザ・ヒナカワの声だった。

 「娘……エルシアが死んでも、世界はまだいくつもあるの」

 エルザ・ヒナカワの声には、母としての悲しみと──  
 観測者としての冷徹さが同居していた。

 
「分かっています。……ですから、ここからは僕の仕事です」

 アスフィはまっすぐに応じる。

 
「……何をする気なの」

 彼女は問いかける。  
 知っていても、なお聞かずにはいられなかった。

 
「世界を救いに行きます」

 その言葉に、空気が揺れた。

 
「……正気?」

「いいえ。そんな訳がないでしょう」

 アスフィは、微笑むこともせずに言い放った。

「でも、これは僕にしかできない。……オーディンに託された“僕”にしか」

 
 その目には確かな覚悟があった。  
 過去のすべてを背負い、それでも前に進もうとする者の目だった。

 
「どれだけの世界があると思ってるの? 何千……いえ、それ以上よ」

「万に等しいでしょうね。でも、世界は未だに動いている。  
 この世界と同じように、助けを待っている者がいる。  
 それを救えるのは、僕だけですから」

 
 アスフィはそっと、足元に転がっていた杖に手を伸ばす。

 ──それは、ルクスが握っていた漆黒の杖だった。

 触れた瞬間、それは音もなく砕け、風に還った。

 
「……ありがとう」

 アスフィは誰にともなく呟いた。

 杖が粉になり、空へと舞い上がっていく。

 
「では、行ってきます」

 
 その言葉を聞いていたのは、エルザ・ヒナカワとエーシル──  
 そして、もう一人だけ。

 
 ──少年が、立っていた。

 
「……僕は」

 戸惑いながら、けれど確かな声で、少年アスフィは口を開いた。

 
「君は、僕の可能性だ」

 青年アスフィが、そっと微笑む。

 
「可能性……?」

 
「はい。僕の夢は、冒険者になって……パーティーを組んで……  
 そして、皆を笑顔にできるヒーラーになることです」

 その言葉には、かつての“自分”が持っていた小さな光が宿っていた。

 
「いつか君が冒険者になった時、  
 その回復魔法で、誰かを癒してあげてください」

 
 少年は、しばらく黙っていた。

 そして、ゆっくりと頷いた。

 
「分かりました」

 
「ありがとう。……これで未練なく行けるよ」

 
 アスフィ・シーネットは、小さく息を吐いた。

 
 数え切れぬほどの世界がある。  
 それぞれに、苦しみがある。  
 それぞれに、癒しを待つ声がある。

 
 彼はそれらすべてを──たったひとりで背負うと決めた。

 
「“僕は何度でも救うとそう決めた”」

 
 光の粒が、彼の足元から舞い上がっていく。

 そして、彼は世界を渡る。

 
「……そして君も、そのひとりだよ」

 アスフィは、風に向かってそう呟いた。

 


 
 ──それが、彼女の“もう戻れない”名前だった。

 
 一つの世界が救われた。  
 だが、彼の物語はまだ終わらない。

 
 すべての世界を癒すまで。

 彼の旅は、終わらない。
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