贄の神子と月明かりの神様

木島

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苛むもの

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「皓月様、お願いがあるんですけど」

 あの後九朗は皓月に願い出てすばるが神子の務めを行う様子を見学させてもらった。勿論すばるは渋りに渋ったが、頭を下げて頼み込むと困ったように眉を下げて承知してくれた。
 広い拝殿に集められた人間たちは皓月が選んだ『本当に神子の助けが必要な人間』だ。皆一様に顔色が悪く、特別な力を持たない九朗でさえ彼らが集まった拝殿は息がし辛いと思ってしまうほど。その中で一人一人と言葉を交わしていくすばるは流石の一言だ。
 慈愛の籠った微笑を浮かべて彼らの話に耳を傾ける。その苦しみに寄り添って、当然の顔をして彼らの災いの身代わりとなる。傷ができた時には傍にいる皓月がさっと布を当てて処置をしているが、怪我をした本人は顔色一つ変えない。微笑みを浮かべたまま参拝者に体の調子はどうかと声をかけるのだ。

「とても、楽になりました……嘘みたい!」
「よかった。あなたは穢れや呪いの影響を受けやすい体質のようですから、悪い噂が立つ場所や治安のよくない場所には近寄らず、自分自身が気味が悪いと感じた場所からは直ぐに立ち去るようにしてくださいね」
「はい!本当にありがとうございます!」

 さっきまで酷い顔色をしていた人々がすばるに触れられるとみるみるうちに血色を取り戻していく。そして身体が楽になったと涙ながらに喜んで、床に額を擦り付けんばかりに頭を下げて帰るのだ。

「一族の皆さんが妖狐に憑りつかれて失った財産は近いうち何らかの形で無事戻ってくるでしょう。国に帰ったら確認してください」
「神子様、我が一族をお救い下さり本当にありがとうございます……!」

 九朗にとって意外だったのは怪我や病以外でも贄の力が使えるということだった。原因が穢れや呪い、妖の類であれば財産の紛失や人間関係の悪化など、一見すると人ならざる者の仕業とは思えないような不運を贖うこともできるらしい。

『これが、贄の神子の勤めか……』

 実際に災いを贖う様子を見るのは今日が初めてのことだが、その光景は九朗が想像していたよりずっと穏やかだった。
 ただ一方的な行為ではなく苦しみに耳を傾け痛みに寄り添う。疲れた顔など一切見せず涼やかで中性的な面立ちが柔らかく微笑みを浮かべる様は正に神の使いのよう。苦しみから救ってくれた上にあんな風に微笑まれれば、そりゃあ崇めたくもなるだろうと九朗は一人納得していた。
 そして改めて己が特殊な立ち位置にいるのだと思い知る。

『こりゃあ俺が、特別な友人にもならぁな。俺は何にも知らねえ部外者だ。知らねえからこそ気の置けねえ友人にもなれたってことか』

 すばるにとって人は己に傅き首を垂れる者。今までその枠を超えようとする者はいなかったと聞いている。しかし九朗にはその必要がなかった。だからこそ初めからその枠に嵌ることなく手を伸ばし、外の世界を教えた九朗は彼の友人になれた。すばるがこの友情を大切にしていることを九朗も知っている。もしかしたらこの部屋にいる人間たちの誰よりも特別なのではと思い、不謹慎にも九朗の心は沸き立った。

『すばるはあんなに真摯だってのに、俗っぽすぎていけねえな俺は』

 九朗がそんなことを思っているなど露知らず、すばるはその間も日が傾き始めるまで長い時間を休むことなく務めに励む。そうやって集まった全ての参拝者たちの災いを贖った後、拝殿の空気は最初とは比べ物にならない程軽かった。

「すばる、よくやった。今日はこれで終いだ」
「あい、お疲れさまでした」

 一仕事終えて漸くぴんと伸ばしていた背筋をぐにゃりと脱力させるすばる。白粉の上からでも顔色の悪さが伺える。あれだけの人数を相手にすれば疲れもするだろうと、労いの言葉をかけるために一歩足を踏み出した途端、皓月が九朗を手で制した。

「すば」
「九朗、お前は暫しそこで待て」
「え」

 皓月に制止されて思わず足を止める。その間に皓月はすばるの周りに素早く几帳を立てて、その姿をすっかり隠してしまった。
 強引に中に入るわけにもいかず几帳の傍で立っていると話し声と衣擦れの音が僅かに聞こえる。どうやら先程の務めで負った不調を確認しているようだ。うっかりすばるがしどけなく衣服を寛げる姿を想像してしまい、慌てて頭を振った。

「おい、九朗。そこの桶を」
「えっ?!あっ、はい!」

 にゅっと中から手だけが出てきて、慌てて九朗は傍に置いてあった空の桶を手渡す。何に使うのだろうと首を傾げていると答えは直ぐに察せられた。

「う、あ……げっ……ぶ」

 呻き声と共にごぼり、びしゃりと水音がする。すばるが吐き戻しているのだ。

「出せるだけ出してしまいなさい。そうすれば治まる」
「あい……」

 力ない返事のすぐ後にまた嘔吐して激しく咳き込む。几帳の外にいる九朗は中の様子が気になって仕方がなかったが、吐いている真っ最中の相手に声をかけるのは流石に憚られた。返事などできるわけがない。

「俺、水貰ってきます!」

 心配だけれど待つしかない。忙しなく視線をうろつかせた後、あっと思い立って厨にいた篝に水を貰って戻ってくると、すばるを隠していた几帳が取り外されていた。
 皓月の尻尾にくったりと体を預けているすばるに駆け寄る。

「もう大丈夫なのか?」
「あい、吐いたらスッキリしました。もう、平気です……」

 水の入った湯呑みを緩慢な動作で手に取り、一度口をゆすいでから水を飲み始めるすばる。幾分か顔色はよくなっており、九朗は二人の前に座りながらほっと息を吐いた。

「今回は、そんなに酷い状態の人はいなかったので、多分さっきの嘔吐で終わりですね……楽に終わってよかったです……」
「すばる?」
「ああ、眠いのか。寝ても構わないぞ」
「ん……」

 促されて半分閉じていた目を抗うことなく伏せるすばる。皓月は疲労のためかすぐに寝入ってしまったその体をそっと膝に乗せ、毛布のように尻尾で包み込んだ。
 無防備に眠る我が子を守るように、慈しむ様に大きな掌が頬を撫でる。

『こいつぁ……』

 すばるがもっと幼い頃であればその行動は微笑ましい親子の姿にも見えただろう。けれどすばるはもう十六歳。世間的にはもう大人とみなされる男が相手となれば、いくら皓月が永い時を生きた神とはいえ違和感を覚えてしまうものだ。そしてその疑問はぽろりと口から零れ出ていた。

「皓月様って、すばるのこと好きなんですか?」
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