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修学旅行の英雄譚 Ⅰ

何も無い日:おとといぶりの悪魔

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「拓翔のやつどんだけ食うんだよ、財布から重さがなくなったんだけど」
放課後ラーメンを二人に奢り財布からお金がほとんど消えた。本当はラーメンだけのはずなのにあいつがサイドメニューまで頼みやがるせいで……。今月分のお小遣いのほとんどがあいつの食費になるとかふざけてるとしか言えない。
「でも勝負を自信満々に受けたのは悠斗君でしょ?それなら文句言えないよ」
空腹を人の金で満たされてご満悦な様子の氷翠がそう言うが、残念ながら論点はそこじゃない。けど、それはともかく。
「ラーメンの件は今度あいつに無理にでも奢らせるとして、お前いつの間にかかなり強くなったよな」
先の手合わせで一番驚いたのは氷翠の強さだった。少し前まではそこら辺の学生と同じくらいでただ治癒の力が特別なだけだったのに、久しぶりに戦うところを見てみたらあの通り、修学旅行先でのボディーガード必要あるのか?まぁそれはいいとしてこの成長速度、アジ・ダハーカが言っていたのはこのことかと実感した。
「実はね、最近リーナちゃん先輩と練習してるんだよ」
「リーナ先輩と?なんで?」
「うーん……なんでって言われても……。今の私はあの時みたいな治癒の力は無いただの学生、リーナちゃん先輩みたいな凄い力があるわけじゃないし、マゼスト君みたいに剣が使えるわけじゃないでしょ?だから今できることをできるだけ伸ばしたいんだ。これはただの受け売りなんだけどね。それに私にまたあの力が戻ってきたらもっと役に立てるでしょ?あの時私は何もできなかったから」
それはザスターさんとの試合前の合宿で俺が食堂で言ったのと全く同じだ、あの時俺が感じていたやるせない気持ちを今こいつが持っているってことか……?俺は最終的に新しい力を生み出し、そして自分のすべきことを成すことができた。でもこいつにはそれが無い。
「そんな深刻に考えるなって、そんなに詰めて考えるような状況にならないことが一番なんだから。俺はもう面倒事はごめんだ」
それを聞いた氷翠は笑った。
「そんな悠斗君ほど重く考えてないよ?それでも私は力を取り戻すのを諦めないけどね。だって怪我はすぐに治した方がいいからね」
一番深刻に考えてたのは俺の方だったのかもしれない。



家に到着して玄関の扉を開けると、リーナ先輩、結斗さんの靴ともう一つ見知らぬ靴があった。客人かな?でもこんな時間に誰か来るなんて聞いてないぞ?
「そうか、あいつらはもうすぐヨーロッパに───」
「えぇ、あの子達には存分に楽しんでもらいたいわね」
リビングの方から話し声が聞こえる。一人はリーナ先輩でもう一人は……誰だったっけ?すごい最近聞いた声な気がするけど。
「ねぇ、多分ザスターさんじゃない?」
あぁ!そうだ!だからどっかで聞いたことある声だと思ったのか。
「ちょっと挨拶だけでもしていくか?」
「うん!」
二人でリビングに向かい、ザスターさんに挨拶をする。
「ザスターさん、この間ぶりです。今日は何しに来たんですか?」
「お久しぶりですザスターさん」
俺達の声に気づいて顔を見ると「おお!お前達、この間ぶりだな」と笑顔で返してくれた。ほんと、あの時の傲慢な態度が嘘みたいだな。
「突然の訪問失礼する。今日はこの辺りで仕事があったからな、そのついでによらせてもらった」
仕事?悪魔が人間の世界で仕事することがあるのか?
「ザスターやその他の貴族悪魔、もしくは上級悪魔は自分の領地での仕事はもちろん、こちらの世界で契約した相手との仕事もあるのよ」
リーナ先輩が説明してくれる。悪魔が人間の世界で仕事かぁ、何やるんだろう?
「俺達悪魔は契約した相手の願いを叶え、その対価を貰う。それが基本的な悪魔としての仕事だ、いつの時代もそれは変わらない。他にも人間界に脱走した魔物の討伐などもあるが、最近は警備が厳しくなり依頼件数も右肩下がりになっている。仕事が減るのは苦しいが、いいことだ」
「悪魔は人間を襲うなんてイメージが強いようだけれどむしろ逆よ。悪魔ほど人間を大切にする種はいないわ。中には襲う悪魔もいるのでしょうけど」
人間と常に関わって生きているわけだからそりゃそうか。悪魔のイメージが一気に塗り替えられたな。
「それとここに来た理由はもう一つ、お前達はハイスクールのイベントで北欧に行くらしいな?」
リーナ先輩は「そうだったわ」と手をポンと合わせると、俺と氷翠を席に座らせた。
「ザスターが今度の修学旅行のことで話があるらしいのよ」
ザスターさんが指を鳴らすと隣に魔法陣が現れ、そこから人が出てきた。その人には見覚えがあった。
「ミラ!?なんでお前がここに?」
「ミラはお前達が行こうとしている土地に詳しい。ぜひこいつを案内役として使ってやってくれ」
ミラは俺と目が合うとプイっと顔を背けてしまった、あらあら、嫌われてますかね?
「コラ、しっかりと彼らに挨拶をしなさい。俺達は客人だ。」
ザスターさんに注意され、ミラは俺たちに頭を下げる。
「お久しぶりです、リーナ・グランシェール様、氷翠舞璃菜さん。この度は氷翠さん達の旅をより良いものにしたい所存であります。お役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いいたします」
「うん、よろしく」
「ザスターのチーム、眷属なのだからそんなにかしこまらなくていいのよ?向こうではこの子達をよろしく頼むわね?」
先輩と氷翠はミラを受けいれている様子だった。でもこいつ、俺の名前だけ出さなかったぞ?しかも絶対に目を合わせようとしない。その様子にザスターさんも頭を抱えていた。
「すまんな、こいつはお前と深那と戦ってからずっとこの調子なんだ。毎日何かとお前のことで文句を言っている。さっきここに来る時だって───」
「話していません!やめてくださいザスター様!私は、別にこいつのことなんか……」
ザスターさんにものすごく反対したと思ったら急に自分から萎れてどうしたんだ?
「多分お前のことを悪くは思っていないだろうから安心してくれ」
「は、はぁ?」
もう一度ミラの方を見るとべーっと舌を出してまた俺から顔を背けた。ほんとに俺何したんだよ?
時計を見たザスターさんが席を立つ。
「そろそろ帰らなねば、これで失礼するよリーナ、魔龍皇。行くぞミラ」
「え?もう帰るんですか?」
ザスターさんは頷いて誇らしげに言う。
「俺は上級悪魔だからな、俺を求める声は冥界に数えられないほど上がっているのだよ」
「そうっすか」
「おい!なんだその反応は!まさか信じてないな!?」
「そんなことないですって。あなたの強さは俺達分かってますから」
あの試合でザスターさんのチームは強かった。リーナ先輩から聞いた話ではアンリ・マンユの呪縛が解けてからの方が恐ろしかったらしい。ということはザスターさんにの魔術の力はあの悪神を超えているというとこだ。そんな人を馬鹿にできるものか。
ザスターさんは恥ずかしそうに咳払いをする。
「と、ともかく、お前達はイベントを心置き無く楽しんでくるがいい。そして魔龍皇よ、これをお前に言っておかなければらならい」
「俺に言っておくこと?」
「そうだ、もう一つの『禁』はすでに解かれている。それじゃぁな」
それだけ言い残してザスターさんとミラは魔法陣の中に消えていった。
もう一つの『禁』、どういうことだ?
リビングに残された三人、そういえば一人足りないような?
「先輩、ローランはまだ帰ってきてないんですか?今日は生徒会の仕事無いって久瀬から聞いてたんですけど」
「え?今日あの子は生徒会の仕事があるから遅くなるって言ってたわよ?」
嫌な予感がした。急いで携帯を鞄から取り出し、電話をかける。しかしローランの携帯には繋がらなかった。
「どうなの?」
リーナ先輩が心配な顔をして訊いてくる。
「だめです、出ません」
『そりゃ出ねぇだろうな。あいつは自分の本当の目的を思い出しちまったんだからよ。おいアジ・ダハーカ、あいつは見つかったかよ?』
「本当の目的?どういうことなのファーブニル?」
『あいつの「魔力無効領地ウィーク・ポイント」のせいか、発見に時間がかかる。もう少し待ってくれ』
お前まで何やってんだよ?
『結斗を呼びな、お前さん達に話すことがある』



結斗さんも家に集まり、ローラン以外の全員がリビングに集まった。
『よし、全員集まったな?話を始めるぜ?』
皆の目線がリーナ先輩の腕に集まる。
『まず、あいつはこの時代の人間じゃない』
さっそく訳が分からない話が出てきた。この時代の人間じゃないって言われても現にあいつは今生きてるじゃないか?
『あいつの本名はローラン・デミディーユ。今からだいたい千四百年前にいた人間だ』
そこで声を上げたのは意外にも氷翠だった。
「ちょっと待って、その時代のローランって言ったらあのシャルルマーニュの一人の?」
「知ってるのか?」
「知ってるもなにも超有名な話じゃん。常に民衆の先頭に立って、民衆のために戦ったフランスの戦士だよ」
フランス……そういうことだったのか。
『あいつは自分の愛剣だった聖剣デュランダルが折れてから消息不明になりやがった。おそらくこの時代まで何度も転生を繰り返したんだろうな。あいつの左目は転生者特有の魔眼だ』
魔眼───前にアジ・ダハーカから聞いたことがある。普通捉えられない現象を見ることが出来る目を持つ者がいると、そして基本魔眼は人間と他の種族が交わった時に稀に現れるものだとも聞いた。
「ローランは人間と何かのハーフってことか?」
『いいや、その魔眼とはちょっと違うな。坊主が想像している魔眼は人間と他の種族が交わることで起こる突然変異みたいなもんだ。だが転生者の魔眼はそうじゃない、転生というこの世の真理をねじ曲げる行いをしたものへの枷だ。あいつの「魔力無効領域ウィーク・ポイント」はあの魔眼のせいで得てしまった力だな』
顎に手を当ててずっと話を聞きながら考えていた結斗さんがファーブニルに訊く。
「でもそれだけだとあいつがこの時代にまで来た理由が無いじゃないのか?もしローランの目的がその聖剣を取り戻すことだとしたらそれはいつでも出来るじゃないか?」
たしかに……聖剣の奪取ならいつでも出来る。それじゃぁなんで?
『あいつは……教会を敵視している、憎んでいると言っていいほどにな』
そこで教会が出てくるとは思っていなかった。ヨーロッパ、キリスト教の本拠地。
『僕は悪魔祓いエクソシストの彼に用があるんだ』
『教会の最高顧問は初代騎士王だ』
あれはそういうことだったのか。もっと早く気づいてやれれば……!
『この時代に来たのはおそらく偶然、いや、運命に惹き付けられた必然なのかもしれないな。それでもあいつは修学旅行先で何かしら事件を起こす。そん時は坊主、嬢ちゃん、何とかしてくれよ?』
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ。向こうで俺たちがなんとかするのは分かった。なんとかするよ。でもその前に、なんであいつが教会を憎んでいるのか教えてくれよ」



僕は教会を許さない。
『君は間違っている!僕らが成し遂げたかったのはこんな事じゃなかったはずだ!』
『我々の祈願は確かに叶った、然しこの世は未だ不完全……ならば我々が完全な世界を創造するしかあるまい?』
『その結果がこのザマだ!……もういい、君がこのままその道を進むなら僕は僕の道を進ませてもらう』
『いいのか?ほんとにあいつ行っちまうぞ?』
『よい、我々は完全な世界を目指すだけ、やつはそれに相応しくなかった。それだけのことだ』
『俺の能力からお前を除外しなきゃならんがいいか?』
『いいさ、僕は人間だ。人間らしく生きるよ』
『ローラン!私も着いていく!』
『……分かった。これからも頼むよ』
今から二千年以上前、世界は滅びかけた。
ある国で勃発した戦争が波紋を広げ、この世界全てを巻き込むほどの戦いになった。そしてそれは天界、冥界にまで影響を及ぼす。
神、魔王が死に、世界の均衡が崩れ始める。それぞれトップを失った天使、悪魔は内部での覇権をめぐっての争いが始まる。
次に現れたのは世界最強の種族──ドラゴンだ。彼らはどの種族とも一切関わりを持とうとせず、自らの力に誇りを持っていた。ドラゴンだからという理由で狩られ、倒させ続けた彼らが求めていたのは安寧だけだった。ドラゴンは死ぬことはない。魂さえ残っていればいくらでも蘇る。しかし彼らが味わう痛み、傷みは他の種が感じるそれと同じ。自分たちが起こした戦争でドラゴンはそれを奪われた。自分たちの起こした戦争は彼らの怒り、すなわち逆鱗に触れてしまったのだ。
そこからはあっという間だった。戦場で暴れ回るドラゴンを止められる術はなく、人間、悪魔、天使は撤退する他なかった。
戦争が終わった。力を持たず逃げ隠れすることしか出来ない民は喜んだ。しかし、本当に過酷なのはここからだった。
多くの国が消え、殆どの人間が路頭に迷う。飢饉、内乱、生まれる独裁者。長い間それらが人間を襲った。
そらを防ぎ、世界の調和を保つべく集められた七人。それが『七極騎士セブン・ナイツ』だ。
彼らは初めに人々が寄り添えるものを与えようと考えた。それが今存在する教会の始まりだった。
心の拠り所が無く、安らぎを覚えることのなかった人々にとってこの存在は大きかった。
「神を信じ、身も心も捧げなさい。さすればきっと神はあなたに慈悲をくれる」
馬鹿げている……神はとっくに死んでいるというのに……。
しかしそのおかげで人々に活気が戻り始め、復興への希望が見え始めた。
『ここまで戦ってきて、犠牲も少なくなかった、でも、この瞬間のために命を賭してくれた民のためにも僕らは戦っていこう』
『そうだな、私もこの団の長としてみなを導いていく義務がある』
嬉しかった。賑やかで明るい声が聞こえる。数えられないほどの笑顔が見られる。それだけで十分だったんだ。
あの時までは───
『待ってくれ!君は一体何を考えてるんだ!?聖裁だと!?こんなのはただの虐殺じゃないか!』
聖裁──優れた人間を選定するための儀式なんて名ばかりのただの大量虐殺。
『我々が望む世界は完璧な世界。そこに必要なのは優れた人間のみだ』
『……口ではどうとでも言える、でも君は逃げているだけだ』
最初は順調だった。しかし、噛み合っていたはずの歯車が少しずつ狂い始め、ついにはバラバラになってしまった。
『君は……本当にこれが彼らのためになると思っているのか?』
『当然だ、でなければここに出すことはない』
人々を救う、そんな思想を持って動いていた彼らだが、どれだけ力を持とうとも彼らも人間であり、いや、強大な力を持ったからだろう。自身でも止められることのできない欲が生まれてしまった。
『僕はこんなものに付き合ってられない……!ここから抜けさせてもらう』
『好きにするがいい、次相見える時はお互い敵同士だろう』
『いいさそれで、僕は君を止める、その汚れきった考えと共に』
そして数年後、教会とその反乱軍の全面的な戦いが始まった。
結果は教会側の勝利となった。あらゆる手を打ったが、どれも通じず、万策尽きた僕達はただただ殺されるしかなかった。
『反逆の徒よ、最後に言い残すことはあるか?』
『僕は君達を……教会を許さない』
そうして僕は死んだ。
転生という道を選び、再びこの世に降り立った僕が初めに驚いたのはあれだけの戦いを知るものが誰もいないという事だった。
教会がこの事実を握りつぶしたのだとすぐに分かった。
僕は思い出したよ。僕はあの戦いの中で失ったものを取り戻し、教会を潰して、公にこの事実を晒す。
それが僕のできるあいつらへの復讐だ。
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