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第一章:世界最強の魔術師と隷属の首輪
012 花飾りの射手
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帝国の東方、国境付近の森の中。帝国軍の一隊が、鬱蒼と生い茂る木々の間を、重苦しい足取りで進んでいた。彼らは、先の戦争により獲得した、新たな領土の視察と調査を任されている部隊の一つであり、かつてとある狩猟民族の集落の殲滅作戦にも参加していた。
「この辺りに来るとあの時の任務を思い出すな…しっかし、あの狩猟民族の抵抗は、凄まじかったな…」
兵士の一人が、吐き捨てるように言った。冗談目かして話してはいるが、その顔には、うっすらと未だ消えない恐怖の色が浮かんでいる。
「ああ、特にあの女…族長の娘だとか言ったか?矢を射る度に、俺たちの仲間が、面白いぐらいに、バタバタと倒れていきやがった」
別の兵士が、軽く身震いしながら答えた。あの狩猟民族との戦いは、数多くの戦闘に参加した経験のある、彼らにとっても、様々な意味で強く記憶に残る任務であった。
「隊長も、あの女には、ずいぶんと苦戦していましたな」
「バカ言え、最後はちゃんとオレが仕留めただろうが!…それよりお前、あれだけの上玉はイルミナの娼館でもそうそう見かけなかったぜ、こう言っちゃあ死んだ奴らには悪いが、あそこで処分してしまったのは正直もったいなかったぜ」
兵士たちが戦闘終了後に訪れた、役得のことを思い出し、下卑た笑いを漏らした、その時だった。
ひゅん…!
どこからか、一本の矢が飛来し、先頭を歩いていた兵士の喉を、正確に貫いた。
「…え…?」
矢を受けた兵士は、信じられないといった表情で、自らの喉を押さえた。声にならない声が漏れ、血の気が失せていき、その場に崩れ落ちる。
「な、何だ…!?」
兵士たちは、突然の出来事に、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。しかし、次の瞬間、彼らは、その答えを目の当たりにする。
木々の陰から、静かに姿を現したのは、青白い肌をした、美しい女だった。頭には青白い肌とは対照的な赤い花飾り、その手には、黒く輝く弓が握られ、虚ろな瞳には、深い絶望と憎悪が宿っているように見えた。
「貴様…!まさか…!?」
兵士の一人が、恐怖に引き攣った声で叫んだ。その顔は、先ほどまでとは打って変わり、青ざめている。
「…ジールの…族長の娘…!?」
彼らは、その女に見覚えがあった。いや、忘れられるはずがなかった。ジールで最も激しく抵抗し、そして、自分たちが手にかけた、あの狩猟民族の女…。
「死んだはずじゃ…、まさか死霊…」
誰かが、震える声で呟いた。しかし、その言葉は、次の瞬間には、女が放った二本目の矢によって遮られた。矢は、呟いた兵士の心臓を正確に貫き、即死させた。
「う、うわああああ!」
「バ、バケモノだ!バケモノが出るぞ!!」
帝国軍の兵士たちは、パニックに陥った。彼らは、ジールでの戦いで、多くの命を奪ってきた。しかし、死の恐怖を、これほどまでに強く感じたことはなかった。
「取り乱すなっ!殺せ…!殺せ…!」
隊長が、狂ったように叫ぶ。しかし、兵士たちは、恐怖に竦み上がり、まともに戦うことができない。
女は、表情一つ変えずに、次々と矢を放つ。その矢は、正確無比に、兵士たちの急所を貫いていく。
「う…そだ…こん…な…」
「い、いやだ、痛い、助け…」
兵士たちの断末魔の叫びが、森の中に響き渡る。それは、かつてジールの村に響き渡った悲鳴と、どこか重なって聞こえた。
女は、まるで死神のように、冷酷に、そして無慈悲に、帝国軍の兵士たちを屠っていく。
その瞳の奥には、復讐の紅い炎が、激しく燃え盛っていた。この世から全ての帝国兵が滅びるまで、その炎が消えることはないだろう…。
---
イルミナの冒険者ギルドに、いつもとは違う、緊張した空気が流れていた。屈強な冒険者たちが、固唾を飲んで、掲示板に貼り出された一枚の依頼書を見つめている。
「…帝国からの、依頼だと…?」
「ああ…それも、Aランク指定だ…」
「…いったい、何が起こっているんだ…?」
冒険者たちの間に、困惑と不安が広がっていく。
イルミナの街は、確かに帝国領に属してはいる。しかし、冒険者ギルドは、基本的に、どの国にも属さない、中立的な組織だ。依頼の斡旋に、国境や国際情勢が影響することは、ほとんどない。そのギルドに、帝国が、直接依頼を出してきた。それだけでも、異例の事態だった。
「…ギルドマスターが、お呼びだ…」
一人の冒険者が、重々しく言った。
「…至急、Aランク以上の冒険者は、会議室に集合とのことだ…」
「…何が、始まるんだ…」
冒険者たちは、互いに顔を見合わせながら、会議室へと向かった。
会議室には、ギルドマスターと、イルミナ支部に所属するAランク以上の冒険者たちが集まっていた。その中には、ガイルとセレスティアの姿もあった。
「…皆、集まったな…」
ギルドマスターは、冒険者たちを見回しながら、重々しく口を開いた。
「…早速だが、今回の依頼について、説明する…」
ギルドマスターは、一枚の羊皮紙を、テーブルの上に広げた。そこには、帝国の紋章が、はっきりと刻印されていた。
「…依頼主は、帝国…」
「…内容は、最近、帝国軍を脅かしている、謎の死霊の討伐だ…」
「…死霊…?」
冒険者たちが、ざわつき始めた。
「…ああ。その死霊は、異常なまでの力を持っているらしい…」
ギルドマスターは、冒険者たちの反応には構わず、話を続けた。
「…すでに、多くの帝国兵が、犠牲になっている…」
「…!」
その言葉に、冒険者たちは、息を呑んだ。帝国は強大な軍事力を背景に、この大陸で最大の領土を支配している。帝国軍といえば、精強な兵士を数多く擁することで有名だ。その帝国軍が、無視できないレベルの被害を受けているとなると、相手は、相当な強敵であることは間違いない。
「…その死霊は、『花飾りの射手』と呼ばれている…」
「…花飾りの射手…?」
ガイルは、その名前を聞いて、かすかな違和感を覚えた。
「…ああ。その名の通り、驚異的な弓の使い手らしい…」
「…弓の使い手…」
ガイルは、さらに深い、嫌な予感を覚えた。
「…そして、これが、その死霊の、討伐依頼書だ…」
ギルドマスターは、そう言いながら、もう一枚の羊皮紙を、テーブルの上に広げた。そこには、不気味な雰囲気を纏った、女が黒い弓を構えている、抽象的な絵が描かれていた。顔立ちも、一切分からないが頭には赤い花飾りが描かれていた。
「…!」
この絵を見た瞬間、ガイルの脳裏に、遠い記憶が蘇った。
―…『ふふ、この花、綺麗でしょ?これはカヤって言うんだよ、そう、私と同じ名前なんだ…』…
幼き頃のガイルの憧憬の眼差しに優しく微笑む、幼き少女。その両手には、鮮やかな赤い花。
ガイルは、その絵を見て、強い衝撃を受けた。具体的な姿は描かれていないにも関わらず、それが、自分の探すべき存在だと、理解した。
「…この…存在に、心当たりがある者はいるか…?」
ギルドマスターが、冒険者たちに、問いかける。しかし、誰も、答える者はいなかった。
「…まあ、当然か…」
ギルドマスターは、そう言いながら、ため息をついた。
「…この『花飾りの射手』に関する情報は、ほとんどない。こちら側で現状分かっているのは、生者ではなく死霊であることと、驚異的な弓の使い手である、ということだけだ…」
「………」
ガイルは、何も言えなかった。
「…この依頼、危険すぎる…」
「…ああ、報酬は莫大だが、命の保証はないぞ…」
冒険者たちは、口々に、そう言い始めた。
「…しかし、このまま放置しておくわけにはいかない…」
ギルドマスターは、冒険者たちの不安の声を、遮るように、そう言った。
「…誰か、この依頼を受ける者はいるか…?」
会議室は、重苦しい沈黙に包まれた。誰もが、危険な任務に、尻込みしていた。
「…俺が、やります…」
その時、静寂を切り裂くように、一人の男の声が響いた。
「…ガイル…?」
セレスティアは、驚いた表情で、ガイルを見つめた。
「…お前、本気か…?」
ギルドマスターが、ガイルに、問いかける。
「…はい。この依頼、俺が、引き受けます…」
ガイルは、真っ直ぐに、ギルドマスターの目を見つめながら、そう答えた。
「…しかし、これは、Aランク任務だぞ…?お前は、まだ、Bランクに上がったばかりだろう…」
「…それでも、俺が、やってみたいんです…」
ガイルは、そう言いながら、拳を固く握りしめた。
「…分かった。お前の覚悟、見届けたぞ…セレスティア様と一緒であれば問題ないかも知れないが、気を付けろよ、必要なサポートがあれば遠慮なく相談してくれ」
ギルドマスターは、そう言うと、ガイルに、依頼書を手渡した。
ガイルは、手を震えているのを感じながら依頼書を受け取った。
「…ご主人様、本気なのですか…?」
会議室を出た後、セレスティアが、心配そうな表情で、ガイルに尋ねた。
ガイルからの返事はない。
「…ご主人様、どうかされましたか?」
セレスティアが、心配そうにガイルの顔を覗き込む。
「…いや…」
ガイルは、首を横に振り、意識を現実へと引き戻した。
ガイルの脳裏には、あの抽象的な絵が、はっきりと焼き付いていた。そして、その絵から感じた、強烈なものが、彼の心を、ざわつかせていた。
---
依頼を受けたガイルとセレスティアは、二人きりで、今後の対策を練るために、いつもの宿屋の一室へと戻ってきた。
「…しかし、本当に、手がかりが少なすぎますわね…」
二人は討伐依頼書を眺めながら、難しい表情を浮かべた。依頼書には、『花飾りの射手』と呼ばれる、謎の死霊の討伐が命じられているだけで、ギルドマスターの話にもあった通り、具体的な情報といえば、弓の使い手であるということと、頭に赤い花の髪飾りをつけているという、外見的な特徴、その存在を現す絵のみ。それ以外のことは、一切書かれていなかった。
「…ええ。具体的な姿も死霊としての特性も分からない。これでは、討伐はおろか、探し出すこと自体も、容易ではありませんわね…」
「…」
ガイルは、深く考え込むように、腕を組んだ。
「…帝国軍といえば、精強な兵士を数多く擁することで有名です。その帝国軍が、太刀打ちできないとなると、相手は、よほどの使い手ですわね…しかし、なぜ、帝国は、わざわざ冒険者ギルドに、このような依頼を…?帝国にも死霊対策に長けた魔術師は居るでしょうし」
セレスティアが、疑問を投げかける。
「…それは、おそらく…」
ガイルは、そこで言葉を切り、複雑な表情を浮かべた。
「…この『花飾りの射手』は、帝国にとって特別な脅威なんだろう…」
「…特別な脅威、ですか…?確かに死霊は生前の怨念や憎悪などを動力源にすることが多く、帝国への強い恨みがあったのであれば…帝国にも何か心当たりがあるのかも知れませんわね」
「…ああ」
ガイルは、そう言いながら、窓の外を見つめた。その瞳には、不安と疑念の色が浮かんでいた。
「…なあ、セレスティア」
しばらくの沈黙の後、ガイルは、意を決したように、セレスティアに話しかけた。
「…はい、なんでしょう、ご主人様」
セレスティアは、ガイルの方を向き、彼の言葉を待った。
「…確かに、この『花飾りの射手』は、危険な存在だ。多くの人々を、脅かしている…」
「…ええ」
「…だが、その『花飾りの射手』を討伐することが、本当に、正しいことなのか…」
「…」
「…俺には、分からないんだ…」
ガイルは、苦悩に満ちた表情で、そう言った。
「…ご主人様は、『花飾りの射手』に、何か、特別な感情を抱いているのですか…?」
セレスティアが、静かに尋ねた。
「…赤い花の髪飾り…あれには、覚えがあるんだ」
「覚え…?」
「ああ。俺の故郷…ジールでは、赤い花を、特別なものとして扱っていたんだ…」
ガイルは、懐かしむように、遠くを見つめた。
「その中でも、特に鮮やかな赤色をした花は…『カヤ』と呼ばれていた」
「カヤ…」
「ああ。そして…」
ガイルは、そこで言葉を切り、セレスティアの顔を見つめた。
「…俺の姉の名前も、『カヤ』っていうんだ…」
「…!」
セレスティアは、驚いた表情で、ガイルを見つめた。
「…まだ、確証はない。でも、あの絵の雰囲気、赤い花飾り、尋常ではない弓の腕…もしかしたら、姉さんなんじゃないかって、思っているんだ…」
「…」
「…もし、本当に、姉さんだったら…俺は…」
ガイルは、それ以上、言葉を続けることができなかった。
「…ご主人様…」
セレスティアは、ガイルの気持ちを、痛いほど理解できた。
「…わたくしは、あなたの、忠実なる奴隷です。あなたに従うのが、わたくしの、全てですわ…」
セレスティアは、そう言いながら、ガイルの手を、優しく握った。
「…しかし…」
「…?」
「…もし、『花飾りの射手』が、本当に、あなたの、お姉様だったとしたら…」
セレスティアは、そこで言葉を切り、ガイルの瞳を、真っ直ぐに見つめた。
「…あなたは、お姉様と、戦うことができますか…?」
「…」
ガイルは、セレスティアの言葉に、答えることができなかった。
「…わたくしには、分かりません。それが、正しいことなのか、どうか…」
「…」
「…でも、一つだけ、確かなことがあります…」
「…なんだ…?」
「…わたくしは、どんな時でも、あなたの味方ですわ。あなたが、どのような決断をしようとも、わたくしは、持てる知識、使える技術、それらを駆使して全身全霊を持って、ご主人様の願いが叶うよう、支えます…」
「…セレスティア…」
ガイルは、セレスティアの言葉に、胸が締め付けられるような思いがした。
「…ありがとう、セレスティア…」
ガイルは、そう言って、セレスティアの手を、力強く握り返した。
「…今はまだ、どうすればいいのか、分からない。でも、必ず、答えを見つけ出す…」
「…ええ、ご主人様。わたくしも、あなたと共に…」
二人は、固く、誓い合った。
「この辺りに来るとあの時の任務を思い出すな…しっかし、あの狩猟民族の抵抗は、凄まじかったな…」
兵士の一人が、吐き捨てるように言った。冗談目かして話してはいるが、その顔には、うっすらと未だ消えない恐怖の色が浮かんでいる。
「ああ、特にあの女…族長の娘だとか言ったか?矢を射る度に、俺たちの仲間が、面白いぐらいに、バタバタと倒れていきやがった」
別の兵士が、軽く身震いしながら答えた。あの狩猟民族との戦いは、数多くの戦闘に参加した経験のある、彼らにとっても、様々な意味で強く記憶に残る任務であった。
「隊長も、あの女には、ずいぶんと苦戦していましたな」
「バカ言え、最後はちゃんとオレが仕留めただろうが!…それよりお前、あれだけの上玉はイルミナの娼館でもそうそう見かけなかったぜ、こう言っちゃあ死んだ奴らには悪いが、あそこで処分してしまったのは正直もったいなかったぜ」
兵士たちが戦闘終了後に訪れた、役得のことを思い出し、下卑た笑いを漏らした、その時だった。
ひゅん…!
どこからか、一本の矢が飛来し、先頭を歩いていた兵士の喉を、正確に貫いた。
「…え…?」
矢を受けた兵士は、信じられないといった表情で、自らの喉を押さえた。声にならない声が漏れ、血の気が失せていき、その場に崩れ落ちる。
「な、何だ…!?」
兵士たちは、突然の出来事に、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。しかし、次の瞬間、彼らは、その答えを目の当たりにする。
木々の陰から、静かに姿を現したのは、青白い肌をした、美しい女だった。頭には青白い肌とは対照的な赤い花飾り、その手には、黒く輝く弓が握られ、虚ろな瞳には、深い絶望と憎悪が宿っているように見えた。
「貴様…!まさか…!?」
兵士の一人が、恐怖に引き攣った声で叫んだ。その顔は、先ほどまでとは打って変わり、青ざめている。
「…ジールの…族長の娘…!?」
彼らは、その女に見覚えがあった。いや、忘れられるはずがなかった。ジールで最も激しく抵抗し、そして、自分たちが手にかけた、あの狩猟民族の女…。
「死んだはずじゃ…、まさか死霊…」
誰かが、震える声で呟いた。しかし、その言葉は、次の瞬間には、女が放った二本目の矢によって遮られた。矢は、呟いた兵士の心臓を正確に貫き、即死させた。
「う、うわああああ!」
「バ、バケモノだ!バケモノが出るぞ!!」
帝国軍の兵士たちは、パニックに陥った。彼らは、ジールでの戦いで、多くの命を奪ってきた。しかし、死の恐怖を、これほどまでに強く感じたことはなかった。
「取り乱すなっ!殺せ…!殺せ…!」
隊長が、狂ったように叫ぶ。しかし、兵士たちは、恐怖に竦み上がり、まともに戦うことができない。
女は、表情一つ変えずに、次々と矢を放つ。その矢は、正確無比に、兵士たちの急所を貫いていく。
「う…そだ…こん…な…」
「い、いやだ、痛い、助け…」
兵士たちの断末魔の叫びが、森の中に響き渡る。それは、かつてジールの村に響き渡った悲鳴と、どこか重なって聞こえた。
女は、まるで死神のように、冷酷に、そして無慈悲に、帝国軍の兵士たちを屠っていく。
その瞳の奥には、復讐の紅い炎が、激しく燃え盛っていた。この世から全ての帝国兵が滅びるまで、その炎が消えることはないだろう…。
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イルミナの冒険者ギルドに、いつもとは違う、緊張した空気が流れていた。屈強な冒険者たちが、固唾を飲んで、掲示板に貼り出された一枚の依頼書を見つめている。
「…帝国からの、依頼だと…?」
「ああ…それも、Aランク指定だ…」
「…いったい、何が起こっているんだ…?」
冒険者たちの間に、困惑と不安が広がっていく。
イルミナの街は、確かに帝国領に属してはいる。しかし、冒険者ギルドは、基本的に、どの国にも属さない、中立的な組織だ。依頼の斡旋に、国境や国際情勢が影響することは、ほとんどない。そのギルドに、帝国が、直接依頼を出してきた。それだけでも、異例の事態だった。
「…ギルドマスターが、お呼びだ…」
一人の冒険者が、重々しく言った。
「…至急、Aランク以上の冒険者は、会議室に集合とのことだ…」
「…何が、始まるんだ…」
冒険者たちは、互いに顔を見合わせながら、会議室へと向かった。
会議室には、ギルドマスターと、イルミナ支部に所属するAランク以上の冒険者たちが集まっていた。その中には、ガイルとセレスティアの姿もあった。
「…皆、集まったな…」
ギルドマスターは、冒険者たちを見回しながら、重々しく口を開いた。
「…早速だが、今回の依頼について、説明する…」
ギルドマスターは、一枚の羊皮紙を、テーブルの上に広げた。そこには、帝国の紋章が、はっきりと刻印されていた。
「…依頼主は、帝国…」
「…内容は、最近、帝国軍を脅かしている、謎の死霊の討伐だ…」
「…死霊…?」
冒険者たちが、ざわつき始めた。
「…ああ。その死霊は、異常なまでの力を持っているらしい…」
ギルドマスターは、冒険者たちの反応には構わず、話を続けた。
「…すでに、多くの帝国兵が、犠牲になっている…」
「…!」
その言葉に、冒険者たちは、息を呑んだ。帝国は強大な軍事力を背景に、この大陸で最大の領土を支配している。帝国軍といえば、精強な兵士を数多く擁することで有名だ。その帝国軍が、無視できないレベルの被害を受けているとなると、相手は、相当な強敵であることは間違いない。
「…その死霊は、『花飾りの射手』と呼ばれている…」
「…花飾りの射手…?」
ガイルは、その名前を聞いて、かすかな違和感を覚えた。
「…ああ。その名の通り、驚異的な弓の使い手らしい…」
「…弓の使い手…」
ガイルは、さらに深い、嫌な予感を覚えた。
「…そして、これが、その死霊の、討伐依頼書だ…」
ギルドマスターは、そう言いながら、もう一枚の羊皮紙を、テーブルの上に広げた。そこには、不気味な雰囲気を纏った、女が黒い弓を構えている、抽象的な絵が描かれていた。顔立ちも、一切分からないが頭には赤い花飾りが描かれていた。
「…!」
この絵を見た瞬間、ガイルの脳裏に、遠い記憶が蘇った。
―…『ふふ、この花、綺麗でしょ?これはカヤって言うんだよ、そう、私と同じ名前なんだ…』…
幼き頃のガイルの憧憬の眼差しに優しく微笑む、幼き少女。その両手には、鮮やかな赤い花。
ガイルは、その絵を見て、強い衝撃を受けた。具体的な姿は描かれていないにも関わらず、それが、自分の探すべき存在だと、理解した。
「…この…存在に、心当たりがある者はいるか…?」
ギルドマスターが、冒険者たちに、問いかける。しかし、誰も、答える者はいなかった。
「…まあ、当然か…」
ギルドマスターは、そう言いながら、ため息をついた。
「…この『花飾りの射手』に関する情報は、ほとんどない。こちら側で現状分かっているのは、生者ではなく死霊であることと、驚異的な弓の使い手である、ということだけだ…」
「………」
ガイルは、何も言えなかった。
「…この依頼、危険すぎる…」
「…ああ、報酬は莫大だが、命の保証はないぞ…」
冒険者たちは、口々に、そう言い始めた。
「…しかし、このまま放置しておくわけにはいかない…」
ギルドマスターは、冒険者たちの不安の声を、遮るように、そう言った。
「…誰か、この依頼を受ける者はいるか…?」
会議室は、重苦しい沈黙に包まれた。誰もが、危険な任務に、尻込みしていた。
「…俺が、やります…」
その時、静寂を切り裂くように、一人の男の声が響いた。
「…ガイル…?」
セレスティアは、驚いた表情で、ガイルを見つめた。
「…お前、本気か…?」
ギルドマスターが、ガイルに、問いかける。
「…はい。この依頼、俺が、引き受けます…」
ガイルは、真っ直ぐに、ギルドマスターの目を見つめながら、そう答えた。
「…しかし、これは、Aランク任務だぞ…?お前は、まだ、Bランクに上がったばかりだろう…」
「…それでも、俺が、やってみたいんです…」
ガイルは、そう言いながら、拳を固く握りしめた。
「…分かった。お前の覚悟、見届けたぞ…セレスティア様と一緒であれば問題ないかも知れないが、気を付けろよ、必要なサポートがあれば遠慮なく相談してくれ」
ギルドマスターは、そう言うと、ガイルに、依頼書を手渡した。
ガイルは、手を震えているのを感じながら依頼書を受け取った。
「…ご主人様、本気なのですか…?」
会議室を出た後、セレスティアが、心配そうな表情で、ガイルに尋ねた。
ガイルからの返事はない。
「…ご主人様、どうかされましたか?」
セレスティアが、心配そうにガイルの顔を覗き込む。
「…いや…」
ガイルは、首を横に振り、意識を現実へと引き戻した。
ガイルの脳裏には、あの抽象的な絵が、はっきりと焼き付いていた。そして、その絵から感じた、強烈なものが、彼の心を、ざわつかせていた。
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依頼を受けたガイルとセレスティアは、二人きりで、今後の対策を練るために、いつもの宿屋の一室へと戻ってきた。
「…しかし、本当に、手がかりが少なすぎますわね…」
二人は討伐依頼書を眺めながら、難しい表情を浮かべた。依頼書には、『花飾りの射手』と呼ばれる、謎の死霊の討伐が命じられているだけで、ギルドマスターの話にもあった通り、具体的な情報といえば、弓の使い手であるということと、頭に赤い花の髪飾りをつけているという、外見的な特徴、その存在を現す絵のみ。それ以外のことは、一切書かれていなかった。
「…ええ。具体的な姿も死霊としての特性も分からない。これでは、討伐はおろか、探し出すこと自体も、容易ではありませんわね…」
「…」
ガイルは、深く考え込むように、腕を組んだ。
「…帝国軍といえば、精強な兵士を数多く擁することで有名です。その帝国軍が、太刀打ちできないとなると、相手は、よほどの使い手ですわね…しかし、なぜ、帝国は、わざわざ冒険者ギルドに、このような依頼を…?帝国にも死霊対策に長けた魔術師は居るでしょうし」
セレスティアが、疑問を投げかける。
「…それは、おそらく…」
ガイルは、そこで言葉を切り、複雑な表情を浮かべた。
「…この『花飾りの射手』は、帝国にとって特別な脅威なんだろう…」
「…特別な脅威、ですか…?確かに死霊は生前の怨念や憎悪などを動力源にすることが多く、帝国への強い恨みがあったのであれば…帝国にも何か心当たりがあるのかも知れませんわね」
「…ああ」
ガイルは、そう言いながら、窓の外を見つめた。その瞳には、不安と疑念の色が浮かんでいた。
「…なあ、セレスティア」
しばらくの沈黙の後、ガイルは、意を決したように、セレスティアに話しかけた。
「…はい、なんでしょう、ご主人様」
セレスティアは、ガイルの方を向き、彼の言葉を待った。
「…確かに、この『花飾りの射手』は、危険な存在だ。多くの人々を、脅かしている…」
「…ええ」
「…だが、その『花飾りの射手』を討伐することが、本当に、正しいことなのか…」
「…」
「…俺には、分からないんだ…」
ガイルは、苦悩に満ちた表情で、そう言った。
「…ご主人様は、『花飾りの射手』に、何か、特別な感情を抱いているのですか…?」
セレスティアが、静かに尋ねた。
「…赤い花の髪飾り…あれには、覚えがあるんだ」
「覚え…?」
「ああ。俺の故郷…ジールでは、赤い花を、特別なものとして扱っていたんだ…」
ガイルは、懐かしむように、遠くを見つめた。
「その中でも、特に鮮やかな赤色をした花は…『カヤ』と呼ばれていた」
「カヤ…」
「ああ。そして…」
ガイルは、そこで言葉を切り、セレスティアの顔を見つめた。
「…俺の姉の名前も、『カヤ』っていうんだ…」
「…!」
セレスティアは、驚いた表情で、ガイルを見つめた。
「…まだ、確証はない。でも、あの絵の雰囲気、赤い花飾り、尋常ではない弓の腕…もしかしたら、姉さんなんじゃないかって、思っているんだ…」
「…」
「…もし、本当に、姉さんだったら…俺は…」
ガイルは、それ以上、言葉を続けることができなかった。
「…ご主人様…」
セレスティアは、ガイルの気持ちを、痛いほど理解できた。
「…わたくしは、あなたの、忠実なる奴隷です。あなたに従うのが、わたくしの、全てですわ…」
セレスティアは、そう言いながら、ガイルの手を、優しく握った。
「…しかし…」
「…?」
「…もし、『花飾りの射手』が、本当に、あなたの、お姉様だったとしたら…」
セレスティアは、そこで言葉を切り、ガイルの瞳を、真っ直ぐに見つめた。
「…あなたは、お姉様と、戦うことができますか…?」
「…」
ガイルは、セレスティアの言葉に、答えることができなかった。
「…わたくしには、分かりません。それが、正しいことなのか、どうか…」
「…」
「…でも、一つだけ、確かなことがあります…」
「…なんだ…?」
「…わたくしは、どんな時でも、あなたの味方ですわ。あなたが、どのような決断をしようとも、わたくしは、持てる知識、使える技術、それらを駆使して全身全霊を持って、ご主人様の願いが叶うよう、支えます…」
「…セレスティア…」
ガイルは、セレスティアの言葉に、胸が締め付けられるような思いがした。
「…ありがとう、セレスティア…」
ガイルは、そう言って、セレスティアの手を、力強く握り返した。
「…今はまだ、どうすればいいのか、分からない。でも、必ず、答えを見つけ出す…」
「…ええ、ご主人様。わたくしも、あなたと共に…」
二人は、固く、誓い合った。
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今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
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朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
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だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
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