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第ニ章:氷の騎士と解釈違いの英雄
004 陽だまりの終わり
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リゼットが放った言葉の棘は、まるで氷の楔のように、リビングの温かい空気に打ち込まれていた。
シン、と暖炉の熾火が爆ぜる音だけが、張り詰めた静寂を支配する。
リゼットは、ガイルがどう反応するかを、そのアイスブルーの瞳でじっと見据えていた。怒りか、屈辱か、あるいは狼狽か。どんな反応であれ、この男の器を測り、己の優位性を確定させるための、重要な一手のはずだった。
だが、ガイルの反応は、彼女の予想のどれにも当てはまらなかった。
「……そうか」
ただ、静かに、それだけを呟いた。
その声には、怒りも、屈辱の色もない。まるで、遠い風の音を聞くかのように、ただ事実として、彼女の言葉を受け止めている。そのあまりに凪いだ態度に、リゼットの眉が微かにひそめられた。
「分かった。その役目、引き受けよう」
ガイルはソファに深く腰掛けたまま、真っ直ぐにリゼットを見つめ返した。その瞳の奥に宿るのは、先程までの激情とは違う、どこまでも深く、全てを見通すかのような冷徹な光。それは、獲物を前にした狩人が、自らの役割を淡々と受け入れる時の、覚悟の光だった。
(……なぜ、動じない……? 侮辱されたのだぞ、この男は……!)
リゼットの内心の動揺を、隣に座る魔術師が見逃すはずはなかった。
「あら、リゼット様。あなたは、何か大きな勘違いをなさっているようですわね」
ふわり、とセレスティアが微笑む。その声は春の陽だまりのように温かいのに、その場の空気は、まるで絶対零度へと向かうかのように、さらに冷え込んでいく。彼女の慈愛に満ちた真紅の瞳の奥で、静かな怒りの炎が揺らめいていた。
「わたくしの夫は、『護衛役』などという受動的な存在ではありませんわ。わたくしが彼の隣に立つことを許され、彼がわたくしの隣に立つことを選んでくださっている。ただ、それだけのこと。聖石の力は、わたくしたちが『共に』戦うための、数ある道具の一つに過ぎませんのよ」
その言葉は、リゼットが必死に築き上げた論理の城を、その土台から静かに、しかし完全に覆した。主従でも、護衛でもない。二人は、絶対的な対等の下に、魂で結ばれている。その揺るぎない事実が、セレスティアの言葉を通して、リゼットの心へと流れ込んでくる。
「なっ……」
言葉を失うリゼットに、セレスティアは慈しむような、それでいて、どこか哀れむような眼差しを向けた。
「あなたは、お兄様のことで、心が曇ってしまっているのね。ですが、その憎しみに呑まれて、物事の本質を見誤ってはいけませんわ。……それは、きっと、あなたのお兄様も望んではいないはず」
リゼットの肩が大きく震えた。完璧だったはずの騎士の仮面に、隠しきれない亀裂が走る。
「……黙れ」
絞り出した声は、か細く、震えていた。
「あなたに……あなたに、兄上の何が分かるというのだ……!」
「ええ、分かりませんわ。ですが」
セレスティアは静かに立ち上がると、リゼットの目の前まで歩み寄り、その白い手袋に覆われた拳を、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと両手で包み込んだ。リゼットの強張った手とは対照的な、柔らかく、温かい感触だった。
「わたくしにも、失いたくない、たった一人の大切な人がいる。その人を守るためなら、悪魔にだってなる覚悟がある。……それだけは、あなたと同じですわ」
その真紅の瞳が、真っ直ぐにリゼットの心を射抜く。
まるで灼熱の鉄に触れたかのように、リゼットはセレスティアの手を振り払い、顔を真っ赤に染めて数歩後ずさった。見透かされた。自分の最も純粋で、最も見られたくない心の奥底を、この人に見抜かれてしまった。その羞恥と、それでもなお否定しきれない共感が、彼女の中で嵐のように渦巻いていた。
「……出発は、三日後の早朝。王城の東門にて、お待ちしております。遅れることのないように」
それだけを早口に告げると、彼女は礼もそこそこに踵を返し、逃げるように家を飛び出していった。
バタン、と扉が閉まる音と共に、リビングには再び静寂が戻る。
だが、それはもう、先程までの陽だまりの静けさではなかった。氷の騎士が残していったのは、任務の重さと、兄を想う妹の悲痛な祈り。そして、死の影が蠢く戦場へと続く、冷たい道標だった。
「……ただの護衛役、か」
ぽつり、とガイルが呟いた。その声は、重くなった空気に静かに吸い込まれていく。
その背中に、ふわりと甘い花の香りが近づくのを感じた。セレスティアが何も言わず、彼の隣に滑り込むように座り、その華奢な腕をガイルの腕にそっと絡める。そして、まるでそこが自分の定位置だとでも言うように、彼の肩にこてん、と愛らしく頭を預けた。柔らかな銀色の髪がガイルの首筋をくすぐり、彼女の温もりがじんわりと伝わってくる。
「……本当に、腹が立ちますわ。あんな言い方」
唇が触れてしまいそうなほど近くで、吐息まじりの声が囁かれる。拗ねたように少し膨らませた頬を、彼女は彼の肩にすり、とすりつけた。
「以前のわたくしでしたら、彼女のあのきっちり結んだリボンに、小さな火の玉でもぶつけてやりますのに」
拗ねた声色とは裏腹に、彼女の指先で小さな光の粒が生まれ、しゃぼん玉のようにふわりと浮かんで、ぱちん、と弾けて消えた。自分のこと以上にガイルを想う、確かな怒りが込められた、可愛らしい魔法の戯れだった。
「はは、お前ならやりかねないな」
ガイルは苦笑し、セレスティアの柔らかな髪を優しく撫でた。その指先に伝わる絹のような感触が、ささくれだった心を癒していく。
「怒る気にもならないさ。あの目は、昔の俺とよく似てる。里の皆や姉さんを失って、憎しみだけが俺を動かしていた頃の、な。自分の無力さを、他人や世の中への苛立ちにすり替えるしか、自分を保てなかった」
大切な人を失う恐怖と、その恐怖を振りまく存在への憎悪。そして、何もできない自分への無力感。痛いほど、その気持ちは分かった。
ガイルの言葉を、セレスティアは黙って聞いていた。そして、彼の優しさと、その奥にある痛みを慈しむように、うっとりと目を細め、擦り寄る猫のように、彼の逞しい胸に顔を埋めた。彼の服をきゅっと掴み、その心音に耳を澄ませる。
「……本当に、あなたは、どこまでもお優しい方。そして、どこまでも強い方ですわね。だからこそ、わたくしはあなたを愛しているのです。誰よりも強く、そして誰よりも優しい、わたくしのただ一人のご主人様」
甘く、蕩けるような声。だが、すぐに彼女は名残惜しそうにふっと身体を離すと、その真紅の瞳で、真っ直ぐにガイルの魂を覗き込むように見つめた。甘い雰囲気は消え、そこには世界最強の魔術師としての覚悟と、彼を愛する一人の女としての真摯な光が宿っていた。
「でも、ご主人様。……本当に、よろしいのですか? あなたの心が、少しでも曇るのでしたら、王命であろうと断る覚悟はできています。あなたを危険な目に遭わせるくらいなら、わたくしは……」
その悲痛なまでの言葉を、ガイルは人差し指でそっと遮った。
「受けるさ。ネクロマンサーは、俺にとっても他人事じゃない。それに……」
ガイルは、リゼットが飛び出していった扉を見つめた。
「ああいう真っ直ぐな人が、憎しみだけで壊れていくのを見るのは、気分がよくない」
その答えを聞いた瞬間、セレスティアの真剣な表情が、ふわりと花開くように綻んだ。それは、陽だまりそのもののような、温かく、全てを包み込み、そして浄化するような絶対的な微笑みだった。
「ええ、分かっておりましたわ。……わたくしの英雄様。どこまでも、お供いたします。あなたと一緒なら、わたくしは何も怖くありません」
陽だまりの時間は、終わった。
だが、二人の間にある温もりだけは、決して消えることはなかった。
───
……一方、逃げるようにあの家を飛び出したリゼットは、王城へと続く石畳を、愛馬の背に揺られながら駆けていた。カツン、カツン、と響く蹄の音が、逸る心をさらに急かす。頬を撫でる夜風の冷たさだけが、火照った思考をわずかに鎮めてくれた。
脳裏に浮かぶのは、幼い頃、兄に連れられて見た王城の訓練場の光景。
大人たちが束になっても敵わないような、圧倒的な魔法をたった一人で編み上げる銀髪の美しい少女。
自由な王国とは言え、リゼットが身を置く騎士団の世界では、いまだ単純な腕力で勝る男性の立場が絶対的だ。その息苦しいまでの常識を嘲笑うかのように、目の前の少女は誰よりも強く、誰よりも自由だった。
誰にも媚びず、誰とも馴れ合わず、ただひたすらに魔法の深淵だけを見つめていた、近寄りがたいほどの天才。
あの孤高の姿こそが、リゼットにとっての絶対的な憧れの存在だった。
だが、今日見た彼女は、どうだ?
あの、誰にも屈しなかったはずの世界最強の魔術師が、たった一人の男に、まるで全てを捧げるかのように尽くしている。甲斐甲斐しく寄り添い、甘え、拗ねてみせる。そんな光景など、到底信じられるものではなかった。
そしてリゼットが今まで一度も見たことのないような、満ち足りた幸福な顔で笑う。
あの憧れの存在は、どこへ消えてしまったのか。
(だが、惑わされるな)
リゼットは心の中で強く己を戒めた。
私が成すべきことは、二つ。
一つは、おそらくネクロマンサーの手に囚われたであろう、兄アレクシスの救出。この世にもういない可能性が高いと分かっていても、万に一つの望みがある限り、諦めるわけにはいかない。
そしてもう一つは、敬愛するセレスティア様の救済。たとえあの方が、自らの意思であの男との生活を甘んじて受け入れているように見えたとしても……あれが、孤高の天才であり世界最強の魔術師と呼ばれた方の、真の姿であるはずがないのだから。
どちらも、並大抵のことではない。だからこそ、私が成し遂げなければならない。この手で。
そのためならば、あの男……英雄ガイルに、頭を下げることさえ厭わない。
だが、とリゼットは馬上で固く誓った。
決して心を許すものか。ただ利用するだけだ。兄上と、セレスティア様を救い出す、そのための駒として。
シン、と暖炉の熾火が爆ぜる音だけが、張り詰めた静寂を支配する。
リゼットは、ガイルがどう反応するかを、そのアイスブルーの瞳でじっと見据えていた。怒りか、屈辱か、あるいは狼狽か。どんな反応であれ、この男の器を測り、己の優位性を確定させるための、重要な一手のはずだった。
だが、ガイルの反応は、彼女の予想のどれにも当てはまらなかった。
「……そうか」
ただ、静かに、それだけを呟いた。
その声には、怒りも、屈辱の色もない。まるで、遠い風の音を聞くかのように、ただ事実として、彼女の言葉を受け止めている。そのあまりに凪いだ態度に、リゼットの眉が微かにひそめられた。
「分かった。その役目、引き受けよう」
ガイルはソファに深く腰掛けたまま、真っ直ぐにリゼットを見つめ返した。その瞳の奥に宿るのは、先程までの激情とは違う、どこまでも深く、全てを見通すかのような冷徹な光。それは、獲物を前にした狩人が、自らの役割を淡々と受け入れる時の、覚悟の光だった。
(……なぜ、動じない……? 侮辱されたのだぞ、この男は……!)
リゼットの内心の動揺を、隣に座る魔術師が見逃すはずはなかった。
「あら、リゼット様。あなたは、何か大きな勘違いをなさっているようですわね」
ふわり、とセレスティアが微笑む。その声は春の陽だまりのように温かいのに、その場の空気は、まるで絶対零度へと向かうかのように、さらに冷え込んでいく。彼女の慈愛に満ちた真紅の瞳の奥で、静かな怒りの炎が揺らめいていた。
「わたくしの夫は、『護衛役』などという受動的な存在ではありませんわ。わたくしが彼の隣に立つことを許され、彼がわたくしの隣に立つことを選んでくださっている。ただ、それだけのこと。聖石の力は、わたくしたちが『共に』戦うための、数ある道具の一つに過ぎませんのよ」
その言葉は、リゼットが必死に築き上げた論理の城を、その土台から静かに、しかし完全に覆した。主従でも、護衛でもない。二人は、絶対的な対等の下に、魂で結ばれている。その揺るぎない事実が、セレスティアの言葉を通して、リゼットの心へと流れ込んでくる。
「なっ……」
言葉を失うリゼットに、セレスティアは慈しむような、それでいて、どこか哀れむような眼差しを向けた。
「あなたは、お兄様のことで、心が曇ってしまっているのね。ですが、その憎しみに呑まれて、物事の本質を見誤ってはいけませんわ。……それは、きっと、あなたのお兄様も望んではいないはず」
リゼットの肩が大きく震えた。完璧だったはずの騎士の仮面に、隠しきれない亀裂が走る。
「……黙れ」
絞り出した声は、か細く、震えていた。
「あなたに……あなたに、兄上の何が分かるというのだ……!」
「ええ、分かりませんわ。ですが」
セレスティアは静かに立ち上がると、リゼットの目の前まで歩み寄り、その白い手袋に覆われた拳を、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと両手で包み込んだ。リゼットの強張った手とは対照的な、柔らかく、温かい感触だった。
「わたくしにも、失いたくない、たった一人の大切な人がいる。その人を守るためなら、悪魔にだってなる覚悟がある。……それだけは、あなたと同じですわ」
その真紅の瞳が、真っ直ぐにリゼットの心を射抜く。
まるで灼熱の鉄に触れたかのように、リゼットはセレスティアの手を振り払い、顔を真っ赤に染めて数歩後ずさった。見透かされた。自分の最も純粋で、最も見られたくない心の奥底を、この人に見抜かれてしまった。その羞恥と、それでもなお否定しきれない共感が、彼女の中で嵐のように渦巻いていた。
「……出発は、三日後の早朝。王城の東門にて、お待ちしております。遅れることのないように」
それだけを早口に告げると、彼女は礼もそこそこに踵を返し、逃げるように家を飛び出していった。
バタン、と扉が閉まる音と共に、リビングには再び静寂が戻る。
だが、それはもう、先程までの陽だまりの静けさではなかった。氷の騎士が残していったのは、任務の重さと、兄を想う妹の悲痛な祈り。そして、死の影が蠢く戦場へと続く、冷たい道標だった。
「……ただの護衛役、か」
ぽつり、とガイルが呟いた。その声は、重くなった空気に静かに吸い込まれていく。
その背中に、ふわりと甘い花の香りが近づくのを感じた。セレスティアが何も言わず、彼の隣に滑り込むように座り、その華奢な腕をガイルの腕にそっと絡める。そして、まるでそこが自分の定位置だとでも言うように、彼の肩にこてん、と愛らしく頭を預けた。柔らかな銀色の髪がガイルの首筋をくすぐり、彼女の温もりがじんわりと伝わってくる。
「……本当に、腹が立ちますわ。あんな言い方」
唇が触れてしまいそうなほど近くで、吐息まじりの声が囁かれる。拗ねたように少し膨らませた頬を、彼女は彼の肩にすり、とすりつけた。
「以前のわたくしでしたら、彼女のあのきっちり結んだリボンに、小さな火の玉でもぶつけてやりますのに」
拗ねた声色とは裏腹に、彼女の指先で小さな光の粒が生まれ、しゃぼん玉のようにふわりと浮かんで、ぱちん、と弾けて消えた。自分のこと以上にガイルを想う、確かな怒りが込められた、可愛らしい魔法の戯れだった。
「はは、お前ならやりかねないな」
ガイルは苦笑し、セレスティアの柔らかな髪を優しく撫でた。その指先に伝わる絹のような感触が、ささくれだった心を癒していく。
「怒る気にもならないさ。あの目は、昔の俺とよく似てる。里の皆や姉さんを失って、憎しみだけが俺を動かしていた頃の、な。自分の無力さを、他人や世の中への苛立ちにすり替えるしか、自分を保てなかった」
大切な人を失う恐怖と、その恐怖を振りまく存在への憎悪。そして、何もできない自分への無力感。痛いほど、その気持ちは分かった。
ガイルの言葉を、セレスティアは黙って聞いていた。そして、彼の優しさと、その奥にある痛みを慈しむように、うっとりと目を細め、擦り寄る猫のように、彼の逞しい胸に顔を埋めた。彼の服をきゅっと掴み、その心音に耳を澄ませる。
「……本当に、あなたは、どこまでもお優しい方。そして、どこまでも強い方ですわね。だからこそ、わたくしはあなたを愛しているのです。誰よりも強く、そして誰よりも優しい、わたくしのただ一人のご主人様」
甘く、蕩けるような声。だが、すぐに彼女は名残惜しそうにふっと身体を離すと、その真紅の瞳で、真っ直ぐにガイルの魂を覗き込むように見つめた。甘い雰囲気は消え、そこには世界最強の魔術師としての覚悟と、彼を愛する一人の女としての真摯な光が宿っていた。
「でも、ご主人様。……本当に、よろしいのですか? あなたの心が、少しでも曇るのでしたら、王命であろうと断る覚悟はできています。あなたを危険な目に遭わせるくらいなら、わたくしは……」
その悲痛なまでの言葉を、ガイルは人差し指でそっと遮った。
「受けるさ。ネクロマンサーは、俺にとっても他人事じゃない。それに……」
ガイルは、リゼットが飛び出していった扉を見つめた。
「ああいう真っ直ぐな人が、憎しみだけで壊れていくのを見るのは、気分がよくない」
その答えを聞いた瞬間、セレスティアの真剣な表情が、ふわりと花開くように綻んだ。それは、陽だまりそのもののような、温かく、全てを包み込み、そして浄化するような絶対的な微笑みだった。
「ええ、分かっておりましたわ。……わたくしの英雄様。どこまでも、お供いたします。あなたと一緒なら、わたくしは何も怖くありません」
陽だまりの時間は、終わった。
だが、二人の間にある温もりだけは、決して消えることはなかった。
───
……一方、逃げるようにあの家を飛び出したリゼットは、王城へと続く石畳を、愛馬の背に揺られながら駆けていた。カツン、カツン、と響く蹄の音が、逸る心をさらに急かす。頬を撫でる夜風の冷たさだけが、火照った思考をわずかに鎮めてくれた。
脳裏に浮かぶのは、幼い頃、兄に連れられて見た王城の訓練場の光景。
大人たちが束になっても敵わないような、圧倒的な魔法をたった一人で編み上げる銀髪の美しい少女。
自由な王国とは言え、リゼットが身を置く騎士団の世界では、いまだ単純な腕力で勝る男性の立場が絶対的だ。その息苦しいまでの常識を嘲笑うかのように、目の前の少女は誰よりも強く、誰よりも自由だった。
誰にも媚びず、誰とも馴れ合わず、ただひたすらに魔法の深淵だけを見つめていた、近寄りがたいほどの天才。
あの孤高の姿こそが、リゼットにとっての絶対的な憧れの存在だった。
だが、今日見た彼女は、どうだ?
あの、誰にも屈しなかったはずの世界最強の魔術師が、たった一人の男に、まるで全てを捧げるかのように尽くしている。甲斐甲斐しく寄り添い、甘え、拗ねてみせる。そんな光景など、到底信じられるものではなかった。
そしてリゼットが今まで一度も見たことのないような、満ち足りた幸福な顔で笑う。
あの憧れの存在は、どこへ消えてしまったのか。
(だが、惑わされるな)
リゼットは心の中で強く己を戒めた。
私が成すべきことは、二つ。
一つは、おそらくネクロマンサーの手に囚われたであろう、兄アレクシスの救出。この世にもういない可能性が高いと分かっていても、万に一つの望みがある限り、諦めるわけにはいかない。
そしてもう一つは、敬愛するセレスティア様の救済。たとえあの方が、自らの意思であの男との生活を甘んじて受け入れているように見えたとしても……あれが、孤高の天才であり世界最強の魔術師と呼ばれた方の、真の姿であるはずがないのだから。
どちらも、並大抵のことではない。だからこそ、私が成し遂げなければならない。この手で。
そのためならば、あの男……英雄ガイルに、頭を下げることさえ厭わない。
だが、とリゼットは馬上で固く誓った。
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