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前編①
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ジシュイは裸のままローブに身を包み、十人は寝そべられるだろう大きな寝台の中心で肩を窄めて正座していた。
とんでもない事が起こった。
星の等級が低い自分が王宮へ召し上げられる事さえ珍しいのに、なんと召し上げられた初日から、王の夜のお相手を王直々に指名されたのである。
(どどどど、どうしよう……ポリュデウケース様は皆が憧れる雲の上の御方……ボクも陛下の事は憧れてるしとても尊敬申し上げているけど……失礼があったらどうしよう……いやいや粗相を犯す未来しか考えられない……!)
ジシュイは一人俯き、頭の中で全速力で慌てふためいている。そして少し見上げて正面に王の姿が見えると、再び慌てて俯いてしまうのだった。
ジシュイとの真向かいで胡座をかくこの国の王ポリュデウケースは、ちょこんと小さくなるジシュイを愛おしそうに見つめていた。
暫く困った様な相手を微笑ましく眺めた後、長い腕を伸ばして静かに細い腕を持ち上げ、膝立ちさせたのだった。
「……そう固くならなくていいぞ」
「ポリュデウケース様……あ、あの……よ、よよよ、よろしく、お願いします……」
「ははは。ジシュイが気負う必要など何もないんだ。全て俺に任せて欲しい」
「は、はい…………」
ジシュイがふと見上げた瞬間、愛嬌と精悍さが入り混じる王の顔が近付いて目の前が暗くなった。
――ギュッ。
もう始まるんだ。そう思った直後、唇に暖かく柔らかい膨らみが当たり、自分の身体が鍛え上げられた腕の中に包まれた。
――フニ。チュ……チュ。
(あぁ……ポリュデウケース様の唇。優しくて、凄く柔らかい……)
――チュ、プニュ、チュッ……チュゥ……。
「んっ、んぅぅ(温かくて……)は、ぅぅ(と、とろけちゃう)……」
王は唇の弾力で互いの口元を捏ね、啄む様にジシュイの唇を小さく吸う。
その優しさといじらしさに、ジシュイの唇が早くも甘く酔いしれてしまった。
「ポリュデウ……ケース……さ、ま……」
「もう瞳が蕩けているな。初心な所もお前らしい」
そう言って王はジシュイのうなじに顔を埋め、抱き締める力が強くなった。
「ジシュイ……ずっと会いたかった……あの時から三年。短いようでとても長かった。でも、やっと会えた。この日をどんなに待ち焦がれていた事か……!」
王の大きな掌が、ジシュイのそばかすを含む両頬を包んで愛おしそうに撫でた。陽の様な赤橙色の虹彩には、ジシュイを確と映している。
しかしその眼差しは嬉しさ以上に、今まで逢えなかった寂しさが色濃く滲み出ていた。
――王とジシュイの出会いは三年前になる。
毎年冬に行われる双子国の豊穣祭。その終幕として星屑を詰めた盛大な華火を打ち上げるのだが、この時、とても珍しい虹色の星屑を二人で集めて、後に語り継がれる『ディオスクーロイの華火』を作り上げたのだった。
自分と王の身分では雲泥の差があるのは理解している。しかしジシュイは、あの時の思い出が忘れられず、淡い想いを拭いきれず、せめて王の近くで働けたら……王の為に微力を尽くせたら……その気持ちだけで侍従に志願したのである――
だがまさか、その初日から王と最も親密になる役を指名されるなど、誰が予想出来たであろうか。
それはジシュイ自身、思いもよらない事だった。
「ポリュデウケース様……ボクなんかの事を、そこまで思って下さったんですか……」
「当然だろ? あの時約束したじゃないか。俺の隣でずっと笑っていて欲しいと」
「確かにあの時はそう仰って下さいました。でも、まさか、特別な想いまで抱いてくださってたなんて思わなくて……い、いえ、そうだったらいいなって思っていました。でも、きっと夢のまた夢だろうって……」
「ジシュイ……」
その時だった。
突然、王の掌で包まれていた頬を持ち上げられ、ジシュイの心に緊張が走った。
「――っっ!? ポリュデウケース様っ!?」
「夢じゃないぞ? 俺をよく見ろっ」
「は、はいっ!」
王の真剣な眼差しがジシュイの心を一突きし、ジシュイも反射的に背筋が伸びた。
「俺は自分の言葉に責任を持っている。しかし、俺の一存でお前の職を決めるのは無理なんだ。だからな、俺は……ジシュイが侍従に志願したと聞いて、飛び上がるほど喜んだんだからな?」
王の瞳は嘘偽りの無い真っ直ぐな視線をジシュイに送る。
王も自分と同じ気持ちだった。そんな事を知ってしまったら、心が宇宙の彼方まで舞い上がってしまいそうである。
(ボ、ボクなんかを……陽の権化の様な御方が、ボクを……)
ジシュイは今の言葉を耳の奥で噛み締め、瞳が熱く潤みながら何度も頭を下げた。
「……ぐすっ。あ、有り難くて胸一杯で、この幸せを抱え切れませんっ……本当に、ありがとうございます……ありがとうございますっ……うぅっ」
「じゃあ溢れた分も全部、俺が受け止めてやる……」
「あぁぁ……何という嬉しいお言葉を……」
その男らしい言葉に、ジシュイは足元から今にも甘く蕩けてしまいそうになった。
「今夜は何も考えなくていい。ただ心のままに、深く交じ合えたらそれでいいんだ」
「ふぇぇっ……ポリュ……んんぅっ」
――クチュ。
そして再び二人の唇が近付き、ほんのり照らされる灯りの中で首元を交差させた。
――チュ、ッチュ……。
「好きなんだ、ジシュイ……あの時からずっと……」
「はぅ……ボク、も……んんっ」
――チュゥゥ、チュチュッチュ……。
二人は再会を喜び、想いを交差させて今の幸せを喜ぶ。幾度も強く抱き締め合って、互いの唇を思う存分味わい続けたのであった。
とんでもない事が起こった。
星の等級が低い自分が王宮へ召し上げられる事さえ珍しいのに、なんと召し上げられた初日から、王の夜のお相手を王直々に指名されたのである。
(どどどど、どうしよう……ポリュデウケース様は皆が憧れる雲の上の御方……ボクも陛下の事は憧れてるしとても尊敬申し上げているけど……失礼があったらどうしよう……いやいや粗相を犯す未来しか考えられない……!)
ジシュイは一人俯き、頭の中で全速力で慌てふためいている。そして少し見上げて正面に王の姿が見えると、再び慌てて俯いてしまうのだった。
ジシュイとの真向かいで胡座をかくこの国の王ポリュデウケースは、ちょこんと小さくなるジシュイを愛おしそうに見つめていた。
暫く困った様な相手を微笑ましく眺めた後、長い腕を伸ばして静かに細い腕を持ち上げ、膝立ちさせたのだった。
「……そう固くならなくていいぞ」
「ポリュデウケース様……あ、あの……よ、よよよ、よろしく、お願いします……」
「ははは。ジシュイが気負う必要など何もないんだ。全て俺に任せて欲しい」
「は、はい…………」
ジシュイがふと見上げた瞬間、愛嬌と精悍さが入り混じる王の顔が近付いて目の前が暗くなった。
――ギュッ。
もう始まるんだ。そう思った直後、唇に暖かく柔らかい膨らみが当たり、自分の身体が鍛え上げられた腕の中に包まれた。
――フニ。チュ……チュ。
(あぁ……ポリュデウケース様の唇。優しくて、凄く柔らかい……)
――チュ、プニュ、チュッ……チュゥ……。
「んっ、んぅぅ(温かくて……)は、ぅぅ(と、とろけちゃう)……」
王は唇の弾力で互いの口元を捏ね、啄む様にジシュイの唇を小さく吸う。
その優しさといじらしさに、ジシュイの唇が早くも甘く酔いしれてしまった。
「ポリュデウ……ケース……さ、ま……」
「もう瞳が蕩けているな。初心な所もお前らしい」
そう言って王はジシュイのうなじに顔を埋め、抱き締める力が強くなった。
「ジシュイ……ずっと会いたかった……あの時から三年。短いようでとても長かった。でも、やっと会えた。この日をどんなに待ち焦がれていた事か……!」
王の大きな掌が、ジシュイのそばかすを含む両頬を包んで愛おしそうに撫でた。陽の様な赤橙色の虹彩には、ジシュイを確と映している。
しかしその眼差しは嬉しさ以上に、今まで逢えなかった寂しさが色濃く滲み出ていた。
――王とジシュイの出会いは三年前になる。
毎年冬に行われる双子国の豊穣祭。その終幕として星屑を詰めた盛大な華火を打ち上げるのだが、この時、とても珍しい虹色の星屑を二人で集めて、後に語り継がれる『ディオスクーロイの華火』を作り上げたのだった。
自分と王の身分では雲泥の差があるのは理解している。しかしジシュイは、あの時の思い出が忘れられず、淡い想いを拭いきれず、せめて王の近くで働けたら……王の為に微力を尽くせたら……その気持ちだけで侍従に志願したのである――
だがまさか、その初日から王と最も親密になる役を指名されるなど、誰が予想出来たであろうか。
それはジシュイ自身、思いもよらない事だった。
「ポリュデウケース様……ボクなんかの事を、そこまで思って下さったんですか……」
「当然だろ? あの時約束したじゃないか。俺の隣でずっと笑っていて欲しいと」
「確かにあの時はそう仰って下さいました。でも、まさか、特別な想いまで抱いてくださってたなんて思わなくて……い、いえ、そうだったらいいなって思っていました。でも、きっと夢のまた夢だろうって……」
「ジシュイ……」
その時だった。
突然、王の掌で包まれていた頬を持ち上げられ、ジシュイの心に緊張が走った。
「――っっ!? ポリュデウケース様っ!?」
「夢じゃないぞ? 俺をよく見ろっ」
「は、はいっ!」
王の真剣な眼差しがジシュイの心を一突きし、ジシュイも反射的に背筋が伸びた。
「俺は自分の言葉に責任を持っている。しかし、俺の一存でお前の職を決めるのは無理なんだ。だからな、俺は……ジシュイが侍従に志願したと聞いて、飛び上がるほど喜んだんだからな?」
王の瞳は嘘偽りの無い真っ直ぐな視線をジシュイに送る。
王も自分と同じ気持ちだった。そんな事を知ってしまったら、心が宇宙の彼方まで舞い上がってしまいそうである。
(ボ、ボクなんかを……陽の権化の様な御方が、ボクを……)
ジシュイは今の言葉を耳の奥で噛み締め、瞳が熱く潤みながら何度も頭を下げた。
「……ぐすっ。あ、有り難くて胸一杯で、この幸せを抱え切れませんっ……本当に、ありがとうございます……ありがとうございますっ……うぅっ」
「じゃあ溢れた分も全部、俺が受け止めてやる……」
「あぁぁ……何という嬉しいお言葉を……」
その男らしい言葉に、ジシュイは足元から今にも甘く蕩けてしまいそうになった。
「今夜は何も考えなくていい。ただ心のままに、深く交じ合えたらそれでいいんだ」
「ふぇぇっ……ポリュ……んんぅっ」
――クチュ。
そして再び二人の唇が近付き、ほんのり照らされる灯りの中で首元を交差させた。
――チュ、ッチュ……。
「好きなんだ、ジシュイ……あの時からずっと……」
「はぅ……ボク、も……んんっ」
――チュゥゥ、チュチュッチュ……。
二人は再会を喜び、想いを交差させて今の幸せを喜ぶ。幾度も強く抱き締め合って、互いの唇を思う存分味わい続けたのであった。
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