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さようなら、たったふたつの
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王宮の一室で、私はアリア・バーロッド伯爵令嬢とお茶会をしていた。
私はこの国の第一王子・レザック。アリアは私の婚約者候補、いや、私の婚約者にと熱烈希望している女性だ。残念ながら、父王からもバーロッド伯爵からもなかなかOKが出ないが。
明るい金髪と明るい青い目が愛くるしいアリアは、その表情もくるくると変わって愛らしい。神が彼女に与えたスキルは植物を花開かせる『開花』。しかし、彼女の笑顔の方が花のようだ。
彼女が私の話にコロコロと笑っていると
「アリア、はしたないわ」
と、部屋のすみの椅子で本を読んでいた女性に注意される。
「はあい、お姉さま」
彼女はアリアの三歳上の姉、私より一歳上のミレイユ。髪も瞳もアリアと同じ色なのに、二人の印象はまるで違う。
「落ち着きを持ってね」
そういうミレイユは、まさに冷静沈着という雰囲気を漂わせている。
「ミレイユ嬢こそ、なぜアリアの付き添いなどと侍女のような事をされてるのです?」
「侍女では、レザック殿下が不埒な事をしようとしても止められないからですわ」
「ほう、私はよほど信用が無いようだ」
「ほほ、婚約者でもない女性を一人だけ呼び出す男性を信用など」
「ふ、不埒…」と、赤くなっているアリアをそっちのけに、二人の間に見えない火花がバチバチと散る。
その空気を止めたのは、部屋に入って来た私の側近のアランだった。
「レザック殿下、ちょっとよろしいですか。アリア様、ミレイユ様、御歓談中失礼いたします」
そう言って私の前に書類を出す。懸念だった事が解決した報告だった。
「了解した。ところでアラン。お前もそこに座ってミレイユ嬢の相手をしてくれないか」
「私が、ですか……?」
「ミレイユ嬢を退屈させるのは忍びない」
「いえ! 私は本を読んでいますのでお気遣いなく」
慌てたミレイユの膝の上から読んでいた本が落ちる。「落ち着き」はどうしたのやら。
ミレイユより早く、アランが本を拾い上げた。
「これは『経済資産論』ですね。もう6巻を読んでらっしゃるのですか」
アランから渡された本をとても重そうに両手で受け取るミレイユ。
いつも冷静なミレイユが、アランに声をかけられると赤くなることに私は気付いている。
「アラン様もこれをお読みになったのですか?」
「まだ3巻なんです」
「3巻も興味深いですわね。流通の為替の統一化はぜひ実現すべきですわ」
二人が話に花が咲かせるのをこれ幸いと見ていたら
「その本、レザック様も読んでましたよね!」
と、アリアに話を振られてしまった。
「あ…ああ、あまり読み進めてないが」
「今、2巻ですか?」
「1巻……」
ミレイユの冷たい視線が突き刺さる。
「し……仕方ないだろう。色々と忙しいんだ」
「何も言ってませんわ。読むと言ったのなら、石にかじりついても読む気概が欲しいと思っただけです」
言ってるだろうが! アランとの仲を邪魔してやるぞ! ふふんっ!
「ミレイユ嬢は、まだ決まった人がいないんだよな? 良ければ父上に頼んで」
「いえ、決まってますよ」
「えええっ!!?」
「アリア、はしたないわ。落ち着いて」
いや、私もアランも叫びそうでしたよ。
「お姉さまに決まった相手がいたなんて、知りませんでしたわ!」
「言ってませんもの」
「そんな!」
「言う必要が無かったのよ。でももう時間切れみたい」
ミレイユ嬢は小さくため息を吐くと、
「レザック様、アラン様、もうお会いすることは無いと思いますが、どうぞお元気で。お二人の幸せを祈っています」と、笑顔を見せた。
私もアランも、いきなりの流れに付いていけなかった。
教会で、アリアとミレイユが二つの棺で眠っている。
ほんの数日前の笑顔が嘘のようだ。
「時間切れ」
それは二人の寿命だった。
神がミレイユに与えたスキルは、『自分の寿命を他の人に分け与えられる』だった。
ミレイユは、そのスキルを幼くして不治の病になったアリアのために使った。もちろん、両親や兄は反対した。
だが、「自分ならアリアを助けられたのに」と思いながら生きる方がずっと辛い、と言われては止められなかったそうだ。
アリアは何も知らぬまま成長した。
「読むと言ったのなら、石にかじりついても読む気概が欲しいと思っただけです」
君は石にかじりついても妹のために命を与え続けたんだね。
でも、本すら重く感じるようになり、君は時間切れを悟った。
もともと長く無かったミレイユの寿命をアリアに分け与えたのだ。必然的に二人の人生は短い。悲しむ人は少ない方がいいと、二人に婚約者は作らないようにしていたらしい。
だが、それは無駄だよ。私は、婚約者でなくてもアリアを愛した。今、私の隣にいる男は、「殿下の婚約が調った後に申し込もうなんて思わなければ良かった」と、悲しんでいるよ。
二つの棺が土の中で永遠の眠りにつく。
さようなら。絶対に忘れないよ。
私はこの国の第一王子・レザック。アリアは私の婚約者候補、いや、私の婚約者にと熱烈希望している女性だ。残念ながら、父王からもバーロッド伯爵からもなかなかOKが出ないが。
明るい金髪と明るい青い目が愛くるしいアリアは、その表情もくるくると変わって愛らしい。神が彼女に与えたスキルは植物を花開かせる『開花』。しかし、彼女の笑顔の方が花のようだ。
彼女が私の話にコロコロと笑っていると
「アリア、はしたないわ」
と、部屋のすみの椅子で本を読んでいた女性に注意される。
「はあい、お姉さま」
彼女はアリアの三歳上の姉、私より一歳上のミレイユ。髪も瞳もアリアと同じ色なのに、二人の印象はまるで違う。
「落ち着きを持ってね」
そういうミレイユは、まさに冷静沈着という雰囲気を漂わせている。
「ミレイユ嬢こそ、なぜアリアの付き添いなどと侍女のような事をされてるのです?」
「侍女では、レザック殿下が不埒な事をしようとしても止められないからですわ」
「ほう、私はよほど信用が無いようだ」
「ほほ、婚約者でもない女性を一人だけ呼び出す男性を信用など」
「ふ、不埒…」と、赤くなっているアリアをそっちのけに、二人の間に見えない火花がバチバチと散る。
その空気を止めたのは、部屋に入って来た私の側近のアランだった。
「レザック殿下、ちょっとよろしいですか。アリア様、ミレイユ様、御歓談中失礼いたします」
そう言って私の前に書類を出す。懸念だった事が解決した報告だった。
「了解した。ところでアラン。お前もそこに座ってミレイユ嬢の相手をしてくれないか」
「私が、ですか……?」
「ミレイユ嬢を退屈させるのは忍びない」
「いえ! 私は本を読んでいますのでお気遣いなく」
慌てたミレイユの膝の上から読んでいた本が落ちる。「落ち着き」はどうしたのやら。
ミレイユより早く、アランが本を拾い上げた。
「これは『経済資産論』ですね。もう6巻を読んでらっしゃるのですか」
アランから渡された本をとても重そうに両手で受け取るミレイユ。
いつも冷静なミレイユが、アランに声をかけられると赤くなることに私は気付いている。
「アラン様もこれをお読みになったのですか?」
「まだ3巻なんです」
「3巻も興味深いですわね。流通の為替の統一化はぜひ実現すべきですわ」
二人が話に花が咲かせるのをこれ幸いと見ていたら
「その本、レザック様も読んでましたよね!」
と、アリアに話を振られてしまった。
「あ…ああ、あまり読み進めてないが」
「今、2巻ですか?」
「1巻……」
ミレイユの冷たい視線が突き刺さる。
「し……仕方ないだろう。色々と忙しいんだ」
「何も言ってませんわ。読むと言ったのなら、石にかじりついても読む気概が欲しいと思っただけです」
言ってるだろうが! アランとの仲を邪魔してやるぞ! ふふんっ!
「ミレイユ嬢は、まだ決まった人がいないんだよな? 良ければ父上に頼んで」
「いえ、決まってますよ」
「えええっ!!?」
「アリア、はしたないわ。落ち着いて」
いや、私もアランも叫びそうでしたよ。
「お姉さまに決まった相手がいたなんて、知りませんでしたわ!」
「言ってませんもの」
「そんな!」
「言う必要が無かったのよ。でももう時間切れみたい」
ミレイユ嬢は小さくため息を吐くと、
「レザック様、アラン様、もうお会いすることは無いと思いますが、どうぞお元気で。お二人の幸せを祈っています」と、笑顔を見せた。
私もアランも、いきなりの流れに付いていけなかった。
教会で、アリアとミレイユが二つの棺で眠っている。
ほんの数日前の笑顔が嘘のようだ。
「時間切れ」
それは二人の寿命だった。
神がミレイユに与えたスキルは、『自分の寿命を他の人に分け与えられる』だった。
ミレイユは、そのスキルを幼くして不治の病になったアリアのために使った。もちろん、両親や兄は反対した。
だが、「自分ならアリアを助けられたのに」と思いながら生きる方がずっと辛い、と言われては止められなかったそうだ。
アリアは何も知らぬまま成長した。
「読むと言ったのなら、石にかじりついても読む気概が欲しいと思っただけです」
君は石にかじりついても妹のために命を与え続けたんだね。
でも、本すら重く感じるようになり、君は時間切れを悟った。
もともと長く無かったミレイユの寿命をアリアに分け与えたのだ。必然的に二人の人生は短い。悲しむ人は少ない方がいいと、二人に婚約者は作らないようにしていたらしい。
だが、それは無駄だよ。私は、婚約者でなくてもアリアを愛した。今、私の隣にいる男は、「殿下の婚約が調った後に申し込もうなんて思わなければ良かった」と、悲しんでいるよ。
二つの棺が土の中で永遠の眠りにつく。
さようなら。絶対に忘れないよ。
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