『お前を愛する事はない』旦那様、それではごきげんよう

あんど もあ

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前編

「『お前を愛する事はない』と言ったのは三年前か。それだけ言われたのに、よくも三年も図々しく居座ったものだ」

 レギオス様が、ロマナさんを隣に座らせて私に言い放った。

 ここは、ブラウンフォード伯爵家の応接室。
 年代を刻んだ優美なクラシックの猫足に反して、ファブリックは最近他国から輸入されるようになった繊細なキリカ織りが使われているソファーは、ブラウンフォード家に歴史があるという事と、最新の流行に張り替えが出来るという経済力を物語っている。

 先日、ブラウンフォード伯爵夫妻が事故で亡くなった。
 爵位を継いだレギオス様とレギオス様の妻の私が向かい合って座っているのに、レギオス様の横にぴったりはべっているのが長年のレギオスの恋人のロマナ・パドス子爵令嬢というのが三人の関係を表している。

「居座るだなんて。私はレギオス様の妻ですわ」
「はっ! 新興男爵家の娘が」

 メイドが三人分のお茶を用意する。
 シェイプされた白磁のティーセットにはハンドペイントの薔薇が描かれていて、今大人気のシリーズだ。

「私が男爵家の娘という事は最初からご存じでしょう?」
 出されたお茶のいつもの甘い香りに、伯爵夫妻が亡くなった悲しみも理不尽なレギオス様の不愉快さもわずかに癒される。
 一口飲んで落ち着いた私に、レギオス様は更に言い募った。
「ただの男爵じゃないだろう。お前の家は商家だ。アレクシア、お前は商人の娘だ」
 見下すように言うレギオス様。
 私には、貴族の持つ「働くことは恥だ」という考えが理解できない。
 
 私の家は、祖父が家業の商家を大きくしたことによって叙爵されたものだ。今は父が爵位と商家を継いでいる。
 そんな環境だからか、親戚たちも建築の会社を作ったり土木工事の会社をやっていたり、日用品の店や服飾の店など、皆働いている。父は皆の会社の物流の交通整理のような役目もしているので、うちは男爵家と言ってもその財産は計り知れない。

「男爵家がお嫌なら、縁談を断ればよろしかったのに」
「ち、父上と母上が強制的に縁談を進めたからだ!」
 亡くなった伯爵夫妻はそんな方ではなかった。
 優しくおっとりとしていて息子の幸せを第一に考える方だった。
 今も玄関にあるお二人の肖像画は、そのお二人に合わせた優美な透かし彫りの額縁で縁取られている。

「それで、文句を言わずに結婚してから『お前を愛する事はない』と言ったわけですか」
 まあ、デートをすればレストランでもコンサートでも歌劇でも最高の席で最高の扱いをされて、請求書は私の父に、でしたものね。こんな金蔓を逃がしたくはないと思ったのでしょう。
 結婚してから、自由になるお小遣いの額も跳ね上がった事でしょう。

「それももう終わりだ。伯爵家は私の物になった。これからはロマナの父のパドス子爵が力になってくれる」
 勝ち誇ったようなレギオス様。
 パドス子爵家ってそんなに経済力がありましたっけ。
 
 まあ、いいか。
「あー。つまり、私と離縁して愛人を連れ込みたいと。伯爵夫妻の野辺送りが終わったばかりだというのに」
「まったく、ろくでもない男ですね」
 メイドがあきれた声で三人のティーカップを片づけていく。 
 レギオス様が怒って注意する声も無視だ。

「こうなると思っていましたので、準備は出来ています」
 中年の執事がテーブルに離縁手続きの書類を並べて、ペンとインク壺を用意する。
 気が利くな、と満足そうにサインするレギオス様。続いて私もサインする。
 書類はすぐに侍従に渡されて法務省に届けられる。
 執事は、私に書類の束を渡して部屋を出て行った。

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