さようなら、たったひとつの

あんど もあ

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さようなら、たったひとつの

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「俺たち、婚約解消しないか?」
と、婚約者のディーゴが言った。今日は紅茶よりコーヒーにしよう、くらいの軽さで。

 明るいカフェの席に向かい合って座って、私は何も言えずに彼を見る。

「俺さ、乗馬とかカヌーとかクリケットとか好きだけど、メアリは外で遊ぶの嫌いだろ? 夜は色んなお店で飲みたいけどさ、メアリは飲み屋に興味無いし。俺たち全然合わないと思うんだ。それに…」

 ああ、生きる気力に溢れてる人は相手にもそれを求めるものなのですね。彼の演説はまだまだ続いてる。 

 8歳で婚約が決まってから10年。最初は私と一緒に家の中で本を読んでいたあなたは、やがて走り回り、庭を探検し、外に出て友達を作り、恋人を作った。
「わかりました。シルビア様とお幸せに」
 私が言ったのは一言だけだった。




 三日後、私は窶れはてたディーゴの枕元にいた。
 ベッドに横たわるディーゴの顔は土気色でげっそりやつれ、今や指一つ動かせないようだ。
 枕元の椅子に座る私を、ディーゴの両親とシルビア嬢が取り囲んでいる。
「あなたに婚約解消を申し込んだ翌日から『だるい』と言い出して、次の日には起き上がれなくなり、今ではこの状態なんだ。何か心当たりが無いだろうか」
「医者に見せても、病気でも毒でも無いって言うの。もうどうしたら…」
 ディーゴの両親の、真摯に息子を心配する様子に何を言えばいいのか。いえ、言うべきでは無いのか、私が判断に迷っていると
「ねえメアリ様。ディーゴに何をしたの?」
と、シルビア様に迫られた。それで私をここに呼んだのですね。

 返事ができない私に、ディーゴの両親は私が何かをしたと確信したようだ。
「メアリ嬢。本当のことを教えてくれ」
「何かしたの?」
 ごまかす方が失礼だと思った私は口を開いた。

「何もしていません…。いえ、今までしていたことを止めたんです」

 三人の視線が私に突き刺さる。
「信じられないかもしれませんが、ディーゴ様の寿命は10歳を迎える事はありませんでした。だから、私の寿命を与えていたんです」

  

 私が生まれた家は冷え切っていた。使用人はいたので飢えはしないが、親の顔など見たことも無い。幼い私の遊び相手は、庭の植物と虫だけだった。
 そして私には生き物の寿命が分かって、寿命を他から与えたりできるのだと気付いた。
 でも、誰にも言わなかった。誰にでも出来ることだと思っていたから。
 無意味な私の人生は、寿命のカウントダウンを数えるだけのようなものだった。
 8歳になり、婚約者が決まった。
 初めて会った婚約者は、寿命が残り僅かなのに、将来の夢の話をして私を驚かせた。
 その時、寿命は誰にでも見えるものでは無いのだと知った。 
 そして、この少年こそ生きるべきだと思った。



「信じがたいが……、確かにディーゴは君と婚約するまで体がとても弱く、とても成人できないだろうと言われていた。ディーゴに婚約を決めたのも、生きる励みになればと思ってだ。そんなディーゴとの縁談を引き受けてくれたのは、君の家だけだった……」
 そう、初対面の彼は背筋を伸ばすことすらできず、ソファーの背にうずもれるように座っていた。それなのに、彼は未来を信じていた。私が見たことの無い目の光だった。
「勝手な事をしてすみません」
「そうか…、成長して治ったわけではなかったのか」
「何で簡単に信じてるんですか? そんな話信じられるはず無いじゃないですか!」
 幼いディーゴを知らないシルビア様がいきり立つ。
「なら、シルビア様の寿命をディーゴ様に繋げましょう。そうしたらディーゴ様は元気になります」
「ちょっ…繋げたら私はどうなるの?」
「シルビア様の寿命が半分減ります」
「ひっ…!」
 シルビア様の態度に、部屋に冷たい風が吹いた。

「それなら私の命を…!」
と、ディーゴのお母様が申し出る。ああ、こういう母親って本当にいるのですね…。
「残念ながら、同じ血だと溶け合うみたいで、新たな寿命にならないんです」
「ね、ねえメアリ様が何とかできませんか? ディーゴを好きなんでしょう?」
「私には、…もう寿命が無いんです」
 部屋を沈黙が満たす。
 元々長く無い寿命だったが、ディーゴに半分分け与えたためもう残りは少ない。

「なので、決心はお早めにお願いします」
と言うとシルビア様は
「ええ! 急いで考えますわ!」
と元気に答えた。絶対に時間切れを狙ってますね。ディーゴに聞こえてないといいのですが。





 翌週、ディーゴのご両親が私を訪問した時、私はベッドの上だった。
「君は、こんなになるまでディーゴに寿命を分け与えてくれてたんだな…」
「あの子はあなたの愛に報いもせず、婚約解消だなんて身勝手な事を…! なんてお詫びをしたらいいか」
 私がしたくてした事なので、ご両親が気に病む事は無いのですが。

「ディーゴは死んだよ。葬儀も終わった」
 葬儀にはディーゴの友人が沢山駆けつけてくれて別れを惜しんでくれたが、シルビアの参列だけは許せなかったそうだ。
「ディーゴを助け無かったのは、悲しいけど仕方ない事だと思ってるわ。でも、悲劇の婚約者ぶって、まるで舞台の主人公みたいに大袈裟に泣いて…」
 生きる気力に溢れている方は、悲しみも全力なのですね。

 怒ったご両親は、彼女を会場から摘み出したそうだ。普段温厚なご両親のその行動は、皆に好き勝手な憶測を生ませるのに十分だったらしい。そもそもディーゴには私という婚約者がいたのに付き合ったのだから。
 彼女の淑女としての評価は地に落ちただろう。

 お二人は、自分たちの寿命を受け取って欲しいと言った。
 私はそれを丁寧に断った。
 生きてやりたい事など無いから。



 ねえディーゴ。

 あなたを愛していたかは分からない。ただ、あなたに未来を見せたかった。

 いえ、隣で私も一緒に見たかったの。
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