身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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季節外れのリュシオル

スミレから始まる強制尋問①

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 小さな変化はあるものの、私の生活はおだやかに過ぎていく。

 変化の一つとして、最近では偏食気味のリオンを叱りつけたり、一緒に遊んだり……と要するに《お守り》の時間が増えたのだ。その結果、ユズリから感謝の言葉を貰えたし、より一層、このお屋敷に馴染むことができた。ついでに私もリオンの笑顔に癒されて万々歳だ。

 それからもう一つ。時折、ダーナとケイノフが私の元へ訪れるようになった。そしてお土産と言っては、リボンやお菓子を渡してくれる。

 ただ、二人とも去る時に必ず私の髪や頬に触れていくのだ。私はそれを《いつの間にか居着いてしまった猫を可愛がっているだけ》と解釈しているが、ユズリからしたら、とてつもなく残念な解釈らしい……どの辺りが残念だったのかを、近いうちに聞いてみたいものだ。

 余談だけど、私もアスラリア国のお城にいた時、こっそり野良猫にミルクを与えたことがある。ただ私だけが餌付けをしていたと思っていたけれど、他の皆もお菓子やミルクを与えていたのだ。なので、野良猫はあっという間に丸々とした貫禄ある猫に変貌したのは今となっては良い思い出だ。
 
 そんなこんなで、毎日が目まぐるしく過ぎて行き、床に入れば泥のように眠りつく。時々、アスラリア国の滅んだ夜を思い出して悪夢にうなされることはあるけれど、その数はぐっと減っていった。

 唯一変化が無いのは、断ち切れないレナザードへの想いと、未だに彼の元へ行けないヘタレな私がいるだけ。
 


 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お、今日も頑張ってるねぇ」
「おはようございます。ダーナさま」

 野太い声が背後から聞こえ、水撒きをしていた手を止めた。振り返った先にはダーナがいて、海老茶色の上着を肩に羽織っただけの格好で片手を上げている。

 ダーナはそのまま私のすぐそばまで来ると、私の背後にある鮮やかに咲いた花々を見て目を細めた。

「こりゃ凄いな。百花繚乱ってか?スラリスの手を荒らしてまで世話した甲斐があったな」

 庭一面に広がるのはアザレアにクレマチス、フリージアにマーガレットと春を代表する花々が競い合うように咲き誇っている。

「はい、ここ数日暖かい日が続いたので、一気に開花しました」

 ちょっとドヤ顔を決めて見せた私に、ダーナはぶはっと噴出した。………思わず顔が引きつってしまう。

 そりゃあ私だってメイドとして枠をはみ出した顔をしたけれど、人の顔を見た途端に噴出すダーナもどうかと思う。
 
 でも立場上そんなことを口に出せない私は、ああ仕事が忙しいと無駄に大きな独り言を吐いて、ダーナから距離を取ろうとした。けれど、それよりも先にくしゃくしゃとダーナの大きな手が私の頭を撫でる。

 豪快に撫で回されているのに、ヘッドドレスは全くずれない。この技どこで覚えたのだろう。

 大きな手で撫でられれば、私の頭はぐるんぐるん揺れる。自分の意志とは無関係に視界が右左に勝手に動くさまを見つめながら、私はさてどうしようかと悩んでしまう。

 アスラリア国でメイドをしていた時は表向きの人達、つまり王族や領主、官職達と接する機会はほとんどなかった。ごく稀に表の人達の前に出ることがあっても彼らは私達を居ないものだと扱っていた。

 だから、やたらと肌を触れ合わせようとするダーナに対して、どう接して良いのか未だにわからない。

 残念なことに、ユズリは仕事に関しては適切な指示をしてくれるが、こういった件に関してはノータッチなのである。唯一貰えたアドバイスは【嫌ならはっきり言ったほうがいいし、言えないなら殴れば良い】だった。

 ………助言はありがたかったけれど、メイドの立場で拳を振り上げる勇気は持ち合わせていないし、露骨に嫌だと言うほどは不快ではない。

 そんなことを考えていても視界は左右に揺れ続けている。そろそろ、平衡感覚がおかしくなりそうだ。これは、手を止めてもらうべく自分から何か話題を振ったほうが良いのだろうか。とつらつらと考えていたら、白衣が視界をかすめたと同時にケイノフの呆れた声が飛んできた。

「朝からスラリスを困らせて何が面白いんですか」
「おはようございます。ケイノフさま」

 やっと止まってくれた視界の揺れにほっとしつつ、私は突然現れたケイノフに向かってペコリと頭をさげた。

「おはよう、スラリス。これ、お土産です。どうぞ」

 そう言って朝の挨拶と共に、ケイノフは小さな野花を私に差し出した。

「これ、私にですか?」
「はい、今朝早く所用で外出しましたので、スラリスに似合うと思いまして、摘んできました。良かったら庭に植えてください」

 手渡された花は、春の丘山に咲くスミレの花。このまま庭に植えることができるように、スミレにはまだ根が残されている。花壇の新入り飛び入り大歓迎の私は、ぱっと笑顔になる。

「ありがとうございます!……あ、」

 勢い良くお礼の言葉を言った後、一文字だけを呟いて固まった私に二人は不思議そうに首を傾げた。

「どうされました?」
「あー……実は、スミレを育てたこと無かったんです。………こんなことなら、カイルに聞いておけば良かった」

 アスラリア国で仲の良かった庭師の男の子の名前を出した途端、和やかだった空気が一変して尖った声が飛んできた。

「誰だそいつ?」
「誰ですか?」

 同時に声を発したケイノフとダーナに、庭師ですと説明しようとしたが、私の口から飛び出したのは、庭師という単語ではなく、ぎゃぁという悲鳴だった。

 なぜか二人の眼が据わっていた。

 過去にティリア王女を演じていた頃、レナザードに抱えられて二階から飛び降りたことがあった。あの時は、きゃっという可愛らしい悲鳴を上げることができた。

 もちろんあの時は、うふふおほほと上品かつ優雅な女性を演じていたわけだけれど、素の私だって多少は女の子らしさがある。そんな私がぎゃぁと叫んだということは、それぐらい恐ろしかったということを理解して欲しい。

 それにしてもなぜ、そんな表情をみせるのだろう。

 私が彼らを偽っていたと知った時ですら、怒りの表情をみせず穏やかに接してくれていたというのに。ただ私が何かしでかしてしまったことは間違いない。
 
「何か気に障ることを言ってしまったのなら謝ります。申し訳ありませんでした」

 謝罪の為に、直角に腰を折ろうとした瞬間、いやいやなんでもないと二人に止められてしまった。恐る恐る顔を上げれば、二人はいつもの柔和な笑みを浮かべている。

 秒で変化した二人の表情にあれは錯覚だったのかもと一瞬考えるが、未だに残像としてちらついているので、見間違いなどありえない。やはり、先程の発言で失態を犯してしまったのだろう。

 その考えは間違っていなかった。その証拠に────

「……少々伺いたいことがあります」

 そう言って私に一歩近づいたケイノフは、口元は笑みを浮かべていたが、眼は笑っていなかった。

 ユズリは【嫌なことははっきり嫌と言って良い】と助言をくれたけれど、まかり間違っても今、嫌という言葉を使ってもこの場から逃げ切れるとは思えない。

 とりあえず、少し萎れてしまったスミレの花に水を与えてあげたい。でもそれは、ただの時間稼ぎにしかならないだろう。
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