身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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始まりは王女の名で

春雷と告白②

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 一生目覚めることができないと思っていた悪夢だったけれど、レナザードのその言葉で一瞬に現に引き戻された。

「ティリア、目を覚ましてくれ。俺は……ここにいる」

 この世の悪しきもの全てを振り払うような優しい声に誘われるように、私の意識は、ゆっくりと夢から現へと戻っていった。

「…………レナザード……さま?」
「ティリア、起きたか」

 ゆっくりと目を開ければ、そこには心配そうな顔で私を覗き込んでいるレナザードがいる。

 嵐は通り過ぎたのだろう。しんとした部屋に私達の声だけが響いている。燭台に灯りは付いていないが、カーテンは開いたままになっていて、月明りでもレナザードの顔が良く見えた。

 まるで、レナザード自身が悪夢にうなされていたかのような悲壮な表情で、私を見下ろしている。私が目を覚ましたのを確認したレナザードは、静かにベッドに腰かけると、そっと私を持ち上げて自分の膝に座らせ、抱え込むように背に手をまわした。

「うなされていたが……怖い夢でも見ていたのか?」

 レナザードは幼い子供をあやすように、私の背をぽんぽんと優しく叩く。そして愛おしい目で大丈夫だと言いながら、涙を拭ってくれる。

 壊れ物を扱うような優しい手と、逞しいレナザードの腕の中が心地よくて、そのままレナザードの胸に額をあてた。

「………どうしてここにいるのですか?」

 やっと落ち着いた私は、レナザードの胸に顔を埋めたまま問いかける。その問いに、レナザードの手が一瞬だけ強張ったような気がした。

「嵐で、あの晩のことを……思い出していたのであろう?」

 言葉に出さなくても、気付いてくれたレナザードの優しさに嬉しくて、でも少しだけ切なくて……再び涙が溢れてくる。そして思わず本音がこぼれてしまった。

「怖い夢を見ていたんです」
「……夢?」
「あなたが遠くに行ってしまう夢です」

 レナザードの胸に額を付けてそういえば、私を抱く腕が強くなった。

「そんなこと、あるわけがない」

 不機嫌さを隠そうともしないレナザードの言葉に、ほっと安堵の息を吐く。

「そうですね……レナザード様はここにいてくれました。嬉しいです。傍にいてくれてありがとう」

 押さえきれない気持ちが、言葉として零れてしまう。

 今、夢の中で手を伸ばしたくて、でも、届かなかった人が目の前にいる。
 私を悪夢から引き戻してくれた人が、傍にいてくれる。

 これが夢ではないともっと確認したくて、腕をまわしレナザードを抱きしめた。抱きしめたレナザードの身体は温かくて、これは夢ではないとその温もりが教えてくれる。

「……ティリア」

 レナザードは私の髪をかきあげ、耳元に唇を寄せた。低く擦れるレナザードの声が耳朶を優しくくすぐる。

 ティリアという名に、少し切なくなる。【スラリスと呼んで】その言葉を飲み込む代わりに目を閉じて彼の背に回す腕に力を込めた。

 レナザードは一瞬だけびくりと体を震わせたけれど、すぐに息ができないほど私を強く抱きしめ、吐息のような掠れた声でこう囁いた。

「どうか許してくれ」

 刹那、レナザードは私の顎に手をかけ、そのまま仰向かせると強引に唇を重ねた。 
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