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後編
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静かになった部屋でオリヴィアがセレーネとソファーに座ると、セレーネはオリヴィアを憎々し気に睨み付ける。
侍女が備え付けのティーセットで紅茶を淹れてくれるが、怒りで目に入っていないようだ。
これでは次期侯爵夫人として社交界を渡るのは無理だ、とオリヴィアでも分かり、そっと息を吐く。
「あのような場で私を『お飾りの妻』だなどと……。あなたは、学生時代から何の成長もして無いのですね」
「な、何よ偉そうに」
「偉いんですよ。私は侯爵家の嫡男の妻です。あなたは男爵家から縁を切られて、今は平民でしょう?」
「誰のせいだと……!」
「ご自分で愛人の座を選んだからでしょう」
オリヴィアは紅茶を口にする。茶葉は安物だが、淹れ方が上手いのでまろやかな甘みが喉を過ぎていく。
「学生時代と言えば、学生時代のお友達と今でもお付き合いがあって?」
「え? いえ、皆結婚したので忙しくて……」
「その認識から間違っているのよ。皆さん『結婚して忙しい』ではなく、『結婚して正妻になった』の。正妻から見れば、あなたは穢らわしい愛人。だから付き合いを絶たれたのよ」
オリヴィアは、夜会などで級友に会うと謝罪される。「なぜ愛人の肩をもったのか、当時の自分が恥ずかしい」と。皆、学生時代の考え方を卒業しているのに、この女の頭の中は当時のままだ。
「私はお飾りの妻ですが、愛人はそれ以下だとご自覚された方がよろしいわ」
「なっ! 私はリアム様の真実の愛の相手なのよ!」
「真実の愛など、何の法的拘束もありません」
「は? 法……?」
オリヴィアは、ため息をついて説明する。
「つまり、もし今リアム様が亡くなった場合、私は自動的にリアム様の未亡人として扱われます。例えリアム様の心が私に全く無かったとしても、法律は籍が入ってる私を妻と判断しますので。私は、未亡人として皆に同情され、侯爵家から相応の財産分与を受けるでしょう。……でもあなたは?」
セレーネは、今までそんな事を考えた事も無い。
「リアム様がいなくなれば、あなたは妻のいる男の愛人になった、ただの身持ちの悪い男爵令嬢。いえ、もう除籍されて平民でしたね。そもそも、リアム様が亡くなった事をあなたに伝える人がいるかしら?」
初めて想像する。
リアムが亡くなった事も葬儀も全て終わった事すら知らずに、セレーネは一人で待ち続ける。もう存在すらしない人が来る事を。もし来たら怒って見せよう、甘えてあげようと想像して。でも、何日待っても全然連絡が来ない。もう自分を愛して無いのだろうか。妻の元へ行ったのだろうか。不安に押し潰されそうになり、お金が無くなって生活に困るようになった頃、風の噂でリアムの死を知る。でも、どうする事もできない……。
自分はこんな不安定な立場なのだ、とやっと気付く。
顔色が変わったセレーネに、オリヴィアは
「自ら愛人でいることを望むなんて、真実の愛とは不思議なものなのですね」
私には分からないわ……とつぶやく。
嫌味では無い発言に逆に血の気が引くセレーネだが、そこにドタドタと複数の走ってくる足音が聞こえ、侍女がドアを開けるとお使いから帰った子供たちが飛び込んできた。
「はい! これがこーしゃくふじんでー、これがおきゃくさま、これがじじょさんのぶんー!」
と、可愛くラッピングされた小さな袋を配る。
「お店のおじさんがねー」
「計算ができるのはえらいって!」
「ごほうびにキャンディーくれたよ」
子供たちの報告で賑やかになる室内からいつの間にかセレーネは姿を消していた。
夕方、侯爵邸のオリヴィアの私室のドアをリアムがノックもなく勢い良く開けて、ズカズカと入ってきた。
「セレーネに私が死んだらと脅したそうだな!」
まったくこの男は女性の部屋に入る時のマナーを知らない。不機嫌なオリヴィアに気付かずリアムは続ける。
「セレーネを傷つけるお前など離縁だ! 今すぐに出ていけ!」
高圧的なリアムにオリヴィアが切れた。
「調子に乗ってんじゃねーよ! あんたは私がいるから嫡男でいられるんだろーが!」
学園を卒業後は男たちに交ざって働くつもりでいたオリヴィアなので荒っぽい言葉遣いも出来るのだが、知らなかったリアムは鳩が豆鉄砲を食った顔だ。
「あんたもセレーネさんと一緒で、いつまでも頭ん中が学生時代のまんま! あんたが皆が憧れる侯爵令息だったのはとっくに昔の話なのよ! 今のあなたは愛人を囲っている不誠実な男! しかも、学生時代から耐えた私を離縁するようなクズ! そんな不良債権にまともな後妻が来ると思うの?」
クズだの不良債権だの、次々と出てくるリアムを罵る言葉に反論も出来ない。
「私がいなくなったら、『侯爵夫人にふさわしい妻がいない男に爵位は継がせられない』とあんたの廃嫡は確実よ。どっかから来た養子に爵位を奪われ、あんたはセレーネさんと一緒に平民に。それでいいの? そうなりたくないから、嫌々私と結婚したのでしょう?」
言葉に詰まるリアムに
「そうなるのが嫌なら、セレーネさんと仲良くして真実の愛だと周りにアピールしなさい。侯爵家の事なら、お飾りの妻の私がやるから」
と、有無を言わせぬ勢いで命じる。
しばし悩んだリアムだが、了承したのだろう黙って帰って行く。
リアムの後ろ姿を見守るオリヴィア。
「それでいいのよ。あなたにはお飾りの侯爵になってもらうから」
お飾りの妻は密かに笑った。
侍女が備え付けのティーセットで紅茶を淹れてくれるが、怒りで目に入っていないようだ。
これでは次期侯爵夫人として社交界を渡るのは無理だ、とオリヴィアでも分かり、そっと息を吐く。
「あのような場で私を『お飾りの妻』だなどと……。あなたは、学生時代から何の成長もして無いのですね」
「な、何よ偉そうに」
「偉いんですよ。私は侯爵家の嫡男の妻です。あなたは男爵家から縁を切られて、今は平民でしょう?」
「誰のせいだと……!」
「ご自分で愛人の座を選んだからでしょう」
オリヴィアは紅茶を口にする。茶葉は安物だが、淹れ方が上手いのでまろやかな甘みが喉を過ぎていく。
「学生時代と言えば、学生時代のお友達と今でもお付き合いがあって?」
「え? いえ、皆結婚したので忙しくて……」
「その認識から間違っているのよ。皆さん『結婚して忙しい』ではなく、『結婚して正妻になった』の。正妻から見れば、あなたは穢らわしい愛人。だから付き合いを絶たれたのよ」
オリヴィアは、夜会などで級友に会うと謝罪される。「なぜ愛人の肩をもったのか、当時の自分が恥ずかしい」と。皆、学生時代の考え方を卒業しているのに、この女の頭の中は当時のままだ。
「私はお飾りの妻ですが、愛人はそれ以下だとご自覚された方がよろしいわ」
「なっ! 私はリアム様の真実の愛の相手なのよ!」
「真実の愛など、何の法的拘束もありません」
「は? 法……?」
オリヴィアは、ため息をついて説明する。
「つまり、もし今リアム様が亡くなった場合、私は自動的にリアム様の未亡人として扱われます。例えリアム様の心が私に全く無かったとしても、法律は籍が入ってる私を妻と判断しますので。私は、未亡人として皆に同情され、侯爵家から相応の財産分与を受けるでしょう。……でもあなたは?」
セレーネは、今までそんな事を考えた事も無い。
「リアム様がいなくなれば、あなたは妻のいる男の愛人になった、ただの身持ちの悪い男爵令嬢。いえ、もう除籍されて平民でしたね。そもそも、リアム様が亡くなった事をあなたに伝える人がいるかしら?」
初めて想像する。
リアムが亡くなった事も葬儀も全て終わった事すら知らずに、セレーネは一人で待ち続ける。もう存在すらしない人が来る事を。もし来たら怒って見せよう、甘えてあげようと想像して。でも、何日待っても全然連絡が来ない。もう自分を愛して無いのだろうか。妻の元へ行ったのだろうか。不安に押し潰されそうになり、お金が無くなって生活に困るようになった頃、風の噂でリアムの死を知る。でも、どうする事もできない……。
自分はこんな不安定な立場なのだ、とやっと気付く。
顔色が変わったセレーネに、オリヴィアは
「自ら愛人でいることを望むなんて、真実の愛とは不思議なものなのですね」
私には分からないわ……とつぶやく。
嫌味では無い発言に逆に血の気が引くセレーネだが、そこにドタドタと複数の走ってくる足音が聞こえ、侍女がドアを開けるとお使いから帰った子供たちが飛び込んできた。
「はい! これがこーしゃくふじんでー、これがおきゃくさま、これがじじょさんのぶんー!」
と、可愛くラッピングされた小さな袋を配る。
「お店のおじさんがねー」
「計算ができるのはえらいって!」
「ごほうびにキャンディーくれたよ」
子供たちの報告で賑やかになる室内からいつの間にかセレーネは姿を消していた。
夕方、侯爵邸のオリヴィアの私室のドアをリアムがノックもなく勢い良く開けて、ズカズカと入ってきた。
「セレーネに私が死んだらと脅したそうだな!」
まったくこの男は女性の部屋に入る時のマナーを知らない。不機嫌なオリヴィアに気付かずリアムは続ける。
「セレーネを傷つけるお前など離縁だ! 今すぐに出ていけ!」
高圧的なリアムにオリヴィアが切れた。
「調子に乗ってんじゃねーよ! あんたは私がいるから嫡男でいられるんだろーが!」
学園を卒業後は男たちに交ざって働くつもりでいたオリヴィアなので荒っぽい言葉遣いも出来るのだが、知らなかったリアムは鳩が豆鉄砲を食った顔だ。
「あんたもセレーネさんと一緒で、いつまでも頭ん中が学生時代のまんま! あんたが皆が憧れる侯爵令息だったのはとっくに昔の話なのよ! 今のあなたは愛人を囲っている不誠実な男! しかも、学生時代から耐えた私を離縁するようなクズ! そんな不良債権にまともな後妻が来ると思うの?」
クズだの不良債権だの、次々と出てくるリアムを罵る言葉に反論も出来ない。
「私がいなくなったら、『侯爵夫人にふさわしい妻がいない男に爵位は継がせられない』とあんたの廃嫡は確実よ。どっかから来た養子に爵位を奪われ、あんたはセレーネさんと一緒に平民に。それでいいの? そうなりたくないから、嫌々私と結婚したのでしょう?」
言葉に詰まるリアムに
「そうなるのが嫌なら、セレーネさんと仲良くして真実の愛だと周りにアピールしなさい。侯爵家の事なら、お飾りの妻の私がやるから」
と、有無を言わせぬ勢いで命じる。
しばし悩んだリアムだが、了承したのだろう黙って帰って行く。
リアムの後ろ姿を見守るオリヴィア。
「それでいいのよ。あなたにはお飾りの侯爵になってもらうから」
お飾りの妻は密かに笑った。
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