贄の神子と月明かりの神様

木島

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恋の芽生え

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 結果皓月に恋をしていると自覚したとは言え、表面上すばるの生活が変わることはなかった。
 すばるは皓月に恋をしているが皓月が同じ気持ちとは限らない。物語の中のようにそう都合よく行くはずがないことは流石にすばるとて知っていたからだ。
 皓月はすばるを常日頃から溺愛している。しかしそれが恋愛感情かと言われれば首を傾げざるを得ないだろう。すばるは親が子を愛する気持ちと同じではないかと思っている。
 つまり、皓月にとってすばるは子供だからそういう対象ではないと言うことだ。
 ならばせめて、すばるは大人にならなければならない。まずは己の役目を日々恙なく果たし、教養を身に着け立派な大人になる。それがすばるの恋の進め方だった。

 今日は参拝者との面会のない日。すばるは本殿の祭壇を前に座り、人型に切り抜いた紙を手にしていた。
 これは森の湧き水で清めた神聖なもの。すばるは小刀で指先を切り、小さな器に溜めた血を筆に浸して紙に文字を刻んでいく。
 この人形は贄の神子すばるの分け身である。この人形があれば離れた場所にいてもこれを持つ者の災厄の身代わりとなれる。災いを受けた本人が神殿まで来られなかったり、複数いて代表者が来ている場合に渡すものだ。
 この分け身の優れたところはすばるが事前に指定した災い以外には効果がないことだ。悪用を防ぐことができるし、目的の前に効果がなくなることもない。長年に亘り訓練を重ねてきたからこそできる技術である。勿論その災いは分け身である人形を通してすばるが負うことになるのだが、そういうものなのですばるが気にしたことはない。
 文字を書き終えたそれを祭壇に丁寧に捧げ、同じように捧げられている短刀を手に立ち上がった。

「我らが大神、太陽の神よ。我が血を持って無辜なる人々の災いを退けたまえ」

 深々と頭を下げてから、すばるは短刀を手に大神へと捧げる剣舞を舞う。
 成長期に入りすらりと伸びた手足が緩やかに舞い、長い黒髪が揺れる。皓月は神聖なその姿を本殿の隅で静かに見入っていた。
 すばるももう十五になる。
 半年ほど前から急激に身長が伸び始め、声変りも経て低く落ち着いた声を持つようになった。丸みを帯びていた顔立ちも徐々に削ぎ落されて、稚い少年から美しい青年へと変わりつつある。人にとって最も変化の激しい時期を迎えていた。

「皓月、終わりました」
「ああ。ご苦労だったな」

 儀式を終え、人形を箱に納めたすばるがこちらへ向かってきた。つい半年前まで頭の先が皓月の鳩尾辺りだった身の丈が今は首元辺りまで差し迫っている。視線を交わすために屈む必要もなく、なんとも不思議な感覚だった。人の成長は早いものだ。

「すばる、また背が伸びたか?」
「そうですか?」

 ことりと首を傾げる仕草は変わりなくてどこか皓月は安堵する。

「背ばかり伸びて、他が追い付かないのは困りものです。見てくださいこの腕」

 そう言って袖を捲って見せた腕は確かに細い。今は栄養が身長に持っていかれてしまうのか、すばるの体は身長の割に酷く薄かった。幼い頃も壊してしまいそうだと思っていたが、今も容易く壊れてしまいそうだ。

「お前は元々食が細いからな。今は体を作る大事な時期だ。多少無理をしてでも食べなさい」
「これでも前より食べてるつもりなんですけど……」
「足りていないのはわかるだろう?」

 そう言い返せば不満そうに頬を膨らませた。その稚い仕草と大人になりかけた姿が不釣り合いで、この時期特有の危うさを醸し出している。

「では甘味はどうだ?篝が近くの町で大福を買ってきたそうだが」
「食べます!」

 問えば食い気味に答えて嬉しげに笑顔を浮かべる。すばるは少食ではあるが甘いものが好きで、素直なその反応に皓月も笑みを浮かべた。
 こんな笑顔を見せられてはいくらでも食べさせたくなると言うものだ。そうしていいことを思いついたとばかりにニヤリと笑う。

「そうだ。成人の祝いには甘味の膳を用意しようか?」
「何ですかそれ。また子供扱いして!」
「はは、バレたか」
「もう!」

 冗談めかして問いかければまた不満そうに唇を尖らせる。ころころと変わる表情はいつまでも変わらなくて、皓月は愛おしげに目を細めた。
 十五を迎えたすばるは人の世界では大人の仲間入りだ。三日後に成人の祝いとして小さな宴を開く予定で、その時に出す祝膳は基本的に主役の好物と縁起物が用意される。流石に全て甘味にする気はなかったが、膳とは別に皓月はたらふく甘味を用意するつもりだった。
 ちなみに既に緋の国の皇帝と夢見の神子からも連名で山ほど贈り物が届いていて、拝殿の一部が物置と化している。

「伝えたと思うが祝いの席では穢れを持ち込まない方がいい。今日からは役目を控えるようにな」
「あい」

 皓月がすばるの成人の祝いを楽しみにしているように、すばる自身もその日を待ち望んでいた。成人の祝いを受ければすばるは大人として扱われる。大人として認められる。それが楽しみで仕方がないのだ。

「六花様が先日の文でお祝いをくださると仰っていたの。それが凄く楽しみで」
「ああ、六花様もお前の成人を殊の外お喜びだったから……な」

 他愛無い話をしながら二人仲良く拝殿の縁側まで歩いてくると、ふいに皓月の足が止まった。すばるを見ていた視線が外へと逸れて、じっと空の一点を見つめだす。

「皓月?」

 珍しい行動を不思議に思いすばるの足も止まる。倣うように皓月が視線を向ける先を見上げると、何かがこちらに向かって物凄い勢いで落ちてくるのが目に見えた。

「何?何か落ちて……」
「皓月様ぁ!」

 落ちてくる何かから声が聞こえたと思ったら、あっという間にすばるの視界を水色が覆い尽くした。

「うわっ!えっ、なっ何?!」

 驚いたすばるが素っ頓狂な声を上げて腕を振ると視界を埋めた水色の布はゆっくりと下に落ちていく。遮る物のなくなった視線の先に広がっていたのは、予想もしない光景だった。

「皓月様ぁ、会いたかった~!あなたの垂氷が会いにきたよ~!」

 どうやら落ちてきた何かは神様だったらしい。水色の着物に水色の髪をした上から下まで水色の男が一人、皓月の首に腕を回して抱きついていた。
 そう、抱きついていた。

「垂氷、お前なぜここに」
「だから皓月様に会いにきたんだってば」

 空から謎の男が落ちてきてなお、皓月は冷静だった。目を丸くして固まっているすばるを尻目に男を引き剥がしにかかっている。だが男もそれを心得ているのか、驚くほどガッチリと腕を巻きつけ離れようとしない。べったり引っ付いた体勢のまま不満げに頬を膨らませている。

「だってさぁ、皓月様ってば人間の子守り押し付けられてから全然帰ってきてくれないんだもん。寂しくて会いにきちゃった」
「押し付けられてなどいない。誤解を招くような物言いは止めろ」
「そうだったね。ごめんごめん」

 鋭い目で睨みつけられて男はへらりと笑う。口にした謝罪は全く気持ちがこもっていない。けれど皓月は溜息をつくだけでそれ以上追及しようとはしなかった。
 いきなり現れたにも関わらずこの雰囲気、見るからに二人は親しそうだ。突然空から訪れた人物にしばらく呆然としていたすばるだったが、はっとして皓月に声をかけた。

「皓月、その……そちらの方は」
「あ、ああ。すまないすばる!ちょっと待て」
「あん」

 困惑を隠せないすばるに気が付いた皓月は今度こそ男を引き剥がした。そのままぽいっと床に捨てられた男だが、彼は気分を害した様子もなくにこにこ笑っている。

「すまない、驚かせてしまったな。こいつは垂氷(たるひ)、私の」
「初めまして神子ちゃん。僕は垂氷、皓月様の婚約者だよ」

「……えっ?」

 垂氷と呼ばれた男に爽やかな笑顔で爆弾を投下され、すばるの思考は停止した。
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