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十六夜に願うのは
★不器用さともどかしさ(レナザード視点)
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やっと来たか。
雨宿りを口実にスラリスを引き留めてから、はや数日。なかなか自分の前に姿を表さなかった彼女へ真っ先に思い浮かべた言葉だった。
雨の中、東屋で同じ時間を過ごすことができて、わだかまりは解けたと思った。これでやっと、お互い心に引っかかりを持つことなく接することができると思ったのに、一向に彼女は姿を表さなかった。
だからといって、特に用事もないのに忙しい彼女を呼びつけるわけにもいかない。それに同じ屋根の下にいるのだから、そう焦らなくとも否が応でも彼女と顔を合わす機会は来る。と、自分に言い聞かせても、もどかしい気持ちを抑えることができなかった。
………そして挙句の果には、稼業中につまらぬ失態をおかしてしまった。あろうことか側近の目の前で。今までこんな事などなかったのに。どうかしている自分に呆れてしまう。
そんな矢先、スラリスはやっとこの部屋に来た。
つい先日、ダーナから彼女が体調を崩しているかもと聞いていた。顔色を見れば、確かに青白い。食事を取ったかと聞けば、さらりと食べていないと答えやがった。
有無を言わさずこの部屋で朝食を取らせれば、食事より本に興味を持つ始末。
ならばとスラリスに、ここで好きなだけ本を読めと言った途端、彼女はぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた。そしてすぐに部屋を飛び出した彼女を見て、自分は、くっくっと、口元に指をあて笑いを漏らした。
そして自分は、去っていくスラリスを見送るべく廊下まで足を伸ばした。今にも転びそうな勢いで駆け出していったスラリスに危ないと声を掛けたと同時に、目を細めた。
今日はうららかな一日になりそうだ────そう思っていたのに………すぐ消えてしまいたい、そう心の中で何度もその言葉を繰り返すはめになろうとは、思いもよらなかった。
何が悲しくて、スラリスに、春本の心配をされないといけないのであろうか。
どう見ても純粋無垢なスラリスに誰がそんなことを教えたのだろうか。そいつを、絶対に見つけ出す。ただでは済まさない。
そんな歯ぎしりせんばかりの感情を持て余しながら、スラリスと共に読書の時間を過ごしている。
けれど先ほどの騒ぎから一変して、かさり、かさりと本を動かす音だけが、レナザードの部屋に響いている。これは本のページをめくる音ではない。
……勘弁してくれ
最初はその音を無視していた自分だが、とうとう耐え切れなくなり、つかつかとスラリスの元へ足を向けた。そして、呆れた表情でスラリスに問うた。
「お前、片付けているのか?それとも読んでいるのか?」
スラリスは作業の手を止めて顔を上げる。一瞬の間の後、彼女は素直に質問に答えた。
「?……読みながら、片付けています」
ながら?ふざけるな、どう見ても片付けしかしてないだろっ。そう喉まで迫り上がってきた言葉を何とか呑み込んだ。
これは自分の撒いた種。スラリスを叱責するのはお門違いだし、声を荒らげた瞬間、スラリスは萎縮して部屋から逃げ出してしまうだろう。
そして片付けを始めてしまうスラリスの気持ちもわからなくはない。それ程までに、この部屋が雑多すぎているのは自覚している。ついでに言うと本の量が多く、置き場所に一貫性がないのも。これは自分が片っ端から本を読んで、不要なものはこうやって部屋の端に積んだ結果だ。
「ったく、ケイノフが見たら、怒鳴られそうだな」
こんなことなら、ケイノフの小言を聞いて掃除をして置けばよかったとスラリスに気付かれないように、小声で呟く。
「何かおっしゃいました?」
「……いや別に」
不満な表情を隠すことなく、スラリスの傍らに腰を下ろす。そして、溜息を一つ。
「お前の喜ぶことを探すのは難しいな」
苦笑を漏らして、転がっている本を一冊取り上げる。スラリスが何を考えているのかは、わかりやすいが、スラリスの喜ぶことはわかりにくい。
日頃から文句一つ言わずに屋敷を快適に整えてくれている感謝の気持ちと、たまには休息を取って欲しいという思いで、思う存分本を読ませてやろうと思った。なのに結局、彼女は普段通り家事を始めてしまったのだ。
適当に取り上げた本をぱらぱらとめくりながら、自分自身に苛立ってしまう。まったく、なんでこんなに思うようにいかないのだろう。
そして、ケイノフとダーナが今の二人を見たら、間違いなく目の端に涙を溜めて笑い転げるか、あーあと額に手をあて空を仰ぐかのどちらかであろう。
それを想像した途端、深い溜息をこぼしてしまった。
雨宿りを口実にスラリスを引き留めてから、はや数日。なかなか自分の前に姿を表さなかった彼女へ真っ先に思い浮かべた言葉だった。
雨の中、東屋で同じ時間を過ごすことができて、わだかまりは解けたと思った。これでやっと、お互い心に引っかかりを持つことなく接することができると思ったのに、一向に彼女は姿を表さなかった。
だからといって、特に用事もないのに忙しい彼女を呼びつけるわけにもいかない。それに同じ屋根の下にいるのだから、そう焦らなくとも否が応でも彼女と顔を合わす機会は来る。と、自分に言い聞かせても、もどかしい気持ちを抑えることができなかった。
………そして挙句の果には、稼業中につまらぬ失態をおかしてしまった。あろうことか側近の目の前で。今までこんな事などなかったのに。どうかしている自分に呆れてしまう。
そんな矢先、スラリスはやっとこの部屋に来た。
つい先日、ダーナから彼女が体調を崩しているかもと聞いていた。顔色を見れば、確かに青白い。食事を取ったかと聞けば、さらりと食べていないと答えやがった。
有無を言わさずこの部屋で朝食を取らせれば、食事より本に興味を持つ始末。
ならばとスラリスに、ここで好きなだけ本を読めと言った途端、彼女はぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた。そしてすぐに部屋を飛び出した彼女を見て、自分は、くっくっと、口元に指をあて笑いを漏らした。
そして自分は、去っていくスラリスを見送るべく廊下まで足を伸ばした。今にも転びそうな勢いで駆け出していったスラリスに危ないと声を掛けたと同時に、目を細めた。
今日はうららかな一日になりそうだ────そう思っていたのに………すぐ消えてしまいたい、そう心の中で何度もその言葉を繰り返すはめになろうとは、思いもよらなかった。
何が悲しくて、スラリスに、春本の心配をされないといけないのであろうか。
どう見ても純粋無垢なスラリスに誰がそんなことを教えたのだろうか。そいつを、絶対に見つけ出す。ただでは済まさない。
そんな歯ぎしりせんばかりの感情を持て余しながら、スラリスと共に読書の時間を過ごしている。
けれど先ほどの騒ぎから一変して、かさり、かさりと本を動かす音だけが、レナザードの部屋に響いている。これは本のページをめくる音ではない。
……勘弁してくれ
最初はその音を無視していた自分だが、とうとう耐え切れなくなり、つかつかとスラリスの元へ足を向けた。そして、呆れた表情でスラリスに問うた。
「お前、片付けているのか?それとも読んでいるのか?」
スラリスは作業の手を止めて顔を上げる。一瞬の間の後、彼女は素直に質問に答えた。
「?……読みながら、片付けています」
ながら?ふざけるな、どう見ても片付けしかしてないだろっ。そう喉まで迫り上がってきた言葉を何とか呑み込んだ。
これは自分の撒いた種。スラリスを叱責するのはお門違いだし、声を荒らげた瞬間、スラリスは萎縮して部屋から逃げ出してしまうだろう。
そして片付けを始めてしまうスラリスの気持ちもわからなくはない。それ程までに、この部屋が雑多すぎているのは自覚している。ついでに言うと本の量が多く、置き場所に一貫性がないのも。これは自分が片っ端から本を読んで、不要なものはこうやって部屋の端に積んだ結果だ。
「ったく、ケイノフが見たら、怒鳴られそうだな」
こんなことなら、ケイノフの小言を聞いて掃除をして置けばよかったとスラリスに気付かれないように、小声で呟く。
「何かおっしゃいました?」
「……いや別に」
不満な表情を隠すことなく、スラリスの傍らに腰を下ろす。そして、溜息を一つ。
「お前の喜ぶことを探すのは難しいな」
苦笑を漏らして、転がっている本を一冊取り上げる。スラリスが何を考えているのかは、わかりやすいが、スラリスの喜ぶことはわかりにくい。
日頃から文句一つ言わずに屋敷を快適に整えてくれている感謝の気持ちと、たまには休息を取って欲しいという思いで、思う存分本を読ませてやろうと思った。なのに結局、彼女は普段通り家事を始めてしまったのだ。
適当に取り上げた本をぱらぱらとめくりながら、自分自身に苛立ってしまう。まったく、なんでこんなに思うようにいかないのだろう。
そして、ケイノフとダーナが今の二人を見たら、間違いなく目の端に涙を溜めて笑い転げるか、あーあと額に手をあて空を仰ぐかのどちらかであろう。
それを想像した途端、深い溜息をこぼしてしまった。
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