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十六夜に願うのは
汗で流れた素直さ
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レナザードが深い眠りについて、東の空が明るみ始めた頃、私はそっと彼の部屋を後にした。
それからいつも通りの仕事をこなし、時間を見計らって薬を用意して再び彼の部屋に踏み入れると、レナザードは既に目を覚ましていた。昨日に比べると随分と顔色が良くなっている。本当に良かった、嬉しい。
けれど、私に気付いた彼は、おはようと言ってくれるどころか、開口一番こう言った。
「お前、まさかこれケイノフの薬湯か?はっ冗談じゃない。薬を飲めだと?ふざけるなっ。断る。薬は嫌いだ。ケイノフの調合する薬は苦い」
昨晩の素直さは、寝汗と一緒に流れてしまったのか、レナザードはケイノフの調合した薬を見た途端、眉間に皺を刻んでしまった。
つられて私も眉間にしわを刻んでしまう。
「昨晩は、ケイノフさまの言う通りにすれば良かったと仰っていたではありませんか。苦いからと言って薬を飲まなければ、いつまでたっても傷は治りません」
思わず厳しい口調でレナザードを嗜める。私の説得に、彼は一瞬だけ苦虫を噛み潰した表情をするが、ぷいと横を向いた。
「薬を飲んでも、寝ていても傷の治りは大して変わらん。風邪と同じだ」
……イヤイヤイヤイヤ……それはないでしょ、と全力でツッコミを入れてしまう。もちろん口には出せないから、こっそり心の中で舌打ちと共にそう吐き捨てる。
それにしてもあんな大量の血を流して、風邪と同じだと言い切るレナザードに、別の意味で関心してしまう。が、ここは引き下がるわけにはいかない。
でも屁理屈をこね回すレナザードに、一筋縄ではいかない予感がする。しかし、皮膚がえぐられ、恐ろしいほどに流血した光景は忘れたくても忘れることはできない。何としても薬を飲んで貰わないといけないのだ。
私はレナザードの枕元まで歩を進めると、こほんと小さく咳ばらいをして、居住まいを正した。
「薬と言うのは、大抵苦いものであります。良薬口に苦し、と言うではありませんか。確かにケイノフさまのお薬は苦いです。でも、効き目は抜群です」
そう言うと、ずいっと薬の入ったグラスをレナザードに突き出した。その拍子に湯気が揺れ、レナザードの鼻腔に強烈な匂いが突き刺さったようだ。
うっと、思わず呻いたレナザードだが、次の瞬間、身を乗り出した。
「お前、ケイノフの薬を飲んだのか!?」
目の前にレナザードの顔が間近に迫って、不覚にも思わず赤面してしまう。あたふたとしながらも、何とか是と頷くけば、レナザードは三拍ほど間を置き、まじまじと私を見つめてこう言った。
「……お前、すごいな」
感心するところが微妙にずれている。呆れ顔を隠せない私をそっちのけで、レナザードは真剣に腕を組んで何度も頷いている。あ、この流れは駄目だ。このまま、ちゃんちゃんっでお終いにされてしまう。
「っと、とにかく、これを飲んでください。飲んで頂けるまで、私はここを動きません」
仕切り直しに再び、こほんと咳ばらいをして、更にレナザードの口元にグラスを近づける。
「……わかった」
やっと観念したかとレナザードの言葉に、ほっと安堵の溜息を付く。が、何かが引っかかる。
レナザードは口端を片方だけ吊り上げ、にやりと私に向かって不敵な笑みを浮かべているのだ。これは誰が見ても観念した表情ではない。間違いなく、何か企んでいる表情だ。
「そうだな、口移しなら、飲んでやっても良いぞ」
……ああ、やっぱり、このワガママ主さまは、一筋縄ではいかなかった。
ポケットに忍び込ませたままの痺れ薬を思い出す。あれを無理矢理、口に放り込み、動けなくなったところで、強引に薬を飲ませてやろうかと、一瞬考えてみる。
驚く程の名案だ。ただそれをした瞬間、解雇は免れない。ウェルカム監禁生活、イン屋根裏部屋だ。嫌だ、そんなの。
しかし、私も我慢の限界だった。メイドの枠からはみ出さないぎりぎりの策を練り上げて、レナザードに向かって笑みを浮かべながら腰を折る。
「わかりました」
おおっと、私の予想外の返答に驚いたのか、レナザードは軽く身を引く。しかし私は畳みかけるように口を開いた。
「口移しなら、誰でもよろしいですね」
「お前、ちょ」
「では、ケイノフさまを呼んでまいります」
「は!?」
とんでもない私の発言に、レナザードはちょっと待て、と口を開こうとする。が、その前にさっさと立ち上がると、扉に手をかける。
そして、レナザードを振り返り、一言こう言った。
「それともダーナさまがよろしいでしょうか?」
「……死んでも嫌だ」
これは、レナザードの完敗であって私の勝利である。
ちょっとドヤ顔がこぼれてしまう私を一瞥したレナザードだったけれど、無言で薬の入ったグラスを持ち上げると、一気にそれを飲み干した。
「──────────────……何でもいい口直しを頼む」
「わかりました」
口元に手をあて、微動だにしないレナザードを後にして、私は小走りでキッチンに向かうのであった。
それからいつも通りの仕事をこなし、時間を見計らって薬を用意して再び彼の部屋に踏み入れると、レナザードは既に目を覚ましていた。昨日に比べると随分と顔色が良くなっている。本当に良かった、嬉しい。
けれど、私に気付いた彼は、おはようと言ってくれるどころか、開口一番こう言った。
「お前、まさかこれケイノフの薬湯か?はっ冗談じゃない。薬を飲めだと?ふざけるなっ。断る。薬は嫌いだ。ケイノフの調合する薬は苦い」
昨晩の素直さは、寝汗と一緒に流れてしまったのか、レナザードはケイノフの調合した薬を見た途端、眉間に皺を刻んでしまった。
つられて私も眉間にしわを刻んでしまう。
「昨晩は、ケイノフさまの言う通りにすれば良かったと仰っていたではありませんか。苦いからと言って薬を飲まなければ、いつまでたっても傷は治りません」
思わず厳しい口調でレナザードを嗜める。私の説得に、彼は一瞬だけ苦虫を噛み潰した表情をするが、ぷいと横を向いた。
「薬を飲んでも、寝ていても傷の治りは大して変わらん。風邪と同じだ」
……イヤイヤイヤイヤ……それはないでしょ、と全力でツッコミを入れてしまう。もちろん口には出せないから、こっそり心の中で舌打ちと共にそう吐き捨てる。
それにしてもあんな大量の血を流して、風邪と同じだと言い切るレナザードに、別の意味で関心してしまう。が、ここは引き下がるわけにはいかない。
でも屁理屈をこね回すレナザードに、一筋縄ではいかない予感がする。しかし、皮膚がえぐられ、恐ろしいほどに流血した光景は忘れたくても忘れることはできない。何としても薬を飲んで貰わないといけないのだ。
私はレナザードの枕元まで歩を進めると、こほんと小さく咳ばらいをして、居住まいを正した。
「薬と言うのは、大抵苦いものであります。良薬口に苦し、と言うではありませんか。確かにケイノフさまのお薬は苦いです。でも、効き目は抜群です」
そう言うと、ずいっと薬の入ったグラスをレナザードに突き出した。その拍子に湯気が揺れ、レナザードの鼻腔に強烈な匂いが突き刺さったようだ。
うっと、思わず呻いたレナザードだが、次の瞬間、身を乗り出した。
「お前、ケイノフの薬を飲んだのか!?」
目の前にレナザードの顔が間近に迫って、不覚にも思わず赤面してしまう。あたふたとしながらも、何とか是と頷くけば、レナザードは三拍ほど間を置き、まじまじと私を見つめてこう言った。
「……お前、すごいな」
感心するところが微妙にずれている。呆れ顔を隠せない私をそっちのけで、レナザードは真剣に腕を組んで何度も頷いている。あ、この流れは駄目だ。このまま、ちゃんちゃんっでお終いにされてしまう。
「っと、とにかく、これを飲んでください。飲んで頂けるまで、私はここを動きません」
仕切り直しに再び、こほんと咳ばらいをして、更にレナザードの口元にグラスを近づける。
「……わかった」
やっと観念したかとレナザードの言葉に、ほっと安堵の溜息を付く。が、何かが引っかかる。
レナザードは口端を片方だけ吊り上げ、にやりと私に向かって不敵な笑みを浮かべているのだ。これは誰が見ても観念した表情ではない。間違いなく、何か企んでいる表情だ。
「そうだな、口移しなら、飲んでやっても良いぞ」
……ああ、やっぱり、このワガママ主さまは、一筋縄ではいかなかった。
ポケットに忍び込ませたままの痺れ薬を思い出す。あれを無理矢理、口に放り込み、動けなくなったところで、強引に薬を飲ませてやろうかと、一瞬考えてみる。
驚く程の名案だ。ただそれをした瞬間、解雇は免れない。ウェルカム監禁生活、イン屋根裏部屋だ。嫌だ、そんなの。
しかし、私も我慢の限界だった。メイドの枠からはみ出さないぎりぎりの策を練り上げて、レナザードに向かって笑みを浮かべながら腰を折る。
「わかりました」
おおっと、私の予想外の返答に驚いたのか、レナザードは軽く身を引く。しかし私は畳みかけるように口を開いた。
「口移しなら、誰でもよろしいですね」
「お前、ちょ」
「では、ケイノフさまを呼んでまいります」
「は!?」
とんでもない私の発言に、レナザードはちょっと待て、と口を開こうとする。が、その前にさっさと立ち上がると、扉に手をかける。
そして、レナザードを振り返り、一言こう言った。
「それともダーナさまがよろしいでしょうか?」
「……死んでも嫌だ」
これは、レナザードの完敗であって私の勝利である。
ちょっとドヤ顔がこぼれてしまう私を一瞥したレナザードだったけれど、無言で薬の入ったグラスを持ち上げると、一気にそれを飲み干した。
「──────────────……何でもいい口直しを頼む」
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