身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

文字の大きさ
48 / 89
十六夜に願うのは

★性懲りもなく2回目も!?(ケイノフ・ダーナ目線)

しおりを挟む
 突然だが、レナザードを始めこの屋敷の住人は異形の者ではある。けれども、流浪の民ではない。

 彼らには生まれ育った土地もあるし、今もなお帰る領地があり、そこで生活している人々もいる。ただこの領地は少々訳アリで、どの国にも属していない。言い換えればどの国からも政治的な干渉を受けることがない土地なのだ。

 しかしながら、この領地で生活する人々は近隣との関りを避けては生きていけない。食料に関しては、家畜や畑を耕すことで何とか補うことはできる。だが糸や布、砂糖やお茶などといった日常に関する細々としたものは、商人を呼びよせるか、こちらから近くの町に足を向けなければならない。ということで、必然的に貨幣が必要となる。

 ならどうやって安定した領地を維持する為の資金を得るかと言えば、それは所謂、闇稼業と呼ばれるものを請け負っている。血生臭い仕事や表沙汰にできないことを内々で処理する依頼をこなして、資金を得ているということなのだ。

 国家機密も扱う案件もあるため、実入りは莫大なものになる。そしてその案件のほとんどをレナザードを筆頭にケイノフとダーナがこなしているのが現状なのだ。
 
 さてさてそんな働き者のレナザードがスラリスと朝食を取っている頃、ケイノフとダーナは屋敷の裏山にいた。それは、いつまでたっても進展が見られない二人に気を利かした、というのもあるけれど、もう一つとある事情があったからなのだ。

 ちなみにこれ以降は、昨晩レナザードと共に裏稼業を終えた二人の会話でもある。

「なぁケイノフ、俺さ、昨日とんでもないものを目にしたんだよ」

 黙々と前方を歩くケイノフに向かい、ダーナは伺うように声をかけた。

「……とんでもないものとは何ですか?」

 心の底からめんどくさそうに口を開いたケイノフに、ダーナは凹むことなくこう言った。

「主がさ、人間に斬られたんだ」

 大事件である───色々な意味で。

 まず自分の主が何者かに斬りつけられたことを、とんでもない事という軽い言葉で済ますことではないし、誰かに斬られるなんてそう滅多にないことだ。そして、ダーナはと言った。それは彼らが異形の者であるから。そう、見た目は人となんら変わらないレナザード達だが、人を凌駕する遥かに強い力を持っている。

 そのレナザードが、仕事の最中に自分の不注意で怪我を負ったのだ。これは正に前代未聞の大事件なのである。そして、説明が遅れたが、ケイノフとダーナはそんな主の為に薬草を採取する為、この裏山へと足を運んだのだった。

「………私もその場に居たんですから、いちいち言わなくても覚えていますよ」
「そっか、そうだよな。いや、なんかさ、一晩経ってもしかして、アレは俺の見間違いじゃないかって思えてきてさ」

 歯切れの悪いダーナの発言に、ケイノフはイラつきを隠すことなく口を開いた。

「………見間違いも何も、こうして私達は主の為に薬草を摘みに来てるんですから。間違いないですよ」

 黙々と薬草を採取しながら、ケイノフは淡々とそう答えた。

「だよな」

 それでも納得しない様子のダーナに、ケイノフはいい加減黙れと睨みつける。そんな視線を受けてもダーナの口は閉じることはなかった。 

「どうかしちゃったのか?俺らの主は………」
「どうかしちゃったんでしょう、私達の主は」 

 ダーナは不安げな様子の口調だが、反対にケイノフははっきりと言い切った。

「強いて言うなら、恋煩いにでもなってるんですよ。主のことは、ほっとけばいいです、ダーナ。もうすぐ約束の2ヶ月です。否が応でも答えが出るんですから」

 投げやりの口調でケイノフはそう締めくくると、これ以上話しかけるな、という空気を必要以上に醸し出した。

 そんなケイノフに話しかけるのは自殺行為である。そんなわけでダーナは、答えは求めずぽつりと呟いた。

「…………そうは言うけど、大事おおごとだぞ」

 なにせ目に見える怪我ならケイノフの煎じ薬と、元々持っている治癒力で治すことができる。けれど、恋煩いは【不治の病】とも言われていて、ケイノフの医学をもってしても手の打ちようがないのだから。

 武闘派のダーナは頭の中で推測したり物事を組み立てたりするのがいささか苦手だ。そんなオロオロとするダーナを無視して、ケイノフは黙々と薬草を採取している。

 それからしばらくして、ケイノフは薬草を採取し終えた。そして二人は、ついでにスラリスへのお土産にと、季節の果実を両手いっぱいになるくらいいでから屋敷の門をくぐった。

 しかしもうすぐ屋敷の目の前というところで、スラリスの悲痛な叫び声が聞こえてきたのだ。聴力とて人並み以上の彼らは、その声の出処がすぐにわかった。………レナザードの部屋からだ。

「ええ!?」
「はぁ!?」

 二人は同時に声を上げた。次いでのろのろとお互いの顔を見合わせる。

「…………確認しますが屋敷には主とスラリス、二人ですよね?」
「…………ああ」

 ケイノフの問いにダーナは硬い表情のまま、小さく頷いた。そして二人は同時に、ちょっと前にも、同じようなことがあったのを思い出した。その時は確か────。

「…………………………」
「…………………………」

 数拍の間の後、二人はスラリスへのお土産を投げ出し、レナザードの部屋へと駆け出していった。

 レナザードの怪我に驚いてスラリスが悲鳴を上げたことを知らない二人は、走りながら心の中で【性懲りもなく、またかよ】と同じことを考えてしまっていた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

処理中です...