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ドラゴンボーイ

File.7 The true power "subliaet " 祈ってなんかいられない

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 グランシェール邸を出発した俺達は敵地である教会の正面前の茂みに隠れて作戦会議をしていた。
「さて、なんとか誰にも見つからずにここまで来れたけどどうしようか?」
「ほぼ確実にルビナウスと神父服の男、そして手下の魔法使い共がいやがるからな、普通に行っても物量で潰されそうだ」
「そうだね、だから今は待とう。恐らくリーナ先輩と結門さんが手下達を蹴散らしている最中だろうからさ」
「そういえばずっと気になってたけど結門さんってどういう人なんだ?」
 誰にも訊く機会が無かったのでこの機会に教えてもらおうと思い、ローランに尋ねる。
「あの人はリーナ姉さんの昔からの親友だよ。僕が姉さんといるようになった頃には既に仲はだいぶよかったよ」
「でも俺あの人の名前聞いたことないぞ?リーナ先輩と一緒にいるならある程度名前知れててもおかしくないだろ?」
 まぁ、そもそもリーナ先輩のことすら知らなかったんですけどね、俺は。
「あの人は少し特殊なんだよ。あの人の強さは魔力だけじゃ測れないよ。その辺はおいおい話そう。それに際神君が自分から聞いてみて手合わせ願ってみなよ。それが一番手っ取り早い」
「それもそうだな。っと、音が止んできたな」
 さっきまで辺り周辺から轟音が響いていたけどそれが収まってきている。先輩達が手下共を徐々に減らしていっているのだろう。あの人たちに限って相手に負けることは無い。
「姉さん達、すごく暴れているね。これなら僕らが侵入しても誰にもバレないだろう。今回はファーブニルもしっかり協力しているようだし」
「おっしゃ。それじゃぁ、侵入開始といきますか!」
「うん。それじゃぁ際神君は氷翠さんの救出とルビナウスを、僕はあの神父服の男を相手するってことでいいかな?」
「十分だ、お互いに自分やることやってどっか飯行こうぜ。それと俺のことは悠斗でいいよ」
「ご飯か、それもいいね。分かったよ際か……悠斗君」

───Elder's side───

 リーナ・グランシェールと深那結門みなさきゆいとは順調に下級のはぐれ魔法使い達を倒していっていた。
 二人とはぐれ達の実力差は圧倒的なものであり、特に龍王の一角であるファーブニルを宿すリーナはその黄金のオーラの一撃で一度に何人もの敵を蹴散らしていく。
「さっすがリーナ!これは俺も負けてられないな!」
 そう言う結斗も自分の能力をふんだんに使って、相手を翻弄していた。
「なんだコイツ!?全く攻撃が当たらねぇじゃねえか!」
 相手が何人もの攻撃を束ねて結斗に仕掛けてもそれがことごとくそれてしまう。それにより相手の魔力が底をつき、できた隙を結門にやられてしまう。
「お前達がどれだけ俺に攻撃してこようとも、俺はその全てを超越してみせよう」
 結門の身体が夜の闇に溶けていく。どこまでも深く、どこまでも深く、そしてついに結斗の姿が完全に見えなくなった時、結門に攻撃していた何人もの魔法使いが倒れる。
 次に起きたのは、圧倒的なまでの輝き。この空間全てを覆うほどの輝きが相手を消し去っていく。その輝きが収まりその場に立っていたのは結斗ただ一人だった。
 そんな結門をいつもの事のようにリーナは見ていた。
「全く……でたらめな能力してるわね」
『あっ!おい!嬢ちゃん!前見ろ前!』
「えっ?」
 ドゴォォォォオオオン!
 強烈な爆発音が鳴り響き、煙があたりを覆う。
「は!戦いの最中によそ見するなんで殺してくれって言ってるようなもんだぜ!」
 リーナに攻撃した男がそう喜びながら叫ぶ。
『だーれが嬢ちゃんを殺したって?』
 煙が晴れるとそこには黄金色の盾に守られたリーナが立っていた。
「んな!?あれだけのものを食らっておいて!?」
『テメーらの攻撃は嬢ちゃんにはぜってえ届かねえよ!「龍王の抱擁アウロラ・ガード」この俺様が見てる限りは絶対に守りきってやるぜ!』
「ありがとうファーブニル。余所見していたわ」
『今度からは気いつけなよ』
 魔法使いの男はその様子を見て驚き、後退する。
「で……デタラメだ……そんなのこっちの攻撃がなんの意味も持たないじゃないか!」
 そして男はなにか思い立ったようにハッとする。そしてリーナを指さして震えた声で言う。
「その黄金色の髪、輝かしいオーラ、そしてそのドラゴン……まさか……まさか……『黄金の剣姫』!?」
 その名で呼ばれたリーナは少し寂しそうに笑う。
「その呼び名でそいつを呼ぶんじゃねぇよ」
 いつの間にか後ろにいた結門が魔法使いの耳元でそう囁き、自分の能力で消滅させた。
「ありがとう、結斗」
「いいって、気にしないでよ、さてと、次の仕事といきますかね」
「そうね、彼らが彼ら自身の戦いを出来るように私達は裏の仕事をきちんとこなしましょう」

───Junior's side───

 教会の扉を開けると、そこには至って普通の光景が広がっていた。ただの電気のついていない教会。でもひとつだけ違うのは、教会の奥から嫌なプレッシャーと身に覚えのある魔力が感じられる。
「おやおやおや、いらっしゃったのはお兄さんお姉さんではなく弟分のお二人さんでしたか」
 神父服の男が銃と剣を両手に持ちながらそう言う。
 俺達も戦闘態勢を取りながら、
「先輩達じゃなくて悪かったな。ひとつ聞かせろ。お前んところのご主人の狙いはなぜ俺じゃなくて氷翠なんだ?」
「そんなことただの下僕であるこの私めには分かりません」
 仰々しくお辞儀をしながらそう言ってくるが相変わらず人を舐めきった口振りだ。
 俺の苛立ちが最高に達して、走り出そうとしたが、その前俺の斜め前に立つ人がいた。
「この男の相手は僕がしよう。悠斗君は先に奥に行っててくれ、僕も直に向かおう。言っただろう?僕は彼に用があるって」
 笑顔でそう言うローランだったが、明らかにその目は笑っていなかった。
「りょーかい。先行ってるからな!負けたら承知しねぇぞ!」
「…………負けたら承知しねぇぞか……昔にも似たようなこと言われたかな」
 悠斗からそう告げられたローランは可笑しそうに笑うがすぐに真剣な顔になって目の前の敵に言う。
「君、元ヨーロッパ本部の人間だよね?君らのところの枢機卿は何してるのかな?」
「ペーペーの俺にはそんなこと分かりやせんねぇ」
「そうかい」
 両者同時に駆け出し、互いの剣が交錯する。



 ローランのおかげで何事も無くルビナウスのところへと行くことが出来た俺はついに氷翠を見つける。
 氷翠はこの地下の壁にある十字架に鎖で繋がれており、気を失っているようだった。
「氷翠!」
 俺が大声で呼ぶと、目を開けて返事をくれる。
「悠斗……君」
「あらあら、随分遅い登場でしたね、魔龍君」
 ルビナウスがコツコツと歩きながら俺の目の前に現れる。
「お前!なんで氷翠を狙う!?」
「あなたは彼女の能力を知らないんですか?」
 治癒の氷──。それが狙いか。
「彼女の能力はとても素晴らしい。癒しの力、この力はどれだけ努力しようと簡単に身につけられるものじゃない。もし身につけられたとしても、効果はほとんど無い。そのくせ消費する魔力は異常な程です。よって治癒の力というものは、ほぼ才能に左右される。生まれながらにしてその才能を持たない私は長年悩まされました。そしてついにある結論に至ったのです」
 こいつ…………!
「無いのなら誰かから奪ってしまえばいい……と」
 俺の怒りを他所に、ルビナウスは語り続ける。
「そしてここからが本題です。彼女がこの力のせいで家から追い出されてしまったのはご存知ですね?」
 それは知っている。氷翠が話してくれたからだ。
「実はこの力は悪魔だとか『魔』だとかは全く関係ないのですよ。あなたやリーナ・グランシェールに宿っているドラゴンも同様です。これら超常と呼ばれるもの達は神から与えられる力なのですよ」
 待てよ……それじゃぁ、それじゃぁ氷翠は……
「皮肉なものですねぇ、自分たちが信仰すべきものから授けられた物のせいで追放されるなんて」
 ルビナウスの言う通りだ、氷翠はもともと教会関係の家系に生まれた。本来なら神を信仰して天寿を全うするべきだった。神から与えられたもののせいで追いやられるなんて……しかもそれを氷翠の親達は知らなかったんだろう?なんだよ……なんだよそれ!
「ですから、私は彼女をそんなしがらみから解放して差し上げようとしているのですよ。その魂と共にね」
 神父服の男の一言が脳裏に浮かぶ。
『──その魂を救ってあげたってこと──』
「ですからあなたがたは邪魔なのです」
 ルビナウスがそう言い、手を上げるとどこに隠れていたのか三十人ほどの魔法使いとエクソシスト、そして騎士の格好をした人達が現れる。
「私はこれから儀式に入ります。その男が邪魔しないようにしなさい」
 ルビナウスは氷翠の方に振り返ると、両手で魔方陣を展開して呪文を唱える。それと同時に、氷翠が苦しみだす。
「うぅぅ……あぁ……」
 魔方陣が広がっていくにつれて氷翠もまた、苦しみだす。
「氷翠!クソッ!どけよお前ら!」
 氷翠のところに駆け寄ろうとするも、それをルビナウスの手下共に阻止される。俺は何度も倒されながらも立ち上がり、一人、また一人殴っていく。
それでも氷翠に届くことは無く、ついにルビナウスに氷翠の氷が奪われてしまった。
「あぁああああああ!」
 力を抜き取られた氷翠は力無く十字架に縛られている。
「ようやく、ようやくでに入れた!」
 ルビナウスはそう言いながら、地下室から出ていく。
「待て!」
 追いかけようとするが、手下共のせいでここから動くことが出来ない。
 邪魔だよ!どけよお前ら!
「悠斗君!」
 入口の階段からローランの声がする。
「悠斗君はルビナウスを追うんだ!」
 そこまで言って氷翠が死んでいることに気づく。
「氷翠さん……悠斗君は氷翠さんを抱えてこの部屋から出るんだ!早く!」
 氷翠に繋がれた鎖を切断して、俺に渡してくれる。
 俺は頷き、ルビナウスを追うことにした。
 それを阻止しようと手下共が邪魔するが、ローランが前に出て俺が出るまで出口を守ってくれた。
 氷翠を抱えながら地下から脱出すると部屋の真ん中で空を仰ぐルビナウスの姿が見えた。
「ねぇ、見てご覧なさい?さっき地下から出ようとした時に剣士の子につけられた傷よ」
 ルビナウスはその傷に手から発生している氷を当てる。するとさっきまであった頬の切り傷が綺麗に無くなった。
「悠斗……君」
 長椅子に寝かせていた氷翠が俺の名を呼ぶ。
「氷翠?大丈夫か氷翠!」
「アッハハ……なにそんな……泣きそうな顔してるの……?そんな簡単に死にはしませんよこの私」
「もういい、喋るな!」
 それでもお構い無しに氷翠は言葉を続ける。
「まだ……遊びに行きたい……ところあるし……さぁ」
「ああ、どこでも連れてってやるよ!」
「でも……ひとつだけ心残りがあるなら……家族に……一言謝りたかった……かな……」
「言えるから!絶対言えるから!だから……だから死なないでくれよ……」
「あー……あ……泣いちゃったよ……悠斗君……かっこ悪い……なぁ。ほら……私……に構ってないで……やること……あるんでしょ?それすっぽかしたら……絶交だかんね」
 そう笑って氷翠は完全に動かなくなった。
「神様……なんで氷翠をこんな目に遭わせたんだよ……助けてやってくれよ……なぁ、氷翠は何も悪いことしてないじゃないか……あんたが寄越した力で……突き放されただけなんだよ……俺が魔法なんか使えるから、あんたに背く力を使うからダメなんすか?それなら俺は神様になんか祈らねぇ……じゃぁなんだ?俺達には魔術王でもいるのか?なぁ……誰でもいいから……どうか俺に……俺に……あいつを殴り倒せる力をくれよ。それ以外は何も……何も望まないからさ」
 氷翠が死んでしまったのを目の当たりにした俺はフラフラとその場から立ち上がり、声を絞り出す。
「……なんで……なんで氷翠なんだよ」
 ルビナウスの方へ振り向き、涙でぐちゃぐちゃな顔を上げて叫ぶ。
「なんで氷翠なんだよ!俺を狙えよ!なんで俺じゃねぇんだよ!」
 救えなかった……
「おまえら俺の事狙ってたじゃねえか!それなら俺だけを殺しに来いよ!」
 手が届く範囲だったかもしれないのに……
「あなたの力は不安定すぎて私には扱えませんし、あなたを狙った理由は危険分子だったからです」
 これじゃぁ、あの時と同じだ……
「お前なんかの為になんで氷翠が死ななきゃいけないんだよ!」
「別に私のためじゃないわ、これも全てあの御方のために」
 俺は泣き叫びながら紋様を発現させた状態で走り出す。
「返せよ!その力返せよ!」
 ザシュッ!ザシュッ!
 走り出した俺の両足の太ももに、銀製の槍刺さる。
「ッガアアァァアア!」
 その勢いで転がり、壁に受け止められる。
「銀製の龍殺しドラゴン・スレイヤーの槍よ。これであなたも───」
 ルビナウスが言い切る前に俺は立ち上がり自分の脚から二本の槍を引き抜く。
 激痛で脚の自由が効かなくなり、その場で崩れそうになる。それでも立ちあがり、ルビナウスを見据える。槍で刺されようが、魔法で吹き飛ばされようが、立ち上がり、一歩一歩足を進める。弱っていく悠斗に反比例して、腕から放出される闇が深く、より密なものとなっていく。
 それを見たルビナウスが驚愕の声を上げる。
「な!?なんで立てるのよ!?銀製なのよ!龍殺しドラゴン・スレイヤーなのよ!?普通なら気絶して……いえ、死んでもおかしくないはず!」
 この時の悠斗の精神は既に肉体を凌駕していた。そんな極限の状態で悠斗は叫ぶ。
 あぁ?痛てぇ、痛てぇさ。でもな、今の俺は、そんなことよりも、お前が……氷翠のことを殺したお前が!
「お前のことが許せねぇんだよ!」
 気絶しそうな程の痛みに耐えながら自分の左腕を天にかざす。
『あなたに宿っている超常の者はあなたに応えてくれる』
「俺はお前を許さねぇ!そして何より!自分の信念を貫き通せなかった俺自身が許せねぇ!魔龍さんよ!俺は強くなりたい!だから応えるもんなら……俺に応えやがれぇぇぇぇ!」
 そう叫ぶと、これまでとは比べ物にならない程の闇が噴き出して、その闇が意志を持つかのように何かを形作っていく。
 闇の噴出が止んで、俺の後ろに現れたのはいつか夢で見た怪物そっくりのモノだった。
 そいつは俺の頭に直接話しかけてきた。
『いい覚悟だ。俺はお前のことを気に入ったぞ。さぁ……俺の力を使うがいいさ。我が名は「禁龍サブリエート・ドラゴン」アジ・ダハーカ。貴公の願いを聞き入れ、その力を発現しよう。俺の力を使ってみよ……相棒!』
 そう言って俺の左腕に戻っていく。すると紋様に変化が訪れる。
 一つだけだった頭が三つになり、龍の紋様の周りに小さな魔法陣がいくつも現れた。
「たかが魔龍ごときに何が出来るっていうのよ!」
 ルビナウスが銀の槍と四つの玉を同時に放ってくる。俺は槍を左手で迎撃して破壊し、オーラを放って玉を消滅させた。そのオーラの余波でルビナウスが壁に背中をぶつける。
「カハッ」
 立ち上がり、血の出る口元をぬぐいながら、俺に訊いてくる。
「ありえない……そのオーラの質量……まさか……まさか本当に……!」
 そんなこと構わずに放出され続ける闇と共に、俺は突貫していく。
 それに恐れたルビナウスは逃げようとして、飛ぼうとするが、それよりも先に俺が脚を掴まえる。
「逃がすかよ……」
 俺は掴んだ脚を力いっぱい握りしめて、
「くたばれクソ野郎がァァァアアア!」
 ルビナウスの腹部を全力で殴り飛ばす!
 ガッシャアアアアアアン!と壁にある窓をつけ抜けて、外へと吹っ飛んで行く。
 勝った……勝ったよ……氷翠…………
「悠斗君、よく敵を打ち倒してくれたわね」
 玄関方面から声がかかり、そこにいたのはリーナ先輩だった。先輩は歩きながら俺のことを褒めてくれる。
「本当によくやったわ。もうあの時のあなたとは違う……成長したじゃない」
「先輩……でも……でも俺は……」
 涙を流す俺を見て察してくれたのか、俺のことを優しく抱いてくれる。
「だれも……助けられませんでした……手の……手の届く距離にいた人を助けることができませんでした!」
「………………………………」
 先輩は何も言わずにただただ俺の小さな慟哭に耳を傾けてくれていた。
「おー、感動的なシーンで悪いが、ルビナウス持ってきたぞ」
 結門さんがルビナウス片手に教会に入ってくる。
「ありがとう、この人には聞きたいことが山ほどあるわ」
放られ、地面に伏したルビナウスの正面に立ち、リーナ先輩が問う。
「ごきげんよう。私はリーナ・グランシェール。知ってると思うけどグランシェール家の娘よ。以後お見知りおきを、と言っても直ぐに消えてもらうのだけれど」
 先輩はルビナウスの顔をしっかり見て問い詰める。
「まず一つ、あなた達のトップは誰?ただの中級、下級の魔法使いがここまでの規模のことを教会側と通じて実行するなんて不可能よ。誰かしらの口添え、もしくは協力がなければできやしないわ」
「答えられるわけがないでしょう……それはあのお方を裏切る行為になる。そんなこと私にはできない」
「…………そう、それは残念ね。なら消えてもらうしかないわ。結───」
 結斗先輩に始末を頼もうとしてこちらを向いた先輩は何故か俺の腕に注目していた。
「悠斗君その腕……そういうことだったのね。ルビナウス、あなたが負けた理由が何なのかわかるかしら?」
 その質問にルビナウスは忌々しそうにしている。
「分からないわよ……私がたかが下級の魔龍ごときに負けるなんて」
「魔の禁龍───幾千の魔法を操り、その力を極めれば国を滅ぼし、神をも滅ぼす力を有することができる」
 それを聞いたルビナウスは戦慄していた。
「所有者の魔力を最大限にまで引き出し、その戦う姿から『魔龍皇』とまで呼ばれた。アジ・ダハーカ。それじゃぁ、私の憶測は正しかった……それならおかしい!なぜ!何故そいつの紋様はただの魔龍のものだったんだ!」
「私も初め見た時は、よくてヴリトラかと思っていたわ。どの紋様にも似ても似つかない───でもさっき気がついたのよ。悠斗君、あなた、魔力許容量かなり低いでしょ?」
 急に質問されて戸惑うが素直に答える。
「はい、かなり低いです。ぶっちゃけ魔法を四、五回使えば底をつくこともあります。それがどうしたんですか?」
 ローランと結門さんが可笑しそうに笑う。
「なんだ、そういうことか……」
「これは傑作だな……」
 ルビナウスはわからないと言った様子だった。
「彼の魔力許容量の低さのせいで完全にアジ・ダハーカを発現できなかったのよ。そしてアジ・ダハーカとヴリトラは同じ邪龍として考えられていた。恐らく三つ首以外の特徴が似ていたのでしょうね」
「そんな……そんな話があっていいものか!」
ルビナウスがそう叫ぶが、
「仕方ないじゃない、実際にあったんだもの。それじゃぁ、もうあなたに用は無いわ。結門」
「了解」
「待ちなさい!こんなことしてもいいと思っているの?外にはまだ私の仲間が多勢いるのよ!?」
 それを聞いた結斗さんが言う。
「そいつらなら全員始末したよ」
 ルビナウスは信じられないといった表情をしたが、諦めたのか目を瞑った。
「じゃあな」
 結門さんがルビナウスの背中に触れると、ルビナウスがそこから消えていった。

 ルビナウスが消えていって俺達しかいないこの教会はとても静かなものだった。俺は先程の戦いで体力を使い切り、その場に座り込む。
 ルビナウスは倒した……仇は取った。でも氷翠は帰ってこない……。なぁ神様、なんであんたはこんなふざけた力を人間なんかに与えるんだ?
「悠斗君、こっちに来てくれ」
 氷翠のことを見に行っていたローランから声がかかる。
「どうしたんだよ」
「氷翠さんの様子がおかしいんだよ」
 俺は全身に力を入れて立ち上がり、氷翠の方へと向かう。氷翠を見ると身体が氷で包まれていた。
「ルビナウスから取り戻した彼女の力と彼女自身が共鳴している?」
 手の平にある青く光る宝石のような物を俺たちに見せながら、結斗さんが言う。
 それが結斗さんの手の平から飛び出して強く輝き、人のような形を作っていく。
「あの、なんか人の形をした何かがいるんですけど」
 俺がそうみんなに言うが、俺以外誰も見えている様子はなかった。
「どこにいるの?」
「いや、だから目の前に」
『際神悠斗、今私はあなたにしか見えません』
 喋った!?
『私はこの氷翠舞璃菜に宿る超常の者「氷姫の慈悲グレイシア・ヒーリング」です。あなたに会うのはこれで二度目ですね』
氷姫の慈悲グレイシア・ヒーリング』それが氷翠の能力の名前か……。
「それで、俺に何の用ですか?」
『私は彼女を生き返らせようと思います』
「生き返らせる!?そんなことできるのか!」
『可能です、しかしそれには悠斗さんの……禁龍の協力が必要です。しかしこれはあまりにも危険です。もしかしたら悠斗さんの魔力を氷が侵食してしまうかもしれません』
「それでも構わないさ、俺は氷翠が生き返るならそれでいい」
 氷姫はしばらく考えたあと、ひとつ頷いて、俺に説明をし始める。
『それではまず、彼女とあなたの魔力を同調させてください』
 同調……とりあえず俺の魔力を流せばいいのか?
『違う、全くなっておらんではないか。今回は俺が協力してやる。ほら俺に合わせろ』
 聞こえた声に言われた通りにすると、俺の中に冷たい何かが入ってくるのが分かる。
『もう侵食が始まっている。急がないと、そのまま今あなたの頭の中にある呪文を唱えてください』
 呪文?そんなのは何も浮かんでないぞ?
 そう思う俺だったが、いざ唱えようとすると、自分の知らない言葉が自分の口からでてくる。
「此の生命いのちが招かれざるものであろうとも───」
 悠斗の周りの空気が凍り、白い靄がかかる。
「此の身を幽界へと誘おう───」
 周りの靄が悠斗を中心に渦を作りだす。
「我欲するは不朽の泉───」
 それに続いて氷姫も言葉を紡ぐ。
『我捨て去るは、不壌の理───』
 渦が中心に集まりだし、氷翠の中へと入っていく。
「『汝、無に帰す生命に不朽の源を受け入れたまえ』」
 氷翠に集まっていた氷達が弾け飛び、氷姫は満足したように氷翠の中へと帰って行った。
 氷翠が「ううん」と声を発して目を開ける。俺はそれを見てまた泣き出してしまった。
「あ、おはよー悠斗君。私どんくらい寝てた?」
 おそらく自分が死んだことはわかっているが、俺を安心させるためにわざと嘘をついているのだろう。俺はそれをわかっていながらも、泣くのを止めることが出来なかった。
 俺は反射的に氷翠を抱きしめて、
「よかった……よかったよ氷翠」
「だから言ったでしょ?そんなに簡単に死にはせんよ」
「そうだな……生きててくれて……本当にありがとう」



 次の日の朝、俺はリーナ先輩にあの校舎のいつもの部屋に来るようにと言われ、いつもより早く家を出て、部屋に向かった。部屋に入っても誰もいなかったので、適当に椅子に座って待っていた。
 扉が開き、入って来たのはリーナ先輩、ローラン、そして結門さんの三人だった。
「先輩、おはようございます」
「おはよう。随分早かったわね」
「先輩が時間指定してくれなかったからですよ。それで、用事ってなんですか?」
 荷物を置いて自分の椅子に足を組んで座ったリーナ先輩が楽しそうに俺に言ってくる。
「実はあなたには折り入ってお願いがあるの」
 先輩は机の引き出しから紙を一枚取り出して俺の前に置く。
「私には夢があってね、将来とある大会に出てタイトルを取りたいの」
「はぁ……」
「そこで悠斗君にはその禁龍の力を見込んで私のチームに入ってもらいたいの」
「は?いやいやいや、何でそうなるんですか?」
「そう言えばそろそろ中間試験よね?確か悠斗君って中間試験ダメだったら退学って話があったような無かったような……?」
「ま、まぁ確かにそうですけど……?」
「もし私のチームに入ってくれるなら、今回の中間試験私たちが全力でサポートしてあげたり無かったり?」
 その言葉についつい反応してしまった。
「マジですか!?」
「たしか今回の試験って記述と団体戦だったわよね?実は私のチーム二つ枠余ってるのよねぇ」
 リーナ先輩がめっちゃいやらしい顔でこっち見てくる。
 だけど、この試験が今後の生活を大きく左右すると言っても過言ではない。クソォ、この人口達者すぎるだろ!
「分かりましたよ!やります!やらせてもらいますよ!」
「よかった。悠斗君ならそう言ってくれると信じていたわ」
 俺は渡された紙に自分の名前を記入する。
「そう言えば、二枠って言ってましたけどあと一人は誰なんですか?」
「それはねぇ、そろそろ来ると思うんだけど」
「すみません!遅れましたー!」
  扉が突然勢いよく開き、そこにいたのは氷翠だった!
「まさか……」
「そのまさかよ。彼女の回復能力は今後に置いてもとても重要になってくるわ」
「これで全員揃ったな」
 結門さん立ち上がり、みんなに声をかける。
「いいかい皆、今ここにいる五人はこれから先ずっと一緒に過ごすことになる。まぁなんて言うか……仲良くするように」
 先生かよ……。
「悠斗君、今日の放課後空いているかな?一緒にご飯でも行かないかい?」
 ローランからの意外な誘い。覚えてたのねちゃんと。
「分かった、放課後ラーメンでも食いに行くか!」
 俺たちの話を聞いていたのか、結斗さんが俺たちの間に入ってくる。
「なんだなんだ?二人だけで行こうとしてるのかい?どうせなら五人で行かないか?」
 それにはリーナ先輩も氷翠も賛成のようだった。
「それはいいわね。今から予約しておきましょうか」
「ラーメン!?みんなで!?行く行くー!」
 この流れについていけてない俺はローラン訊く。
「な、なんか全員で行くことになってるっぽいけど、お前はそれでいいか?」
 ローランは笑顔で、
「僕もその方がいいかな。せっかくなんだからみんなで行こうよ」
そうして、放課後に五人でラーメンを食べに行くとこになった。俺達は近くのラーメン屋に行って夕食を済ませた。
 帰り道───
「なぁ氷翠、今度また時間あったらどっか遊びに行かないか?」
「どうしたの突然?」
「嫌なこと思い出させるかももしれないけど、誘拐されて、殺されて、楽しみ奪われて、嫌な二日間になっちまっただろ?だからそれの埋め合わせをしたいなーと思って」
 それを聞いた氷翠はしばらく考えて、
「いや、いいよ。確かにあれは怖かった、嫌だった。だけど私もあの後家に帰ってちゃんと親と話して。お互いに理解し合えたんだし。あの事件がなかったら、今こんなにも清々しい気分になんかなってないんだろうし……。それの埋め合わせってことはそれを全部無くしちゃうみたいで嫌だな」
 俺は驚いていた。普通なら、忘れたい。記憶から消してしまいたいと思えるほどのことを氷翠がこんなにも前向きに捉えているなんて思ってもみなかった。
 氷翠がこんなにもスッキリとした顔をしているんだ……俺も前向いて進むしかないな!とりあえずは目の前の中間試験だ!
「それなら、埋め合わせじゃなくて、普通に俺とどっか遊びに行こうぜ?」
「ええー、それはそれでなんかデートみたいで嫌だな」
 デートと言われ顔を赤くする。
「デデデデデデ、デートじゃねぇし!」
 俺の反応に可笑しそうに氷翠が笑う。
「冗談だって!いいよ!どこに行こうか?」
「ジ〇イポリスなんでどうだ?」
「ジョイポ〇ス!?東京!?やったー!」

 俺は氷翠の笑う顔を見てさらに強く思った。

 もっと強くなろう───と。


───The true power "forbidden" ───

「ようやく覚醒したか」
「お!やってるねぇ、全くお前はどこまで強くなりたいんだよ」
 そう問われた青年は不敵な笑みを見せながら答える。
「もちろん一番さ、俺は最強になりたい」
「最強……ねぇ」
 男は子供の夢を聞く父親の様な顔をしていた。
「なぁ、俺のライバルってどんなやつなんだろうな?」
 青年の顔は本当にライバルとの戦いを楽しみにしているようだった。
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