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終焉の始まり
望まぬ来訪者
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突然のレナザードからの解雇通告に、頭が真っ白になる。ここに居ろと、逃げるなと言ってくれたのは他でもないレナザード自身だというのに。
どうして、どうして、どうして、どうして。
その4文字だけが、ぐるぐると頭の中で回り続ける。縋るように手を伸ばしてレナザードの袖に触れれば、彼は私を突き放すことはしなかった。けれど、何も応えてはくれないまま。重い沈黙と緊張感が部屋を満たす。
───そんな中、何の前触れもなく、がちゃりと扉が開いた。
「お迎えに上がりました、ティリア王女」
厳かな男の声が部屋に響く。けれど私は、この声の持ち主を知らない。屋敷の住人のものでもなければ、過去一度も聞いたことがない声だ。
ゆるゆると扉に視線を移せば、そこには甲冑に身を包んだ騎士がいた。
見覚えのない男に、誰だこいつと目を細めたのは一瞬で、私はその甲冑の胸元に釘付けになった。
その胸には見覚えのある紋章が刻まれていた。鷲と剣を象ったもの。かつてアスラリア国と同盟を結んでいた国の紋章。私達の国を滅ぼした紋章。見間違うことなど、あり得ない。
「まさか、メイドとしてここに軟禁するなんて、なかなか鬼畜な所業ですね」
唇がわなわなと震え、何も言えない私を無視して、騎士はレナザードに向かって淡々と言葉を紡ぐ。
「でもさすが、影の一族です。王女を逃さず捉えてくれたのは感謝いたします。さて任務は完了です。あなた達は存分に働いてくれました」
そう言った後、褒章は後ほどと男は付け足した。
そっか、そうだったんだ。私の推理は正しかったのだ。レナザードはバイドライル国に精通した存在だったのだ。しかも、彼は私の国を滅ぼすことに手を貸した人物でもあったのだ。まったくもう、悪い予感と推理だけはよく当たる。
「……全部、嘘だったんですね」
そう低い声でレナザードに問うても、相変わらず彼は何も言わない。瞳は突然の乱入者を見据えているだけ。でもこんな近くにいるのに私の声が聞こえていない訳がない。つまり否定をしてくれないということは、即ち是ということ。
その現実に打ちのめされたのは一瞬で、ならばと、私は騎士に向かい問いかけた。
「あなたはバイドライル国から来た方なの?」
小首を傾げた私に、騎士は無言で慇懃な礼をとった後、口を開いた。
「さようです、王女さま。此度は貴方様をわが王のもとにお連れしたく、お迎えに参じました。と、いっても王は待ちきれないご様子で………」
そう言って騎士は、窓の方へ視線を移す。つられるように私も窓を見れば、いつの間にか屋敷をぐるりと囲むように、明かりが灯っている。そしてこの明かりが何なのか、すぐにわかった。
篝火の灯りで屋敷を取り囲む軍勢が良く見える。そして鷲と剣を掲げた旗すらも。屋敷を取り囲んでいるのは、バイドライル国の軍勢だったのだ。
ひゅっと声にならない悲鳴を発して、思わずよろめいてしまう私を、騎士は可笑しそうに笑う。
「そう怯えないでください。貴方様をバイドライル国に無事にお連れする為の者達なのですから」
とどのつまり、大人しくこの騎士の手を取らなければどうなるのか、それは考えなくても過去の経験が物語っていること。
「王がお待ちかねです、さぁ」
騎士の口調は敬うものだが、膝をつくことはしない。それは拒むことは許さないという意思表示なのだろう。そして騎士は立ったまま私に手を伸ばす。
一瞬だけレナザードに視線を向ければ、彼はぎりぎりと歯ぎしりせんばかりに、騎士を睨み付けていた。
でも、そんな顔をされても、もう遅い。私の決断は、その程度では揺らがない。
だから私はすぐ横にいるレナザードの表情に気付かないふりをして、恥じらいながら困った笑みを向けた。
「王自らお迎えに来てくれるなんて光栄だわ。でも………わたくし、夜着のままですけど、失礼じゃないかしら?」
「そんなことは、どうということではありません。王女の美しさは、その程度で翳るものではありませんから」
「そう、ならいいわ」
寝台から抜け出した私は、胸元に滑り落ちた髪をゆったりと後ろに払う。
「もううんざりだったのよ。突然こんな薄汚い部屋に押し込まれて、労働者のまねごとをさせられて。ああ、絹のドレスが恋しいわ、花の香りがするお茶が飲みたいわ。もちろん無地の茶器なんて二度とごめんよ」
そう言いながら滑るように扉へと向かう。そして、伸ばされた騎士の手を取ろうとしたその瞬間───
「いい加減にしろ」
レナザードのその声と同時に、目の前の騎士が崩れ落ちた。床に這いつくばるように倒れた騎士の身体から鮮血が溢れ出す。
ぼんやりとレナザードを見ればいつの間にか、彼の手には剣が握られていた。
そして少しの間の後、状況を把握する。レナザードは一瞬の間に、騎士の腰に差してあった剣を奪い取り、そのまま斬り捨てたのだ。
何故だろう目にも止まらぬ早業に驚いてはいるが、人の死を間近に目にしたというのに、恐怖を感じない。
「どういうことだ?」
剣を手にしたままレナザードは私を咎めるが、反対に私は口の端を持ち上げて、意地の悪い笑みを浮かべた。
「どうもこうも、見たままよ。私、バイドライル国へ行くわ。メイドなんて、もうごめんよ。幸い相手は私のことを偽りの王女だと気付いてないようだし。本当の王女になって贅沢三昧の生活ができるなんて願ってもいないチャンスだわ。邪魔しないで」
「それがお前の本心なのか?」
「当たり前でしょ」
鼻で笑った途端、レナザードに腕を掴まれてしまった。
「つまらん嘘を吐くな」
「あなたこそ、つまらない演技を続けてどういうつもり?」
掴まれていた腕を思いっきり振り払い、レナザードから距離を置く。3歩後ろに下がって向かい合い、私達は見つめ合う。
レナザードは真っすぐに私を見つめている。思わずその瞳に吸い込まれそうな感覚に包まれる。それを振り払うように、私はわざと豪快に吹き出した。
「あら、それともこれも茶番の続きかしら?」
私のその言葉を聞いた途端、レナザードの顔がくしゃりと歪んだ。
………ここで、その顔はズルい。ズル過ぎる。
どうして、どうして、どうして、どうして。
その4文字だけが、ぐるぐると頭の中で回り続ける。縋るように手を伸ばしてレナザードの袖に触れれば、彼は私を突き放すことはしなかった。けれど、何も応えてはくれないまま。重い沈黙と緊張感が部屋を満たす。
───そんな中、何の前触れもなく、がちゃりと扉が開いた。
「お迎えに上がりました、ティリア王女」
厳かな男の声が部屋に響く。けれど私は、この声の持ち主を知らない。屋敷の住人のものでもなければ、過去一度も聞いたことがない声だ。
ゆるゆると扉に視線を移せば、そこには甲冑に身を包んだ騎士がいた。
見覚えのない男に、誰だこいつと目を細めたのは一瞬で、私はその甲冑の胸元に釘付けになった。
その胸には見覚えのある紋章が刻まれていた。鷲と剣を象ったもの。かつてアスラリア国と同盟を結んでいた国の紋章。私達の国を滅ぼした紋章。見間違うことなど、あり得ない。
「まさか、メイドとしてここに軟禁するなんて、なかなか鬼畜な所業ですね」
唇がわなわなと震え、何も言えない私を無視して、騎士はレナザードに向かって淡々と言葉を紡ぐ。
「でもさすが、影の一族です。王女を逃さず捉えてくれたのは感謝いたします。さて任務は完了です。あなた達は存分に働いてくれました」
そう言った後、褒章は後ほどと男は付け足した。
そっか、そうだったんだ。私の推理は正しかったのだ。レナザードはバイドライル国に精通した存在だったのだ。しかも、彼は私の国を滅ぼすことに手を貸した人物でもあったのだ。まったくもう、悪い予感と推理だけはよく当たる。
「……全部、嘘だったんですね」
そう低い声でレナザードに問うても、相変わらず彼は何も言わない。瞳は突然の乱入者を見据えているだけ。でもこんな近くにいるのに私の声が聞こえていない訳がない。つまり否定をしてくれないということは、即ち是ということ。
その現実に打ちのめされたのは一瞬で、ならばと、私は騎士に向かい問いかけた。
「あなたはバイドライル国から来た方なの?」
小首を傾げた私に、騎士は無言で慇懃な礼をとった後、口を開いた。
「さようです、王女さま。此度は貴方様をわが王のもとにお連れしたく、お迎えに参じました。と、いっても王は待ちきれないご様子で………」
そう言って騎士は、窓の方へ視線を移す。つられるように私も窓を見れば、いつの間にか屋敷をぐるりと囲むように、明かりが灯っている。そしてこの明かりが何なのか、すぐにわかった。
篝火の灯りで屋敷を取り囲む軍勢が良く見える。そして鷲と剣を掲げた旗すらも。屋敷を取り囲んでいるのは、バイドライル国の軍勢だったのだ。
ひゅっと声にならない悲鳴を発して、思わずよろめいてしまう私を、騎士は可笑しそうに笑う。
「そう怯えないでください。貴方様をバイドライル国に無事にお連れする為の者達なのですから」
とどのつまり、大人しくこの騎士の手を取らなければどうなるのか、それは考えなくても過去の経験が物語っていること。
「王がお待ちかねです、さぁ」
騎士の口調は敬うものだが、膝をつくことはしない。それは拒むことは許さないという意思表示なのだろう。そして騎士は立ったまま私に手を伸ばす。
一瞬だけレナザードに視線を向ければ、彼はぎりぎりと歯ぎしりせんばかりに、騎士を睨み付けていた。
でも、そんな顔をされても、もう遅い。私の決断は、その程度では揺らがない。
だから私はすぐ横にいるレナザードの表情に気付かないふりをして、恥じらいながら困った笑みを向けた。
「王自らお迎えに来てくれるなんて光栄だわ。でも………わたくし、夜着のままですけど、失礼じゃないかしら?」
「そんなことは、どうということではありません。王女の美しさは、その程度で翳るものではありませんから」
「そう、ならいいわ」
寝台から抜け出した私は、胸元に滑り落ちた髪をゆったりと後ろに払う。
「もううんざりだったのよ。突然こんな薄汚い部屋に押し込まれて、労働者のまねごとをさせられて。ああ、絹のドレスが恋しいわ、花の香りがするお茶が飲みたいわ。もちろん無地の茶器なんて二度とごめんよ」
そう言いながら滑るように扉へと向かう。そして、伸ばされた騎士の手を取ろうとしたその瞬間───
「いい加減にしろ」
レナザードのその声と同時に、目の前の騎士が崩れ落ちた。床に這いつくばるように倒れた騎士の身体から鮮血が溢れ出す。
ぼんやりとレナザードを見ればいつの間にか、彼の手には剣が握られていた。
そして少しの間の後、状況を把握する。レナザードは一瞬の間に、騎士の腰に差してあった剣を奪い取り、そのまま斬り捨てたのだ。
何故だろう目にも止まらぬ早業に驚いてはいるが、人の死を間近に目にしたというのに、恐怖を感じない。
「どういうことだ?」
剣を手にしたままレナザードは私を咎めるが、反対に私は口の端を持ち上げて、意地の悪い笑みを浮かべた。
「どうもこうも、見たままよ。私、バイドライル国へ行くわ。メイドなんて、もうごめんよ。幸い相手は私のことを偽りの王女だと気付いてないようだし。本当の王女になって贅沢三昧の生活ができるなんて願ってもいないチャンスだわ。邪魔しないで」
「それがお前の本心なのか?」
「当たり前でしょ」
鼻で笑った途端、レナザードに腕を掴まれてしまった。
「つまらん嘘を吐くな」
「あなたこそ、つまらない演技を続けてどういうつもり?」
掴まれていた腕を思いっきり振り払い、レナザードから距離を置く。3歩後ろに下がって向かい合い、私達は見つめ合う。
レナザードは真っすぐに私を見つめている。思わずその瞳に吸い込まれそうな感覚に包まれる。それを振り払うように、私はわざと豪快に吹き出した。
「あら、それともこれも茶番の続きかしら?」
私のその言葉を聞いた途端、レナザードの顔がくしゃりと歪んだ。
………ここで、その顔はズルい。ズル過ぎる。
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