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ドラゴンボーイ

File.6 実力の差 Dragon vs Enemy

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「その嬢ちゃんを渡してもらいましょうか」
「渡さねぇよ」
俺と魔法使いが対峙する。相手は魔法陣を展開して、俺は腕から闇を噴き出し、龍の紋様を発現させた。それを見た魔法使いが笑う。
「ふふふふ」
「何がおかしい?」
「いや、失礼……ふむ、ただの魔龍でしたか。私があなたを殺したのはあなたが『禁龍サブリエート・ドラゴン』アジ・ダハーカだと思ったからなんですけど……どうやら間違いだったようですね」
「残念ながらな。だからと言ってそれと氷翠を狙う理由がどうも一致しねぇな」
「それをあなたに話す必要はないでしょう?」
そう言うと相手は魔法陣からあの時と同じように属性を形成した槍を撃ち出してきた。俺はそれを左腕で殴って破壊する。そのまま相手を殴り飛ばそうそするが、走り出した瞬間に先程時間差で撃ち出したのだろうか、もう一本の槍が俺に向かって飛んできていた。殴った体勢のまま走り出すつもりでいた俺は、その場で回避できずに一撃を許す形になってしまう。槍が肩をかすめたが俺はそれを気にせずに相手に向かって走っていく。
相手に向かって一直線に走ってくる俺に対して次に槍ではなく、目くらましのために俺に光を向けてきた。それを相殺するために腕から闇を放出する。放出したやみが相手の光よりも強かったのか、そのまま光を飲み込み、あたりを闇で包む。この状態では俺も見えないので闇を解除する。
「これでどうでしょう?」
声が聞こえた方を見ると掌に四つの魔法陣を展開した相手が立っていた。魔法陣をこちらに向けるとそこから四つの玉が出てきて、俺に向かって高速で近づいてくる。俺はその玉を体術のみで回避していく。玉を全て捌ききった俺は再度相手に近づいて行く。
「あん時とは違ぇぞ!」
「そうでしょうか?結果はどうせ変わりませんよ」
俺が魔法使いに突進していく最中に相手が不敵に笑うのが見えた。俺は何か危険な気配を感じてその場から飛び退く。するとさっきまで俺がいた部分が抉れていた。その場所をよく見ると先程相手が撃った玉があった。そして数が最初より少ないことに気づく。一つ、二つ。あと二つはどこだ?
「後ろですよ?」
ズドンッ!と俺の背中と脇腹に何かがぶつかる。俺はそれに吹き飛ばされてしまう。
立ち上がった俺は反射魔法を張り巡らせて、もう一度相手に高速で近づいていく。するとまた四つの玉が俺を襲ってくるがそれは全て跳ね返されてあらぬ方へと飛んで行ってしまった。
俺が近づいているというのに相手は一切構える素振りを見せない。でも相手が構えないならそれは好都合だ。
俺は左腕で殴りかかる。相手はそれを防御用魔法陣で防ぐ。あの時は簡単に砕けた防御用魔法陣だが、相手も多少の手練なのだろう。あの時のように砕くことはできず、そのまま均衡する形になった。
「だから無駄だと言ったでしょう?」
俺の攻撃を防ぎながらそう呟く魔法使い。
「ああ?なんのことだよ?こんなもんさっさと砕いてやるよ!」
一旦離れて構え直し、もう一度殴る。それをさっきと同じように防御用魔法陣で防ぐが魔法陣にひびが入る。
いける!そう確信した時、一本の剣を強くイメージする。すると何も無かった右手に黒い実体を持たない剣が出現する。それを魔法陣に突き立てて力を込める。
「こ…われろ……!」
魔法陣がパリパリと悲鳴をあげてもうすぐ攻撃が相手に届くという所でまた、あの衝撃が俺の体を襲う。
「グッ…………」
また吹き飛ばされてしまう。そしてこの一撃で体に纏わせていた反射魔法が途切れてしまい。追撃をもろにくらってしまった。
「なん……で?それはさっきもう消えたはず……」
俺のその問いに溜息をつきながら呆れた表情を見せる。
「無知……あまりにも無知。これくらいの魔法すら知らないなんて」
よろよろと立ち上がる俺にもう一度魔法を撃ち出す。それをなんとか回避するが、幾度か避けた後に必ず攻撃されてしまう。
なんでだ!?俺は逃げ回りながら相手の魔法を観察した。
俺が避けるとそのまま通りすぎる。そのあとまた俺を襲ってくる……そうか!分かったぞ!
俺は走り回るのをやめてその場に立ち止まった。すると相手の攻撃が俺目がけて飛んでくる。全てが正面まで迫った時、右手に構えた剣でその全てを薙ぎ払った。
「お前これ『追跡』を攻撃に応用したものだな?」
魔法には相手の魔力と気配を辿って居場所を突き止める『追跡』と言うものがある。それ自体には攻撃性が無いが、この魔法使いはそこに攻撃性を追加している。
するとどうだろうか。相手にあたるまで消滅することの無い魔法が完成する。
「そんだけ攻撃を追求した魔法使いがこれ以上何がしたいってんだ?」
魔法使いは俺ではなくもっと遠くの方を見ながら言う。
「私は攻撃魔法に特化しすぎた。しかしそれではあの方は振り向いてくれないのですよ!」
視線を落として俺を見ながら、
「そして私は『お前』や『魔法使い』ではありません。私の名前はルビナウスです」
「そうかよ!」
「ちょっと!離してよ!」
俺がルビナウスに攻撃を仕掛け用とした瞬間、氷翠の声が聞こえた。
「氷翠!」
名前を呼びながらそちらを向くと、神父服を着た男が氷翠の腕を掴んで立っていた。
「遅いですよ?何やってたんですか?」
「いやー、すいやせんね。ルビさんがあまりにも楽しそうだったので邪魔しちゃ悪いかなと思いやして」
「それは否定しませんが、もっと早く来てください。この魔龍が覚醒する前にことを済ませたいのですよ」
そう話しながらルビナウスは歩いて神父服の男に近づく。
「それでは魔龍君、私はこれで失礼しますよ」
三人の周りが青く光る。まずい!転移する気だ!
「待て!」
氷翠を助けるためにその輝きに向かって突っ込んでいくが、それも間に合わず、氷翠が連れていかれてしまう。
「くっそおおおぉぉおおおおお!」
すぐに携帯を取り出して、さっき起こったことを先輩に報告する。
「先輩!氷翠が!氷翠が!」
『何?どうしたの?落ち着いて説明しなさい』
「氷翠が攫われた!」
その俺の報告に先輩も動揺しているようだった。
『なんですって!?悠斗君、今どこにいるの?』
「県外のショッピングモール近くの公演です。位置情報送ります」
『ありがとう。それじゃぁ悠斗君は急ぎこちらに来てくれる?』
「わかりました」
俺はダッシュで駅に向かい、そのまま先輩の家に向かった。



「あの場所から一応トレーサーを放っておいたわ。それと同時に捜索要因も一人派遣しておいたからすぐ見つかると思うわ。」
リーナ先輩宅に到着した俺は、先程起こった出来事を全て先輩に話した。
その話を受けた先輩は、誰かに連絡したあとにトレーサーを放ち、氷翠を捜索してくれている。
先輩やローランは安心して欲しいと言うが、俺はずっと落ち着かない状態だった。
くそ……くそ……!なんであの時氷翠を助けられなかった!?もっと氷翠に意識を向けれていたはずだ!もっと氷翠に言うことがあったはずだ!俺が守りながら戦えれば!もっと強ければ……!こんなことにはならなかったのに!なんで、なんで……!先輩やローランからも注意されていたのに……俺は……くそ……。
「先輩、俺、氷翠を探しに行ってきます」
先輩は俺のその言葉を強く否定する。
「ダメよ。あなた今のこの状況をわかつているの?完全に相手に出し抜かれた。しかも、氷翠さんを攫われている。こんな後手後手の状態で相手の陣地に近づいたら確実に殺されるわ」
「それでも俺は!……あいつを救わなきゃいけないんだ……」
別に、氷翠のことが好きだとか、そんな感情は無い。あの日、あいつが泣いたところを見てしまった俺は、どうもあいつのことが気になってしょうがなくなってしまった。あいつと初めてあってそこまで日は経っていないけど……あいつが笑っているところを見るとどこか寂しくなってしまう。そんな感じがする。これは俺の自己満足なのかもしれないけど、俺は氷翠を助けたい。そう強く思ってしまう。
「先輩がなんと言おうと俺は行きます」
俺が部屋のドアまで歩いていくと、目の前にローランが立ち塞がってきた。
「どけよ……」
「ダメだ、状況をよく考えるんだ。今の君では一人で行っても勝てやしない」
「でも氷翠を救える」
「氷翠さんを救えたとして、君が死んだら誰が彼女を守るんだ?」
─────ッ。
俺はその一言で止まってしまう。
確かに……ローランの言う通りだ……俺はあの子に誓ったじゃないか。救うだけじゃない……手の届く範囲の人達は守りきると。自分の立てた約束を忘れるところだった。
その一言で俺はさっきよりかは落ち着くことができた。
「…………そうだな。ありがとな」
「いいさこのくらい、どうせ僕らはこれから腐れ縁になるんだからさ」
一つ借りができちまったな。いつか返そう、必ず。
「そうだな、腐れ縁になってやるさ」
「────ッ!なんですって!?そこに行けばいいのね?あなたはそこで待機しててちょうだい。相手を見失わないようにお願いね」
突然リーナ先輩が立ち上がって声を上げる。
「ど、どうしたんですか?」
「ルビナウスと一緒にいた神父服の男がこの町で見つかったらしいわ」
それを聞いた時、俺の中で湧き上がるものがあった。
「それじゃぁ、とりあえずそいつをぶっ飛ばせば氷翠を救える可能性が増すってことですね?」
「そうね、しかもその男と一緒に氷翠さんもいるらしいわ」
「行きましょう。俺はあいつを、あいつらをぶっ飛ばさないと気が済まないです」



転移魔法で移動すると敵にバレてしまう可能性があるため俺たち三人は走って目的地まで向かう。
あの神父服の男がいるという場所まで行ってみると、底は一軒家だった。
「ここってあいつの家なんでしょうか?」
小声で訊くと、先輩がそれに小声で応える。
「わからないわ、でも嫌な予感がするわね。なんとなく血の匂いがするのが気になるわ」
「リーナ」
俺たちの後ろから聞きなれない男の人の声がした。
結門ゆいと。お疲れ様、悪かったわね、こんな役回りさせてしまって。」
「いいさ、それよりも気をつけたほうがいい。あの神父服の男は危険だ」
「それは十分わかっているわ。みんな、行くわよ」
「「「了解」」」
「ここは危険だからね、先頭は俺が行こう」
そう言って結斗先輩(?)がドアノブに手をかけるとガチャリと扉の開く音がする。
「開いてる?」
「なんだろうね、ここがただの民家なら普通は閉まっているはずなのに」
「これはほんとに嫌な予感がするな」
先に中に入って様子を確認しに行っていたリーナ先輩が何か分かったのか、が俺に注意してくる。
「悠斗君、あなたは後ろに下がっていなさい。さっきあんなこと言ったけどここは想像以上に危険だったわ」
「どうしたんですか?」
「あの神父服の男……騎士じゃないわ。悪魔祓いエクソシストよ」
その一言に俺を除く男子二人が驚く。
「まさかエクソシストだったなんてね……」
「これは俺も予想外だったよ……」
「ここは一旦引いた方がいいかもしれないわね」
「…………俺は行きます」
そのエクソなんとかってのがどのくらい危険な存在なのか分からないけど、目の前に氷翠がいるんだ。助けに行くほかないだろう?
立ち上がって家の中に入ろうとする俺を結斗さんが止める。
「ダメだ、際神君。君は彼らが俺たちにとってどれだけ危険な存在なのかを理解していない。ましてや魔龍なんかを宿している君にとっては天敵といってもいい奴らなんだぞ?」
「それと氷翠を助けに行くことにはなんの関係もありませんよ」
俺はそう言って扉を開けて神父服の男のいる場所に向かう。
「待ちなさい!」
リーナ先輩を無視して走っていく。
「氷翠!」
リビングに入ってすぐに神父服の男と氷翠がいた。
「おやおや?これはこれは!クソザコドラゴン君じゃないですか?こんなことろに一人でなにしに?」
舐めたく様な口調しやがって……そして俺はあることに気づく。
男の足元に人が転がっていた。まさか……死んで……?
俺が足元に気付いたことに気付いたのか、笑いながら言ってくる。
「ああーその人ですか?その人はですね、悪魔なんてものに頼ろうとしたんですよ?だからその悪魔祓ったついでにその人の魂も救ってあげたってわけよ!いやー俺って良い奴!」
そんな理由で殺したってのか!
氷翠の方を見ると視点の定まっていない恐怖に彩られたような表情をしていたので、恐らくこいつとここに来て、その現場を見てしまったのだろう。
「このお嬢ちゃん、氷翠様んところの娘さんらしいじゃないっすか。そんな人が魔力を持つなんてねぇ……俺は笑っちゃいましたよ!」
氷翠が自分のことを話してくれた時のことを思い出す。あの時の氷翠は表面上は明るかったがとても悲しそうだった。
「……黙れよ」
「あん?なんですか?まさかこの俺様とやろうってんですか?」
そう言うと、男は懐から銀色の銃と銀色の剣を出してそれを構えた。
対峙する俺も、龍の紋様を出して構える。
「待て、際神君。君じゃ彼に勝てない。今は退くべきだ」
そんな俺の横に現れたのは結斗さんだった。
「嫌です。俺はどうしてもこいつを殴らな───」
パン!
リビングに乾いた音が鳴る。
「いってぇぇぇぇぇぇえええ!」
「あらあら余所見しちゃダメよ坊や?おれっちの持つ銃は銀製だぜ?」
撃たれた足をかばいながら、男に訊く。
「銀でできてるからってなんだってんだよ」
「知らないのかよ!どこまでも笑えるぜ!教えてやるよ、銀ってのはな清めの力があんだよ。だから『魔』を宿してる連中には効果抜群ってこった!」
「ここは一旦退くぞ際神君。ここで彼と戦っても彼女を巻き込むだけだ。リーナ」
「わかったわ」
結斗さんの声に頷いた先輩が魔法陣を展開して、何かを準備し始める。その魔法陣が青く輝く。俺はその色に見覚えがあった。
「氷翠を置いていくっていうんですか!?」
「諦めてくれ、悠斗君。もともと彼女はこちらと関われない人間なんだ」
「そんなの関係ない!おい!こっち来いよ氷翠!」
氷翠のもとに駆け寄ろうとする俺の襟首を掴んで結門さんが止める。
「何すんだよ!離せよ!」
俺を魔方陣の中に引きずっていき、結斗さんと俺がそこに入ると魔方陣がいっそう輝きだす。
俺の目の前を青い輝きが覆う。



深夜、グランシェール邸───
パン!
先程とは違う乾いた音が鳴る。
「悠斗君、あなたいい加減にしなさいよ?」
俺がリーナ先輩に平手打ちをくらった音だ。
「ねぇ、どうしてもっと冷静になってくれないの?あなたのその他人を救いたいという気持ちは素晴らしいと思う。でもそれがあなた自身に滅びをもたらすのなら、それは間違ったことって分からないの?」
「分かりませんよそんなこと……今更俺がいなくなったところで……」
「リーナ、今のそいつには何言っても無駄だよ。それよりも俺と一緒に来て欲しい。さっきローランともう一度調べに出て行ったら奴らの隠れ家である教会を見つけた。そこに向かうぞ」
「分かった。いい?悠斗君、あの神父服の男とは絶対に戦ってはダメ。今のあなたは不安定な力しか使えないただの魔法使いなのよ。私が許すところ以外での戦闘は許さないわ」
そう言ってリーナ先輩は結門さんとその教会へと行ってしまい、部屋に残されたのは俺とローランだけとなった。
この部屋の静寂を破ったのはローランだった。
「さて、そろそろ僕達も行こうか」
「行くってどこに?」
「敵のところに決まってるじゃないか。助けに行くんだろう?氷翠さんを、なら行かなきゃね」
「でも、先輩と結斗さんは行くなって……」
「あの神父服の男とは絶対に戦ってはダメ。私が許すところ以外での戦闘は許さない。それって姉さんはあの教会とそこにいる奴らを敵として認識したってことじゃないかな?そして際神君はあの魔法使いと戦うことを許されている。僕は姉さんのあの言い方は際神君を心配しながらも信用しているからだと思うよ?」
ローランからそう言われて俺は泣きそうになってしまった。
先輩はちゃんと俺の気持ちをわかった上であんなこと言ってくれたんだ……そんなことに気付かずなんてこと言っちまったんだ。
「だから僕も一緒に行くよ。それに僕は彼に用があるしね」
「ああ、行こう」

───Riena in Enemyground───

「なあリーナ、何もあそこまで言うことなかったんじゃねぇのか?」
不意に結斗からそんなことを言われて項垂れる。
「こんな時に何言ってるのよ。でもまぁ、私も言いすぎたなって反省はしてるわ。あとで彼に謝らないと」
「あいつにはあいつなりの芯があるんだ。それを踏みにじってまで物事を言うのはまずかったな?」
頭をポンポン叩きながら言ってくる結門の手を払って言い返す。
「そう言う小言は後でいくらでも聞くわよ。それよりも敵よ……全く、ここまでオープンにしてくれると逆に清々しいわね」
「ハハハ!そう言うなよリーナ。まっ、俺もだいぶイラついてるんでね……いいかテメェら?俺の友人の後輩に手をかけたんだ、それなりの覚悟をしてもらうぜ?」
「今回はしっかりと働いてもらうわよファーブニル。これが終わったら好きなもの買ってあげるから」
『任せなって!』
黄金のオーラを放ちながら相手に豪快な攻撃を仕掛けていく。
ついに、リーナ達とはぐれ立ちとの本格的な戦いが始まる。
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