婚約破棄を待っていた

あんど もあ

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婚約破棄を待っていた

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「エリス・ハーヴィン伯爵令息! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
 王立学園の卒業パーティーで、ジェイク・ノルド伯爵令息の声が響き渡った。

 ジェイク様の横には、下級生の女性が腕を絡めて寄り添っている。皆の公認の子爵令嬢だ。

「はい。今までありがとうございました。ジェイク様」
 私は久しぶりにジェイク様を正面から見た。これが見納めだ。
 嬉しくて微笑んでしまう私にジェイク様が戸惑っている。

 そうだろう。
 誰もが私たちを政略で決まった婚約者だと信じるくらい、私たちは冷え切っていた。
 なんと言っても私たちは男同士。お家騒動が起きぬよう貴族は長男以外は同性婚が推奨されているとは言っても、ジェイク様に夢中になる女性たちには、彼の婚約者が男の私だなんて許せない。

 学園では、私に見せつけるようにジェイク様の周りには女性がはべり、私は遠ざけられた。

 名ばかりの婚約者の私たち。親しく言葉を交わすことすら無かった。
 婚約者の義務として贈り合う年に一度の誕生日のプレゼントさえ、機械的に感謝の言葉を述べるだけ。
 私は貰ったプレゼントを仕舞い込み、ジェイク様も私のプレゼントを身に付けた所を見た事が無い。

 ジェイク様の前で笑顔なんて、どれくらいぶりだろう。 

 だって、嬉しい。

「私はもうエリスではありません」
 やっとエリスを辞めて、自分自身に戻れるから。



 本物のエリスは、七歳で亡くなった女の子だ。いや、「七歳で亡くなった女の子らしい」だ。私は一度も会った事が無い。
 私はエリスの生まれる前年に伯爵家の遠縁の家に生まれたのだが、エリスにそっくりだったらしく、八歳の時に会った伯爵夫妻に驚かれ、気が付いたら養子になっていた。
 なぜか、エリスの婚約者まで引き継いでいた。

 婚約者として引き合わされたジェイク様は優しかった。慣れない伯爵家での生活に戸惑っている私を心配して、よく遊びに来てくれた。
 私はすっかりジェイク様に懐き、二人でじゃれ合うように遊んだ。
 勉強が遅れている私に本を読んでくれたり、お茶のマナーを教えてくれたり、ジェイク様は友人や婚約者以上の存在だった。

 手先が器用なジェイク様はシロツメクサの花冠を作るのが上手で、私にプレゼントされたそれは水盤の中でいつまでも輝いている宝物だった。


 だが、シロツメクサはやがて腐る。
 私は男だ。
 成長するにつれ、伯爵夫妻や兄やジェイク様が失望しているのに気付いていた。


 私はジェイク様に期待した。
 
 ジェイク様が他の女性を愛する事を。
 婚約破棄をして私を開放してくれる事を。
 しがらみを断ち切ってくれる事を。

 婚約破棄を叫ばれた今ならもう、伯爵夫妻も兄も私をエリスにしておく理由が無い。除籍を望んでも叶えられるだろう。

 私は今から自由だ!


 駆け出しそうな私を、ジェイク様が引き留めた。
「エリスはそれでいいのか? 私と結婚できなくて」
「いいよ?」
 何を言いたいんだ?

「こんなに長い間、婚約していたのに」
「ジェイク様が好きなのはエリスで、俺じゃないだろう? 俺の名前を覚えてる? 俺の誕生日を覚えてる?」
 エリスと呼ばれ、エリスの誕生日にエリスへのプレゼントを贈られる。
 本当はすっごく嫌だった。

 誰も覚えていないひとりぼっちの本当の誕生日は、泣きたいくらい惨めだった。

 言葉を失ったジェイク様に
「ジェイク様は悪くないよ。でも、俺はエリスじゃない。ジェイク様が愛する人を見つけたように、俺も自分を好きになってくれる人を見つけたいんだ」
 お幸せに、と言い残して背を向ける。
 うつむいたジェイク様は、もう俺を引き留めなかった。

 詳しく聞きたげなギャラリーを無視して、早足で出口を目指す。



 遠ざかるにつれ、幼い頃の恋心が引き裂かれて消えていくのを感じた。いつの間にか涙を流している事に気づく。

 本当に大好きだったんだ。
 あなたの傍にいられるなら、エリスになってもいいくらい。



 さようなら。ジェイク様。
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