竜源刀・七切姫の覚醒

嵐山紙切

文字の大きさ
36 / 36

第35話 僕の道

しおりを挟む
「お兄ちゃん、起きてえ、朝だよお」
 
 と僕を起こしたのはコハクではなくシズクさんで、なんであなたにお兄ちゃん呼ばわりされなければならないのだと思う。
 コハクにだってまともに起こされたことないのに!

「ひどい目覚めです。コハクを呼んできてください」
「コハっちゃんなら、もうとっくに起きて九の字と遊んでるよ」
「…………九の字が来てるんですか!?」

 僕がガバッと起き上がると、シズクさんの前でちゃっちゃか服を着替え始める。

「ヒーロー君はあーしを女としてみてないんじゃないかって思うよねえ」
「女としてみてる方が問題だと思いますけど」
「しどい! あーしだってまだ若いのに! ワカイカラダを持て余しているというのに!」
「僕じゃなくて他の人にぶつけてください。相手が打撲するくらいぶつければいいですよ。投擲です」
「あーしをぶん投げろって言うのかい?」

 着替え終えた僕はシズクさんとの会話を切り上げると、縁側に向かった。

 キキョウ島で与えられた僕たちの新しい家は元はヨヒラ島の守護官が使っていたもので、此度の不祥事により持ち主がいなくなったところを僕が譲り受けたものだった。

 本当はもっとたくさんの報奨金があったし、僕はヨヒラ島全域を取り戻した功労者の一人と言うことになっているけれど、とどめを刺したのはネネカだし、それに過分な金を持て余すつもりはない。

 コハクと一緒に暮らしていける分だけもらって、残りは返してしまった。

 コハクの目にはもう魔眼はない。
 共に竜眼。

 すでに妖精の華を素材とする目薬は完成していて、キキョウ島の外でコハクにつけたあと問題なく僕たちは島に出入りできるようになっていた。

 しばらくはもらったその一本で問題なく暮らしていけるだろう。

 そのコハクは縁側に九の字と一緒に座っている。

「や、ヒイロ君。疲れはとれたかな?」
「あれから何日経ったと思ってるんですか」

 妖精の華を討伐し、ヨヒラ島を出てキキョウ島まで来て、薬の完成を待ち、諸々の報告を終えたのが今日である。

 実に六日が過ぎている。

 僕はコハクの隣に座ると、

「それで、今日は何の用事で来たんです?」
「用事がなくちゃ来ちゃいけないのかな?」
「忙しい身でしょ?」
「ふふ、まあね。でも今は妖精の華も討伐して少し余裕があるから休息ってところ。船員たちも一仕事終えて疲れてるだろうし」

 九の字は言って微笑むと、

「そう、用事って言うか伝えることがあったから来たンだ。大魔女の第一目標がなんなのかわかったから話しておこうと思ってね」

 アギトがすぐにわかるとネネカに文句を言っていたな。

 妖精の華を咲かせて島を沈める、と言うのも同じくらい重要な目標だったはずなのに、それよりも重要なことってなんだろう。

「僕としてはユンデの眼の衝撃が強すぎたんですけど」
「それはアタシもだよ。まさかまだいたなンてね。それも、使い魔と大魔女っていうンだからさ。あの魔法には本当に驚いたよ。対処のしようがない」

 それに、と九の字は続けて、

「巫女や守護官たち、特に他の『数字持ち』への衝撃がすごかった。ただでさえ竜源装が効かない魔動歩兵というのであたふたしているのにね。まったく。狼狽ってのはああいうことを言うンだろうね」
「ユンデは、危険なようには見えませんでした。僕たちを直接攻撃してきた訳ではなかったですし」
「うん。そうだね。それでも宣戦布告としては十分な意味を持っていたと思うよ。アタシたちの生活はいつ何時でも崩壊する。どこにも安全な場所なんてないンだってことを大魔女は証明しちゃったンだ」
「宣戦布告……あの、結局それが大魔女の第一目標なんじゃないんですか?」
「そうかもしれない。ただそれは今回の一手だったんだよね。目標にしていたのは次の一手だった」
「次?」

 九の字は縁側に後ろ手をついて空を見上げるような姿勢になる。

「ユンデとアギトだったかな。二人の使い魔は妖精の華が持っていた『竜の鱗』を回収しに来ていた。あれが重要な要素だったンだよ。彼らにとって竜の鱗は貴重なものだったンだよ。わざわざ回収しなければならないほどに。次の妖精の華を作り出すために」
「……竜の鱗が、あの赤い魔動歩兵には必要ってことですね」
「そう。ヒイロ君がユンデたちから聞きだした話の一つだね。妖精の華の身体の中で竜源装も作り出している」

 九の字は大きく頷いて、

「結局ね、大魔女の第一目標はヨヒラ島にある大量の竜の鱗だったんだ。そしてそれは見事に盗まれてしまった。まったくひどい有様だよ。ヨヒラ島は『第二区』では最大の竜源装の産出場所だったからね。大きな痛手だよ。新しい竜源装を作れない訳ではないけれど、今までのようにはいかないだろうね。竜墓山からまた竜の鱗を採取しないといけないし、巫女の浄化を待たないといけない」
「代わりに、魔女たちは妖精の華さえ咲かせれば、真っ赤な魔動歩兵を大量に作り出せるようになってしまったってわけですね」
「そう。そういうこと。まったく嫌になるよねほんと」

 嫌になるどころではない。危険も危険。
 安全な場所など無いというのは本当だった。

 僕はコハクの頭を撫でる。


 押しのけられる。


「撫でていいって許可してないの」
「コハクさん頭撫でていいですか」
「……いいの」

 じゃあ何で一回拒否したんだ。

 ここ数日は僕にべったりとまではいかないけれど冷たい対応が鳴りを潜めていたのに、六日も経っちゃって徐々に元のコハクに戻りつつあった。

 元に戻ったら頭を撫でるなんて完全に拒否されるだろう。

 それはいいこと……なのか? 

 僕から離れていくのは成長だからいいことなんだろう、と僕は自分に言い聞かせる。

 成長。

「九の字、聞きたいことがあるんですけど」
「なにかな? 魔女のこと?」
「いえ。コハクには薬が必要ですけど、それは、九の字だってそうでしょう? 今回だってという方が適切です」

 作り方を知る人物だって、僕は知らない。僕一人で妖精の華を討伐できる訳でもない。

 それに……、

 僕はずっと考えていたことを尋ねる。

「……聞きますが、妖精の華一つからどれくらい薬ができるんですか? 九の字にはどれくらい必要なんですか?」
「どうしてそんなことを聞くのかな?」
「あなたはコハクの未来だから。二つの意味で」

 妖精の華を討伐する希望であり、
 二つの目を持つものとして将来なるであろう姿。

 九の字は僕をみて、コハクをみて、ふっと息を吐く。

「一つの妖精の華からとれる素材で、薬はあの小瓶で十個作れるよ」
「あんなに大きいのに、それだけ……?」
「そう。まあ一部の素材は別のことに使うんだけど、それでも、凝縮が必要だからね。量が減るンだ」

 だからあんなに黒い薬なのかと思う。妖精の華の元の色というだけじゃないのだろう。

「で、アタシに必要な量だけどね。うーん、やっぱり気づいてたンだね、ヒイロ君」
「ええ」

 僕は頷く。

「と言っても、気づいたのはコハクに使ってからですけど。九の字の持っていた小瓶とコハクがもらった小瓶って形が違いますよね」

 そうなのだった。

 コハクのものは目にさしやすいように、一滴ずつ垂れるように口が小さく工夫がされていたのに対し、はじめに九の字に見せてもらった小瓶は口が大きく作られていた。

「九の字の小瓶は目に使うには口が大きすぎるんですよ。九の字は、あれを飲んでますよね?」

 九の字は苦笑して、

「鋭いね、その通りだよ」
「気づいたのはシズクさんですけど」
「そっか、侮れないね。うん、その通りだよ。アタシはあの小瓶を飲んでる。ものすっごく苦いンだよねあれ。味を改良してほしいよ」
「あの小瓶まるまる一つを飲んでるんですよね?」
「そう、しかも、九日に一度。もっと言えば、大けがをすればそのたびに一つ」

 計算、計算。

 九日に一度、一つの妖精の華から十の小瓶。
 妖精の華一つからたった、九十日分。

「いつから……いつからその量なんです?」
「徐々に増えていったからねえ。うーん。アタシが今、十八か十九だから……」

 若いとは思ってたけどほんとに若かったのか、と僕が驚いている間にも九の字は続けて、

「三年前、十五くらいの頃にはもう、一本飲んでたかな。でもその頃はまだ一本で九十日はもったんだけどね」

 コハクはもうすぐ十歳になる。
 今は一滴で十分でも、あと五年で、それだけの量が必要になる。
 一本がさらに貴重になってくる。

「……九の字は、コハクのためにその一つ、貴重な九日分をわけてくれたんですね」
「何言ってンの。ヒイロ君がいなかったらもっと船員に犠牲が出ていたはずだし、それどころか討伐できていたかもわからないンだよ? アタシの九日分なんて安いもンだよ」

 言って九の字は笑った。
 
 これから先、赤い妖精の華は増え続けるだろう。それはつまり、九の字たちだけで討伐できる数が減るということだ。

 妖精の華のために動いていると九の字は言った。
 けれどそれと同じくらい、九の船の船員を気にかけている。

 その重圧は計り知れないのに、秘密だってあるのに、九の字は戦い続けている。

 僕はその手助けをしなければならない。

 九の字を手助けすることが、コハクを守ることに繋がるから。
 薬を手に入れることに繋がるから。

 そう、自分のためだ。
 コハクのためだ。

 九の字と同じだ。

 だから僕も、九の字と同じように、

 船員を守ろう。
 仲間を守ろう。

 ユラを、ネネカを、スナオを守ろう。

「九の字、相談があります」
「ん? 何かな?」
「僕を九の船に乗せてください」

 僕がいうと、九の字は驚いたようにその竜眼を見開いた。

「それは……こちらからお願いしようと思っていたことだったンだけどね。コハクちゃんの手前、言わない方がいいかとも思ってたンだ。……どうして乗ろうと考えたのかな?」
「それは……」

 僕は考えていたことを話した。
 今止めてしまえば、それは見殺しにするのと変わりない。
 あの日、逃げないと誓った僕がそれを許さない。

 僕はあの時、見つけたんだ。

 託し、託される。
 
 置いていくんじゃなく、その場を託す。
 その代わり僕に託されたことを全力でやる。

 それこそが僕の道だ。

――――――――――――――


これにて一旦完結です!
お読みいただきましてありがとうございました!

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜

自ら
ファンタジー
異世界に転移したアキト。 彼に壮大な野望も、世界を救う使命感もない。 望むのはただ、 美味しいものを食べて、気持ちよく寝て、静かに過ごすこと。 ところが―― 彼が焚き火をすれば、枯れていた森が息を吹き返す。 井戸を掘れば、地下水脈が活性化して村が潤う。 昼寝をすれば、周囲の魔物たちまで眠りにつく。 村人は彼を「奇跡を呼ぶ聖人」と崇め、 教会は「神の化身」として祀り上げ、 王都では「伝説の男」として語り継がれる。 だが、本人はまったく気づいていない。 今日も木陰で、心地よい風を感じながら昼寝をしている。 これは、欲望に忠実に生きた男が、 無自覚に世界を変えてしまう、 ゆるやかで温かな異世界スローライフ。 幸せは、案外すぐ隣にある。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...