22 / 89
季節外れのリュシオル
★彼には彼の事情がある(レナザード目線)
しおりを挟む
この屋敷に住まう者は、人の姿をしているが異形の者である。ただし、人と同様に食事もとれば睡眠も必要だ。
ということで、レナザードは自室のソファに足を投げ出し微睡んでいた。が、誰かが、力任せに扉が開いたと思った瞬間───。
「いい加減、子供じみたことはお止めください!!」
というユズリの怒鳴り声が飛び込んできた。
緩慢に目を開ければ、鬼の形相でユズリが朝食を片手にレナザードを睨みつけていた。
「おはようございます!お食事です!!」
そうユズリが声を発した途端、目の前のテーブルにどんっと乱暴にスープ皿が置かれた。置いた拍子に、たぷんっと皿の中身が大きく揺れる。が、揺れは縁のギリギリで収まり、零れることはなかった。
これはもはや特技レベルだとレナザードは心の中で口笛を吹きたいところだが、この屋敷の主としてはこの行いは見過ごせない。ということで、鋭くユズリを睨んだ。
「ったく、乱暴な奴だな」
「大人気ないあなたに言われたくありませんわっ」
スラリスが恐れるレナザードの冷たい視線も、ユズリにとったら痒い程度のもの。
「新人メイドがあなたを見るたびに怖がって見ていられませんわ。あの娘は、何も悪いことしていないではありませんか。こちらが早とちりをしてしまっただけのことでしょ?そして、あなたはあの娘を殺さなかった。それが答えでしょっ!?」
ユズリは、余程レナザードに対して鬱憤がたまっていたのか、一気に捲くし立てると肩で大きく息をついた。
「言いがかりはやめろ。あいつか勝手に怖がっているだけだ」
吐き捨てるように呟くレナザードに、ユズリはさらに眉間に皺を刻む。顔には《この朴念仁》と書かれている。
「なら、俺は地顔が怖いんだ、とでも言ってあげて下さいませ」
レナザードの瞳に険が含まれる。それでも、ユズリは黙ることはない。
「それすらできないなら、もういっそ、手放してあげてください」
「あいつを手放す?」
思わず問うたレナザードにユズリは意味ありげな笑みを浮かべた。
「あら?考えたこともなかった、という顔をしておりますね?」
「……………………」
ユズリの言う通りだった。ただそれを認めたくないし、そもそも手放すつもりのないレナザードは、つまらないことを言うなと訴えるようにユズリをぎろりと睨んだ。
これまたユズリにとっては痒い程度のもの。ふっと鼻で笑ったユズリは、腰に手を当て口を開いた。その口調は、聞き分けの無い子供を窘めるようなもの。
「別に野に放てと言っているわけではないです。監視下に置きたいのなら、別にここでなくても、あの娘をメイドではなく普通の令嬢として別の屋敷に住まわせればいいだけでしょ?」
「……………………」
監視下に置いたままでいたいのは、ユズリの言う通りだ。しかしすぐに自分の手が届かない所へ置くのは頷けない。その理由を考えた瞬間、もやもやと胸に不快ものが込み上げてくる。
「………今後については、そのうち考える。もう、行け」
とりあえずケイノフとダーナとの賭けもあることを思い出し、その場しのぎの台詞を吐いてこの場をやり過ごすことにした。
「ああ、そうですか。なら態度を改めてくださいっ」
それだけ言い捨てると、ユズリはさっさとレナザードの部屋を後にした。
残されたレナザードは、テーブルに並べられた朝食を見つめる。これもあの少女が作ったものなのだろうか。そんなことを考えながら、レナザードはふむと腕を組んだ。
自分を偽った者の手で作られたものだとしても、不快感は一切ない。そう、許す許さないの問題なら、もうとっくにレナザードは許している。
あの晩は、激情に駆られただけ。ユズリの言う通り自分が早とちりをしていたし、偽りの王女だということを見抜けなかった自分にも非がある。
ならばさっさと、ケイノフやダーナと同様、彼女を受け入れる態度を取るべきなのだが、それは少々難しい。なぜなら───。
「……自分から会いにいけるわけがないだろう」
そう呟いてレナザードは、無意識に自分の唇に指を這わせた。今でも、生々しく感触を思い出せる。偽りの王女の唇の柔らかさを。抱きしめた時の、甘い香りや、柔らかい髪の感触まで。そう簡単に忘れられるわけがない。
勘違いしていただけなら、まだ良かった。中途半端に偽りの王女に触れてしまったというのに────、
「全く……どんな顔をして会えばいいんだ……」
彼女を避けているのは、別の意味で気まずいだけのこと。
そんなことを一人悩みながら、渋面を作るレナザードは年相応の青年の姿であった。
ということで、レナザードは自室のソファに足を投げ出し微睡んでいた。が、誰かが、力任せに扉が開いたと思った瞬間───。
「いい加減、子供じみたことはお止めください!!」
というユズリの怒鳴り声が飛び込んできた。
緩慢に目を開ければ、鬼の形相でユズリが朝食を片手にレナザードを睨みつけていた。
「おはようございます!お食事です!!」
そうユズリが声を発した途端、目の前のテーブルにどんっと乱暴にスープ皿が置かれた。置いた拍子に、たぷんっと皿の中身が大きく揺れる。が、揺れは縁のギリギリで収まり、零れることはなかった。
これはもはや特技レベルだとレナザードは心の中で口笛を吹きたいところだが、この屋敷の主としてはこの行いは見過ごせない。ということで、鋭くユズリを睨んだ。
「ったく、乱暴な奴だな」
「大人気ないあなたに言われたくありませんわっ」
スラリスが恐れるレナザードの冷たい視線も、ユズリにとったら痒い程度のもの。
「新人メイドがあなたを見るたびに怖がって見ていられませんわ。あの娘は、何も悪いことしていないではありませんか。こちらが早とちりをしてしまっただけのことでしょ?そして、あなたはあの娘を殺さなかった。それが答えでしょっ!?」
ユズリは、余程レナザードに対して鬱憤がたまっていたのか、一気に捲くし立てると肩で大きく息をついた。
「言いがかりはやめろ。あいつか勝手に怖がっているだけだ」
吐き捨てるように呟くレナザードに、ユズリはさらに眉間に皺を刻む。顔には《この朴念仁》と書かれている。
「なら、俺は地顔が怖いんだ、とでも言ってあげて下さいませ」
レナザードの瞳に険が含まれる。それでも、ユズリは黙ることはない。
「それすらできないなら、もういっそ、手放してあげてください」
「あいつを手放す?」
思わず問うたレナザードにユズリは意味ありげな笑みを浮かべた。
「あら?考えたこともなかった、という顔をしておりますね?」
「……………………」
ユズリの言う通りだった。ただそれを認めたくないし、そもそも手放すつもりのないレナザードは、つまらないことを言うなと訴えるようにユズリをぎろりと睨んだ。
これまたユズリにとっては痒い程度のもの。ふっと鼻で笑ったユズリは、腰に手を当て口を開いた。その口調は、聞き分けの無い子供を窘めるようなもの。
「別に野に放てと言っているわけではないです。監視下に置きたいのなら、別にここでなくても、あの娘をメイドではなく普通の令嬢として別の屋敷に住まわせればいいだけでしょ?」
「……………………」
監視下に置いたままでいたいのは、ユズリの言う通りだ。しかしすぐに自分の手が届かない所へ置くのは頷けない。その理由を考えた瞬間、もやもやと胸に不快ものが込み上げてくる。
「………今後については、そのうち考える。もう、行け」
とりあえずケイノフとダーナとの賭けもあることを思い出し、その場しのぎの台詞を吐いてこの場をやり過ごすことにした。
「ああ、そうですか。なら態度を改めてくださいっ」
それだけ言い捨てると、ユズリはさっさとレナザードの部屋を後にした。
残されたレナザードは、テーブルに並べられた朝食を見つめる。これもあの少女が作ったものなのだろうか。そんなことを考えながら、レナザードはふむと腕を組んだ。
自分を偽った者の手で作られたものだとしても、不快感は一切ない。そう、許す許さないの問題なら、もうとっくにレナザードは許している。
あの晩は、激情に駆られただけ。ユズリの言う通り自分が早とちりをしていたし、偽りの王女だということを見抜けなかった自分にも非がある。
ならばさっさと、ケイノフやダーナと同様、彼女を受け入れる態度を取るべきなのだが、それは少々難しい。なぜなら───。
「……自分から会いにいけるわけがないだろう」
そう呟いてレナザードは、無意識に自分の唇に指を這わせた。今でも、生々しく感触を思い出せる。偽りの王女の唇の柔らかさを。抱きしめた時の、甘い香りや、柔らかい髪の感触まで。そう簡単に忘れられるわけがない。
勘違いしていただけなら、まだ良かった。中途半端に偽りの王女に触れてしまったというのに────、
「全く……どんな顔をして会えばいいんだ……」
彼女を避けているのは、別の意味で気まずいだけのこと。
そんなことを一人悩みながら、渋面を作るレナザードは年相応の青年の姿であった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる