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修学旅行の英雄譚 Ⅱ

Mira with Durandal

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冥界に帰った私は数年数ヶ月ぶりに実家の鍛冶屋に帰った。扉を開けた瞬間の熱、金属を叩く音、騒がしい機械音が懐かしいけどそれを全て無視してその音の発生源に急ぎ足で近づく。
「お父さん!ただいま!」
カンッ!カンッ!と規則的な音と機械音のせいで私の声がかき消される。
「お父さん!ねぇお父さん!」
先程よりも声を大にして帰ってきたことを伝えようとするがやはり聞こえていない。
「お父さんただいまって!」
耳元でそう叫ぶとようやく私の帰りに気づいた。
「びっくりしたぁ!なんだミラ、帰ってきてたのか。お前ザスターさんの命令で人間界のフランスに行ってたんじゃないのか?」
手から金槌を離し、赤い金属を冷水に浸し、機械を止めると奥の部屋に二人して入る。
「それで?ザスターさんの命を無視してまでこっちに来たんならそれだけの理由があるんだろ?」
「うん。お父さんずっと『俺は昔人間のローランって英雄と戦場を駆け回ったもんだ』って言ってたでしょ?」
「おう、そうだな。今思い出してもあん時は辛かったが最高の思い出でもあるな。急にどっか行っちまってよぉ」
「思い出にふけるのは今はいいから。本題に入るけれどよく聞いてね。そのローラン様に会ったの。あの人からは魔力が感じられなかった。お父さんの教えてくれた特徴と一致してる」
お父さんは一瞬驚いた表情を見せるがすぐに安堵と少しの怒りを含んだ表情を見せた。昔の友人が突然現れたから、喜びと今までどこ行ってたんだと問い詰めたい気持ちが渦巻いているというようだ。
両目を指で必死に抑えて涙を我慢しながら過去の友人の無事を喜ぶ。
「あんの野郎ぉ、この俺を千五百年も待たせやがって……今度会ったら絶対ぶん殴ってやるからな……!ミラ、ちょっとそこで待っとけ。そういうことならお前の要件はあれしかない」
そう言って工房に戻り白い包帯に包まれた何かを持ってくる。それを机の上に置いて私の正面にまた座る。
「こいつの本体に絶対に触れるなよ?触れればお前は消えちまう」
慎重に包帯を解いてその大きな刀身を露わにする。
その剣を一言で表すなら『大きい』両手持ちなのか片手持ちなのか分からない。片手で持つには大きすぎるし、両手で持つには少し小さい刀身。どう見ても設計ミスとしか思えない。けれど他にこの剣にとっていい形があるのかと聞かれるとそれも思いつかない。自分は小さい頃から父の仕事をこの目で見てきた。だからある程度『見る』ということにおいては自信を持っている。それなのにこの剣については何も言うことがない。不完全な形をしているのにそれで完成しているからだ。
「これはローランが昔使っていた聖剣デュランダル。あの戦で真っ二つに折れちまったが、俺がその欠片を集めて鍛え直した。持ち主が復活したってんなら渡してやれ」
「いいの?お父さんが直接渡さなくて?」
千五百年という気が遠くなるような長い年月……悪魔の私達が永遠に近い時を生きるとしてもその長さは変わらない。
「まぁ、親子代々って言うわけじゃねぇけどよ、俺もあいつもいつまでも過去に縋って生きるわけにはいかねぇんだよな。もしまた俺達が会う時が来るとすればそれはこの世界に本当に平和が訪れた時だ。それが何百年、何千年後か分からんけどあいつはその時が来るまで転生し続けるだろうし俺も死ぬ気はさらさらない。姿は変われどすぐに気づくさ」
「……分かった。この剣は私が絶対にローラン様に渡す。それで、お父さんの願いも聞かせるよ」
そう言って白い包帯で刀身を隠しそれを背負って実家から出ようとするとお父さんに引き留められる。
「ちょっと待て。あいつは自分のことをなんて名乗ってた?」
「?ローランだけど?」
「違う違う、ファミリーネームの方だ」
名前なんてなんでもいいのに……どういうことなの?
「ローラン・マゼスト。それが今の名前だって」
しかしお父さんは頭を掻きながら舌打ちをする。
「あの野郎、ふざけてんなぁ」
「その名前になにかあるの?」
「あいつは元々平民の出だからファミリーネームが無かったんだ。でもあれだけの功績を持つやつがそれを持たないのはおかしいって俺がつけてやったんだよ。フランス語で『英雄』をなんて言うか知ってるか?」
「エィロー?」
「それも間違っちゃいねぇがあいつにその名は似合わないよな。いいか?あいつも指す『英雄』は『デミディーユ』だ。それをあいつは自分に相応しいと自虐心で言いやがるが、そうじゃねぇ。あいつの本当の強さは決して折れない心。だから『不屈の英雄デミディーユ』だ。もしあいつが折れそうになった時はこれを思い出させてやれ」
強く頷いたミラは、父の言葉をしっかりと胸にしまい込んでまたフランスに向けた転送陣に向けて走り出す。


デミディーユの本来の意味は『半神』である。しかしそれを英雄と当てはめ、それを心として表したのはゴート・アークノエルが初めてローランの戦いを見た時に剣筋ではなく彼の闘志と戦いの在り方に惹かれたからだ。
その決して折れず、常に先導者として立ち続ける魂は神そのもの。悪魔であるゴートは彼の魂が戦いの最中で神の領域まで到達していることを知っている。
『はぁ!?ファミリーネーム持ってないって嘘だろ?人間界じゃぁ全員がそうなのか?』
『いやいや、僕みたいな平民がファミリーネームなんか持つわけないだろ?貴族社会、人間界はそういうもんなんだよ』
『けっ、洒落臭い。それなら俺が付けてやるよ』
『僕にかい?それを持つのは歴史に名を刻める人達だけだよ。僕なんかがそんな……』
『うるせぇ!もう決めたよ。お前は今日からローラン・デミディーユだ。永く生きる俺が名前をくれてやったんだ。絶対後世に残せよ?』
『デミディーユか……たしかに半端者の僕にはピッタリな名前だね。未だに超越化もできない僕に君も飽き飽きしてるだろ?』
『そんなわけねぇだろうが。その代わりにお前は俺たちの為に生き残るための戦略を考えて必ず成功させてくれるじゃねぇか。そこに恨みもなけりゃ、恩しかないぜ?お前の強さはその魂の在り方だと俺は思う。ただの人間でありながら神の域までに到達しうる魂に俺達は惹かれたんだよ』
『ありがとう。この名に恥じない戦いをするよ』
そして最後の戦い、二刀を構えるローランとエクスカリバーを構える王の姿は今となっても忘れない。
そのつるぎは今もその心の中に。
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