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なぜか男爵令嬢に親切な公爵令嬢の話
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王立学園の女子寮の部屋にいた私に、応接室にお客だと連絡が来たのは木々が色づき始めた頃だった。
私はルシア・ノーザン、15歳。田舎の男爵家の長女だ。今年王立学園に入学するまで田舎にいたので、訪ねて来る人なんて思いつかない。
頭をひねりつつトテトテと歩いていくと、寮監に「一番大きな応接室よ」と言われてますます困惑してしまう。私にVIPなお客?
ノックしてドアを開けると、人口密度に驚いた。ソファに座った二人の女性の他に、壁際に控えた侍女服の人たちは一斉に礼をとり、部屋に散らばって立っている騎士服の人たちが鋭い目で私を見る。この超のどかな女子寮で、何故剣を持っているんですか?!
入口でビビっていると、座っていた二人が立ち上がって声を掛けてくれた。
「ルシアさん。いきなりの訪問で申し訳ありません」
優しい声にほっとしたが、お顔を見て固まった。
エレクトラ・グランディア公爵令嬢と、その親友のユリア・ダックス伯爵令嬢。
学年が違うので遠くからお見かけした事しか無い、我が校の女生徒のツートップだ。
ギクシャクと、勧められるまま向かいのソファに座る。
この二人なら、護衛や侍女で移動が大所帯になるわけだなぁ、と納得しつつ、「いや、私何かした?」と疑問で頭の中がグルグルしてる私に、エレクトラ様の侍女が備え付けのティーセットでお茶をいれてくれる。
お茶を飲んで一息ついた私に、エレクトラ様が微笑んで話し出した。
「実は、あなたにお礼をしたいの。ルシアさん、夏の暑い盛りにいつも裏庭の花に水やりをしてくださったでしょう?」
「は、はい」
今年の夏の暑さは凄かった。水を撒いても撒いてもすぐに蒸発してしまう。庭師たちは正門の庭にかかりきりになってしまった。
田舎の人間としては、裏庭の萎れた植物を無視する事は出来ない。
私は、庭師さんの用具小屋から使っていない水桶と柄杓を失敬して毎日のように花に水を撒いていた。
涼しくなってやめたけど、まさか、エレクトラ様がご存知だったなんて。
「本当は、学園から感謝を示すべきなのですが、それをすると庭師たちの面目を潰す事になってしまうでしょう? なので、私から個人的な感謝の気持ちなの」
侍女がテーブルに大きな箱を置く。大きさの割に軽い物のようだ。
「私のお下がりになって申し訳ないのだけど」
エレクトラ様が優雅な手つきで箱の蓋を開けると、中には明るいパステルグリーンのドレス。侍女さんが箱から出して広げて見せてくれる。見るからに高級そうな生地に、複雑なカットワーク、繊細なレース……。
え? まさかこれをくれるとか言いませんよね?
「気に入ってもらえるかしら」
くれる気ですか!
「私、センスに自信が無いのでユリアに選んでもらったの」
ユリア様が頷く。
嘘だって事くらい、私にも分かる。私が、妬ねたみや嫉そねみから嫌がらせなどされないよう、グランディア公爵家とダックス伯爵家でやった事だと表に立ってくれたのだ。この二人を敵に回そうなんて人はいない。
そこまで考えてもらえるなんて……。
「ありがとうございます。すごく嬉しいです」
私はエレクトラ様とユリア様に深々と頭を下げた。
「良かった。できたら来週の舞踏会で着てもらえるかしら」
「はい!」
舞踏会と言っても授業だ。ダンスを申し込んだり申し込まれたり、断ったり断られたりを、場数を踏んで練習しろと言う先生付きの講習会のような舞踏会。
なので、ドレスにお金をかける必要は無く、学校にある貸し出し用のドレスで十分……なのだけど、自前のドレスの人がちょっと羨ましいな、とちょこっと思っていたのだ。
「では、ルシアさん。隣の部屋を借りているから、ドレスを着てみてもらえるかしら。サイズ直しのチェックをしないと」
と、ユリア様に言われ、そこまでしてもらわなくても、と言っても聞いてもらえず、ユリア様と侍女たちにドナドナされる。
エレクトラ様は
「私も行くと、護衛の男性まで付いてくるから……」
と、部屋に残った。
隣の部屋でドレスを着た姿を前後左右からチェックされ、色々採寸され、丈とお胸を詰める事となった。
「これから大きくなるので、わざわざ直さなくても……」
特にお胸は大きくなる予定です!、とまでは言えなかったけど。
ユリア様は不思議そうな顔をして
「来週までには育たないでしょう?」
と、言った。
そうだ、この方たちに『大きくなっても着れるように大きめの服にする』って概念は無いわね……。
お二人の帰った後、寮は大騒ぎだった。
私の説明に、皆驚いている。分かる、私も驚いているから。
「水を撒いて、感謝のドレス……?」
「人の上に立つ人は、裏庭にいるルシアまで見ているって事かしら……?」
「公爵家の不思議な力ってやつ?」
納得いく説明があるなら、私が聞きたいくらいだ。
数日経って落ち着いてくると、
「あれは起きたまま見た夢だったんじゃないかな」
と、思っていたら、見事にぴったりに直されたドレスが届いた。
寮は再び大騒ぎ。
そして舞踏会当日。
私たちは寮で雇ってくれた髪結や着付けの人たちによって、なんとか貴族令嬢の姿になって学園の大ホールへ。
いつもは式典で使われる無骨なホールが華やかに飾り付けられ、楽団や盛装した生徒で異空間のよう。田舎では絶対にお目にかかれない景色だ。
先生の注意事項を聞き、舞踏会が始まる。音楽が流れ、パートナーがいる人たちがホールの中央へ行って踊り出す。
一年生の私たちはまだギクシャクしている。せっかくの綺麗なドレスだから、一度くらい踊りたいよ。
まずはエレクトラ様にお礼を言いたいなぁ、と思うが、男爵と公爵では立つ場所が違うので近くにすら行けない……。
と、思っていたらユリア様が迎えにきてくれた。虎の威を借りて申し訳ないが、後ろをついて行って高位貴族の中に割り込む。
「エレクトラ、ルシアさんよ」
ユリア様がエレクトラ様に声を掛けてくれたので
「エっ、エレクトラ様! 今日は素晴らしいドレスをありがとうございましたっ!」
と、一気に言ってから、エレクトラ様の横の人に気付いた。
まるで王子様のような位の高い盛装をしてる男性だなぁ……、って! 確かエレクトラ様の婚約者の方って……!
「良かった。そのドレス、とてもお似合いですわ。ルシアさん、紹介しますわね。昨年学園を卒業した私の婚約者のレスター第二王子よ。レスター、こちらはルシア・ノーザン男爵令嬢」
「やあ、君が裏庭の天使か」
とんでもない二つ名に周りがざわめく。最も驚いている私は、淑女の礼も吹っ飛んで呆然と王子を見るだけだ。そもそも「王族への挨拶」なんて、私のキャパには無い(泣)
何て返事したらいいのか分からなくて固まってると、
「緊張しなくていいのよ。今日、レスターは卒業生として舞踏会講習に協力に来てもらったの」
と、エレクトラ様が優しく微笑む。
「き、協力ですか?」
「そう、沢山の令嬢をダンスに誘って舞踏会に活気をもたらしてもらうの」
確かに、ダンスを踊っているのはごく一部の人だ。他の人は、何となく手持ち無沙汰っぽい。初めてだから分からないけど、もっと活気があるものなのね。
「では、ルシア・ノーザン嬢。踊っていただけますか?」
考え事をしていたので、突然の殿下の申し出に心臓が止まりそうになった。
え? エレクトラ様を差し置いて? って、エレクトラ様が納得しているならいいのか。でも、私なんかが? いや、断る方が失礼なのかな?
疑問符で頭が一杯の私に、エレクトラ様が優しく言った。
「レスターがタイプじゃなかったら、お断りしてもいいのよ」
「酷いなぁ、一応王子様なのに」
エレクトラ様と殿下の掛け合いに吹き出して、謹んでダンスの申し込みを受けた。
会場中の驚きの眼差しを受けて、私は人生初のダンスを王子様と踊った。
一曲踊り終えて、踊りの輪の中から離れる。
「ありがとう、ルシア嬢」
「こちらこそありがとうございました! 殿下と踊れたなんて、子々孫々にまで言い伝えます!」
……あ、私のテンションに殿下が引いてる。
でも! うちは弟が爵位を継ぐから、私の結婚相手はせいぜいちょっと裕福な平民なので、私の子々孫々が王子様と踊る可能性はほぼゼロなんですー!
「ところで、あの茶色の髪の女性は誰かな?」
「ああ、ローズマリー様です。ヒューバート子爵令嬢の」
「ヒューバート子爵か。ありがとう。じゃあ、またね。ルシア嬢」
殿下がローズマリー様に向かう。
突然の殿下からのダンスの申し込みに驚いているローズマリー様に、「がんば!」と握りこぶしを握ってみせると、ローズマリー様も頷いて殿下の手を取った。
一方、そんな殿下を見てた下位貴族の男子生徒がエレクトラ様にダンスを申し込んで、エレクトラ様が優雅にその手を取ると、周りの男子生徒たちも我先にと高嶺の花の女生徒たちに申し込み出した。
皆その波に呑まれ、私も何人かの男子生徒から申し込まれて踊った。
今年の舞踏会は、例年に無い盛り上がりだったそうだ。
寮の皆と「さすがはエレクトラ様!」と語りあった。
舞踏会が終わると一気に冷え込み、私は風邪をひいた。
たちが悪い風邪で、熱が頭痛を連れてきて、頭痛が目まいを……という感じで、どんどん具合が悪くなっていく。
医者に
「学園を休学して、親元でゆっくりと治療した方がいい」
と、言われた。
家族と離れて寝込んでいる事に不安になっていたので、私はその案に乗ることにした。
学園を離れる日、お父様の乗った迎えの馬車を待っていると、学園を抜け出してエレクトラ様が見送りに来てくれた。
お見舞いと心配の言葉と、
「ルシアさんが治ったら、私をルシアさんの故郷に招待していただけません?」
というお願い。
「喜んで!」
私たちは約束をして別れた。
家に帰った私は、長距離移動の疲れもあり起き上がれなくなった。
……本当は、分かってた。
「家に帰って治療する」って、田舎に王都以上の医者がいるわけ無いじゃない。私は治らないんだな、って。
エレクトラ様も、それに気が付いて見送りに来てくれたんだろうな……。本当にお優しい方。
どうしよう。幸せだ。
ごめんなさい。お父様にもお母様にもエレクトラ様にも何も返せません。
でもどうか、幸せなまま眠らせてください……。
「ノーザン男爵から手紙が来ましたわ」
公爵家の応接室。
ユリア嬢からエレクトラの見舞いに行くよう連絡が来たのだが、病気ではなかったようだ。
「最期まで、私に感謝していたと……。王子様と踊れたなんて夢のようだと……。棺にはあのドレスを着せて納めたと……」
「そうか……。僕も少しは役に立てたのかな。ルシア嬢の幸せな思い出に」
エレクトラはいつもの微笑みをはり付けている。
ーグランディア公爵家の血筋には、未来を見る事の出来る者が生まれるー
伝説というか、年寄りの昔話レベルの言い伝えだ。
「巫女の血を引いてる」「聖女の子孫」など荒唐無稽な話を本気にする者はいないだろう。多分、公爵家が箔付けで流布したと思っている者も多いはず。
だが、巫女や聖女の事は分からないが、残念ながら能力は本当の事だ。正確には、見えるのは「未来」ではなく「寿命」だが。
かつて誰かの死期を言い当てて、こんな風に言い伝えられたのだろう。
グランディア一族に、何十年かぶりに寿命を見る目が発現した者が生まれた。それがエレクトラ。
ただ、寿命は見えるだけ。公爵家のあらゆる権力や人脈を使っても、寿命を延ばす事は出来ない。
親しい人たちを何も出来ないまま見送るしか無かったエレクトラが覚えたのは、相手の寿命を知っても顔に出さずに微笑む事だった。
だから、今年の新入生に寿命の残り少ない者を見つけてもスルーするはずだった……のだが。やはり気になって見ていると、暑くなるにつれて彼女は裏庭に通うようになったそうだ。
「あの子は……水を撒いてましたの。自分の寿命が残り少ないのに、花が枯れないように、水を……」
エレクトラは、ルシア嬢の短い人生に幸せな思い出を残したい、と言い出した。
「人の人生に干渉しようだなんて、烏滸がましいのは分かっているんです。ただ、ほんのちょっとでも楽しい思い出を作りたいのです」
舞踏会でルシアに綺麗なドレスを着て王子様と踊ってもらう。
シンプルな計画だったが、ユリア嬢はドレスのサイズ直しの時に、自分が成長する事を信じているルシア嬢に胸が詰まったそうだ。
私も、ダンスの後に「子々孫々にまで言い伝えます!」と言われて言葉が無かった。
取り敢えず、私たちの作戦は成功したようだ。
「良かったね」
と、労おうとした時、信じられないものを見た。
微笑みをたたえたまま、エレクトラの目から涙が流れている。エレクトラも気付いて無いようで、私にハンカチをあてられて初めて気付いたようだ。
「も、申し訳ありません」
「たまには我慢をやめてもいいと思うよ」
「………っ」
へにゃ、とエレクトラの顔が歪むと、声をあげて泣き出した。
エレクトラの横に座り、肩を抱く。
窓の外の木々は、あの暑かった夏を忘れたかのようにすっかり葉が落ちて寒々としている。
人は死んだらお星様になる、って昔聞いたが、今日は厚い雲に覆われ、星は見えなそうだ。
厚い雲の間から星の光がこぼれ落ちるように、雪が降り始めた。
私はルシア・ノーザン、15歳。田舎の男爵家の長女だ。今年王立学園に入学するまで田舎にいたので、訪ねて来る人なんて思いつかない。
頭をひねりつつトテトテと歩いていくと、寮監に「一番大きな応接室よ」と言われてますます困惑してしまう。私にVIPなお客?
ノックしてドアを開けると、人口密度に驚いた。ソファに座った二人の女性の他に、壁際に控えた侍女服の人たちは一斉に礼をとり、部屋に散らばって立っている騎士服の人たちが鋭い目で私を見る。この超のどかな女子寮で、何故剣を持っているんですか?!
入口でビビっていると、座っていた二人が立ち上がって声を掛けてくれた。
「ルシアさん。いきなりの訪問で申し訳ありません」
優しい声にほっとしたが、お顔を見て固まった。
エレクトラ・グランディア公爵令嬢と、その親友のユリア・ダックス伯爵令嬢。
学年が違うので遠くからお見かけした事しか無い、我が校の女生徒のツートップだ。
ギクシャクと、勧められるまま向かいのソファに座る。
この二人なら、護衛や侍女で移動が大所帯になるわけだなぁ、と納得しつつ、「いや、私何かした?」と疑問で頭の中がグルグルしてる私に、エレクトラ様の侍女が備え付けのティーセットでお茶をいれてくれる。
お茶を飲んで一息ついた私に、エレクトラ様が微笑んで話し出した。
「実は、あなたにお礼をしたいの。ルシアさん、夏の暑い盛りにいつも裏庭の花に水やりをしてくださったでしょう?」
「は、はい」
今年の夏の暑さは凄かった。水を撒いても撒いてもすぐに蒸発してしまう。庭師たちは正門の庭にかかりきりになってしまった。
田舎の人間としては、裏庭の萎れた植物を無視する事は出来ない。
私は、庭師さんの用具小屋から使っていない水桶と柄杓を失敬して毎日のように花に水を撒いていた。
涼しくなってやめたけど、まさか、エレクトラ様がご存知だったなんて。
「本当は、学園から感謝を示すべきなのですが、それをすると庭師たちの面目を潰す事になってしまうでしょう? なので、私から個人的な感謝の気持ちなの」
侍女がテーブルに大きな箱を置く。大きさの割に軽い物のようだ。
「私のお下がりになって申し訳ないのだけど」
エレクトラ様が優雅な手つきで箱の蓋を開けると、中には明るいパステルグリーンのドレス。侍女さんが箱から出して広げて見せてくれる。見るからに高級そうな生地に、複雑なカットワーク、繊細なレース……。
え? まさかこれをくれるとか言いませんよね?
「気に入ってもらえるかしら」
くれる気ですか!
「私、センスに自信が無いのでユリアに選んでもらったの」
ユリア様が頷く。
嘘だって事くらい、私にも分かる。私が、妬ねたみや嫉そねみから嫌がらせなどされないよう、グランディア公爵家とダックス伯爵家でやった事だと表に立ってくれたのだ。この二人を敵に回そうなんて人はいない。
そこまで考えてもらえるなんて……。
「ありがとうございます。すごく嬉しいです」
私はエレクトラ様とユリア様に深々と頭を下げた。
「良かった。できたら来週の舞踏会で着てもらえるかしら」
「はい!」
舞踏会と言っても授業だ。ダンスを申し込んだり申し込まれたり、断ったり断られたりを、場数を踏んで練習しろと言う先生付きの講習会のような舞踏会。
なので、ドレスにお金をかける必要は無く、学校にある貸し出し用のドレスで十分……なのだけど、自前のドレスの人がちょっと羨ましいな、とちょこっと思っていたのだ。
「では、ルシアさん。隣の部屋を借りているから、ドレスを着てみてもらえるかしら。サイズ直しのチェックをしないと」
と、ユリア様に言われ、そこまでしてもらわなくても、と言っても聞いてもらえず、ユリア様と侍女たちにドナドナされる。
エレクトラ様は
「私も行くと、護衛の男性まで付いてくるから……」
と、部屋に残った。
隣の部屋でドレスを着た姿を前後左右からチェックされ、色々採寸され、丈とお胸を詰める事となった。
「これから大きくなるので、わざわざ直さなくても……」
特にお胸は大きくなる予定です!、とまでは言えなかったけど。
ユリア様は不思議そうな顔をして
「来週までには育たないでしょう?」
と、言った。
そうだ、この方たちに『大きくなっても着れるように大きめの服にする』って概念は無いわね……。
お二人の帰った後、寮は大騒ぎだった。
私の説明に、皆驚いている。分かる、私も驚いているから。
「水を撒いて、感謝のドレス……?」
「人の上に立つ人は、裏庭にいるルシアまで見ているって事かしら……?」
「公爵家の不思議な力ってやつ?」
納得いく説明があるなら、私が聞きたいくらいだ。
数日経って落ち着いてくると、
「あれは起きたまま見た夢だったんじゃないかな」
と、思っていたら、見事にぴったりに直されたドレスが届いた。
寮は再び大騒ぎ。
そして舞踏会当日。
私たちは寮で雇ってくれた髪結や着付けの人たちによって、なんとか貴族令嬢の姿になって学園の大ホールへ。
いつもは式典で使われる無骨なホールが華やかに飾り付けられ、楽団や盛装した生徒で異空間のよう。田舎では絶対にお目にかかれない景色だ。
先生の注意事項を聞き、舞踏会が始まる。音楽が流れ、パートナーがいる人たちがホールの中央へ行って踊り出す。
一年生の私たちはまだギクシャクしている。せっかくの綺麗なドレスだから、一度くらい踊りたいよ。
まずはエレクトラ様にお礼を言いたいなぁ、と思うが、男爵と公爵では立つ場所が違うので近くにすら行けない……。
と、思っていたらユリア様が迎えにきてくれた。虎の威を借りて申し訳ないが、後ろをついて行って高位貴族の中に割り込む。
「エレクトラ、ルシアさんよ」
ユリア様がエレクトラ様に声を掛けてくれたので
「エっ、エレクトラ様! 今日は素晴らしいドレスをありがとうございましたっ!」
と、一気に言ってから、エレクトラ様の横の人に気付いた。
まるで王子様のような位の高い盛装をしてる男性だなぁ……、って! 確かエレクトラ様の婚約者の方って……!
「良かった。そのドレス、とてもお似合いですわ。ルシアさん、紹介しますわね。昨年学園を卒業した私の婚約者のレスター第二王子よ。レスター、こちらはルシア・ノーザン男爵令嬢」
「やあ、君が裏庭の天使か」
とんでもない二つ名に周りがざわめく。最も驚いている私は、淑女の礼も吹っ飛んで呆然と王子を見るだけだ。そもそも「王族への挨拶」なんて、私のキャパには無い(泣)
何て返事したらいいのか分からなくて固まってると、
「緊張しなくていいのよ。今日、レスターは卒業生として舞踏会講習に協力に来てもらったの」
と、エレクトラ様が優しく微笑む。
「き、協力ですか?」
「そう、沢山の令嬢をダンスに誘って舞踏会に活気をもたらしてもらうの」
確かに、ダンスを踊っているのはごく一部の人だ。他の人は、何となく手持ち無沙汰っぽい。初めてだから分からないけど、もっと活気があるものなのね。
「では、ルシア・ノーザン嬢。踊っていただけますか?」
考え事をしていたので、突然の殿下の申し出に心臓が止まりそうになった。
え? エレクトラ様を差し置いて? って、エレクトラ様が納得しているならいいのか。でも、私なんかが? いや、断る方が失礼なのかな?
疑問符で頭が一杯の私に、エレクトラ様が優しく言った。
「レスターがタイプじゃなかったら、お断りしてもいいのよ」
「酷いなぁ、一応王子様なのに」
エレクトラ様と殿下の掛け合いに吹き出して、謹んでダンスの申し込みを受けた。
会場中の驚きの眼差しを受けて、私は人生初のダンスを王子様と踊った。
一曲踊り終えて、踊りの輪の中から離れる。
「ありがとう、ルシア嬢」
「こちらこそありがとうございました! 殿下と踊れたなんて、子々孫々にまで言い伝えます!」
……あ、私のテンションに殿下が引いてる。
でも! うちは弟が爵位を継ぐから、私の結婚相手はせいぜいちょっと裕福な平民なので、私の子々孫々が王子様と踊る可能性はほぼゼロなんですー!
「ところで、あの茶色の髪の女性は誰かな?」
「ああ、ローズマリー様です。ヒューバート子爵令嬢の」
「ヒューバート子爵か。ありがとう。じゃあ、またね。ルシア嬢」
殿下がローズマリー様に向かう。
突然の殿下からのダンスの申し込みに驚いているローズマリー様に、「がんば!」と握りこぶしを握ってみせると、ローズマリー様も頷いて殿下の手を取った。
一方、そんな殿下を見てた下位貴族の男子生徒がエレクトラ様にダンスを申し込んで、エレクトラ様が優雅にその手を取ると、周りの男子生徒たちも我先にと高嶺の花の女生徒たちに申し込み出した。
皆その波に呑まれ、私も何人かの男子生徒から申し込まれて踊った。
今年の舞踏会は、例年に無い盛り上がりだったそうだ。
寮の皆と「さすがはエレクトラ様!」と語りあった。
舞踏会が終わると一気に冷え込み、私は風邪をひいた。
たちが悪い風邪で、熱が頭痛を連れてきて、頭痛が目まいを……という感じで、どんどん具合が悪くなっていく。
医者に
「学園を休学して、親元でゆっくりと治療した方がいい」
と、言われた。
家族と離れて寝込んでいる事に不安になっていたので、私はその案に乗ることにした。
学園を離れる日、お父様の乗った迎えの馬車を待っていると、学園を抜け出してエレクトラ様が見送りに来てくれた。
お見舞いと心配の言葉と、
「ルシアさんが治ったら、私をルシアさんの故郷に招待していただけません?」
というお願い。
「喜んで!」
私たちは約束をして別れた。
家に帰った私は、長距離移動の疲れもあり起き上がれなくなった。
……本当は、分かってた。
「家に帰って治療する」って、田舎に王都以上の医者がいるわけ無いじゃない。私は治らないんだな、って。
エレクトラ様も、それに気が付いて見送りに来てくれたんだろうな……。本当にお優しい方。
どうしよう。幸せだ。
ごめんなさい。お父様にもお母様にもエレクトラ様にも何も返せません。
でもどうか、幸せなまま眠らせてください……。
「ノーザン男爵から手紙が来ましたわ」
公爵家の応接室。
ユリア嬢からエレクトラの見舞いに行くよう連絡が来たのだが、病気ではなかったようだ。
「最期まで、私に感謝していたと……。王子様と踊れたなんて夢のようだと……。棺にはあのドレスを着せて納めたと……」
「そうか……。僕も少しは役に立てたのかな。ルシア嬢の幸せな思い出に」
エレクトラはいつもの微笑みをはり付けている。
ーグランディア公爵家の血筋には、未来を見る事の出来る者が生まれるー
伝説というか、年寄りの昔話レベルの言い伝えだ。
「巫女の血を引いてる」「聖女の子孫」など荒唐無稽な話を本気にする者はいないだろう。多分、公爵家が箔付けで流布したと思っている者も多いはず。
だが、巫女や聖女の事は分からないが、残念ながら能力は本当の事だ。正確には、見えるのは「未来」ではなく「寿命」だが。
かつて誰かの死期を言い当てて、こんな風に言い伝えられたのだろう。
グランディア一族に、何十年かぶりに寿命を見る目が発現した者が生まれた。それがエレクトラ。
ただ、寿命は見えるだけ。公爵家のあらゆる権力や人脈を使っても、寿命を延ばす事は出来ない。
親しい人たちを何も出来ないまま見送るしか無かったエレクトラが覚えたのは、相手の寿命を知っても顔に出さずに微笑む事だった。
だから、今年の新入生に寿命の残り少ない者を見つけてもスルーするはずだった……のだが。やはり気になって見ていると、暑くなるにつれて彼女は裏庭に通うようになったそうだ。
「あの子は……水を撒いてましたの。自分の寿命が残り少ないのに、花が枯れないように、水を……」
エレクトラは、ルシア嬢の短い人生に幸せな思い出を残したい、と言い出した。
「人の人生に干渉しようだなんて、烏滸がましいのは分かっているんです。ただ、ほんのちょっとでも楽しい思い出を作りたいのです」
舞踏会でルシアに綺麗なドレスを着て王子様と踊ってもらう。
シンプルな計画だったが、ユリア嬢はドレスのサイズ直しの時に、自分が成長する事を信じているルシア嬢に胸が詰まったそうだ。
私も、ダンスの後に「子々孫々にまで言い伝えます!」と言われて言葉が無かった。
取り敢えず、私たちの作戦は成功したようだ。
「良かったね」
と、労おうとした時、信じられないものを見た。
微笑みをたたえたまま、エレクトラの目から涙が流れている。エレクトラも気付いて無いようで、私にハンカチをあてられて初めて気付いたようだ。
「も、申し訳ありません」
「たまには我慢をやめてもいいと思うよ」
「………っ」
へにゃ、とエレクトラの顔が歪むと、声をあげて泣き出した。
エレクトラの横に座り、肩を抱く。
窓の外の木々は、あの暑かった夏を忘れたかのようにすっかり葉が落ちて寒々としている。
人は死んだらお星様になる、って昔聞いたが、今日は厚い雲に覆われ、星は見えなそうだ。
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