なぎさくん。

待永 晄愛

文字の大きさ
上 下
23 / 33
なぎさくん、なにしたの?

山姥

しおりを挟む
喪雨月山は人が立ち入らなくなって60年近いと死んでしまったお父さんが教えてくれた。

だからか、少し拓けた場所にある石で作られた階段が木の根で押し上げられていたり、苔が生えていて足元が取られやすい。

なのにも関わらず渚くんは慣れたように淡々と登っていき、崩れかけの木で立っている門が見えるところまで手を引いて連れてきてくれた。

渚「あとちょっと。」

苺「そのちょっと、本当だよね?」

私は渚くんのちょっとが長すぎてもう希望を持たずに苔と木の割れ目が目立つ門まで行くと、真っ暗なお寺が門の向こうに現れた。

渚「本当だから、奥行ったら会えるよ。」

と、渚くんは人の気配が一切しない廃寺のようなものを指し私を軽く引っ張ってまた進もうとする。

けど、まだ山姥の噂が頭の中でぐるぐるしている私は一歩が踏み出せないでいるとカポンと何かの音が聞こえた。

苺「…え、えっま…、なんの音?」

渚「落ち着いて。大丈夫だから。」

渚くんはそう言ってくれたけどカポンカポンと少し不規則なリズムでまた同じ音が聞こえてきて私は足がすくんでしまう。

苺「…む、むり。帰る。」

渚「1人で帰ることになるけどいい?」

苺「それも無理…!」

私の手を握る鬼は大丈夫と言ってくれるけど、その音は着実に私たちの方へ近づいてくる。

でも鬼の渚くんはそっちへ向かおうとするし、怖さと疲れのピークに達している私の足は気力でも動かせない。

そんなこう着状態が数秒続くと音の正体が建物脇から現れて私は腰が抜けて座り込んでしまう。

苺「嫌…っ、無理!」

渚「無理無理ばっかうるさいよ。よく見て。」

私はぬるりと建物脇から出てきた真っ黒な小さな影を涙で歪む目でじっと捉えると、呆気にとられる。

「おかえりぃ。」

と、気の抜けた幼い男の子の声が渚くんに向かって投げられた。

渚「ゆず、ただいま。」

苺「…おとうと、くん?」

紐が通された缶に乗って遊んでいる園児くらいの男の子が私たちに向かって手を振っているのが見え、私はずっと手を握ってくれている渚くんを見上げると、渚くんは頷くと同時に私を立ち上がらせた。

渚「あれが怖い?」

そう言って弟の禅くんに手を振りながら目線で指した渚くんは少し眉を寄せて聞いてきた。

苺「…怖く、ないかな。」

渚「でしょ?だから大丈夫って言ったじゃん。」

渚くんはため息混じりにそう言い、空き缶で遊んでいる禅くんの元へ私を連れて行く。

禅「そのひと、だれ?」

と、半べそのままの私をちょっと怖がる禅くんは缶から降りて私をまじまじと見てくる。

渚「学校の友達。苺さん。」

えっ…、今私のこと名前で呼んだ…!?

その衝撃に全部の恐怖を忘れていると、禅くんは自分から自己紹介をしてくれた。

禅「しおばら ゆじゅ、6さいのふたござですっ。」

苺「哀川 苺です。今年14歳の天秤座です。」

私は禅くんに差し出された手を握ると一気に寒気が走った。

忘れてたけど、渚くんの手が冷たすぎる。

禅くんは田中くんぐらい温かいのにここまでたくさん体を動かしたのに全く体温の上がらない渚くんが初めて会った禅くんより怖い。

渚「ばぁばは何してる?」

禅「パン、つくってるよー。」

渚「そっか。もう暗いから中入ろう。」

禅「うん!」

そう言って渚くんは禅くんと私を連れて廃寺の奥にあるプレハブ小屋の扉を開けた。

そのプレハブ小屋は大体教室半分くらいの広さでその半分に小上がりの座敷があり、それに沿うように作られている台所に小さな背中の真っ白な割烹着を着てる人がいそいそと作業していた。

渚「ばぁちゃん、ただいまー。」

「あれ、渚?」

と、ランタンふたつの下で作業していた小さなおばあちゃんがこちらを見て大きな目を見開いて驚く。

けれど、すぐにまつ毛が長い目はあの写真より小さくなってシワが増える。

苺「…こ、こんばんは。あの…茉耶おばあちゃんですか?」

私は物忘れが多いと言われているおばあちゃんに先に名前を聞くと、おばあちゃんは優しく頷いて口元を隠していた布を外してあのホクロを見せてくれた。

茉耶「柚里ゆりちゃんも来たのねぇ。」

渚「…お母さんじゃないよ。僕の友達。」

茉耶「あららぁ、よく似てるねぇ。」

そう言って茉耶ばぁは粉よけの布を付け直して作業台にパンの生地を叩きつけ始めた。

その手は意思がしっかりあるように感じるけど、初顔合わせで中学生の私を渚くんのお母さんと勘違いしてしまうなら“認知症”なんだろう。

もしかしたら津田くんのこともぼやけた記憶しか残ってないのかな。

渚「お米は炊いてある?」

と、渚くんは私と禅くんを近くにある小上がりの座敷に腰掛けさせると茉耶ばぁの隣に行って夜ご飯の支度を手伝い始めた。

その背中を見ていると私が汗でべたついているのに対して汗一滴付いていない背中がやっぱり気になる。

しかも茉耶ばぁがバンバン物音を立てているのに対して野菜炒めを作り始めた渚くんの包丁からは物音ひとつしない。

禅「ねぇねぇ。」

と、渚くんより二重の彫りが深い禅くんがトントンと私の腕を軽く叩いて喋りかけてきた。

苺「うん?」

禅「苺ちゃんもポイなのぉー?」

苺「…ポイ?」

渚「ゆーず、お箸用意してー。」

禅「はぁいっ。」

ぴょんと座敷を降りた禅くんは渚くんたちの手伝いに行き、4人分のお皿とお箸を並べ始めた。

私も何か手伝おうとしたけれど、自分が思っていたより疲れている体は渚くんがいなければ動かないことに気づいた。

同じ距離、同じ山を登ってきた渚くんはなんで動けてるんだろうとボーッと見ていると段々とまぶたが落ちてきて私はそのまま睡魔に任せて寝てしまった。




待永 晄愛/なぎさくん。
しおりを挟む

処理中です...