攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)

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第四幕【NEO: Healing Re:Genesis】

Ex. Return 「すべてを終えた僕が、君に還る物語」

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──あれから、どれほどの時が流れたのか。

 季節の名を忘れた。  
 空の色も、陽のあたたかさも、もう思い出せない。

 ただ、救った。  
 ひとつ、またひとつ。  
 崩れかけた世界の隅で、絶望の果てに取り残された命を拾い上げるように。

 悲鳴に似た泣き声。  
 助けを乞う手。  
 そして、誰にも見送られずに壊れていく小さな未来。

 そういうものを、ずっと──何百も、何千も、僕は癒してきた。

 癒した先で、誰かに感謝された記憶はない。  
 たぶん、それで良かったんだ。  
 それが“救い”の本質じゃないことだけは、最初から分かっていたから。

 人は、救われたことに気づかなくていい。  
 知らないまま、笑っていてくれたらいい。

 その裏で、どれだけの自分が、擦り切れていっても。

 
 癒しという名の魔法は、時に《消費》でもある。

 他者の痛みを引き受ける。  
 他者の後悔に触れる。  
 他者の涙を、自分の胸で飲み干す。

 そうして僕は、魂の表面を何層も削られながら、ただ“癒す”ためだけに生きてきた。

 
 いつしか、名を呼ぶ声は消えた。

 誰にも頼られず、誰からも見つけられず。  
 ただ、傷ついた世界の奥底に潜り込み、誰にも知られずに痛みを抱きしめる。

 それが僕の仕事だった。

 アスフィ・シーネット。  
 かつてそう呼ばれていた《僕》という存在は、今や──

 
 「……良かった。最後の世界は……絶望に染まっていなくて」

 
 病院の静かな廊下。  
 人気のない夜の中、白髪の老人が杖を突いて、そっと立っていた。

 背筋は深く曲がり、息は細く、足取りはすでに老いを隠せない。

 だがその目だけは、濁っていなかった。

 ――何千の絶望を視てきた男の目。

 
 その先では、二人の少女が泣きながら抱き合っていた。

「……ごめんね。ごめんね、双葉ちゃん……」

「……私のほうこそ……気づいてあげられなくて……ごめんね……」

 夜の病院に響く、やさしい謝罪。  
 過去を赦し合う声が、どこまでも静かで、どこまでも強かった。

 
 老人は、その光景に目を細めた。

 涙が滲むわけではない。  
 涙は、ずっと昔に枯れてしまった。

 
(……この世界だけは、手を加える必要がなかった)

 
 だからこそ、足が向いたのだろう。  
 救う必要のない最後の世界──癒しが要らなかった、唯一の結末へ。

 
(……終わった。僕の役目は、もう……ここで)

 
 心臓がひとつ、大きく脈を打つ。  
 その鼓動に、何かを思い出しそうになって、彼はそっと瞼を閉じた。

 けれど、そのとき──

「……アスフィ・シーネット。あなたなの?」

 双葉が、老人の方を見つめていた。

 老人は、何も答えない。  
 けれどその手は、震えていた。  
 それは老いのせいではない。  
 “名前を呼ばれた”ことに、驚いていたのだ。

 
(……まだ、僕を覚えている人がいたんだ)

 
 ああ、そんな些細なことが……こんなにも、胸を締めつけるとは。

 
  老人──アスフィ・シーネットは、ゆっくりと歩を進めた。

 その姿は、かつての少年の面影をどこにも残していなかった。  
 だが、確かに彼は《あの日》のまま、歩み続けてきた。

 双葉の隣に立ったマキが、そっと手を伸ばす。

「ありがとう、アスフィ。もう……いいんだよ。もう、終わったんでしょう?」

 その声に、彼はわずかにうなずいた。  
 言葉は出なかった。喉が、枯れていた。  
 言葉よりも多くのものを、彼は失っていた。

「……君たちの世界は、修正する必要はない。……だから、来ただけだ」

 ようやく搾り出した声は、掠れていて、痛々しいほどか細かった。

 だがその一言が、少女たちの顔にやわらかな微笑を灯した。

 
 ようやく、自分が“報われた”と知った気がした。

 誰かが笑う顔を見るだけで、  
 もう、それだけで満たされるような──

 
 けれど、安堵と共にふと沸き上がるのは、終わりではなかった。

 まだ──救い切れていない者がいる。

 もう一人。  
 たった一人。  
 最後にして最初に、救うと決めた存在。

 誰よりも遠く、  
 誰よりも孤独に世界と向き合っていた、彼女を。

 
「……僕は、もう行くよ」

 マキがそっと問いかける。

「……行くってどこに?」

 アスフィは微笑む。

「……世界は救った。  
 けれど……まだ“救われていない者”が、一人だけ残ってるんだ」

 老いた彼の口から紡がれる言葉は、  
 まるで“約束”のように、ゆっくりと空へ消えていった。

 
 彼の杖が、病院の床を優しく叩く。

 その音に呼応するように、空間がわずかに歪み、  
 闇のなかにひとつの“扉”が生まれる。

 
 アスフィは扉の向こうを見つめながら、静かに言った。

「……須藤剣一。  
 彼に伝えてほしい。僕と君は──“親友”だったと」

 そして、何も言わずにその扉へと消えていった。  
 あまりに静かに。まるで初めから、誰にも気づかれない旅だったかのように。

***

 ──これで、本当にすべての世界を癒し終えた。

 世界は救われた。  
 でもその事実を知る者は、誰もいない。

 知っていてほしいとも思わない。  
 けれど、心の奥でほんの少しだけ、誰かに見ていてほしかったとも思ってしまった。

 
《この世界は、間違いだらけだ》

《でも……その元凶が誰であれ、その本人もまた、なぜこんな結末になったのかは分からない》

 
 だから──

「……僕は何度だって、救うよ。……ディン」

 ……
 …………
 ………………

名前も、使命も、もう思い出せない。

 けれど不思議と、胸の奥には温もりが残っていた。

 誰かに手を引かれた気がする。  
 誰かの声に、何度も呼ばれた気がする。

 そして──誰かを、何度も救おうとしていた気がする。

 それが夢だったとしても、幻だったとしても。

 ……どうでもよかった。  
 僕にとっては、確かに“本物の旅”だったのだから。
 

  日差しが差していた。

 どこまでも穏やかで、心地よくて。  
 ──まるで、ずっと昔に見た春の陽のようだった。

 地面には草が生い茂り、あたたかな風が肌を撫でる。  
 空はどこまでも澄んでいて、雲ひとつない青が広がっていた。

 その中心で、僕はただ、座っていた。  
 杖はもう手元になく、ローブも、名前も、使命すらも。  
 けれど、胸のどこかが、微かにあたたかかった。

 
 ──忘れてしまったはずの、記憶の欠片。

 あの日、あの子を救えなかったこと。  
 何度も、何度も、世界を間違えたこと。  
 手の届かなかった後悔と、砕けた願いの数々。  
 すべてを癒やし、塗り替えて、正してきたのに──

 それでも、最後に残ったものは。

 
 「……ありがとう」

 誰に向けたものかも分からない言葉が、自然と口をついていた。

 その瞬間、足音がした。  
 草を踏みしめる小さな足音が、すぐそばから近づいてきた。

 
「アスフィ、行くよ」

 ──ああ。

 その声は、間違いなく。

「アスフィ!行くぞ!」

「アスフィ?聞いているのですか?」

 ……うるさい仲間達だ。

 
 そこにいたのは、あの日のままの彼女たちだった。

 レイラが笑っている。エルザが腕を組んでいる。ルクスが少しだけ照れたように微笑んでいる。

 
「うん、今行くよ」

 
 もう、痛みはなかった。  
 もう、重さもなかった。  
 ただそこには──“一緒にいる”ということだけが、確かにあった。

 
「レイラ、エルザ、ルクス」

「うん」

「うむ」

「はい」

「……ありがとう。僕についてきてくれて」

「……なんだ急に」

「そうですよ」

「うん、当たり前」

 ……そうだ。これで、よかったんだ。

 もう二度と救う必要のない世界。  
 もう誰も泣かないで済む、僕だけの冒険譚。

 
「じゃクエスト行こうか。僕は後衛でみんなを援護するから──」

「回復しか使えないのに?」

 ルクスが、いたずらっぽく笑った。

「ふふっ、冗談です。頼りにしてますよ」

「う、うん。期待に応えられるように頑張るよ」

 
 少年少女は、また歩き出す。

 そこに待つのは、戦いでも、絶望でもなく。

 ただ、穏やかな冒険の始まりだった。

 
『……いい眺めだね』

『ああ』

『今更だけどありがとね。私まで救って貰っちゃってさ』

『……救うって決めたから』

『あはは!君らしいや……でも、忘れないでくれてありがとう、アスフィ』

 
 そして──アスフィは、静かに目を瞑った。

 すべての痛みを越えた、その果てに。  
 誰にも看取られることなく。  
 けれど、確かに“みんな”の中に囲まれていた。

 
『……お疲れ様。おやすみ、アスフィ・シーネット』

 
──完。
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感想 5

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みんなの感想(5件)

真木野宗一郎

ん?新シリーズ始まるのかな?

2024.12.31 水無月いい人(minazuki)

コメントありがとうございます!はい、新シリーズの準備をしています。どんな展開になるか、ぜひ楽しみにしていてくださいね!

解除
真木野宗一郎

第一部完結おめでとうございます!

2024.04.07 水無月いい人(minazuki)

ありがとうございます(>︿<。)
第一部(1〜6章)はひとまず完結しました!

まだ回収出来ていない部分もまだまだあるので、その辺を第二部で書きます!

もし良ければ見て頂けると嬉しいです!

感想ありがとうございました!

解除
伊予二名
2024.03.31 伊予二名

第9話。ぬるいよ主人公さん何を安楽死させてるんですか。苦痛恐怖絶望後悔が足りないよ

2024.03.31 水無月いい人(minazuki)

確かにそうですね…
少女を辱めようとした輩には物足りない結末ですね^^;
しかしこの時のアスフィーはまだ力を発現させたばかりですので仕方ありません……。

話を読み進めると、
もしかしたら残酷になるかもしれません…(・∀・)
ぜひお楽しみ下さい!

解除

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