『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?

あんど もあ

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『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?

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「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」

 伯爵夫人である母の私室に呼ばれた時から、用件は見当が付いていた。先週結婚したマリエッタとの夫婦関係だ。
 幸せなはずの新生活で、マリエッタは日に日にしおれていく。

「……言ったのね」
 成人後間も無く父に嫁いだ母は、三人の息子を育て上げた今も若々しく美しい。マリエッタとは対照的だ。
 結婚式の夜、薄暗い寝室で私から「お前を愛する事は無い」と言い渡されたマリエッタは、黙ってうつむくだけだった。
 親に命じられれば愛人のいる男に嫁がなければならないとは、貴族令嬢とは哀れなものだ……。

 優雅にティーカップを手にした母が、微笑んで僕を見る。
「マリエッタさんは立派な淑女よ。不埒ふらちな扱いは許しません」
 笑顔のまま厳しく言い放ち、お茶を口にした。きっと、ルイーゼの存在を知っているんだ。

「で、でも、マリエッタとは政略です。僕が愛するのは一人だけです」
「その愛を貫きたいのなら、最初から結婚しなければいいじゃないの。伯爵家を継ぐのはあなたじゃなくてもいいのよ。弟が二人もいるのだから」
「そんな!」
「あなたが結婚を了承した時点で、あの女との関係を終わらせるつもりなのだと思ったわ。それが、こんな中途半端などっちつかずの男だったなんて」
 酷い言われ方だ。
「……本当、旦那様にそっくり」

 
 父上には、身分の低い長年の愛人がいる。
 幼い頃は、愛人優先で自分に興味を持ってもらえないのが寂しかったが、ルイーゼを愛して分かった。身分違いのせいで、愛する者と結ばれる事が許されない悲しさを。


「……『時間をかければ、やがて愛が育つ』と言う人もいるけど、私からすればそんなの時間の無駄遣いだわ」
「僕もそう思います」
 僕の愛はルイーゼだけのものだ。
「だからね、マリエッタさんに他の人と子供を作ってもらって、それをあなたの子として育てるわ」
 は?

「な…、何を言ってるんです?」
「だって、娼婦が産んだあなたの血を引く子供と、マリエッタさんが産んだあなたの血を引かない子供だったら、マリエッタさんの子供の方が跡継ぎに相応しいわ」
「ルイーゼは娼婦では無い!」
「じゃあ、あなたから一度も金品を受け取らなかったと言える?」
「それは……」

「大丈夫よ、先日のお茶会で『息子がマリエッタさんを離さないから、マリエッタさん、毎日疲れてて大変そうなの』って言っておいたから、子供が出来たって父親が違う人だなんて誰も思わないわ」
「なっ! は、伯爵夫人が何てはしたない事を公言してるんです!」
「夫婦円満をアピールしてこその政略結婚よ」

 これが母の「社交」……。
 夫の庇護がないまま社交界に出ざるを得なかった母は、あなどられないよう、足をすくわれないよう、見事に立ち回り、今では貴婦人たちの一派をまとめている。皆、夫に縛られない母の生き方に憧れるのだろう。
 そんな母なら、マリエッタが誰の子供を産んでも周りに不審などいだかせないだろう。


「今すぐ選びなさい。愛人と別れてマリエッタと夫婦になるか、マリエッタを解放して彼女の好きな人と子供を作らせるか」
 母は僕の目を見据えて断言した。


 そうだ。愛人のいる男に嫁ぐよう言う家があるように、我が家だって決して甘い訳では無い。なぜ忘れていた。


「……そ、それでは伯爵家の血筋が!」
「元々あなたも伯爵家の血は引いてないもの、今更よ」
「………え?」

「私と旦那様も白い結婚よ。本当、血が繋がってないのに、あなたたちってそっくり」
 はくはくと声が出ない。あわててお茶を飲む。
「旦那様もね、結婚式の夜に『お前を愛する事は無い』っておっしゃったの。『私の愛を得られると思うな。私の愛はジュリアのものだ。お前はただ伯爵夫人としての役目を果たせ』ですって。困ってしまったわ。伯爵夫人の役目と言えば、後継者を産むことでしょう? 苦労したわ」

「……冗談……ですよね」
「ええ、冗談よ。貴族令嬢の矜持を甘く見ない方がいい、って言いたいだけ」


「さあ、どちらを選ぶの?」


 母は笑顔で紅茶を味わう。
 僕にはもう何の味もしなかった。
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