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ドラゴンボーイ

File.5 with Marina Hisui

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次の日の朝、俺は家の前で氷翠を待っていた。
「おーい!お待たせー!」
「おーう!こっちだぞー!こけるから慌てなくていいぞー!」
「大丈夫だっtへぶちっ!」
顔からいった!?
俺は転んだ氷翠に駆け寄り声をかける。
「おいおい大丈夫かよ」
俺が声をかけると氷翠は勢いよく起き上がり、おでこをさすりながら、
「ナハハ、コケちゃったよ」
「だから言ったのに……ってお前!血ぃ出てるじゃないか!?」
「あー……こんぐらいなら大丈夫だって」
「ダメだって、ほらこっち来い」
俺は氷翠の手を引いて、氷翠と一緒に家に入る。
リビングに氷翠を座らせて、絆創膏ばんそうこうかガーゼがないか探す。
あったあった。絆創膏を見つけたので氷翠の方に行くと、部屋を見渡していた。
普通に恥ずかしいからやめて欲しいんですけど……
「人の家見ても面白くないだろ?ほらおでこ出せ。絆創膏貼ってやるから」
「おー申し訳ないですねぇ、お金は後で払うよ」
「いらんよそんなん、ほれ、前髪よけろ」
「ん」
氷翠が前髪をどかして、俺が空いたおでこに絆創膏を貼る。
「これでよしっと。ったくこんなことで時間取らせやがって」
「いやー悪かったね」
そこで俺はあることに気付く。
「てゆうか氷翠、お前氷で傷治せるじゃん」
それを聞いた氷翠はバツの悪そうな顔で頬を掻きながら言ってくる。
「自分のできた傷は治せないんだよね……全く不便な力ですよ」
「そうなのか……」
昨日氷翠をこの力について泣かしてしまったのを思い出してしまい、なんとなく気まずくなる。
俺は話をそらすために出発を促す。
「な、なぁ、そろそろ行かないか?もうすぐで電車きちまう」
「ほんとだ!こんな所でグダグダやってる暇無いのに!」
いや誰のせいだと思っとるんだ!
「とにかく、早く駅に向かおう」
「そうだね、今からなら走ったら余裕で間に合うしね!」
さっき転んどいてよく言えますね!
「走らなくてもいいよ。普通に歩いても間に合うでしょ」
家を出て歩いて駅まで向かった俺たちだったが───結局駅まで走る羽目になりました(主に氷翠のせいで)



駅に着いて駆け込み乗車した(駅員さんすみません)俺達は電車内でバテていた。
「ま、間に合った……もう無理、早く帰りたい」
俺は既に戦意喪失していた……
「なんでこんなギリギリに着いたの?ちゃんと急いでたよね?」
こいつ……自分のやったことを覚えてないのか……?
「お前が道中で猫見つけて追いかけたり、おばあさん助けたりして時間くったんだろ!」
そう、こいつは……氷翠は、急いでいるというのに道中であったこと全てに反応して、とんでもない道草くってやがったのだ。
「あれは優しさだよ、や・さ・し・さ!」
めっちゃ誇らしげな顔で言ってくる。
その顔やめろ殴りたい。
女子の顔を殴るわけにもいかないので、握りしめた右手をそっと背中にしまった。
「さて、今日はどこ行こうか?ジョイ○リス?アニ○イト?○○○二ーラ○ド?」
「いやそもそも東京に行かないだろ、何言ってんだよ。そこまで遠くには行かないよ、電車で駅三つくらいだ」
「ちぇー、じゃぁ東京にしとけばよかったー」
「決めた後に文句言うなよ……」
しかも一日でどうやって全部回るんだよ……
俺はふと隣に座る氷翠を見る。さっきまで駅に向かって走っていたので二人揃って汗をかいている。それに氷翠の服装が薄い白のワンピースだからか肌に張り付いて少し透けている。
電車が揺れて肩が当たる度になんとも言えない感覚に襲われて女子と初めて出かける身としてはとても心臓に悪い。
氷翠は大丈夫だろうかと顔を見ると、なんかめっちゃキラキラした目でこっちを見て首を傾げる。
やめて……そんな目で見ないで……罪悪感で潰れそうです。
……にしてもこいつ結構もったいないよなぁ……顔は普通に可愛いし、髪サラッサラだし、まぁちょっと色々足りないもといスレンダーだし……ただ、このやかましさがなぁ……こいつもっと大人しかったらだいぶモテるだろうに。
そういえばこいつが力使う時になんとなく雰囲気が違ったけど、あれはなんだ?氷翠自身にはなんの変化も起こってないけど……そう感じるのは俺だけなのだろうか?今度そこらへんをローランかリーナ先輩に聞いてみようかな。
氷翠と話しながら電車に揺られること一時間と少し、ようやく目的の場所に着いた俺達は、これからどうするか話し合っていた。
「とりあえずどっか店に入ろう。暑い」
「そうだね、電車の中涼しかったから余計暑く感じるよ」
まだ五月の中旬なのだが今日はとても暑い。他にも走ったとか、色々原因はあるのかもしれないが……
「そういえば氷翠どっか行きたいお店あるって言ってたよな?先にそれ済ましちゃおうぜ?」
「いいの!?」
「いいよ、時間はまだ沢山あるんだからいくらでも付き合うよ」
「実は昨日いきたいお店全部調べといたんだよねー。じゃぁじゃぁ、まず服買いに行っていい?」
「オッケー。俺は場所わかんないから道案内よろしく」
「りょーかいっ!」
氷翠は嬉しそうに敬礼のポーズをしていた。俺はそれを見て笑ってしまった。
楽しそうに歩いている氷翠の後ろをついていきながら、今日の朝に考えていたことをもう一度思い返す。俺は昨日約束破ってしまったので、今日一日は氷翠に合わせようと思っていた。
昨日は本当に申し訳ないことしたもんな、これでチャラになるように頑張りますか。
俺が機嫌よく歩いている氷翠の背中を眺めていると氷翠が急にこちらに振り向き、俺に向かって「ニヒヒ」笑う。それを見て俺まで楽しくなってきた。
しかしこの時俺は知らなかった……女子と買い物に行くという真の意味を……



目的のお店に着いた俺は氷翠の買い物の手伝いをしていた。
しかしそれは俺にとってかなり耐え難いものだった!
それはというと……
「ねぇ、どっちがいいかな?」
「悠斗君はどっの方がいい?」
やめて!頼むから俺に聞かないで!店員さんいるじゃん!なんでこっちに聞くのさ!?いじめたいのか俺の事を!
普段から服とかおしゃれに気を使ったことの無い俺にとってこういう店は本当に落ち着かないし、居場所がない。
そしてもう一つ問題なのは……めちゃくちゃ買い物が長いことだった。
一回試着室入って出てきて終わったかなと思って声をかけるも「まだ決まってないよ」とか言ってくる。
俺はこのやり取りを四回やった時点でもう訊くのをやめた。
俺は店の外に出て圧倒的「店員俺に話しかけるなオーラ」を放ちながら。携帯をいじっているふりをする。
高校生一人が服屋の前でめちゃくちゃ真剣な顔して携帯いじってるもんだから、すごい人に見られたけどこれで気にしてたら、落ちこぼれやってられないので俺はなんとか耐えることに成功した。
携帯で時間を確認すると店に入ってから既に一時間経っている。服買うのになんでそこまで時間かかる?
少し店内が気になって、覗くと氷翠がちょうど会計をしているところだった。会計をし終えた氷翠が店内を見回している。俺のこと探してんのか?
店内に入って氷翠に声をかける。
「買い物済んだのか?俺はもう色々限界なんですけど」
「あ、悠斗君。終わったよ、待たせてごめんね」
「そろそろここ出ようぜ?俺とりあえずどっかで休みたいんだけど」
「そうだね、そろそろお昼だしご飯食べに行こ!」
携帯で時間を確認すると既に十二時をまわっていた。
「もうそんな時間か……さっき携帯で美味そうな店見つけたからそこに行こうぜ?」
「おおう!いいねぇ!じゃぁそこに行こう!」
そうして俺達は俺が調べた店──四川料理のお店へと入った。
「中華料理だー!久しぶりに食べるなぁ。どれにしようかな?」
氷翠はメニューのページを行ったり来たりして悩んでいる。既に決まった俺は氷翠が悩んでいる間にご飯を食べてから行く場所を考えていた。
「決まったか?」
「まだー、もうちょっと待って」
「さっきから何で悩んでんの?」
「えーっとねぇ、サイドメニューを餃子にしようか小籠包にしようかで迷ってる」
「それなら俺が餃子頼んだからそれを分けてやるよ」
「ほんと!?じゃぁ小籠包で!」
「決まりだな。すみませーん!」
店の奥から「はーい」と聞こえてきて店員さんが来てくれたので、先程決めたメニューをそれぞれ注文していく。
「台湾ラーメンと小籠包で」
「俺は麻婆豆腐と餃子を一つ」
「かしこまりました、デザートは如何致しますか?」
デザートか……どうしよう、そこまでお金あるかな?
「私アイスクリームと杏仁豆腐で」
「俺はいいです」
「かしこまりました」
注文が終わり、水を一口含んで氷翠に訊く。
「よくそんなにお金あるな、さっきも服大量に買ってたけど財布大丈夫か?」
すると氷翠はカバンから何かを取り出した。
「ふっふっふ……なんと私……ジャジャーン!カード払いなのです!だから所持金気にしなくていいんです!」
な……なんて羨ましいやつ……
「ほれほれー悠斗君奢ってあげようかー?」
「気遣い結構ですよ。それに女子に奢られる男子がどこにいるよ?」
氷翠が俺のことを指さしてくる。
「俺じゃねぇよ!?」
「冗談だって、よく見てよ、このカードただのポイントカードだよ」
ほんとだ……よくよく見るとただのポイントカードだった。ややこしいことすんなよ……
「これが先入観ってやつよ」
こいつのドヤ顔殴りたい(二回目)でも俺は女子の顔を殴るわけにもいかないので握りしめた右手をそっとしまった(二回目)。
「お待たせした。こちら麻婆豆腐になります」
そんなやり取りをしていると注文していたものが続々とテーブルの上に並ぶ。
「「いただきます」」
俺は中華料理、特に香辛料を使ったものが大好きなのでこの店を見つけた時勝手に一人で盛り上がっていた。
やっぱり美味い。豆腐も硬過ぎず柔らかすぎず、崩れない。このお店は一度行ってみたかった場所だったから今日はラッキーだったな。
俺が美味そうに麻婆豆腐を食べてるのを見ていた氷翠が台湾ラーメンをすする。
「んん!?」
氷翠のほうから変な音が聞こえたと思い、前を向くと氷翠が下を向いたまま止まっていた。
「どうした?大丈夫か?」
口に含んだ麺をなんとか食べきった氷翠はお皿を俺の方に寄せてきた。
「ごめん……私もう無理です……辛すぎる」
そうかな?そこまで辛くないと思うけど?
「いらないんだったら俺が貰うけどどうする?」
「食べる、食べるよ。でもその前にトイレ行かせて」
あ、こいつ口ゆすぎに行くな。
氷翠は立ち上がってトイレへと向かう。
「うーん?そこまで辛いかぁ?」
テーブルを見ると小籠包と餃子は全部食べられており、台湾ラーメンだけがほとんど残されていた。



「まだ舌が痛い……なんで悠斗君あんなの食べて平気なのかなぁ?」
トイレで口をゆすぎ続けているが一向に痛みが取れない。とゆうか常に冷たいものを口に含んでないと舌が痛い。
これは特別氷翠が辛いのに弱いわけではなく(多少は苦手だが)、この店の料理がそもそも辛過すぎるのだ。だからどちらかといえばおかしいのは悠斗の方でほとんどの人の反応は氷翠に近い。
「残すと悪いしね、何があっても全部食べなきゃ……痛い……」
何回も口をゆすぎようやく舌の痛みが和らいだところでテーブルに戻る。
「ふぃぃ、ようやくましになった」
先程まで座っていた席を見ると悠斗が座って待っている。既に食べ終わったのだろう。
氷翠は小走りで悠斗のいる席に向かう。
「ごめんね、待たせちゃったってあれ?私のラーメンは?」
「おーあれな、美味そうだったから食べたよ。氷翠食べれなさそうだったし。もしかしてまだ食べるつもりだった?」
「い、いや……食べれなかったけど」
「お待たせした。こちら追加のパフェでございます」
「え?私こんなの頼んでない」
「いいから食べろよ。悪かったな、辛いの苦手かどうか聞かなくて。これはその詫びだよ」
「ありがと」
頼んだラーメンをすぐにギブアップしたのを見て頼んでくれたんだろう。
「ちなみにだけど、自分で頼んだアイスと杏仁豆腐もあるからな?それはちゃんと食べろよ?」
「わかってる」
忘れてた……



「うぇぇぇ、まだ舌がヒリヒリする」
昼食をすませてモールの中を散策しているしている俺たち。隣では氷翠がずっと舌が痛い舌が痛いと言っている。
「そろそろ治まるだろ?あんだけ甘いもん食べたのにまだ痛いのかよ」
「だってしょうがないじゃん。さすがにあれは辛すぎるよ、なんでそんなに平気なの?喋ると痛い……」
「ほら、水やるよ。うーんなんで平気かと言われてもなぁ……昔から辛いもの好きだったし分からん」
「辛味って確か痛覚なんでしょ?それが好きとかただのドMだよ?」
「ドMちゃうわ。さて、飯もくったことだし、次はゲーセンにでも行くか!」
正直このタイミングでゲーセンに誘うのはどうかと思ったが、氷翠は異常に食いついてきた。
「ゲーセン!?やったー!」
「急に食いつき凄いな」
「だってゲーセン行ったことないんだもん!私の実家ってそういうの厳しいからね。皆が行ってるの見てずっと行きたいって思ってたんだ!」
それを聞いて俺は気合いが入る。
「よっしゃ、それならとことんゲーセンで遊ぶぞ!」
「おー!」

───シューティングゲーム

ゲーセンに入った俺達がまず初めにやったのは、よくあるゾンビを撃ち殺すゲーム。
「アハハハハ!悠斗君悠斗君!凄いよ!どんどん来る!」
ゲームの音がうるさくて、氷翠の声がいつもより聞こえにくい。しかしなんとなく言ったことは分かる。
「楽しそうでなによりだ!っておい!右!右!」
「なーにー!?なんて言ったの!?」
「だから右だって!やばい!」
「右だね!よーし!」
ダダダダダダダダダダダッ!と氷翠が迫り来るゾンビたちに容赦なく銃弾を浴びせていく。
それを見ていた俺に声がかかる。
「ちょっと悠斗君!ぼーっとしないで!前!前から来てる!」
そう言われてハッとしたトレは銃を構えて全てヘッドショットで撃ち抜く。
どうだ!このゲームはガキの頃からずっとやってんだ!今日初めてやるやつなんかに負けるかよ!
「お!やるね悠斗君!私も負けないぞ!」
そういうと片手でゾンビを撃ちながらもう片方の手で器用に財布から百円を取り出し投入した!?
もう一丁使えるようになった氷翠は二丁の銃で俺の倍のスピードでゾンビたちを蹴散らしていく。
『Finish!!』
ゲームが終わりスコアが発表される。そのスコアをみて俺は驚愕した。
倍以上のスコアでボロ負けした。
「イェーイ!勝った!」
「二丁はズリぃだろ……」
氷翠は俺にVサインをしながら言ってくる。
「ふふーん、びっくりしたでしょ?まぁ私もできるとは思ってなかったけどね!」
悔しくなってしまった俺は次のゲームを氷翠に提案する。
「次だ次!今度は負けねぇからな」
「かかってきなさい!」

───エアホッケー

「いくぞ!」
「さ、こーい!」
俺からのサーブで始まったエアホッケー。互いの実力が均衡してなかなか得点につながらない展開が繰り広げられていた。
俺が壁を利用して反射させながら円盤を打ち出す。氷翠はその高速の反射に反応しきれずに、得点を許してしまう。
「よっしゃー!三点目!」
「今のズルい!あんなの無しだよ!」
「ふっふっふ……まだまだ勝負を知らないな氷翠舞璃菜よ。」
「なにそれムカツクー!こっちがその気なら私だって!」
氷翠が円盤を構えて、それを俺に打ち出───
ジャラララン!
突然俺の方に得点された音が鳴る。
え?今何があった?
何が起こったがよくわからない俺は台の下から円盤を取り出してサーブを放つ。先程まではずっと壁を使っていたので今回は素直に挑戦で放つ。相手のタイミングを完全にずらした完璧なサーブ。どうだ!これなら!
カアアアアアン!ジャラララン!
また俺が得点された音……おかしい、絶対何かある。
俺は相手の出方を探るために、ゆるーくサーブを打つ。
円盤が相手の手元に届いた瞬間、ちっちゃな魔法陣が展開されていた!
そこから俺に向かって突風が起こり円盤をありえない速度まで加速される!
バッカアアアアン!
「おい氷翠!それは無しだろう!」
「え?なんのこと?」
とぼけやがって……そっちがその気なら俺もそうさせてもらおう。
俺がさっきと同じようにサーブを打つと先程と同じ魔法陣が展開される。
かかったな……
その瞬間、俺の方に向かってくるはずの円盤が氷翠の方に逆走して行った!
それに驚いた氷翠は反応出来ずに得点される。
「悠斗君!それはずるいよ!私の魔法跳ね返さないでよ!」
それを聞いてにやにやしてる俺を見て、氷翠はハッと口を抑える。
「白状したな氷翠よ……さぁもうここからは俺のターンだ」
圧勝しました。

───UFOキャッチャー

氷翠はエアホッケーで俺に負けたことをずっと俺に愚痴っていた。
「なんでバレたのかなぁ?てゆうか悠斗君が反射魔法使えるなんて知らなかったんですけど!」
「そりゃ言ってないからな。知らなくて当たり前だろ?」
魔法が他に比べて使えない俺が他人と渡ろうとした時に何を利用するか。俺はそれを一時期真剣に考えていた。そして辿り着いたのが、相手の力を利用すること。しかしこれは相手の魔法を見切ってから使えるものなので一対一以外ではまともに使えない。
「私次あれやりたい!」
そう言って指さした先にあるのはUFOキャッチャー。
「UFOキャッチャーか。定番ちゃぁ定番だな。どれが欲しいんだ?」
「あの猫のぬいぐるみ!」
そのぬいぐるみのある台まで行って百円を入れる。
「どうする?俺がやってもいいけど氷翠やるか?」
「やる!絶対に手出さないでね。絶対だよ!」
「わかったよ」
氷翠には絶対取れないと分かっているけど言わないでおこう……
挑戦すること十数回目、案の定一個も取れていなかった。
「取れない……悠斗君一個も取れないんだけど」
「しょーがねーなー。取ってやるよ」
俺があっさりと景品を取ってしまうと、謎の対抗心を燃やされてしまうが俺はそれをなだめて、さっき取った景品を渡そうとするが受け取ってくれない。
「……………………」
氷翠は俺の手にある猫をチラチラ見ながらも、沈黙を続ける。
「…………ま、まぁ、悠ムグウッ!」
埒があかなかったから無理やり顔にぬいぐるみを押し付けた。
顔に押し付けられたぬいぐるみをガシッと掴んで、自分に引きつける。
胸に抱いたぬいぐるみはものすごい力で押さえつけられていて潰れていた。
「誰も盗らないからそんなに抱きしめる必要ないだろ」
一通り遊び終えた俺達はモールから出て近くにあった公園のベンチに腰を下ろした。
「いやぁ遊んだ遊んだ」
「疲れたねー」
「俺もう今日動けない」
「ダメだよまだへばっちゃ。悠斗これから荷物持ちするんだからね?」
「いやいや、聞いてないよそんなの」
「まさか女子にこの量の荷物持たせるつもり?」
「そう言うならそこまで買わなきゃいいのに……」
俺達は今日あったことを一から全て語り合っていた。
「悠斗君服屋で私に文句言ってきたくせに自分がカバン選ぶ時めちゃくちゃ時間かけてたじゃん───」
「でも氷翠程じゃなかっただろ?まさか女子の買い物があんなに長いなんて───」
そんな他愛ない会話を続けながらも俺の頭の片隅には、昨日みんなで話したことが浮かんでいる。
「今日は楽しかったね」
「そうだな」
「また来たいねここに」
「次はもっといろんな店に回れるといいな」
こんなにも平和な時が流れているのに、その裏ではいろんな悪意が蔓延っている。
「はぁ……めんどくせぇな……」
ふと、そう漏らしてしまう。
「ええ、確かにめんどくさいですね。でも私はこの今日という日がとても嬉しいですよ」
見知らぬ声がしたので振り向くと、そこには俺の事を殺してくれたあの魔法使いが立っていた!
「氷翠!俺の後ろに下がれ!」
氷翠を匿ったところで俺は魔法使いと対峙する。
「てめぇは……!」
「久しぶりね、私のこと覚えてるかしら?」
「あたりめぇだろ。それで今日は何しに来た?」
「今日はあなたに用はない。用があるのは後ろのお嬢ちゃんよ」
こいつ!氷翠が狙いか!
俺は魔法使いを睨みつける。それを魔法使いは鼻で笑って、
「怖い怖い。さぁ、譲ってもらうわよ?」
「渡さねぇよ」
相手が魔法陣を展開して、俺は左腕に龍の紋様を発現させた。
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