精霊姫の追放

あんど もあ

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優しい世界

「父が亡くなりました。契約は終了しました。あなたには、城を出て行ってもらいたい」

 離宮の庭で鞠をついていた「精霊姫」と呼ばれる6、7歳くらいの少女は、何百年もやっていた事だろうにその小さな手指から鞠を打ち外した。

「お兄さん……死んじゃったの?」
 転がって行く鞠を見もせず、私を見据える少女。間もなく即位する次期国王の私に、畏怖いふ畏敬いけいも微塵も感じていない様子に、この子は人間では無いのだとしみじみ感じる。

 私がうなずくと、
「そっかぁ……。最近来ないと思ったんだ」
と、寂しそうに呟く。
 おかっぱにしている美しい金髪が、伏せた碧い瞳を隠した。

 父上の死をいたんでくれた事に、こっそり安心した。少しは父上の事を好きでいてくれたと。

 病に倒れるまで、父上は暇を見つけては子供が喜ぶような菓子やおもちゃを持って離宮に通っていた。私と遊ぶより頻繁だと、幼い私が癇癪を起こすくらいに。
 
 今、精霊姫が着ているドレスの襟と袖口には最高級のレースが二重に縫い付けられ、動くたびにスカートでキラキラ光るのは宝石だろう。頭に付けているリボンは、希少なアメット蜘蛛の糸で織った物だ。
 父上の溺愛は度が過ぎていた。

 
「お兄さんの息子。大きくなったね。私がお兄さんと会ってから、どれくらいたったの?」
「ほぼ三十年です」
 この精霊姫と父上との出会いは、私が生まれる前だ。彼女が十代だった父上と出会ってから、彼女は一貫して父上を「お兄さん」と呼ぶ。だから私の呼び名は「お兄さんの息子」だ。

 何気なく私の後ろに控えている魔法省の局長を振り返ると、彼は黙って顔を横に振った。彼の掌にある小さな水晶玉は、光るどころか明るくすらなっていない。
 この精霊姫からは、精霊力も魔力も感知出来ないと言うことだ。

 以前鑑定した時もそうだった。
 自然を動かす事も出来ず、人の肉体や精神に干渉する事も出来ない弱い精霊。
 それでも父は、
「精霊姫はここにいるだけでいいのだ」
と、離宮で優遇させた。

 我が国をかつて無い繁栄に導いた賢王、と言われた父上にも癒しが必要だったのだろう。
 だが、予算を使いすぎだ。


「あたし、この世界を色々見てみたかったんだ。お兄さんがもういないなら、すぐに出てくね」
「あなたは、他の世界の精霊なのですか?」
 なら、この世界の鑑定器に反応しないのもあり得る。

「うん。時空の歪みにはまっちゃって、ここに落っこちちゃった。話を聞いたお兄さんが『この城にいて』って言うからいたの。でも、同じ所に長くいると、別れが悲しくなるから嫌なんだ」
 人間って死んじゃうんだもん、と言いながら精霊姫の体は光りだし、気がつくとドレスやリボンは地面に落ち、精霊姫は木綿の布を体に巻いたようなおかしな服を着た黒髪黒目の少女の姿に変わっていた。

「せっかくのドレスに合わせて色を変えていたけど、こっちが落ち着くなー!」
と、バサバサと頭を振る精霊姫。
 こんな事が出来るなんて、もしかして高位の精霊なのか……?

「精霊姫。あなたは何の精霊なのですか?」
「人間が作った区分けなんて知らない」
 あっさり返された。いや、それでは困るのだが。

「んっとね、あたしがいる家は栄えるの。前の世界の人は『座敷童子ざしきわらし』って呼んでたよ」

 父の「精霊姫はいるだけでいい」の意味が、やっと分かった。新種の精霊に、局長が驚いている。

「あなたが、この国を繁栄に導いたのですか?」
 精霊姫はおかしそうに笑った。
「違うよー。繁栄したのなら、それは、お兄さんやお兄さんの息子や、沢山の人が頑張ったから。あたしには、ゼロを100には出来ないよ」

 そう言うが、あなたは、私たちの力の1を10に、10を100にしてくれていたのだろう。
 父上の与えたのは、「溺愛」では無く「報酬」だったのか。いや、父上は君が好きだったよ。息子が嫉妬するくらい。


「じゃあね。立派な王様になってね」
 再び精霊姫の姿が光り出す。
「今までありがとう。いつか、またここに帰って来ますか?」
 行くな、とも言えず最後に疑問をぶつけた。

「そんな先の事なんて知らな~い」


 からかうような声が、光と共に消えた。

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