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Ⅰ
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「さえ、今日付けで正式に麗子(れいこ)さんと離婚することになったから」
静かに告げられた言葉に、頭が真っ白になった。
***毒苺***
『井上さえ』から『高屋敷さえ』と苗字が変わって、もう6年がたつ。
大層な苗字にはいまだに慣れないが、元の苗字に戻りたいと思った事は無かった。
それなのに……。
「母…さんと、離婚…するん…ですか…?」
現実を受け止められず、さえは先ほど直哉(なおや)が言った言葉をまるで聞いていなかったような愚問を口にした。そんなさえに、直哉は怒ることなく、優しく頭を撫でてくれる。
けれど、「ごめんね…」と謝りながらのそれは、さえの心を凍りつかせるには十分だった。
(直哉さんが謝る必要なんて、なにも無いのに…)
謝るのはむしろこちらの方だ。
この離婚は直哉のせいではなく、自分の母親である麗子の浮気が原因なのだから……。
今から6年前、さえが10歳の時に、目の前に座っている高屋敷直哉と母、麗子は結婚した。
麗子は17歳の時にさえを出産したが、婚姻歴は無かった。
どちらも初婚ではあるが、子供のいる麗子と、世の女性がうっとりとするような容姿をもち、家柄がよく、彼自身も大企業の社長である直哉とでは、いくら麗子が美貌の持ち主でも、誰からも祝福される結婚…とは言えなかった。
けれど、当の直哉は随分麗子に惚れていたのか、さえという不必要なオマケを親戚から咎められても、まったく気にしていなかった。いや、気にしていないどころか、さえは十分過ぎるほど直哉に大切にされた。
せめて何か役に立ちたいと台所に立てば、怪我をすると危ないからとプロの料理人を頼み、掃除をしようとすればハウスキーパーを派遣させたほどだ。
直哉が麗子と住むためにと購入した最上階のペントハウスに移ってから、さえはずっと上げ膳据え膳の生活。
今までの生活とはまるで違う待遇に戸惑ったが、何かしようとする度に怪我をしたら危ないからと直哉に止められるため、最近は大人しくして、してもらえることを甘受していた。
逆に麗子はそれが当たり前だとばかりに家事など一切せず、湯水の様に金を使い、遊びふけっていた。麗子にとっては念願の大金持ちとの結婚だ。
そもそも麗子がさえを産むことになった経緯もあまり道徳的なものではない。
幼いときから金に不自由する生活を嫌っていた麗子は、高校時代にある財閥の息子と関係をもった。
相手としては遊びのつもりだった一度だけの関係をたてに、麗子は子供が出来たと結婚を迫った。
しつこく食い下がる麗子に、相手側は弁護士を雇い、当時の麗子の交友関係の激しさを指摘し、子供は別の男の子供だと非難した。
それでもこちら側の子供だと言い張るのなら、産まれたあとにDNA検査をし、もし一致すれば莫大な慰謝料を払うと提示した。今更引き下がることも出来ず、麗子は子供を産んだ。
それがさえだった。
検査の結果、DNAはまったく一致せず、相手からは逆に名誉毀損で訴えられそうになった。
激怒した麗子は、育児などまったくせずに産まれたばかりのさえを母親に押しつけた。
たまにふらりとやって来ては祖母に金をたかり、時折お前さえいなければとよく殴られた。
直哉との結婚がなければ、きっと一緒に住むことなどなかっただろう。
だが、その生活ももう終わりを告げる。
あんなに願った高条件の直哉との結婚生活に飽きたのか、麗子は夜な夜な出歩き、別の男と夜を共にしていた。
その一人が直哉と張るいい男で、金持ちの男だった為、麗子はそちらに乗り換えたのだ。
直哉は会社の社長であり、いつも仕事で忙しく、あまり麗子にかまっていなかった。同じいい男で金持ちなら、自分にベタ惚れでどんな事でも願いを叶えてくれる方がいいと麗子は考えたのだろう。
30代を越えても、自分の美貌は劣ることなく男を魅了するのだと再確認できたことも、麗子の自信に繋がり、直哉との離婚に踏み切ったようだ。
静かに告げられた言葉に、頭が真っ白になった。
***毒苺***
『井上さえ』から『高屋敷さえ』と苗字が変わって、もう6年がたつ。
大層な苗字にはいまだに慣れないが、元の苗字に戻りたいと思った事は無かった。
それなのに……。
「母…さんと、離婚…するん…ですか…?」
現実を受け止められず、さえは先ほど直哉(なおや)が言った言葉をまるで聞いていなかったような愚問を口にした。そんなさえに、直哉は怒ることなく、優しく頭を撫でてくれる。
けれど、「ごめんね…」と謝りながらのそれは、さえの心を凍りつかせるには十分だった。
(直哉さんが謝る必要なんて、なにも無いのに…)
謝るのはむしろこちらの方だ。
この離婚は直哉のせいではなく、自分の母親である麗子の浮気が原因なのだから……。
今から6年前、さえが10歳の時に、目の前に座っている高屋敷直哉と母、麗子は結婚した。
麗子は17歳の時にさえを出産したが、婚姻歴は無かった。
どちらも初婚ではあるが、子供のいる麗子と、世の女性がうっとりとするような容姿をもち、家柄がよく、彼自身も大企業の社長である直哉とでは、いくら麗子が美貌の持ち主でも、誰からも祝福される結婚…とは言えなかった。
けれど、当の直哉は随分麗子に惚れていたのか、さえという不必要なオマケを親戚から咎められても、まったく気にしていなかった。いや、気にしていないどころか、さえは十分過ぎるほど直哉に大切にされた。
せめて何か役に立ちたいと台所に立てば、怪我をすると危ないからとプロの料理人を頼み、掃除をしようとすればハウスキーパーを派遣させたほどだ。
直哉が麗子と住むためにと購入した最上階のペントハウスに移ってから、さえはずっと上げ膳据え膳の生活。
今までの生活とはまるで違う待遇に戸惑ったが、何かしようとする度に怪我をしたら危ないからと直哉に止められるため、最近は大人しくして、してもらえることを甘受していた。
逆に麗子はそれが当たり前だとばかりに家事など一切せず、湯水の様に金を使い、遊びふけっていた。麗子にとっては念願の大金持ちとの結婚だ。
そもそも麗子がさえを産むことになった経緯もあまり道徳的なものではない。
幼いときから金に不自由する生活を嫌っていた麗子は、高校時代にある財閥の息子と関係をもった。
相手としては遊びのつもりだった一度だけの関係をたてに、麗子は子供が出来たと結婚を迫った。
しつこく食い下がる麗子に、相手側は弁護士を雇い、当時の麗子の交友関係の激しさを指摘し、子供は別の男の子供だと非難した。
それでもこちら側の子供だと言い張るのなら、産まれたあとにDNA検査をし、もし一致すれば莫大な慰謝料を払うと提示した。今更引き下がることも出来ず、麗子は子供を産んだ。
それがさえだった。
検査の結果、DNAはまったく一致せず、相手からは逆に名誉毀損で訴えられそうになった。
激怒した麗子は、育児などまったくせずに産まれたばかりのさえを母親に押しつけた。
たまにふらりとやって来ては祖母に金をたかり、時折お前さえいなければとよく殴られた。
直哉との結婚がなければ、きっと一緒に住むことなどなかっただろう。
だが、その生活ももう終わりを告げる。
あんなに願った高条件の直哉との結婚生活に飽きたのか、麗子は夜な夜な出歩き、別の男と夜を共にしていた。
その一人が直哉と張るいい男で、金持ちの男だった為、麗子はそちらに乗り換えたのだ。
直哉は会社の社長であり、いつも仕事で忙しく、あまり麗子にかまっていなかった。同じいい男で金持ちなら、自分にベタ惚れでどんな事でも願いを叶えてくれる方がいいと麗子は考えたのだろう。
30代を越えても、自分の美貌は劣ることなく男を魅了するのだと再確認できたことも、麗子の自信に繋がり、直哉との離婚に踏み切ったようだ。
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