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修学旅行の英雄譚 Ⅱ

英雄であるということとは?

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ある日、導かれる様に森の中を歩いた僕を待っていたのは綺麗な泉とその中央に刺さる大きな剣だった。
この頃まだただの平民だった僕は苦しい生活を少しでも免れようと必死だった。だからこの剣を質屋に売るために抜こうとした。収まることを知らず、どこまでも激化する戦争、そのせいで多少の金属でもかなり高値で売れたんだ。
剣を抜くために泉に足を入れ、柄を掴む。その瞬間僕の頭の中に色々なことが流れ込んできた。

『これがデュランダルか───』
『あの忌々しい魔剣に───』
『滅びを司る剣とは真逆の不滅の剣───』
『しかしこれを本当に人間に渡せばいいのか?』
『ならばこの剣に選ばせればよい。 これを扱えるだけの器、そして魂の持ち主をな』
『こいつと魔剣は必ず戦う運命にある。悪神がグラムと名付けたあの剣に対してこの剣は「不滅の剣デュランダル」としよう』
『しかし人間ごときにこれが扱えるのか?欲望に眩み、自ら滅びへの道を歩む愚かな者達に渡すべきなのか……私は賛同しきれぬ。その剣が選んだからといえ、必ずそのものが完全な善だとは言いきれぬであろう?』
一人の神がそう言うともう一人の神が笑いながら言う。
『人間という種族を過小評価しておるな?たしかに人間は愚かで、欲にまみれた醜い者達なのかもしれん。しかしな、私はそんな発展途上の彼等がどんな進化をしていくのが楽しみでならないのだよ。これは人間達に対する試練でもある。世界の破滅を迎えるか、世界を救うのかを永い時間見守ろうではないか』
『この世界を導いてきたのは我々だ!お前はその権利をいとも容易く彼奴らに渡すというのか!?』
『それは今までのことであろう?そうではない、今を見てみろ。この世界を回しているのは我々か?悪魔か?否、人間達であろう?私は気付いたのだよ、この世界は既に私達の手を必要としていないとな』
『口だけではいくらでも言えよう。しかし今のお前は神としてある種に肩入れし過ぎている。それを私は神として見過ごすわけにはいかぬぞ?』
『ふふふ、それを言うのならお主も人間をやけに腫れ物のように扱っているようだぞ?』
『信じるとでも?』
『逆に問おう。信じないとでも?』
………………。
……………………。
『ふん、そんな戯言たわごとを……しかしそうだな……ならば賭けよう、その剣を見つけた神の領域に達する魂の持ち主が堕ちてグラムに負け、世界を救えなけれは私の勝ち、勝てばお前の勝ちだ。勝者は敗者の権限を全て貰う。いいな?』
『よかろう。私はこれで失礼する』

『─────────。───。──』
『───!』

意識が急激に現実に引き戻される。頭に大量のノイズが発生し頭痛がした。
今のは何だったんだ?神?魔剣?賭ける?世界が滅びる……?色んな情報が一気に押し寄せて来て、頭の中がグチャグチャだ。
…………でも。

人間を信じる──。

この剣を作ってくれた人は何を思って人間を信じるって言ったんだろうか?この剣を扱うに値する魂の持ち主……つまりこれを振るう覚悟があるってことなのだろうか?創造主は何を予期したのか、何を求めているかわからないけど、でもこの剣が教えてくれた彼の気持ちは本物だった。
ローランの頭に流れできたものは元々正義感の強かったローランの心を揺らした。厳しい世の中で生きていく為に自分の気持ちを抑え込んで荷抜きなどを行ってきてきた。この剣だってできるならばここから持ち去るなんてことはしたくない。でも自分が生き残る為に、自分が生き残る為にと自分に言い聞かせていたはずなのに。
『彼』の言葉はローランの正義感に強く突き刺さりある種の覚悟を目覚めさせた。
……僕は何をしようとしてた?
……僕は何をしていた?
戦ったか?
抗ったか?
己を殺して、時代に呑まれて……何かを変えようとしたのか?
違う、違うだろ……違うだろ!
戦えよ!抗えよ!自分を突き通せ!自分の力で世界を変えろよ!
ここに僕が来たのは偶然か必然か、それとも運命か。でも僕は多分選ばれたんだ!だから僕が証明する!『彼』の言葉が真実だと、人間の進化、成長の可能性を僕が証明してみせる!
そう心に決めて柄に力を込めて泉から剣を引き抜く。白い刀身があらわになり閃光が周りの景色を飲み込んでいく。
目を開けると真っ白な空間にいた。
『お前がデュランダルに選ばれたのか。ふむ、たしかにその魂はそれを扱うに値するな』
少し離れた前方に背の高い顔の見えない人が現れて僕に話しかける。驚き叫ぼうとしたけど口を開いても声が出なかった。
『声が出ないかのが不思議か?口で話そうとせず、心で唱えてみろ』
「あ、あー」
出た!?どうなってるんだ?
『お前はその剣に選ばれた。その剣をどう使うか、自信に宿る力をどう扱うのか……それは私達が干渉できることではなく、お前自身が決めることだ』
「ど、どういうことですか?」
『今は分からずともよい。しかしその剣を持てば戦火に身を投げるのは確実、そしてあの者との闘いも避けられぬ』
「そこに立つのが僕……」
『そう心配になるな。お前が我々にも劣らず持っているものは「先導する力」仲間を集め、共闘せよ。デュランダルを抜くことができたのだ、それだけの力がお前にはある』
「導く力……先頭に立って、導く」
『ふむ、その様子だとそいつに記憶を見せられたようだな。人間の進化の可能性、かつて神がある種に与えた最大の過ちであり、最高の祝福』
「じゃぁあなたは──」
僕が言い切る前にその人は両手を広げ、この白い空間を仰ぎながら、
『最後に、これは私から贈り物だ。*****。今はまだ扱えんかもしれんがこれをまた抜く時が、お前の真の力を見せる時となるだろう』
目の前から消えて、空間が僕を中心に収束して僕の心臓部分に消えていった。手には抜き身のデュランダルが握られいる。
これが、英雄ローランの誕生の瞬間だった。

  ──And modern──

「それじゃぁ僕はもう行くよ。班のみんな待たせちゃってるし」
話し合いがある程度進んだところでローランが立ち上がる。
「あ、待って。私もローランと一緒がいい」
それを見たオリヴィエが着いて行こうとしたが、拓翔とさっきロビーに着いた光崎に首根っこ掴まれて止められる。
「オリヴィエ、お前はこっちだ。いい加減本能の赴くままに生きるのをやめてくれ……それに付き合わされるこっちが疲れる」
「んな!?それなら晶だってもっと本能剥き出しで生きたらどうなの!?そんなに頭の中で考えて押さえつけてばっかじゃたまるものも溜まるでしょ!」
あんたらどういう会話してんだよ……。
「際神、このままじゃ話進まないし早く行きましょ」
ちょっと面倒くさくなってきた様子の黒澤が何故か俺に出発を促す。
「モンサンミッシェル見たら昼飯食って、それならローラン達と聖剣の泉で合流って形でいいよな?他に行きたいところとかあったら言ってくれよ?」
「あ、じゃぁ私シャンゼリゼ通り行きたい」
シャンゼリゼ通りか、ここら辺だな。
「分かった。でもローランたちとの約束もあるし、そこに行くのは帰りでもいいか?」
「いいよ。買いたい物の目星はついてるからぱぱっと済ませられるしね」
「了解。拓翔と黒澤は?」
「私は特に何も」
「俺も歩いて見れりゃなんでもいいぞ」
最後に地図を少し確認して氷翠と拓翔たちの確認も済ませ、言い合いをしている二人にも声をかける
「よし、じゃぁ俺達もそろそろ行く──」
「だいたいあの時の任務だってお前が面倒くさがって前に出たせいで──」
「はぁ!?あれはあんたがよくわかんないところで自分からでしょ!?私のせいに──」
「俺は常に確実性を求めて──!」
「行くぞ……」
「いちいち回りくどいって言ってるでしょ!」
「行くって……」
「「ほんとにオリヴィエ「晶」は面倒くさい!」」
「今のお前らの方が面倒さいわ!行くからさっさと準備しろぉ!」

    ──〇〇〇──

「「でっけぇ……俺ん家何個分あるんだ?」」
モンサンミッシェルについて俺と拓翔が口を揃えて言った。
修道院?教会……?どっちか忘れたけど、これが大昔に建てられたなんて考えられないよな。だって昔はクレーンとかシャベルみたいな機械なんて無かっただろ?
「これくらいの大きさなんだー。家二つ分くらいかな?まぁまぁ大きいよね」
隣でちょっとおかしな発言が聞こえた気がするけど無視無視、こいつは価値観が庶民からかなりズレてるんだから、いちいち反応するだけ体力の無駄使い……。
「どお?すごい建物でしょ?」
オリヴィエが先に柵に手をかけて俺たちの方を向き自慢げに話し出す。
「ローランと騎士王が二人で手を取り合って作り上げた昔の人達の心の支えだよ。私達もあちこち走り回って大変だったんだから」
へぇ、これをあいつが建てたのか、そう考えるとほんとにすげぇやつだったんだなって思うわ。
「そん時にお前はもうローランといたのか?」
「私?まさか。そんなに昔から──」
「あー!黒澤ちゃん見てよあそこすごく綺麗だよ!こっちからまわってみようよ!」
オリヴィエの声が氷翠の大声にかき消される。
見ると拓翔と氷翠が黒澤の背中を押して俺達から距離を置こうとしていた。
「ちょ、ちょっと氷翠さん!?押さない、押さないでよ」
「まぁまぁいいじゃねぇかよ。俺も着いてくし文句ねぇだろ?」
「はぁ?それこそ文句つけたいわよ!」
拓翔が親指を立ててはにかんだのを俺も小さく親指を立てて返す。
「俺も向こうに着いていく。お嬢の護衛だ」
 光崎も氷翠達の方に行ってしまった。
偶然にもオリヴィエと二人きりのチャンス、ここで聞けること聞いとかないと。
「なぁ、なんでローランはちょっと悲しそうなんだ?あいつにあるのが教会への憎しみだけだとしたらまず最初にその組織をぶっ潰しに行くのが筋だろ?なのにあいつはそれをせずになんでデュランダルを探してるんだ?」
オリヴィエは遠くを見ながら話し始めた。
「ローランがデュランダルを手にしたのはあいつがまだ十三歳の頃。私と出会ったのがその二年後であいつの最初の仲間だった。それからどんどん仲間を増やしていって、それがいつの間にか巨大な組織になっていったの。それから貴族の奴らをほぼ全員やっつけた」
いきなり全く関係のない話を展開されるが、今それを言うのは不躾だと思い黙って聞く。
「それでよかったの。でも次にあの時代にとっての水準以上の生活を手に入れて楽しくて幸せな毎日を手に入れた私達を襲ったのは聖書の種族間での戦争だったんだよ。私達が仕向けた争いがまさかそこまで拡がっているなんて思ってもみなかった。罪悪感と絶望感に襲われた」
「それってあれか?こいつともう一体のアホが暴れ回ったっていう?」
自分の左腕を出して聞く。
「そう、天使と悪魔がそれぞれのトップを失って、均衡が崩れて世界がめちゃくちゃになった時にね。それで特に責任感を感じていたのはローランだった。自分が世界を変えるって心に決めて、民のためにと思って戦ったのにそれが国だけじゃなくて世界を滅ぼそうとしていた。それをどう思うかなんてこんな私でも簡単に分かる」
最近までただの学生の俺には全く想像つかないことだ。実際に俺がローランの立場だったらどうしてたんだろうか……。
「禁龍はローランがなんで英雄って呼ばれてるか知ってる?」
「滅茶苦茶強かったからじゃないのか?」
俺が知ってる英雄といえば、アーサー・ペンドラゴンとか、呂布とか、曹操とか、ギルガメッシュとか……その人達は逸話上だと超人的な何かしらを持っててそれを使って偉業をなしとげたんだから。だからローランもその人達に勝らずとも劣らない力があったんだろ。
しかし、俺の答えにオリヴィエは笑っていた。
「どうせアーサーとか呂布とかそこらへんのとんでもない人ばっか頭に浮かんでるんでしょうね。あいつはそこまで強くないわよ」
「そうなの?俺からしたら高すぎる壁なんだけど?」
「それはあんたが弱すぎるからよ。そこら辺の人達と並ぶならあのブレイビンフィールドなんか一人で終わらせられるはず。ローラン自身の実力は世界でも上の下くらいよ」
「じゃぁなんで?」
「ローランがその人達と並べられるところはそういう『個』としての強さじゃない。自身の戦い方、振る舞い、言葉、そして魂全てで仲間を最高に鼓舞して勝利へと導く。どんな苦境に立たされても絶対に折れずにデュランダルと共に私達を導いてくれたの」
「なるほどね。英雄にも二種類あるってことか」
「そ。その強大な力で畏れられつけられる英雄と、力が無くとも慕われつけられる英雄がある。ローランは極端に後者だったの」
「お前はどうなんだ?ローランの隣にいたならそれなりに名前も知れてるだろ」
そう訊くと少しだけ纏う雰囲気が暗くなった。
「……私は、そんなに偉くないよ。自分の大事なものが守れないくせになにが英雄だよって感じだよ」
『まだ気にしているのか?』
左腕に紋様が浮かびアジ・ダハーカが直接二人の脳に伝えてきた。
「うるさい、あんたに分かんないわよ」
急な二人の険悪な空気に驚く。
「アジ・ダハーカ、何があったんだ?」
『オリヴィエ。本名オリヴィエ・メシアンには年後の妹がいた──』
「いい、今自分で話す。あんたは黙ってて」
オリヴィエが遮るように怒気を孕む声で制す。
「まぁもう言われたけど私には一人妹がいた。その妹は私に比べればとんでもないくらい弱くてどんくさかった。でも頭の回転が早かったからまわりの男達からも慕われて自慢の妹だった」
『俺とこいつは一時期の付き合いが……というより俺が個人的に助けて貰ったんだ。だから表には出ず、影からサポートをしていた』
「もう、だから入ってこなくていいって……。それから何年もすぎたある日、私たちの本拠地がばれて奇襲をくらった」
「分かった。もういい」
自分が重なる。あと一歩踏み出せば助けられたはずなのに助けられなかった。
「だから自分は英雄じゃないってことな」
「そういうこと。あぁもう!あんたが変な話するから白けちゃったでしょ!」
「悪かったな。じゃぁ拓翔達を呼んでみんなで旅行としますか」
そう言って携帯の画面を確認すると拓翔と氷翠からものすごい量のメールが届いていた。
そのメール内容はどちらも『はやくこい』といったもの。顔を見合せみやな予感がした俺とオリヴィエは全速力でさっき来た道を逆走して四人に合流する。
到着すると四人だけではなく、リーナ先輩と七宮先輩、そして血だらけで身体中傷だからけのミラの姿があった。
「ミラ!おい!起きろって!」
手に伝わる体温は暖かく、体も規則的に動いている。
リーナ先輩の方を見ても首を横に振るだけで、何も分からない様子だった。
「氷翠!ローランには!?」
「電話したよ。ごめん……こういう時に私の役割があるのに肝心な場面で役立たずで……」
「今はお前になんの非もねぇよ。先輩、とりあえずホテルに戻りたいです」
俺がそう言うよりも早く、既に先輩は青い光に包まれていた。
「分かってるわ、もう準備は済ませてる。あなたも彼女を背負ってここに」
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