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終焉の始まり
胸の内の本音
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記憶は何も持たない私にとって、何よりの財産だ。
共に笑い、共に苦楽を乗り越え、そして重ねていく誰かと過ごした時間は、かけがえのないもの。
いわば今の私を作ったと言っても過言ではない。そう、レナザードの理想とする女性になれなくても、今の自分を否定してはいけないし、彼には申し訳ないけどするつもりもない。
なぜなら、過去出会った人達のことを否定することにもなるから。ティリア王女と別人と言われ傷付いたけれど、これはまた別問題なのだ。
それにしても、もう心の奥底にしまった箱の鍵を開けることは一生ないと思っていた。それなのに、もう一度記憶の蓋を開けることになるなんて、夢にも思わなかった。
その中から溢れてきたものは、淡い想いと穏やかだった日常と、胸を引き裂かれるほど辛い想い。
私は両手で顔を覆い、堅く目を瞑った。大丈夫、記憶は忘れても消えないことがわかったんだ。もう一度蓋をしよう。そしてまた慌ただしい日常に戻ろう。ほんの一時、痛みを紛らわせればいいだけの事。私はその術を覚えている。
きっとこの想いだってごまかしながら生きていけば、全部消すことができる。幼い頃のレナザードの思い出も、雨の日に過ごした時間も、そしてあの晩見上げた満月すらも。
「……そんなの、無理にきまってるじゃんっ」
がばりと顔を起こしてそう叫んでみたけれど、思いのほか声が大きくて慌てて両手で口を押える。
体調不良を理由に夕食を辞退したというのに、こんな元気な声を出してしまったら、ケイノフとダーナが部屋に飛び込んできてしまうかもしれない。二度あることは三度ある。
誰もいないけれど誤魔化すように小さく咳ばらいをして、窓を開ける。
柄にもなく、ちょっとばかりへこたれていただけだ。前を向いて生きて行く事は、過去の辛さから逃げることではない。それも受け止めて生きて行くということ。
スパイスの効き過ぎた出来事で薄れてしまっていたけれど、もう二度と会えないと思って記憶に蓋をしたのに、またレナザードと会えたのだ。今までのように誤魔化して、なかったことにして生きて行くなんて冗談じゃない。
そう、間違えてはいけない。どれだけ惨めで切なくて苦しくても、これまでとは絶対的に違うのだ。私は奇跡をこの目で見ること、そして体験することができたのだ。
それにこの辛さは再び会えたから味わえるもの。痛みで見失ってはいけないものが沢山ある。彼に再び恋することができた事、そして彼に必要とされたい自分になるという目標を持てた事。この気持ちは今も消えずに、ここにある。
だから今の私のまま、レナザードと向き合うよう努力しよう。直ぐには無理かもしれないけれど、彼との一番良い距離を探していこう。
ただ、ティリア王女の行方についてはどう説明すればいいのだろうか……。レナザードを傷付けず尚且つ安心できる説明を考えなくてはならない。
かつてない程の難題にぶち当たった私は、むぅーっと腕を組み渋面を作る。そして数拍後───。
「こりゃ、ユズリさんに相談するしかないかぁ」
こめかみを、もみながらそう呟いた。
なにせこんなこと初めての経験だ。人は難題に直面すれば、過去の経験からどう対処すれば良いか道筋を立てるものだが、情けないことに私には恋愛経験は皆無。あるといえば都合の良い妄想と恐ろしくネガティブな想像力。駄目だ、使えないし、使ってはいけない。
ここは先輩のユズリに助言を乞うのが一番だ。こんなめんどくさい相談は嫌かもしれないけれど、そこは後輩の特権ということで、心の中で詫びつつ気付かないふりをするつもり。
そこまで考えたら、ふぁっと欠伸が出た。すっかり忘れていたけれど体は疲れていたのだ。気持ちが落ち着けば深い眠気に誘われるもの。
まぁ………何ていうか、自分自身に今日一日振り回された感は否めないけれど、たまにはこんな日があっても良い。時々ハプニングに襲われるのも、これもまた日常のひとこまということだ。
それに明日になれば、ユズリとリオンが旅先から戻ってきてくれるかもしれない。明後日なら間違いなく帰ってきてくれる。
ユズリは間違いなくリオンのお守で疲れているだろう。日頃の感謝を込めて明日も明後日も、いつもより早起きして一日の家事は自分だけでやろう。
そして時間を作って、今さっき考えた議題について相談に乗ってもらうのだ。あ、これはもしかして人生初の恋バナになるのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えながら私は夜着に着替えると、寝台に飛び込み深い眠りに落ちていった。
眠りから醒めれば、変わらない日々が続く。もうここでの生活は私にとって当たり前になっていた。アスラリアの城で過ごしていた頃のように。
でも………忘れていたのだ。穏やかな日々は一瞬で壊れてしまうということを。
共に笑い、共に苦楽を乗り越え、そして重ねていく誰かと過ごした時間は、かけがえのないもの。
いわば今の私を作ったと言っても過言ではない。そう、レナザードの理想とする女性になれなくても、今の自分を否定してはいけないし、彼には申し訳ないけどするつもりもない。
なぜなら、過去出会った人達のことを否定することにもなるから。ティリア王女と別人と言われ傷付いたけれど、これはまた別問題なのだ。
それにしても、もう心の奥底にしまった箱の鍵を開けることは一生ないと思っていた。それなのに、もう一度記憶の蓋を開けることになるなんて、夢にも思わなかった。
その中から溢れてきたものは、淡い想いと穏やかだった日常と、胸を引き裂かれるほど辛い想い。
私は両手で顔を覆い、堅く目を瞑った。大丈夫、記憶は忘れても消えないことがわかったんだ。もう一度蓋をしよう。そしてまた慌ただしい日常に戻ろう。ほんの一時、痛みを紛らわせればいいだけの事。私はその術を覚えている。
きっとこの想いだってごまかしながら生きていけば、全部消すことができる。幼い頃のレナザードの思い出も、雨の日に過ごした時間も、そしてあの晩見上げた満月すらも。
「……そんなの、無理にきまってるじゃんっ」
がばりと顔を起こしてそう叫んでみたけれど、思いのほか声が大きくて慌てて両手で口を押える。
体調不良を理由に夕食を辞退したというのに、こんな元気な声を出してしまったら、ケイノフとダーナが部屋に飛び込んできてしまうかもしれない。二度あることは三度ある。
誰もいないけれど誤魔化すように小さく咳ばらいをして、窓を開ける。
柄にもなく、ちょっとばかりへこたれていただけだ。前を向いて生きて行く事は、過去の辛さから逃げることではない。それも受け止めて生きて行くということ。
スパイスの効き過ぎた出来事で薄れてしまっていたけれど、もう二度と会えないと思って記憶に蓋をしたのに、またレナザードと会えたのだ。今までのように誤魔化して、なかったことにして生きて行くなんて冗談じゃない。
そう、間違えてはいけない。どれだけ惨めで切なくて苦しくても、これまでとは絶対的に違うのだ。私は奇跡をこの目で見ること、そして体験することができたのだ。
それにこの辛さは再び会えたから味わえるもの。痛みで見失ってはいけないものが沢山ある。彼に再び恋することができた事、そして彼に必要とされたい自分になるという目標を持てた事。この気持ちは今も消えずに、ここにある。
だから今の私のまま、レナザードと向き合うよう努力しよう。直ぐには無理かもしれないけれど、彼との一番良い距離を探していこう。
ただ、ティリア王女の行方についてはどう説明すればいいのだろうか……。レナザードを傷付けず尚且つ安心できる説明を考えなくてはならない。
かつてない程の難題にぶち当たった私は、むぅーっと腕を組み渋面を作る。そして数拍後───。
「こりゃ、ユズリさんに相談するしかないかぁ」
こめかみを、もみながらそう呟いた。
なにせこんなこと初めての経験だ。人は難題に直面すれば、過去の経験からどう対処すれば良いか道筋を立てるものだが、情けないことに私には恋愛経験は皆無。あるといえば都合の良い妄想と恐ろしくネガティブな想像力。駄目だ、使えないし、使ってはいけない。
ここは先輩のユズリに助言を乞うのが一番だ。こんなめんどくさい相談は嫌かもしれないけれど、そこは後輩の特権ということで、心の中で詫びつつ気付かないふりをするつもり。
そこまで考えたら、ふぁっと欠伸が出た。すっかり忘れていたけれど体は疲れていたのだ。気持ちが落ち着けば深い眠気に誘われるもの。
まぁ………何ていうか、自分自身に今日一日振り回された感は否めないけれど、たまにはこんな日があっても良い。時々ハプニングに襲われるのも、これもまた日常のひとこまということだ。
それに明日になれば、ユズリとリオンが旅先から戻ってきてくれるかもしれない。明後日なら間違いなく帰ってきてくれる。
ユズリは間違いなくリオンのお守で疲れているだろう。日頃の感謝を込めて明日も明後日も、いつもより早起きして一日の家事は自分だけでやろう。
そして時間を作って、今さっき考えた議題について相談に乗ってもらうのだ。あ、これはもしかして人生初の恋バナになるのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えながら私は夜着に着替えると、寝台に飛び込み深い眠りに落ちていった。
眠りから醒めれば、変わらない日々が続く。もうここでの生活は私にとって当たり前になっていた。アスラリアの城で過ごしていた頃のように。
でも………忘れていたのだ。穏やかな日々は一瞬で壊れてしまうということを。
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