竜源刀・七切姫の覚醒

嵐山紙切

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第18話 突進と突進

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 ユラが開始の合図をして腕を振り下ろした瞬間、ネネカはあろうことか距離を詰めてきた。ぎょっとしたのは僕だけじゃなくナキもそうで、頭の中に用意していたいくつかの戦術が消えるのがわかる。

 何のための距離だ。
 何のための弓だ。

 ネネカは止まらない。みるみるうちに距離がなくなっていく。

「あたしのことをバカにした罪を思い知れ!」

 ネネカが跳ぶ。
 羽織がバタバタとはためく中で弓を引き絞り、僕に狙いを定める。

 距離にして刀四つ分。
 どれだけの速度で矢が飛んでくるかわからない。

 驚きに遅れて、ナキが僕の身体を半身にし、ぱっと後ろに数歩駆ける。
 それを追うようにして、ネネカの狙いは僕に合わせて迅速に、かつ、緻密に動き、外れることがない。

 矢が射られる。

 狙いは右膝だと僕が認識したときにはすでにナキが刀を振り、刀身を鏃に合わせて弾いている。

 刃を交えたのではないかというほどの強い衝撃が腕に来る。
 からん、と矢が落ちて金属音を鳴らす。

 ネネカの矢はの部分どころか羽根まで全部金属製だった。

『あっぶないですね。この距離であの威力ですか。走力まで載っけて矢を射ってますよ、この子』

 ナキが驚嘆しながらさらに距離をとる。

 僕が体を動かす余裕がない!
 これじゃ、あっという間に竜力が枯渇する!

『実際の魔動歩兵との戦闘でもおそらくこうなるでしょう。うーん。主人様に一度お任せします』

 は!?

『大丈夫ですよ、《身体強化》くらいなら使えるんですから』

 ナキから主導権を押しつけられて、足を踏ん張る。
 着地したネネカは距離をとった僕をみると大きく舌打ちをして、次の矢をつがえ、

「何、距離とってんの? 余裕のつもり? 斬りかかりなさいよ!!」
「おい、さっきと話が違うだろうが。矢を避けきったら終わりって話じゃなかったのか!」
「は! 何言ってんの!? 勝負だよ勝負! あたしが戦闘不能になるまで終わんないからね!」

 ぶん、と厳つい弓を振ったかと思うと、今度は地に足をつけたまま、元々その場にあった彫像かのようにピタリと止めて、先ほどよりも引く力を強め、射る。

 矢が見えない!

 僕はネネカが構えた位置と視線からある程度の場所を推測して刀を振った。
 ガッ、と音がして、矢が当たる。

『うまいじゃないですか! これは主人様にお任せして妾は五感を楽しむことにしてもよさそうですね』

 ふざけんな!
 まぐれだ、まぐれ!

 ぶれずにまっすぐさっきと同じ場所、右膝に飛んできた矢を僕は払ったものの、安定した姿勢から射られた矢は先ほどよりも重い。

 弾いたと言うよりわずかに逸らしたと言う方が正確。
 矢は勢いを残して地面に突き刺さる。

『狙いを定めてから射るまでが短すぎますね。おっと、次が来ます!』

 今度はナキに主導権が渡る。

 僕の刀は矢を弾いた影響で振り切られている。
 ナキは僕の体勢を立て直すことを捨てると、振り切った刀の勢いに任せて跳び上がり身体をそのまま回転させる。

 視界が一周、ピタリと止まったときにはネネカが矢を射る姿が映る。
 ナキは身体の回転を加えた斬撃を矢に食らわせて、叩き落とした。

 曲芸じみた身体の動きに、踏ん張った左足がじわじわと痛む。
 こういうところか筋力量が足りないってのは。
 まったく、課題が山積みだな。

『妾の思う瞬発力に達していないのですね。でもいいですよ。これだけ身体を動かせるってことが今までなかったですから。筋力量がなくても、それを補ってあまりあるほど自由です。こんなに楽しく戦術を考えたこと今までありませんでしたよ!』

 ナキは嬉しそうに笑っているけれど、ネネカは対称的にイライラして、「来なさい弱虫!」と、さらに矢をつがえる。

『主人様、とりあえず今回は腕だけを動かしてみます。主人様は体を動かして、ネネカから逃げてみてください』

 逃げるだけでいいのか?

『ええ。とりあえず、主人様は竜源装の発動に慣れなければなりません。どれだけ体が動かせるのか、一歩の距離はどのくらいか、などなど確かめることはたくさんありますから』

 やってみるか。

 僕は言われたとおり、ネネカと追いかけっこでもするように逃げる。ナキがやっていたのを真似して竜源装をじわじわ発動しつつ地面を蹴って、跳ねる。

 ネネカは悪態を吐きながら矢を射て、その全てが僕の体を見事に捉えていたけれど、ナキが腕を振るだけではたき落としていく。

 ……ん?

 なんかナキが僕の体を動かすときと、僕が動かすときって違うような気がするんだけど。

『それは当然です。主人様が直接竜源装を発動した時の方が妾がやるより何倍も強力な力が発揮できるはずです。理想は、だから、主人様が竜源装を発動して全身を動かして、妾はその補助だけをするという形なのですね。今は全部妾がやっていますが』

 申し訳ねえ。

『いえ、それはいいのですが。……ふむ。ちょっと考えたことがあります。主人様、一度、思い切り竜源装を発動してネネカに接近してみてもらえませんか?』

 思い切り?

『ええ。そうです。竜力の節約という目的からは大幅に外れますが、もしかしたら何かの役に立つかもしれません』

 僕はぴょんと跳んだあと地面に道を残すように滑って止まり、ネネカに向き直る。
 僕を追いかけていたネネカはその行動の変化に気づいて、つり目を見開き、それから、笑った。

「やっと本気になったのね!! 絶対射止めてやる!」

 ネネカが矢をつがえて、僕に狙いを定める。

 僕は両手で刀の柄を握りしめて全力で発動するように念じ、


 突進する。


 一歩目を踏み出した瞬間、地面が陥没したのではないと言うほど抉れる感覚。
 体は射出でもされたかのように吹き飛んで、周りの風景が後ろに消える。

 ネネカの姿が僕の隣をかすめて飛んで行くけれど、僕の体はまだ止まらない。
 結局、両足を踏ん張って止まったのはネネカのかなり後ろでのことだった。

 おっとと。

「え…………え? なに、今の」

 ネネカが目をぱちくりさせて、僕のさっきまでいた場所と、今いる場所を見比べている。

 ちなみに僕が今いる場所を見れば、


 僕が嘔吐している姿が見えるだろう。


 おえええ。

『主人様、気持ち悪いです。二つの意味で。これが気持ち悪いって感覚! うふふふ。おえ』

 ぐるぐるする。

 これが竜力を一気に使った影響なのか、それとも勢いよく動いてしまった影響なのか解らないけど。

 これ使い物にならなくないか?

『いえ。おえ。こんな速度出せる守護官いませんよ。おえ。竜力の波長が一定で高出力だからこそなせる技ですけど、おえ、加減が必要ですね』

 ネネカを置いてきぼりにしてしまったからな。
 と言って、加減しても僕にあの速さで攻撃できる術なんかない。

 全然見えなかった。
 逃げるときにしか使えない。

 おえ。

 どうも竜力も、昨日ほどではないけれど、だいぶ使ってしまったようで、ふらふらする。一度の戦闘で一度きりの必殺技だな。

 必殺といって、死ぬのは僕の方かもだけど。

 僕がしゃがみこんでおえおえ言ってると、ネネカが遠くの方で、

「ねえいつまでやってるの! そんな技があるなら最初から出しなさい。あたしが……あたしがそんなの射ぬいてやるんだから! さあもう一度!」

 無理。
 死んじゃう。

「…………降参します。もう勘弁してください。ネネカが主役だ」

 華麗な自爆だった。

「はあ!? ふざけないで!!」

 ネネカはずかずかやってきて、

「あんなの見せられて、降参なんて許すわけないでしょ!! あたしは、あんたに、何もできてない!! 何もできない奴が主役なんて名乗っちゃダメなの!」
「じゃあまずは任務に参加できるようにしろよ」

 ようやく落ち着いてきた僕が言うと、後頭部を叩かれた。

 痛い。

「ううう、うるさい! うるさいうるさい! あたしだってやればできるんだから!」

 僕はそれ以上なにもいわなかった。
 やればできるのは今の手合わせで解っていた。

『ネネカは結構優秀ですよ。狙いも正確で、威力も速度も申し分ありません』

 ナキもそう言っている。

『多分任務から外されたのは最初の突撃に原因がありそうですよね』

 僕は口元を拭うと、
「いっつもあんな風に突撃してるのか。武器が弓なのに」
「あったり前でしょ! 主役ってのは誰よりも前で戦わなきゃいけないの! そして全員を守るのよ!」

 何を誇らしげに胸を張ってるんだ?

『ぺったんこのくせに』

 僕はそこまで思ってないよ!

「お前そんなことやってるから任務外されるんだろ」
「ふふん! だから何!? あたしはあたしのやり方で任務に復帰するの! 誰に何を言われようがこのやり方を貫くんだから!」

 その前向きさは羨ましい限りだけどさ。

「それに、主役ってのは困難に立ち向かうものなのよ! あたしが戦わないで誰が戦うの!」
「ほう。じゃあ昨日の戦闘では戦ったんだな」
「うっ」

 ネネカが固まる。

 と今までじっと僕たちの会話を聞いていたユラがすかさず、

「…………ヒイロが倒した全身真っ赤な魔動歩兵に思い切り突撃して行ったから。九の字が倒されたあと、『あたしならやれる』とか言ってたけど、結局思いっきり蹴られてすぐに戦闘不能になってた」

 僕がじとっとネネカを見ると、あろうことか、彼女は僕を睨み返してきた。

 何で睨むんだよ! 意味わかんねえ!

「名誉の負傷なの! 戦った結果だからいいの! そんな目であたしを見ないで! ぶっとばすよ!」

 僕が溜息を吐く暇もなく、ネネカは、

「そんなことより続き! まだ決着ついてないんだから! ほら! 早く!」
「体力尽きたから無理」
「軟弱もの! 戦え!」

 ネネカは僕から距離をとると矢を弓につがえて、臨戦態勢に入った。

 話聞けよ、ほんと。
 自分のことしか考えてないんだもんよ。

 僕は呆れ気味に、「今日は終わりだ」と言った。


 正確には言おうとした。


 頭の上から氷水をかけられでもしたかのように、全身に悪寒が走る。
 ナキが体に取り憑いているからだろう、それが、敵の接近を知らせるものだと頭に浮かぶ。

『主人様! 何かがものすごい速度で――――』

 ざざっ、と何かが頭上から飛んできて、地面を滑るように引っ掻き、とまった。

 地面に残った跡は爪でできたものじゃない。


 斧。


 淡く光を放つそれは竜源装だと解るが、しかし、持っているのは守護官じゃない。

 魔動歩兵でも、ない。

 ゆらりと立ち上がったその女性はネネカを見て、ユラを見て、そして、僕を見た。

 その目は、





 両方とも魔眼だった。

――――――――――――――

次回は明日12:00頃更新です。
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