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終焉の始まり
突然の解雇通告
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ユズリに相談する内容をもう一度、頭の中で組み立てたり、明日の朝食のメニューを考えたりしながら眠りに落ちた私は夢を見た。
屋敷の庭にある大きな樹の下で、レナザードの怪我の手当てをする自分。私は変わらずメイドのままで、レナザードはぶつぶつ文句を言いながらもそれを拒むことはしない。
傍らではケイノフが苦笑を浮かべ、ダーナは遠巻きに眺めながら爆笑している。
そして手当てが終わると同時に、視界の隅からお茶一式を用意したワゴンを引きながらこちらに向かってくるユズリとリオンがいる。
私はレナザード達に一礼して、ユズリからワゴンを引き受けると、大きな樹の下に用意されたテーブルにそれらを並べる。
そしてここで突然のお茶会が始まるのだ。
私はレナザード達にお茶を配り、リオンは危ない手つきでお菓子を運ぶ。そしてそんなやり取りをユズリは笑みを浮かべながら見守ってくれている。
「……………ス」
お茶を配り終えた私は、後ろに下がりユズリと肩を並べる。リオンといえば大人しくなるどころか、はしゃぎながら、駆けまわっている。テーブルに着いた3人は、そんなリオンに手を差し伸べて髪を撫で、お菓子を与え、膝に乗せている。
私とユズリは嬉しそうに声を上げるリオンを見つめ、同時に顔を合わせて笑い合う。そして視界を少し伸ばせば、初夏の花々が庭を彩っている。ああ、ここは夏の庭だったのだ。
柔らかい初夏の香りを孕んだ風が吹く。靡いたレナザードの髪が、陽の光で金色に変っていく。それに目を奪われていたら、不意に彼がこちらを向いた。
見惚れていたことを気付かれるのが恥ずかしくて、えへへと誤魔化し笑いをすれば、レナザードがふわりと笑みを浮かべてくれた。
「…………リス」
いいなぁ、こういうの。これが夢なのはわかっているけれど、これは、この先こうなりたいと憧れる夢。こんな日がいつか来ればいいのに。
「──────……スラリス、おい、起きろ」
そんな幸せな夢を見ていた私の肩を、馴染みのある声と共に誰かが強く揺さぶった。
「ん?……えっレナザードさま!?」
眠たい目を擦ったのは一瞬で、私は弾かれたように寝台から上半身を起こした。
信じられないことに、療養中のレナザードが私に覆いかぶさるように覗き込んでいたのだ。しかもあろうことか夜着ではなく、しっかり着替えている。
ただ、シャツの釦は全部しめておらず、はだけた胸元から逞しい肌があらわになっている。それは、過去の一件を思い出させるもの。
シャツの釦が全部しまっていてくれていたなら、怪我人は大人しく寝てなさいと言えたけれど、この状況では夜這いと自惚れてしまう。
そんな私は、慌てて自分の夜着の胸元をかき合せながら、しどろもどろに口を開いた。
「レナザードさま?なっ……何でしょう?」
しかし、レナザードの表情は切羽詰まった様子で、夜這いに来るような甘い空気は微塵も無い。そして彼は、あたふたしている私に向かって包みを押し付けた。
「あの……これは何ですか?」
包みは両手で抱えないといけないほど大きいものだった。
「給金と着替えだ」
「どうしてですか?」
レナザードが、冷たく言い放っても、私は意味が分からず首を傾げてしまう。そして再び問いかけるが、彼は何も言わない。
そんな彼を横目で見ながら包みを開けてみる。着替えはいつものメイド服ではなく落ち着いた若葉色のワンピース。そして給金と言われた小さな包みは、その大きさに似合わない程ずっしりと重たかった。メイドの給金にしたら桁外れの重みがある。
「……今日、お給料日だったんですね。私忘れていました」
無理矢理笑みを作って、私はレナザードに言葉をかけた。
「でも、一介のメイドにこのお給料は弾み過ぎですよ、レナザードさま」
「違う」
レナザードがそう短く言い放ち、続きの言葉を話そうと口を開くが、それを聞きたくなくて、慌てて口を開いた。
「あ、そっか。これはお給料の前払いなんですね。太っ腹ですね。でもこれ何か月分?いや違うな、何年分ですか?」
「違う、違うんだ、スラリス」
違わない。私の言葉を否定しないで。
「私、こんなにたくさんお給料を頂いちゃったら、頑張って働かないといけないですね。もちろん頑張りますよ、私。期待しててくださいね。あ、レナザード様、今度、私───」
「もういい」
静かな部屋に、逆らうことのできない凛としたレナザードの声が響いた。
「今日で終わりだ………スラリス。お前はこの屋敷を去るんだ」
そんなの嫌。
そう言いたかったけれど、声に出す前に消えてしまった。レナザードの否と言わせない強い眼光に射抜かれてしまったから。
でも勇気を振り絞って、別の言葉をレナザードに告げる。
「…………私、クビになる程、使えないメイドでしたか?」
そう問うてもレナザードは再び沈黙してしまった。
どうして応えてくれないのだろう。だってメイドに暇を与える時は一か月前に通告するのが通例のはず、よっぽどのヘマをしない限りは。……あれ?私、知らないうちに何かしでかしたのだろうか。
寝込みを襲われた時の大事件はメイドになる前だからノーカンのはず。それ以降では、細かい失敗も、やらかしも、口答えもした覚えはあるけれど、大失態をした記憶はない。と、なると……。
「私のこと、見るのも嫌になりましたか?」
自分から距離を置く言葉を言い放ったことは自覚している。でも、謝る機会すら私には与えて貰えないのだろうか。
「……違う」
「ティリア王女と似ていないから、傍に置きたくないのですか?」
敢えて身を切るようなことを言ってみたけれど、レナザードは即座に首を横に振ってくれた。こんな時なのに、嬉しく思う場違いな自分がいる。でも、そんな浮かれたのは一瞬で、屋敷を去れと言われたことはそのままだ。
「じゃ、何で私をクビにするんですか?」
再び問うた私に応えてくれたのは、レナザードではなく予期せぬ人物だった。
屋敷の庭にある大きな樹の下で、レナザードの怪我の手当てをする自分。私は変わらずメイドのままで、レナザードはぶつぶつ文句を言いながらもそれを拒むことはしない。
傍らではケイノフが苦笑を浮かべ、ダーナは遠巻きに眺めながら爆笑している。
そして手当てが終わると同時に、視界の隅からお茶一式を用意したワゴンを引きながらこちらに向かってくるユズリとリオンがいる。
私はレナザード達に一礼して、ユズリからワゴンを引き受けると、大きな樹の下に用意されたテーブルにそれらを並べる。
そしてここで突然のお茶会が始まるのだ。
私はレナザード達にお茶を配り、リオンは危ない手つきでお菓子を運ぶ。そしてそんなやり取りをユズリは笑みを浮かべながら見守ってくれている。
「……………ス」
お茶を配り終えた私は、後ろに下がりユズリと肩を並べる。リオンといえば大人しくなるどころか、はしゃぎながら、駆けまわっている。テーブルに着いた3人は、そんなリオンに手を差し伸べて髪を撫で、お菓子を与え、膝に乗せている。
私とユズリは嬉しそうに声を上げるリオンを見つめ、同時に顔を合わせて笑い合う。そして視界を少し伸ばせば、初夏の花々が庭を彩っている。ああ、ここは夏の庭だったのだ。
柔らかい初夏の香りを孕んだ風が吹く。靡いたレナザードの髪が、陽の光で金色に変っていく。それに目を奪われていたら、不意に彼がこちらを向いた。
見惚れていたことを気付かれるのが恥ずかしくて、えへへと誤魔化し笑いをすれば、レナザードがふわりと笑みを浮かべてくれた。
「…………リス」
いいなぁ、こういうの。これが夢なのはわかっているけれど、これは、この先こうなりたいと憧れる夢。こんな日がいつか来ればいいのに。
「──────……スラリス、おい、起きろ」
そんな幸せな夢を見ていた私の肩を、馴染みのある声と共に誰かが強く揺さぶった。
「ん?……えっレナザードさま!?」
眠たい目を擦ったのは一瞬で、私は弾かれたように寝台から上半身を起こした。
信じられないことに、療養中のレナザードが私に覆いかぶさるように覗き込んでいたのだ。しかもあろうことか夜着ではなく、しっかり着替えている。
ただ、シャツの釦は全部しめておらず、はだけた胸元から逞しい肌があらわになっている。それは、過去の一件を思い出させるもの。
シャツの釦が全部しまっていてくれていたなら、怪我人は大人しく寝てなさいと言えたけれど、この状況では夜這いと自惚れてしまう。
そんな私は、慌てて自分の夜着の胸元をかき合せながら、しどろもどろに口を開いた。
「レナザードさま?なっ……何でしょう?」
しかし、レナザードの表情は切羽詰まった様子で、夜這いに来るような甘い空気は微塵も無い。そして彼は、あたふたしている私に向かって包みを押し付けた。
「あの……これは何ですか?」
包みは両手で抱えないといけないほど大きいものだった。
「給金と着替えだ」
「どうしてですか?」
レナザードが、冷たく言い放っても、私は意味が分からず首を傾げてしまう。そして再び問いかけるが、彼は何も言わない。
そんな彼を横目で見ながら包みを開けてみる。着替えはいつものメイド服ではなく落ち着いた若葉色のワンピース。そして給金と言われた小さな包みは、その大きさに似合わない程ずっしりと重たかった。メイドの給金にしたら桁外れの重みがある。
「……今日、お給料日だったんですね。私忘れていました」
無理矢理笑みを作って、私はレナザードに言葉をかけた。
「でも、一介のメイドにこのお給料は弾み過ぎですよ、レナザードさま」
「違う」
レナザードがそう短く言い放ち、続きの言葉を話そうと口を開くが、それを聞きたくなくて、慌てて口を開いた。
「あ、そっか。これはお給料の前払いなんですね。太っ腹ですね。でもこれ何か月分?いや違うな、何年分ですか?」
「違う、違うんだ、スラリス」
違わない。私の言葉を否定しないで。
「私、こんなにたくさんお給料を頂いちゃったら、頑張って働かないといけないですね。もちろん頑張りますよ、私。期待しててくださいね。あ、レナザード様、今度、私───」
「もういい」
静かな部屋に、逆らうことのできない凛としたレナザードの声が響いた。
「今日で終わりだ………スラリス。お前はこの屋敷を去るんだ」
そんなの嫌。
そう言いたかったけれど、声に出す前に消えてしまった。レナザードの否と言わせない強い眼光に射抜かれてしまったから。
でも勇気を振り絞って、別の言葉をレナザードに告げる。
「…………私、クビになる程、使えないメイドでしたか?」
そう問うてもレナザードは再び沈黙してしまった。
どうして応えてくれないのだろう。だってメイドに暇を与える時は一か月前に通告するのが通例のはず、よっぽどのヘマをしない限りは。……あれ?私、知らないうちに何かしでかしたのだろうか。
寝込みを襲われた時の大事件はメイドになる前だからノーカンのはず。それ以降では、細かい失敗も、やらかしも、口答えもした覚えはあるけれど、大失態をした記憶はない。と、なると……。
「私のこと、見るのも嫌になりましたか?」
自分から距離を置く言葉を言い放ったことは自覚している。でも、謝る機会すら私には与えて貰えないのだろうか。
「……違う」
「ティリア王女と似ていないから、傍に置きたくないのですか?」
敢えて身を切るようなことを言ってみたけれど、レナザードは即座に首を横に振ってくれた。こんな時なのに、嬉しく思う場違いな自分がいる。でも、そんな浮かれたのは一瞬で、屋敷を去れと言われたことはそのままだ。
「じゃ、何で私をクビにするんですか?」
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