なぎさくん。

待永 晄愛

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なぎさくん、どうしたの?

仕事

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林の中で涼める場所を見つけた田中くんは自分が持っていた買い物リストを下に敷き、私を座らせた。

満路「渚って兄弟いるっけ。」

と、田中くんは私に聞いてもしょうがない質問をしてきた。

苺「知らない。田中くんの方が詳しいでしょ。」

私は少し呆れ気味に答えると、隣に座った田中くんはとても気まずそうに目を細め顔を少し歪ませた。

満路「俺、そんなに渚のこと知らない。」

苺「…でも、学校ではいつも一緒いるじゃん。」

満路「一緒にいても、外で遊ぶことあんまないし家に呼ばれたことない。」

そういえば田中くんって渚くんの家、勘違いしてたよね?

それは渚くんが隠したいからなのか、それともあの家は実家じゃないのか…。

苺「赤ポストの向こうって行ったことある?」

私の家は1本の道が違うだけで助かったらしい。

だけど、“あっち”の人たちはみんな死んじゃったらしい。

満路「ないかな。なんで?」

苺「潮原くんの家、あっちらしいよ。」

満路「…は?なんで?」

苺「知らない。呼々夏おじさんが潮原くんの家って言って住所教えてくれたのがあっちだった。」

満路「倉庫とかじゃなくて?」

苺「私もそう思ったけど…、知らない男の人が住んでた。」

満路「え?渚じゃなくて?」

苺「その時は忌引ってやつでお休みしてた時期だったから会えなかったし、いなかった。」

入院してたことを聞くと渚くんはいつも嫌そうな顔をしてるから私よりもしつこそうな田中くんには内緒にしていよう。

私は渚くんと2人だけの秘密を持ち、少しだけ優越感を持っていると田中くんは珍しく落ち込んで肩を落とした。

満路「休み明けから変な感じがする。」

苺「潮原くん?」

満路「今の渚も、この町も、夏の風も。そう思わない?」

苺「…休み明けってGW明け?」

それとも、渚くんの休み明け?

そう聞きたかったけど、田中くんが曇る表情で頷きもしない声で一度短く唸り、あやふやな回答をしたことに私は聞きたかった答えが聞けた。

満路「父さん並みには感じ取れないけど、きっと良くない何かがこの町に入ってきた。だから気をつけないと。」

そう言って田中くんはそっと立ち上がり、私に手を差し伸べて来た。

満路「特に若い女は連れていかれやすいって父さんが言ってた。だから今年の祭りは町娘全員参加らしいよ。」

苺「行きたくなくても?」

私は田中くんの手を握り、立ち上がらせてもらう。

満路「そう。風邪引いても強制参加。嫌ならこの町からしばらくの間出て行ってもらうらしい。」

苺「…なにそれ。」

満路「10年前もあったことらしいよ。だからあっちだけで済んだんだって。」

苺「今度はどこなの?」

満路「それは分からない。だから幸呼神様ここがみさまの足元をお借りして町の若い人間が殺されないようにするって。」

私はほんのりとしか覚えてない10年前のお祭りを思い出そうとするけれど、どうしても砂時計の中に埋もれて見えない。

苺「若い人以外は?」

満路「絶対大丈夫、…とは言えないけど、おじいさんおばあさんが生きてたんだ。だからあの時若かった父さんや母さんも生き残るよ。」

苺「けど、あっちの人はみんな死んだんでしょ?」

私の中で田中くんが言っていることと起こったことが矛盾していて胃がチクチクし始める。

満路「その理由は父さんが教えてくれない。だから俺はこう言ってみんなを安心させるしかない。」

と、田中くんは誰にも見せない頼りなさを私に見せてきた。

満路「去年から父さんの仕事を少しずつ教えてもらってるけど、まだまだ勉強不足なんだ。」

苺「…大事なことなのに教えてくれないんだ。」

満路「……隠しごとが多い家だから。」

苺「そっか…。」

そう言うしかない。

だって田中くんがとても悔しそうな顔をして、私のお尻の下に敷いていた紙を握りしめていたから。

苺「夏祭り、楽しみにしてる。」
 
満路「…うん。頑張って準備する。」

私はこれ以上の詮索をやめ、田中くんとお店の外周を回って呼々夏おじさんと満彦おじさんの元へ戻ると2人は呑気にアイスを食べていた。

満彦「満路も食べるか?」

満路「それより準備、教えてよ。」

満彦「分かった。じゃあ今年もよろしく。」

そう言って満彦おじさんは元気のない田中くんと一緒に町とは逆方向にある渚くんの家がある地区へ向かった。

それが珍しいなと目で置いながら、暑くて喉から欲しいかったアイスをねだることにした。

苺「わたしもアイス食べたい。」

私はおねだりしながら満彦おじさんが座っていたベンチに座るとさっきまで人が座っていたとは思えないほど、熱くて思わず飛び上がる。

呼々夏「な、なんだ?」

苺「熱くて…、火傷するかと思った…。」

私がそう言うと呼々夏おじさんは恐る恐る自分の隣にいた満彦おじさんの熱に触れるように指先を置くと、手を上げて驚く。

けど、すぐにいつもの無愛想な真顔に戻りアイスを食べ始めた。

呼々夏「満彦はこういう体質だから。」

苺「体質…。」

呼々夏おじさんの説明に納得いかないでいると、カラカラと出入り口の扉が開き静かに渚くんが出てきた。

渚「配達の注文入ったので行ってきますね。」

呼々夏「おう。荷詰めは…」

渚「さっき終わりました。今から行ってきます。」

そう言って渚くんはあの不気味な台所にいたのにも関わらず、何も感じなかったのかいつも通り配達に向かってしまった。

私はその背中を追いながら熱が和らいだ呼々夏おじさんの隣に座る。

呼々夏「今年の夏祭りはだいぶ盛大みたいだから店は休みな。」

苺「毎日営業がウリなのに?」

呼々夏「俺もたまには遊んでいいだろ?お前も渚誘って行ってこい。」

本当は満彦おじさんに休めと言われたんじゃないのかな。

ふと、さっき田中くんと話したことを思い出していると呼々夏おじさんはいつも下がっている口角を少しだけあげてふっと笑った。

呼々夏「好きな奴と一緒にいられる時間は短くて若い時間より貴重だ。だから何もしない後悔だけはするな。」

苺「…はーい。」

私はお祭りがある8月18日までに渚くんを誘うことを決め、毎日の仕事の中で少しでも好かれようと努力した。




待永 晄愛/なぎさくん。
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