8 / 9
8
しおりを挟む森のなかの家で迎える朝は、しんとして寒い。
隣でグッタリと力を抜いて、眠り続けるマゼンダを見つめる。先程まで、もう無理、くるしい、たすけて、と懇願されながら、それでも求めてしまった小さな身体に、指を這わせた。
無理、させちゃったかな。
今日までにだいぶ慣らしてはきたものの、ズィーロの陰茎は人間のものよりかなり長い上に太く、根もとにコブまでできる。マゼンダとの体格差もあるので、かなりしんどかっただろうと思う。
だが、これでしばらくは動けないだろう。
その間に、傅いて許しを乞い、何度でも深く愛して溺れさせてしまえば問題はない。
相思相愛なのに、勝手に自分に別れを告げて突然去ろうとしたのだ。これくらいは許されるべきだとズィーロは思う。
今日はハロウィンだが、祝日にはなっていないから、役所は開いている。
すぐ自分の荷物と、婚姻証明書を持ってこよう、とズィーロは考えてマゼンダにキスをおとした。
「わたしが、魔女だから、恋人になったの…?」
泣きそうな声で問いかけられたマゼンダの言葉が思い出されて、ぐ、と奥歯を噛み締める。
2年前。
父親の古い友人から、ちょっと直接確認して欲しい子がいると連絡がきた。
「最近町にきた、ひとり暮らしの若い女の子なんだけど。まず、作る薬の質が良すぎる。魔力が必要な薬は作れないとは言ってるし、卸しにくるのは簡単なものばかりなんだが…隠れ魔女なんじゃないかと思って」
それならお前たちも知っておきたいだろう?とシドは笑った。
ズィーロの両親は人外同士で結婚した。
子どもにはあまり恵まれず、ズィーロに兄弟はいない。
それでも、両親の仲は良かったし、商会を営んでいるおかげで経済的にも豊かな方だ。人化の得意な種族だから人の世にも溶け込みやすくて暮らしやすい。
だが、曽祖父の代から3代続いて人外同士で愛し合ってしまったために、段々と血が濃くなってきていた。
家族も友人も、魔女を探せとは言わない。
でも、そろそろ魔女に愛してもらえないと、血が濃くなり過ぎた子どもたちが苦しい思いをすることになる。
そんなときの、シドからの連絡だった。
期待せずに見に行ったズィーロの前に、元気よく現れたマゼンダは、まだ幼いが間違いなく人外から逃げている魔女だった。しかも、人外なら一度は聞いたことのある、有名な一家の末娘。
魔女の瞳には僅かに魔力がこもっている。
それは人外のものしか知らない、魔女と人間の見分け方だった。
魔女たちがどんなに慎重に巧妙に魔力を隠そうとも、その瞳を注意深く見れば見つけられる。
人外のものたちはひた隠したその方法と、それぞれの特性をフル稼働して魔女を探すのだ。
狼男は鼻が良い。
魔女の僅かな体臭の、更に微量に含まれる魔力を嗅ぎ分けることができる。
「…あれは魔女だね」
「あーやっぱり。…人外から逃げてる子なのかな」
「危険だから、保護をする」
「保護って…囲い込んで、溺れるほどに愛して、逃げられなくするんだろ」
「でも、魔女は保護すべきだろ」
人外のいう保護は、人間で言う執愛と溺愛の混ざりあったようなものだ。
見つけたら、しつこくしつこく愛を乞い、他のものからのアプローチは出来る限り潰し合う。魔女本人には優しく溺愛して甘やかすが、愛を受け入れてもらえるまでグズグズに蕩して頷かせるような、手段を選ばないものも多い。
だって、外は危ないだろう。
シドの古くからの友人であるズィーロの父親もズィーロ自身も、そもそも人外のものたちは皆口を揃えてそう言うが、何を言っているのだとシドはいつも思う。
いや、お前たちが一番ヤバいだろ。
それでも、この目の前の狼男に連絡してしまったのは、ひとえにこの青年の幸せを願って。彼なら無理矢理に頷かせるようなことはしない。そう信用できるほど、シドはこの青年とその父親とは深い付き合いがある。
そして、きっと、それがこの少女の幸せにもつながる、…と信じて。
「ズィーロ。お前のやろうとしてることも、充分危険だよ。それはこの町ではやらないでくれ」
この町でお前たちの言う『保護』なんてしたら魔女が来なくなっちゃうだろ、と諌めてから、シドは様々な知恵をズィーロに授けていく。
『普通の人間としての出会い方』『人間の男女の仲良くなり方』『男女の夜の物事の進め方』。
シドはマゼンダの嗜好についても細かく伝えていく。彼女は可愛らしい容姿ではあるが、それを自覚していて意外と現実的。人の懐に潜り込むのが上手い。パンも好きだが麺類のほうがもっと好き。ナマモノはあまり食べられない。逃亡生活のせいか、甘いお菓子よりもお肉のほうが喜ぶ。
実は町の人間の何人かも、マゼンダの正体に薄らと気が付いている。そろそろ17歳にはなるが、そんな若い女の子がひとりで森の奥の家に暮らして、薬師をしている。しかも彼女のつくる薬はよく効くし、森も豊かになりつつある。
誰も口にはしない。逃げている魔女には気付かないフリをするのが礼儀だからだ。本当に借金取りが来たならば匿うつもりの者もいた。町の人間にとって、魔女かもしれないマゼンダがここで結婚して根付いてくれれば、願ったり叶ったりなのだ。
こうして、水面化でWin-Winな関係が結ばれていたなど、マゼンダ本人は知るよしもなかった。
だが、偽りなく、ズィーロはマゼンダに恋をしている。
決して彼女が魔女だからではない。
出会いこそ打算と企みしかないものではあったが、彼女の真っ直ぐな目で見つめられることも、優しく触れられることも、大好きだ。ズィーロとの触れ合いに恥ずかしがりながらも必死についてこようとする様は、心から愛おしいと思うし、突拍子もない変なところに笑いのツボがあることも、末っ子のせいか変に寂しがり屋な面があることも、堪らなく可愛い。
この気持ちに、偽りなんてない。
一度森の家を出て町で必要なものをすべて買い込み持ち込んでも、まだ眠り続けるマゼンダに、ちゃんとここにいてくれていると安堵する。
これが人を好きになるということなのか、とズィーロは寝入るマゼンダの頬をなぞりながら思った。
だいすきだよ。
眠るマゼンダの耳元で囁いてみても、彼女は起きない。
だがふんわり和らいだその口元を見て、ズィーロは自分が愛されていることに確固たる自信を持つ。
離れることなんて許さない。
手紙を読んだときの絶望感と怒り、そう決断させた理由を知ったときの仄暗い昂揚感が思い出される。
そんなことを考えさせてしまったなんて。
申し訳ない気持ちと、それ以上に彼女がそこまで自分のことを考え、悩んでくれたことへの喜びが彼の中を満たす。
大好きだ。そして。
「マゼンダ、君も、オレが大好き」
手放せるはずがない。離れる理由など、ないのだから。
ハロウィンの魔力のせいなのか、まだまだ愛し足りない。隣に潜り込み、目覚める様子のないマゼンダを抱き寄せてキスをした。
少し身じろぐものの、呼吸の深さは変わらないままだ。
昼には、目を覚ましてくれるだろうか。
甘やかしたい、泣かせたい。大好きと伝えて、大好きだと言われたい。
早く目を覚ましてくれないだろうか。
ズィーロはそう願いながら、腕のなかのぬくもりを優しく抱いて目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる