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季節外れのリュシオル
メイドの苦手なお仕事
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ティリア王女と偽って、レザナードを欺いていた自分は狭い牢に押し込められても文句は言えなかった。けれど私はユズリに手ほどきを受けながら、屋敷の掃除や食事の用意をすること……つまり、メイドとして平穏に暮らしている。
ちなみに部屋はあのまま使っても構わないとケイノフに言われたけれど、さすがにそれは断った。もともと私はわずかな金と引き換えに、王女のの身代わりとして親に売られた農民の娘だったのだ。
豪華なものより、丈夫で長持ち。高価なものより、コスパ重視の私には、あの部屋は、ただの居心地の悪い部屋でしかない。あの部屋にある調度品は全て最高級品で、思わず【これおいくら?】と聞きなくなる品々ばかり。まかり間違っても壊してはいけないと、無駄な緊張感でガチガチになり、くつろぐことなどできるわけがない。
屋根裏のメイド部屋を自分仕様に模様替えをして、箒とぞうきんを片手に掃除に洗濯にと勤しんでいるこの生活のほうが自分の性にあっているのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして今日も今日とて早起きをして、ユズリの調理を横目に、私は夕飯の下ごしらえの為に泥のついた野菜を洗っていた。けれど、不意にユズリが調理をする手を止めてこちらを振り返った。
「あ、そうだった。スラリス、遅くなったけど新しい制服ができたから、今日からこれを着てね」
そう言って手渡されたのは白い布に覆われた包みだった。布を持ち上げてみると、紺色の制服。おおっと目を輝かす私に、ユズリはくすっと笑って天井を指さした。
「朝食の準備はほとんど終わっているから、着替えてきていいわよ」
「はい!」
新しい制服を抱えて、飛び出した私だったけれど、早朝なので足音に気を付けながら、屋根裏部屋の自室に戻って着替えようとした。
けれど中身を見た途端、信じられないと目を瞠り、続いて新しい制服に着替えた途端、驚きと嬉しさを隠すことができなかった。
「ユズリさん、これ本当に着て良いんですか!?」
キッチンに飛び込んだ瞬間そう叫んだ私に、ユズリはかぼちゃを手にしたまま、にっこりとほほ笑んでくれた。
「もちろんよ。良く似合ってるわ」
「本当ですか!?」
飛び上がらんばかりに喜んだ私に、ユズリは不思議そうに首を傾げた。
ユズリが不思議そうにするのは仕方がない。でも私にとったら、棚から牡丹餅?瓢箪から駒?とにかく何でもいいけど、なんと新しい制服にはリボンとフリルが付いていたのだ。
そして、頭はキャップではなくフリルのヘッドドレス。この服装は正に憧れの部屋付きメイドの制服なのだ。
まさかここで憧れの制服に袖を通すことができるなんて夢にも思っていなかった。たかが制服、されど制服。メイドの私にはたまらなく嬉しいもの。
しばらくぴょんぴょん撥ねる私を見守ってくれたユズリだったけれど────。
「じゃ、気分も新たにコレを運んでくれますか?」
これと指を差された品を見た瞬間、私はピタリと足を止めてしまった。
丁寧に盛り付けられたお皿は、いつでも部屋に運べるようにワゴンに乗せられている。でも、朝食は一人分。
「一応、確認なんですが……これはレナザードさまの朝食ですか?」
「ええ、そうよ」
恐る恐る問うた私だったけれど、ユズリは【それがどうしたの?】と言わんばかりにあっさりと頷いてしまった。
しつこいけれど私は、王女の身代わりになって死に損なったあげく、命の恩人かつ惚れた相手を思いっきり傷つけて、そのままの流れでここで働いている、いわば押し掛けメイド状態なのだ。
もちろん押しかけてしまったけれど、私とユズリだけで屋敷を切り盛りしているので、メイドとしてのスキルは素晴らしく向上した。それなりに使えるメイドになっているはず。
でも、苦手なものを全て克服できたわけではない。そう、唯一ユズリに手解きを受けても、どうしても出来ないことが一つだけある。
「申し訳ありません……あの……」
あれだけ高かったテンションは、一瞬で灰になって風も吹いてないのに、ふぁさーとどこかに消え失せてしまった。
そして私は、俯きもじもじと指を組み合わせながら、縋るようにユズリを見上げることしかできない。
私が未だにできないのは、一つだけ。レナザードの部屋に立ち入る事。
間違いなく、レナザードはこう思っているだろう。【お前、どの面下げてメイドなんかやっているんだ】と。彼のことを思うのなら、うっかり出会わないように大人しく監禁生活をした方が良いのかもしれない。……まぁ、そんな退屈な生活はお断りだけれど。
そいうわけで、あの刺すような視線をもう一度受け止める度胸のない私は、どうしてもレナザードの部屋に行こうとすると足がすくんで動けなくなってしまうのだ。
という私の心情は、一緒に働いているユズリには手に取るようにわかるようで……。
「しょうがないわね」
ユズリは溜息を付きながらワゴンを押すと、キッチンを滑るように出て行ってしまった。今日もまた、ユズリに代打を頼む羽目になってしまったのだ。
音もなく閉じられた扉を見つめていると、申し訳なさと不甲斐なさで、しゅんと肩を落としてしまう。
憧れの部屋付きメイドの制服に着替えても、レナザードへの想いを断ち切れていない今、こればっかりは気合でどうこうできる問題ではないのだ。
ちなみに部屋はあのまま使っても構わないとケイノフに言われたけれど、さすがにそれは断った。もともと私はわずかな金と引き換えに、王女のの身代わりとして親に売られた農民の娘だったのだ。
豪華なものより、丈夫で長持ち。高価なものより、コスパ重視の私には、あの部屋は、ただの居心地の悪い部屋でしかない。あの部屋にある調度品は全て最高級品で、思わず【これおいくら?】と聞きなくなる品々ばかり。まかり間違っても壊してはいけないと、無駄な緊張感でガチガチになり、くつろぐことなどできるわけがない。
屋根裏のメイド部屋を自分仕様に模様替えをして、箒とぞうきんを片手に掃除に洗濯にと勤しんでいるこの生活のほうが自分の性にあっているのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして今日も今日とて早起きをして、ユズリの調理を横目に、私は夕飯の下ごしらえの為に泥のついた野菜を洗っていた。けれど、不意にユズリが調理をする手を止めてこちらを振り返った。
「あ、そうだった。スラリス、遅くなったけど新しい制服ができたから、今日からこれを着てね」
そう言って手渡されたのは白い布に覆われた包みだった。布を持ち上げてみると、紺色の制服。おおっと目を輝かす私に、ユズリはくすっと笑って天井を指さした。
「朝食の準備はほとんど終わっているから、着替えてきていいわよ」
「はい!」
新しい制服を抱えて、飛び出した私だったけれど、早朝なので足音に気を付けながら、屋根裏部屋の自室に戻って着替えようとした。
けれど中身を見た途端、信じられないと目を瞠り、続いて新しい制服に着替えた途端、驚きと嬉しさを隠すことができなかった。
「ユズリさん、これ本当に着て良いんですか!?」
キッチンに飛び込んだ瞬間そう叫んだ私に、ユズリはかぼちゃを手にしたまま、にっこりとほほ笑んでくれた。
「もちろんよ。良く似合ってるわ」
「本当ですか!?」
飛び上がらんばかりに喜んだ私に、ユズリは不思議そうに首を傾げた。
ユズリが不思議そうにするのは仕方がない。でも私にとったら、棚から牡丹餅?瓢箪から駒?とにかく何でもいいけど、なんと新しい制服にはリボンとフリルが付いていたのだ。
そして、頭はキャップではなくフリルのヘッドドレス。この服装は正に憧れの部屋付きメイドの制服なのだ。
まさかここで憧れの制服に袖を通すことができるなんて夢にも思っていなかった。たかが制服、されど制服。メイドの私にはたまらなく嬉しいもの。
しばらくぴょんぴょん撥ねる私を見守ってくれたユズリだったけれど────。
「じゃ、気分も新たにコレを運んでくれますか?」
これと指を差された品を見た瞬間、私はピタリと足を止めてしまった。
丁寧に盛り付けられたお皿は、いつでも部屋に運べるようにワゴンに乗せられている。でも、朝食は一人分。
「一応、確認なんですが……これはレナザードさまの朝食ですか?」
「ええ、そうよ」
恐る恐る問うた私だったけれど、ユズリは【それがどうしたの?】と言わんばかりにあっさりと頷いてしまった。
しつこいけれど私は、王女の身代わりになって死に損なったあげく、命の恩人かつ惚れた相手を思いっきり傷つけて、そのままの流れでここで働いている、いわば押し掛けメイド状態なのだ。
もちろん押しかけてしまったけれど、私とユズリだけで屋敷を切り盛りしているので、メイドとしてのスキルは素晴らしく向上した。それなりに使えるメイドになっているはず。
でも、苦手なものを全て克服できたわけではない。そう、唯一ユズリに手解きを受けても、どうしても出来ないことが一つだけある。
「申し訳ありません……あの……」
あれだけ高かったテンションは、一瞬で灰になって風も吹いてないのに、ふぁさーとどこかに消え失せてしまった。
そして私は、俯きもじもじと指を組み合わせながら、縋るようにユズリを見上げることしかできない。
私が未だにできないのは、一つだけ。レナザードの部屋に立ち入る事。
間違いなく、レナザードはこう思っているだろう。【お前、どの面下げてメイドなんかやっているんだ】と。彼のことを思うのなら、うっかり出会わないように大人しく監禁生活をした方が良いのかもしれない。……まぁ、そんな退屈な生活はお断りだけれど。
そいうわけで、あの刺すような視線をもう一度受け止める度胸のない私は、どうしてもレナザードの部屋に行こうとすると足がすくんで動けなくなってしまうのだ。
という私の心情は、一緒に働いているユズリには手に取るようにわかるようで……。
「しょうがないわね」
ユズリは溜息を付きながらワゴンを押すと、キッチンを滑るように出て行ってしまった。今日もまた、ユズリに代打を頼む羽目になってしまったのだ。
音もなく閉じられた扉を見つめていると、申し訳なさと不甲斐なさで、しゅんと肩を落としてしまう。
憧れの部屋付きメイドの制服に着替えても、レナザードへの想いを断ち切れていない今、こればっかりは気合でどうこうできる問題ではないのだ。
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