64 / 89
終焉の始まり
認めたくない真実
しおりを挟む
ティリア王女を助けたレナザードはアスラリアの国を滅ぼした者の一人で、そして王女をバイドライル国へ献上しようとした人間だったのだ。
最初に危害を加えないと約束したのは、嘘だったのだ。矛盾する事実、認めたくない現実。
レナザードのことを知りたい、理解したいと思いながら、でも結局、私は何一つ彼のことをわかっていなかった事実に滑稽で惨めで笑いだしたくなる。
でも何より、煽るような私の言葉に怒りをあらわにするどころか、傷付いた顔を見せるレナザードに心が痛むなんてどうしようもない程、私は馬鹿な女だ。
私は今でもレナザードのことが大好きだ。彼と過ごした時間が全て偽りであっても、それでも私はレナザードと過ごすことができて良かった。
いたずらに私の心を翻弄する彼の仕草が好きだった。私の手を取ってくれた、ごつごつとした大きな手が好きだった。笑顔が好きだった。意地悪な顔が好きだった。呆れた顔が好きだった。ぼんやりとした表情が好きだった。
今の私の中には、溢れんばかりのレナザードの思い出と、彼への想いでいっぱいだ。だからこの煌めく様な思い出があれば、これからどんなことがあっても生きていける。
そんな訳で神様、私の演技がうまくいくよう見守っていて下さい。
「さぞかしおもしろかったでしょうね。身代わりとはいえ、敵国の王女があなたに従うさまを見て。愉快でしたか?きっと私の居ない所で、嘲笑っていたのでしょうね」
「……………」
レナザードは私の言葉に、無言で首を横に振る。そして更に顔を歪めて、私へと一歩近づき、私の手を取る。
「その手を放してくださいな。わたくし、バイドライル国の王の元へ行きたいのです」
「嫌だ」
レナザードは震える声で、その二文字を絞り出す。胸が痛い、どうしてそんなことを言うのだろう。いつだってレナザードは、私の気持ちなんてお構いなしに好き勝手なことばかり言う。
「まだ、茶番を続けるおつもりですか?もう充分にわかりました。あなたがバイドライル国に雇われていたものだということも。私を……いえ、ティリア王女を逃がさないように、この屋敷に縛り付けていたことも」
そう言って、手を振り払おうとしたら、今度は反対に指を絡められてしまった。
「………違う。違うんだ、スラリス聞け────」
「何を聞けば良いの?あなたにとって都合の良い言い訳?それとも、自ら敵国へ向かうわたくしへの賛辞?どちらにしても、あなたの口から出る言葉なんて聞きたくないわ」
我ながらレナザードに対して酷いことを言っているし、私が紡ぐ言葉で彼が傷付いているのも知っている。
けれどあと一歩、あと一歩でレナザードは私を諦めてくれるはず。富や権力にほいほい付いて行く愚かな女だと軽蔑してくれるはずだ。
「これがあなたの望みだったのでしょ?安心してください、今度は自分から偽りの王女だなんて吐露したりしませんわ。一生、ティリア王女を演じきってみせます」
顔を歪めて、不敵に笑う。きっとレナザードの目には醜い私が映っているだろう。そして、この手を離せばいい。けれど、レナザードはいつまで経っても私から手を離さない。それどころか、更に力を込める。
「痛いですわ。わたくしの指を折るつもり?傷物として献上するより、無傷で献上した方が褒章だってあがるわ。その手を離しなさい」
「断る」
「………手を離しなさい」
「嫌だ」
先程までの弱々しい声はどこへやら。レナザードは私の言葉を食い気味に否定していく。頑として手を離そうとはしてくれない。
でも私は限界だった。ああ、もうっとやり場のない怒りが込み上げてくる。そしてレナザードが手を持ち上げ自分の唇に押し当てようとした瞬間、それは、風船のように弾け飛んだ。
「いい加減にしてよっ。手を離してってば!」
子供のように地団駄を踏んで、絡められている手を、ぶんぶんと揺さぶる。もちろんそんなことでは離れてくれるわけもなく、カランと剣が床に倒れた音と共に、私は反対の手もレナザードに掴まれてしまった。
そしてレナザードはたまらないといった表情で、ぷっと吹き出して一言こう口にした。
「へたくそな演技だったな」
「なっ!?」
レナザードのしてやったりの表情を見て、どうやら演技していたのは私だけではなかったことに気付く。彼はずっと待っていたのだ。私が素に戻るのを。
ズルい、酷い、傲慢、意地悪。……そしてやっぱり、レナザードには叶わない。
そんなことを考えながら、騙すつもりが逆に騙されてしまった羞恥と悔しさで、頬が熱くなる。だからせめてもの意趣返しにと、私はレナザードをジト目で睨みつけた。
「…………レナザードさまだって、最初は見抜けなかったくせに」
恨みがましくそう言えば、レナザードはふいとあらぬ方向に視線を彷徨わす。あ、そこは認めるんだ、素直だな。こんな状況なのに、思わず口元が綻んでしまう。
でもそれは一瞬で、今度は私がくしゃりと顔を歪めてしまった。
最初に危害を加えないと約束したのは、嘘だったのだ。矛盾する事実、認めたくない現実。
レナザードのことを知りたい、理解したいと思いながら、でも結局、私は何一つ彼のことをわかっていなかった事実に滑稽で惨めで笑いだしたくなる。
でも何より、煽るような私の言葉に怒りをあらわにするどころか、傷付いた顔を見せるレナザードに心が痛むなんてどうしようもない程、私は馬鹿な女だ。
私は今でもレナザードのことが大好きだ。彼と過ごした時間が全て偽りであっても、それでも私はレナザードと過ごすことができて良かった。
いたずらに私の心を翻弄する彼の仕草が好きだった。私の手を取ってくれた、ごつごつとした大きな手が好きだった。笑顔が好きだった。意地悪な顔が好きだった。呆れた顔が好きだった。ぼんやりとした表情が好きだった。
今の私の中には、溢れんばかりのレナザードの思い出と、彼への想いでいっぱいだ。だからこの煌めく様な思い出があれば、これからどんなことがあっても生きていける。
そんな訳で神様、私の演技がうまくいくよう見守っていて下さい。
「さぞかしおもしろかったでしょうね。身代わりとはいえ、敵国の王女があなたに従うさまを見て。愉快でしたか?きっと私の居ない所で、嘲笑っていたのでしょうね」
「……………」
レナザードは私の言葉に、無言で首を横に振る。そして更に顔を歪めて、私へと一歩近づき、私の手を取る。
「その手を放してくださいな。わたくし、バイドライル国の王の元へ行きたいのです」
「嫌だ」
レナザードは震える声で、その二文字を絞り出す。胸が痛い、どうしてそんなことを言うのだろう。いつだってレナザードは、私の気持ちなんてお構いなしに好き勝手なことばかり言う。
「まだ、茶番を続けるおつもりですか?もう充分にわかりました。あなたがバイドライル国に雇われていたものだということも。私を……いえ、ティリア王女を逃がさないように、この屋敷に縛り付けていたことも」
そう言って、手を振り払おうとしたら、今度は反対に指を絡められてしまった。
「………違う。違うんだ、スラリス聞け────」
「何を聞けば良いの?あなたにとって都合の良い言い訳?それとも、自ら敵国へ向かうわたくしへの賛辞?どちらにしても、あなたの口から出る言葉なんて聞きたくないわ」
我ながらレナザードに対して酷いことを言っているし、私が紡ぐ言葉で彼が傷付いているのも知っている。
けれどあと一歩、あと一歩でレナザードは私を諦めてくれるはず。富や権力にほいほい付いて行く愚かな女だと軽蔑してくれるはずだ。
「これがあなたの望みだったのでしょ?安心してください、今度は自分から偽りの王女だなんて吐露したりしませんわ。一生、ティリア王女を演じきってみせます」
顔を歪めて、不敵に笑う。きっとレナザードの目には醜い私が映っているだろう。そして、この手を離せばいい。けれど、レナザードはいつまで経っても私から手を離さない。それどころか、更に力を込める。
「痛いですわ。わたくしの指を折るつもり?傷物として献上するより、無傷で献上した方が褒章だってあがるわ。その手を離しなさい」
「断る」
「………手を離しなさい」
「嫌だ」
先程までの弱々しい声はどこへやら。レナザードは私の言葉を食い気味に否定していく。頑として手を離そうとはしてくれない。
でも私は限界だった。ああ、もうっとやり場のない怒りが込み上げてくる。そしてレナザードが手を持ち上げ自分の唇に押し当てようとした瞬間、それは、風船のように弾け飛んだ。
「いい加減にしてよっ。手を離してってば!」
子供のように地団駄を踏んで、絡められている手を、ぶんぶんと揺さぶる。もちろんそんなことでは離れてくれるわけもなく、カランと剣が床に倒れた音と共に、私は反対の手もレナザードに掴まれてしまった。
そしてレナザードはたまらないといった表情で、ぷっと吹き出して一言こう口にした。
「へたくそな演技だったな」
「なっ!?」
レナザードのしてやったりの表情を見て、どうやら演技していたのは私だけではなかったことに気付く。彼はずっと待っていたのだ。私が素に戻るのを。
ズルい、酷い、傲慢、意地悪。……そしてやっぱり、レナザードには叶わない。
そんなことを考えながら、騙すつもりが逆に騙されてしまった羞恥と悔しさで、頬が熱くなる。だからせめてもの意趣返しにと、私はレナザードをジト目で睨みつけた。
「…………レナザードさまだって、最初は見抜けなかったくせに」
恨みがましくそう言えば、レナザードはふいとあらぬ方向に視線を彷徨わす。あ、そこは認めるんだ、素直だな。こんな状況なのに、思わず口元が綻んでしまう。
でもそれは一瞬で、今度は私がくしゃりと顔を歪めてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる