贄の神子と月明かりの神様

木島

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贄の神子の誕生

十一

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「まずは、えんろはるばるごくろうさまでした」

 ぺこり、と頭を下げる。

「わたくしは大神さまよりにえの神子のお役目をたまわり、星のかんいとこのしんいきをちょうだいいたしました。神のまっせきにざするものとして、国や地位にかかわりなく、ひとところにかたよりをもたず、まことにわが血をひつようとする方々のためにやくだてていく心づもりです」

 この日のために皓月に教えられた文言をたどたどしい言葉で使者たちに語りかける。後半になるにつれぎゅう、と眉間に皺が寄っていくのは必死に内容を思い出しているのだろう。皓月はいいぞ、頑張れ、という想いを込めて優しく背中を撫でてやった。

「そちらのあるじにも、そのようにもうしつたえてくださるようおねがいいたします」

 全て言い終えると、言い切った!と晴れやかな表情で皓月を見上げるすばる。褒めろと言わんばかりの期待の眼差しに皓月は柔らかに目を細め、優しく頭を撫でてやった。

「は……」
「それは……」

 だがすばるの達成感とは裏腹に、言葉は使者たちにとってあまり良いものではないようだった。
 皇族だからと贔屓はしないと言い切られたようなものだ。期待外れの言葉に彼らの表情は僅かに曇る。

「贄の神子様、我々は神子様が我が国にて何不自由ない生活をお過ごし頂けるよう尽力して参りますゆえ、何卒、幾久しく御懇意に願います」

 中央に座る左膳が食い下がる。

「其方らは神子の言葉を聴いておらなんだか?貴族であれ百姓であれ、真に神子の力を必要とする者に慈悲の手は差し伸べられる。貢物をすれば贔屓にされるなど、心得違いをするな」
「いいえ、いいえ!そのような考えではございません!」

 まさにその通りであるのだがここで認めることはできない。
 すばるはまだ幼い故兎も角として、皓月は物に釣られるような軽率な性質ではないと使者たちも察する。しかし彼らとて没交渉で王都へ戻るわけにはいかないのだ。

「偏りを持たぬと申せ、幾らかの統制は必要になりましょう。主上は我が国最高位の尊きお方、神子様が十全にお力を発揮できるようお支えすることが可能にございます」
「後ろ盾になると」
「これ以上ない働きができようかと」

 すばるの身を保護している皓月の素性を使者たちは知らない。屋敷の規模からしてそれなりに裕福な貴族と予想するが、一国の主に勝るものはないだろう。皇家は何れ引く手数多となる贄の神子の調整役としてこれ以上ない立場である。そう思う通りに訴えかけるが、皓月は彼らを一笑に付した。

「話にならぬな」
「な、なにを仰るか!」
「畏れ多くも主上と夢見の神子様の御意思をそのように……!」

「黙れ」

 不敬である、そう言いかけた使者たちの息は一瞬止まった。

 皓月が放った言葉には重く、叩き伏せるような重圧があった。反抗を許さない、その意思さえも剥ぎ取ってしまうような威圧を浴びて彼らは溺れる魚のようにはくはくと口を戦慄かせることしかできない。姿も見えぬ几帳の向こうから凍てつくような怒気が全身を包み込んでいく。
 皓月は皇族の使者として常に強気であった彼らに強者はどちらであるかをたった一言で理解せしめたのだ。彼らは本能的な畏怖を感じ、蒼褪めた顔で硬直してしまった。

「むぅ」

 几帳越しでも伝わる緊張感。賢いすばるは自分を他所に話が進んでいることに気付いた。仰ぎ見る皓月はいつも以上に眉を吊り上げ険しい顔だ。何故だかとても居心地が悪くて、着物の裾をちょいちょいと引っ張る。

「うん?」

 気付いた皓月は一瞬で険しい顔を消し去り穏やかに目を細めてすばるを見る。すばるは更に手招きし、近づいてきた肩に手をかけ静かに立ち上がった。

「どうした?」
「こわいかおメッよ。おじさん、ないちゃうよ」

 大きな狐耳にこそこそと顔を寄せ、小さな声で言う。その言葉に皓月は驚きで目を見開いた。

「なかよし、ね?」

 ことりと首を傾げるすばる。幼いながらに険悪な大人たちの間を取り持とうとする健気な姿に胸打たれ、ふっと息を吐く。そして皓月はそっと小さな額に己の額を合わせた。

「相分かった。お前の望むように」
「あい」

 顔を寄せ合ってそっと囁き合うと皓月はすばるを己の膝の上に座らせた。そうして少しだけ、使者たちに歩み寄る答えを差し出した。

「そうさな……夢見の神子も大神より力を賜りし者の末裔。我が神子の夢見をしたのも縁か。ならば我が神子の準備が整いし時、世へ報せを広める役を其方らへ任そう」

 皓月の言葉と共に押さえつけるようだった重圧が消えた。
 使者たちは背中にびっしょりと冷や汗をかきつつも軽くなった体に精一杯息を吸い込み、かけられた言葉の意味を急いで飲み込んだ。

「お、おお……!」
「ありがたき幸せ!」
「かたじけのう存じます!」

 皓月は緋の国に贄の神子が現れたと世界に触れを出すことを許した。それは彼らにとって大きな一歩と言えるだろう。几帳の奥のやり取りなど知らぬ使者たちは急に態度が軟化したことに驚きつつも深々と頭を下げ感謝の意を示した。

「ただし今すぐではない。神子は未だ修練を必要としている。贄の神子として役目を果たすに足る能力を備えし後、其方らへ報せを参らせよう。それまでは全て其方らとその主の胸の内に留め置くように」
「心得ましてございます」

 空気が軽くなって使者たちの声に喜色が混じる様子にすばるは満足げだ。皓月に体を預けにこにこと彼らのやり取りを聞いている。そして脇に控えていた蛍は筆を執り先程の皓月の言葉を認める。
 二三短いやり取りをして、今度こそ挨拶という名の交渉は終了したようだった。初回の成果としては十分すぎるほどだろう。皓月さんが神子さんに激甘野郎でよかったねと心の中で蛍は思う。

「おやくめたいぎでありました。どうちゅうお気をつけておもどりください」

 すばるの言葉を締めくくりに使者たちは蛍と共に拝殿を辞する。後は蛍が良いようにしてくれるだろう。

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