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第七話 抑圧
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「ワタルにいちゃん!」
あの日、聞き覚えのある、だが少し声が変わりをしている声で名前を呼ばれた時。心臓が跳ね上がった。振り返るとそこには詰襟の学生服を身に纏い、あの日から少し成長したトモヤが目をきらきらとさせて佇んでいた。
学生服姿のトモヤは色気がありとても眩しかった。
久しぶりに会ったトモヤは綺麗になっていて心が掻き乱された。一般的に男性を褒め称える言葉ではないのはわかっているが、それが一番適する言葉だった。昔は日に焼けていたがトモヤの母親に似て色白になっていた。少し冷える日だったこともあり、ほんのり頬が色づいていたのも扇情的だった。
心の奥に押し込めて忘れていた、消えていたと思ってはずの想いや欲望が首をもたげた事に焦り、話している最中もトモヤの姿を視界に映さないように努めた。しかし、トモヤはそんなことお構いなしで自分の心に入り込んで理性を掻き乱していく。
池がある庭園から建物の裏側へ連れて行き二人きりで話した時、あのまま連れて帰って犯したかったのが本心だった。恐らく射精できるようになったであろうトモヤにキスして、抱きしめて、衣服を脱がし、あの日自分にしてくれたようにトモヤの性器を舐め啜って泣かせるぐらい快くしてやりたかった。もう嫌だと言ってもやめないぐらい、トモヤの全てを自分のものにしたかった。
だが心を鬼にした。
彼女が出来たと言い放った後の真っ青な顔をしたトモヤを置いてそのまま立ち去った自分を恨んでるならそれでいい。普通に生きていくにはこうするのが一番いいんだ。自分にそう言い聞かせた。
◇
その日の夜はやけに寝苦しく、なかなか寝付けず苛々していた。そのうちうつらうつらとしてきて半分寝ているような起きているような、不思議な状態になっていた時だった。夢にトモヤが出てきたのは。
ここは森林か、青い空と瑞々しい芝生、周りには緑の木々が競うように茂っていた。その中に法事の時と同じ詰襟の学生服を着たトモヤが木の側に佇んでいた。にっこり笑うとあの日と変わらない八重歯が見える。あの八重歯をぺろりと舐めるとくすぐったいと笑ったトモヤの姿が遠い昔の事のように感じる。
にいちゃん、そう言って自分に抱きついてくるトモヤに困惑しつつも夢のせいかそこまでの抵抗感がなく、抱きしめ返そうとすると自分の腕の中からするりと抜けて行く。トモヤに触れようと手を伸ばしたら悪戯っぽく笑ってかわされてしまいゆっくりと芝生を駆けていく。その先には新緑の銀杏の木達が生えている。昔二人並んで帰ったあの並木道のように、幹がしっかりして立派な銀杏達だった。
トモヤはその中の一本の銀杏の後ろに隠れた。そして反対側から顔を出すと今度は女性の姿になっており、カンカン帽と白のワンピース姿。今でも鮮明に覚えている、忘れることができないあの日のトモヤと似た女の子の姿をしていた。胸ぐらいの髪の毛を耳にかけながら近づいてきたトモヤと向き合う。ワタルを見上げるとトモヤは優しく微笑む。
「にいちゃん、俺、大人になったんだよ」
トモヤがそう呟いた瞬間、トモヤに対する想いが溢れ出し頭が真っ白になる。思わず引き寄せて、唇に噛み付くように口付けて貪り合う。トモヤのスカートをめくろうとした時だった。
「ジリリリーーーー!!!!!」
鳴り響く電子音。
煩わしいことこの上ない目覚ましの音で脳が、目が、一気に覚醒してしまった。ワタルはゆっくり起き上がると、下半身に不快感を覚え頭を抱えた。夢精するなんてどうかしてる。こんなに必死に忘れようと、押さえ込もうとしているのに。
外から雨音が聞こえる。今日は雨のようだ。まるでワタルの陰鬱な気持ちを表しているかのようだった。
◇
それからだった。頻繁にトモヤがワタルの夢に出てくるようになったのは。絶対にトモヤの肉体、つまり性器に触れることはなく触ろうとした瞬間夢は突然終わって目が覚める。大抵は夢精して目覚め、毎回鉛のような罪悪感に苛まれる。
付き合っている彼女もいて、将来も真剣に考えている。こんなことで悩んで立ち止まっている場合ではない。いつまでも過去に縛られるわけにも行かないのだ。それからはもうトモヤのことを何もかも忘れようとただただ仕事に打ち込んだ。
ある日自宅で同棲している彼女と夕食を摂っているときだった。彼女が心配そうにこう切り出してきた。
「ワタル、最近残業多いよね。仕事ちょっと頑張りすぎじゃない?何だかちょっと調子も悪そうだし…」
彼女は自分の身を案じているらしい。何故そうしてるかなど本当の理由なんてとても言えたものではない。食器を置くと静かに切り出す。
「心配かけてごめん。今後のためにも、ほら…結婚とか、旅行とかもしたいし。少しでも貯めておきたいんだ。でもちょっと頑張りすぎてるもしれない。ちょっと抑えて、健康管理もちゃんとするよ」
「そ、そうだよ、ワタルってそうやって頑張っちゃうところあるから…」
彼女も食器を置き、髪を耳にかけると目線を泳がせた。ほんの少し頬も赤い。
「どうした?」
「でも嬉しい、わたしとのことちゃんと考えててくれてて…」
視線を少し伏せながら恥ずかしそうに微笑む彼女の姿に、ちくりと胸が痛んだ。罪悪感とこれでいいという心。
「わたしもできる範囲でお仕事頑張る!お局さんは腹立つけど…お互いのこれからのために一緒に頑張ろうね」
彼女はそう笑った。テーブルに置かれた彼女の手にワタルは自分の手を重ねた。彼女の手の甲には小さなホクロがある。ほんの一瞬よぎったトモヤの背中にあったホクロの記憶。赤ワインのグラスに口をつけ赤い液体と一緒に喉に流し込む。喉がかっと熱くなり、これで記憶が消えたようなきがするのだ。
きっとそのうち忘れる、普通にしていれば。普通にさえしていれば。これから結婚だってその先の生活も人生もある。後ろを見ている暇なんて、ないんだ。
ただトモヤを忘れたい、その一心で。
あの日、聞き覚えのある、だが少し声が変わりをしている声で名前を呼ばれた時。心臓が跳ね上がった。振り返るとそこには詰襟の学生服を身に纏い、あの日から少し成長したトモヤが目をきらきらとさせて佇んでいた。
学生服姿のトモヤは色気がありとても眩しかった。
久しぶりに会ったトモヤは綺麗になっていて心が掻き乱された。一般的に男性を褒め称える言葉ではないのはわかっているが、それが一番適する言葉だった。昔は日に焼けていたがトモヤの母親に似て色白になっていた。少し冷える日だったこともあり、ほんのり頬が色づいていたのも扇情的だった。
心の奥に押し込めて忘れていた、消えていたと思ってはずの想いや欲望が首をもたげた事に焦り、話している最中もトモヤの姿を視界に映さないように努めた。しかし、トモヤはそんなことお構いなしで自分の心に入り込んで理性を掻き乱していく。
池がある庭園から建物の裏側へ連れて行き二人きりで話した時、あのまま連れて帰って犯したかったのが本心だった。恐らく射精できるようになったであろうトモヤにキスして、抱きしめて、衣服を脱がし、あの日自分にしてくれたようにトモヤの性器を舐め啜って泣かせるぐらい快くしてやりたかった。もう嫌だと言ってもやめないぐらい、トモヤの全てを自分のものにしたかった。
だが心を鬼にした。
彼女が出来たと言い放った後の真っ青な顔をしたトモヤを置いてそのまま立ち去った自分を恨んでるならそれでいい。普通に生きていくにはこうするのが一番いいんだ。自分にそう言い聞かせた。
◇
その日の夜はやけに寝苦しく、なかなか寝付けず苛々していた。そのうちうつらうつらとしてきて半分寝ているような起きているような、不思議な状態になっていた時だった。夢にトモヤが出てきたのは。
ここは森林か、青い空と瑞々しい芝生、周りには緑の木々が競うように茂っていた。その中に法事の時と同じ詰襟の学生服を着たトモヤが木の側に佇んでいた。にっこり笑うとあの日と変わらない八重歯が見える。あの八重歯をぺろりと舐めるとくすぐったいと笑ったトモヤの姿が遠い昔の事のように感じる。
にいちゃん、そう言って自分に抱きついてくるトモヤに困惑しつつも夢のせいかそこまでの抵抗感がなく、抱きしめ返そうとすると自分の腕の中からするりと抜けて行く。トモヤに触れようと手を伸ばしたら悪戯っぽく笑ってかわされてしまいゆっくりと芝生を駆けていく。その先には新緑の銀杏の木達が生えている。昔二人並んで帰ったあの並木道のように、幹がしっかりして立派な銀杏達だった。
トモヤはその中の一本の銀杏の後ろに隠れた。そして反対側から顔を出すと今度は女性の姿になっており、カンカン帽と白のワンピース姿。今でも鮮明に覚えている、忘れることができないあの日のトモヤと似た女の子の姿をしていた。胸ぐらいの髪の毛を耳にかけながら近づいてきたトモヤと向き合う。ワタルを見上げるとトモヤは優しく微笑む。
「にいちゃん、俺、大人になったんだよ」
トモヤがそう呟いた瞬間、トモヤに対する想いが溢れ出し頭が真っ白になる。思わず引き寄せて、唇に噛み付くように口付けて貪り合う。トモヤのスカートをめくろうとした時だった。
「ジリリリーーーー!!!!!」
鳴り響く電子音。
煩わしいことこの上ない目覚ましの音で脳が、目が、一気に覚醒してしまった。ワタルはゆっくり起き上がると、下半身に不快感を覚え頭を抱えた。夢精するなんてどうかしてる。こんなに必死に忘れようと、押さえ込もうとしているのに。
外から雨音が聞こえる。今日は雨のようだ。まるでワタルの陰鬱な気持ちを表しているかのようだった。
◇
それからだった。頻繁にトモヤがワタルの夢に出てくるようになったのは。絶対にトモヤの肉体、つまり性器に触れることはなく触ろうとした瞬間夢は突然終わって目が覚める。大抵は夢精して目覚め、毎回鉛のような罪悪感に苛まれる。
付き合っている彼女もいて、将来も真剣に考えている。こんなことで悩んで立ち止まっている場合ではない。いつまでも過去に縛られるわけにも行かないのだ。それからはもうトモヤのことを何もかも忘れようとただただ仕事に打ち込んだ。
ある日自宅で同棲している彼女と夕食を摂っているときだった。彼女が心配そうにこう切り出してきた。
「ワタル、最近残業多いよね。仕事ちょっと頑張りすぎじゃない?何だかちょっと調子も悪そうだし…」
彼女は自分の身を案じているらしい。何故そうしてるかなど本当の理由なんてとても言えたものではない。食器を置くと静かに切り出す。
「心配かけてごめん。今後のためにも、ほら…結婚とか、旅行とかもしたいし。少しでも貯めておきたいんだ。でもちょっと頑張りすぎてるもしれない。ちょっと抑えて、健康管理もちゃんとするよ」
「そ、そうだよ、ワタルってそうやって頑張っちゃうところあるから…」
彼女も食器を置き、髪を耳にかけると目線を泳がせた。ほんの少し頬も赤い。
「どうした?」
「でも嬉しい、わたしとのことちゃんと考えててくれてて…」
視線を少し伏せながら恥ずかしそうに微笑む彼女の姿に、ちくりと胸が痛んだ。罪悪感とこれでいいという心。
「わたしもできる範囲でお仕事頑張る!お局さんは腹立つけど…お互いのこれからのために一緒に頑張ろうね」
彼女はそう笑った。テーブルに置かれた彼女の手にワタルは自分の手を重ねた。彼女の手の甲には小さなホクロがある。ほんの一瞬よぎったトモヤの背中にあったホクロの記憶。赤ワインのグラスに口をつけ赤い液体と一緒に喉に流し込む。喉がかっと熱くなり、これで記憶が消えたようなきがするのだ。
きっとそのうち忘れる、普通にしていれば。普通にさえしていれば。これから結婚だってその先の生活も人生もある。後ろを見ている暇なんて、ないんだ。
ただトモヤを忘れたい、その一心で。
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