贄の神子と月明かりの神様

木島

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贄の神子の誕生

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「お戻りっすね。おっかえりなさーい!」
「皓月殿お帰りなさいませ!」

 足を踏み込めば明るく二人を迎える声があった。
 一人は栗色の耳と尾を持つ四尾のイタチの青年。青年は来客用の円座を拝殿の隅に積み上げていた手を止めて、人好きのするにこやかな笑みを浮かべて皓月の元へ歩み寄ってくる。着物の袖を襷にかけ、裾を尻までからげ股引を剥き出しにしている姿は見たところ使用人のような印象だ。
 もう一人は齢十ほどの長い茜色の髪と目を持つ闊達そうな印象の少女だった。嬉しげに華やいだ声を上げた後、抱えていた円座を放り出して駆け寄ってきた。こちらは青年とは逆に華やかな絵付けがされた萌黄色の着物を纏っており、どことなく育ちの良さが伺える。

「留守中変わりはなかったか」

 明るく迎えた二人に対し皓月の声色は全く変わらない。不機嫌とも取れるほどの抑揚のなさで栗毛のイタチに問いかけた。

「大丈夫ですよー。嬢ちゃんも流石に人ん家じゃあ大人しいもんで。借りて来た猫みたい」
「そうか」

 事務的な皓月の問いかけに気を悪くするでもなくイタチの青年は明るく答える。しかし、静かに頷く皓月とは別にその答えに異を唱える声が上がった。イタチの隣にいる少女からだ。

「蛍!われは火の精ぞ!猫ではない!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら抗議の声を上げる少女に蛍と呼ばれた青年は口角を呆れで歪める。

「そう言うことじゃないんすよ。言葉の綾って教えたっしょ?」
「あや?」
「忘れたかー」

 蛍の言葉にことりと首を傾げる少女。それに苦笑いを浮かべる蛍。皓月は安全確認をすればもう興味を失ったのか、二人を無視して奥にある本殿へと進み始める。

「あっ、お待ちくだされ!われらも行きます!」

 二人は慌ててその後を追って渡り廊下へと出た。

「皓月殿、お迎えした神子殿はその赤子でございますか?」
「声を落とせ篝。すばるが起きる」

 皓月を追いかけながらぴょこぴょこ跳ねて腕の中のすばるを覗き込もうとする篝と呼ばれた少女に皓月は眉を顰める。

「すばる殿とおっしゃるのですか!」
「静かにしろと言っている!聞こえなかったのか!」

 元来声の大きな性質なのだろう。篝の明るく弾む声は静かな屋敷の中に大きく響く。それに皓月の不機嫌な怒鳴り声が重なって、腕の中のすばるが大きく身体を動かした。篝はぺちりと両手で己の口を押さえ、皓月は慌ててその身体をあやす様に撫でてやる。

「皓月さんの声も十分デカいっすよ」
「煩い」

 冷静に水を注した蛍に皓月は悔しげに呻いた。
 覚醒しかけているとは言えすばるは未だまどろみの中だ。騒ぎ立てて起こすことはしたくないのだろう。皓月は一つ息を吐いて冷静さを取り戻した。

「まずはこの神殿に神子として迎える。お前たちへの顔見せはその後だ」

 そう言うと皓月はまるで隠すかのようにすばるの身体を己の尾で包み込んでしまう。それに残念そうな表情をしながらも、篝は大人しく引き下がった。

「そうでございますか。では、われと蛍は拝殿でお待ちいたします」
「何かあったら呼んでくださいねぇ」
「わかった」

 篝と蛍は拝殿へと戻り、皓月はそのまま先へと進む。
 渡り廊下を突き当たるとそこにあるのは本殿だ。人が百人は収容できる広さを持つ拝殿とは違い、本殿はこの屋敷の中で一番小さい。一番小さくはあるが、この森の霊気を一心に集める巨木と同化した最も重要な建物だ。奥の壁はなく、剥き出しの木の幹が壁の代わりに広がっている。
 皓月はその巨木の傍まで歩いて行くと、幹の前に置かれた祭壇にすばるの背を支えて座らせた。

「大神に愛されし子、星を冠する者すばるよ。今この時より其方はこの森が主。この森で健やかなる時を過ごし、神の加護を人々に与えよ。それが、神子たる其方の役割だ」

 そう告げながら皓月はすばるの手に祭壇に飾られていた大鏡を触れさせる。すばるの手に触れた大鏡はその姿を映した後金色の淡い光を放ち、その光は徐々に強さを増しすばるを包み込んでいった。

「ん……ぅ」

 その光の刺激で、ようやっとすばるは目覚めを迎えたようだった。唸り声をあげてもぞもぞと小さな体を動かし、大きく伸びをする。

「すばる」

 そしてゆっくりと開かれた瞳は、皓月が今まで見たこともないものだった。
 眠たげに何度も瞬く睫毛は長く、その奥に黒、濃紺、紫紺、灰鼠と様々な色が混じり合い瞬く度に色を変える万華鏡のような瞳がある。涙を多分に含んだその瞳は星の海のように艶やかで美しく煌めき、大凡人の持ち得ぬ瞳に皓月は自然と惹き込まれた。

「美しい目だ……」
「ん?」

 数度目を瞬かせた後、ようやっと皓月の存在に気付いたすばるはじっとその顔を見つめた。零れんばかりに開かれた大きな瞳は、見知らぬ存在の様子を窺っている。

「すばる」

 じっと見つめてくるすばるに皓月は戸惑いながらもそっと手を伸ばす。恐る恐る軟く滑らかな頬に触れると、すばるはふわりとその幼い顔に笑みを浮かべた。幼子特有の、何一つ邪気のない笑みは非常に愛らしい。

「笑ってくれるか、すばる」

 皓月は元々子供が好きだ。けれど長身のうえ鋭い目元のせいか冷たい印象を持たれがちで、幾度となく目を合わせただけで子供に泣かれてきた過去を持っている。上から睨み据えていると誤解され泣く姿に胸が痛んだが、宥めようとすればするほど顔が強張り更に子を泣かせる悪循環。過去の経験を思い力の入っていた口元は、その笑顔を目にして直ぐに緩んだ。
 すばるは初めて見る皓月を恐れもせず愛らしい笑みを浮かべている。その恐れのない様子にほっと安堵の溜息を吐いた。

「私の名は皓月。お前を守護するものだ」

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