身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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始まりは王女の名で

春雷と告白③

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 短い謝罪の言葉がレナザードの最後の理性だったのだろう。

 重ねられた唇からこじ開けるように入ってきたレナザードの舌は暖かく、私は今まで経験したことのない感覚に身をすくませてしまった。

 が、彼の熱い唇も、私を抱く腕も決して放してはくれない。

 硬直する私を無視して、レナザードはさらに深い口づけを繰り返しながら、首筋を優しく撫でる。そしてその手は何の躊躇もなく私の首筋から、鎖骨へと下に下にと移動していく。

 レナザードの蜜を濃縮したような、甘い甘い吐息を受けながら、私はこの先のことをふと考える。彼はこのまま私が拒まず身を任せれば、確実に抱いてしまうのだろう。私をティリア王女と信じきったままで。

 それでも良い、このままの勢いに身を任せたくなる。ティリア王女としてレナザードに抱かれて、ずっとずっと偽りの王女として生きていけば、この手が、この腕がずっと自分のものになる。

 アスラリア国はもう滅んでしまったのだ。そしてティリア王女はモーリスと共に遠くに落ち延びたはず。モーリスだって、きっと私が自害したと思い込んでいるだろう。躯など灰になったと探すこともしないだろう。

 だから、私が自分から真実を話さなければ、レナザードは一生、私だけを見てくれる。

 自分の欲望のままにそれだけを求めることは、こんなにも楽なものか。自身の奥底に芽生えた欲望に驚き私は、はっと目を開けてしまった。と同時に、その願いは絶望に近い闇色に染まった。

 夢は、完全に醒めてしまった。

 私の瞳に映ったのは、はだけたレナザードの衣から肩から胸にかけてきつく巻かれている包帯。

 それは間違いなく、あの時、アスラリア国の城が落ちる瞬間に業火の中から私を助けてくれたときに負った傷。いいえ、違う、この傷はティリア王女を救ったが故のものなのだ。

 勘違いするなと、頬を叩かれたような気がした。この傷は、ティリア王女のために負ったものだった。

 そして、私は言葉にしなくても理解した。彼の心の中には王女しかいないということを。自分が、ティリア王女ではないという当たり前の事実を。

 そう気付いた瞬間、私は言葉にならない感情で、レナザードを力いっぱい突き飛ばしてしまった。

 よろめいたレナザードの腕が燭台にあたり、派手な音を立てて倒れる。その音で彼は、はっと我に返った。次いで、戸惑いの色が滲み、私の顔を見た途端に、後悔の色が瞳に広がる。

「……ごめんなさい」

 沈黙に耐え切れず、最初に口を開いたのは私だった。
 レナザードの目を見ずに私はそれだけ言うと、俯いて震える手で乱れた夜着の胸元をかき合わせた。その仕草は、彼を拒絶するには十分なものだった。

「すまなかった」

 レナザードは、倒れた蜀台を元に戻すと、私から少し離れた場所に移動する。これ以上、大切な人を怖がらせないように、嫌われないようにとするように。

「もう、二度とティリアの嫌がるようなことはしない、絶対に。だから───」
「違うんですっ!」

 たまらず私は、レナザードの言葉を遮る。その言葉に、彼の形の良い眉が僅かに歪んだ。

「私は……ティリア王女ではありません」

 予想もしなかった私の言葉に、レナザードは一瞬、視線を宙に彷徨わせ、緩慢な動作でこちらを見た。けれど、彼の瞳には、何も映してはいなかった。

 改めて気付く。私は何を勘違いしていたのだろう。
 自分を抱きしめる力強い腕も、甘くかすれるその声も、全てティリア王女のためにあるものだったということを。
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