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終焉の始まり
認めたくない真実
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ティリア王女を助けたレナザードはアスラリアの国を滅ぼした者の一人で、そして王女をバイドライル国へ献上しようとした人間だったのだ。
最初に危害を加えないと約束したのは、嘘だったのだ。矛盾する事実、認めたくない現実。
レナザードのことを知りたい、理解したいと思いながら、でも結局、私は何一つ彼のことをわかっていなかった事実に滑稽で惨めで笑いだしたくなる。
でも何より、煽るような私の言葉に怒りをあらわにするどころか、傷付いた顔を見せるレナザードに心が痛むなんてどうしようもない程、私は馬鹿な女だ。
私は今でもレナザードのことが大好きだ。彼と過ごした時間が全て偽りであっても、それでも私はレナザードと過ごすことができて良かった。
いたずらに私の心を翻弄する彼の仕草が好きだった。私の手を取ってくれた、ごつごつとした大きな手が好きだった。笑顔が好きだった。意地悪な顔が好きだった。呆れた顔が好きだった。ぼんやりとした表情が好きだった。
今の私の中には、溢れんばかりのレナザードの思い出と、彼への想いでいっぱいだ。だからこの煌めく様な思い出があれば、これからどんなことがあっても生きていける。
そんな訳で神様、私の演技がうまくいくよう見守っていて下さい。
「さぞかしおもしろかったでしょうね。身代わりとはいえ、敵国の王女があなたに従うさまを見て。愉快でしたか?きっと私の居ない所で、嘲笑っていたのでしょうね」
「……………」
レナザードは私の言葉に、無言で首を横に振る。そして更に顔を歪めて、私へと一歩近づき、私の手を取る。
「その手を放してくださいな。わたくし、バイドライル国の王の元へ行きたいのです」
「嫌だ」
レナザードは震える声で、その二文字を絞り出す。胸が痛い、どうしてそんなことを言うのだろう。いつだってレナザードは、私の気持ちなんてお構いなしに好き勝手なことばかり言う。
「まだ、茶番を続けるおつもりですか?もう充分にわかりました。あなたがバイドライル国に雇われていたものだということも。私を……いえ、ティリア王女を逃がさないように、この屋敷に縛り付けていたことも」
そう言って、手を振り払おうとしたら、今度は反対に指を絡められてしまった。
「………違う。違うんだ、スラリス聞け────」
「何を聞けば良いの?あなたにとって都合の良い言い訳?それとも、自ら敵国へ向かうわたくしへの賛辞?どちらにしても、あなたの口から出る言葉なんて聞きたくないわ」
我ながらレナザードに対して酷いことを言っているし、私が紡ぐ言葉で彼が傷付いているのも知っている。
けれどあと一歩、あと一歩でレナザードは私を諦めてくれるはず。富や権力にほいほい付いて行く愚かな女だと軽蔑してくれるはずだ。
「これがあなたの望みだったのでしょ?安心してください、今度は自分から偽りの王女だなんて吐露したりしませんわ。一生、ティリア王女を演じきってみせます」
顔を歪めて、不敵に笑う。きっとレナザードの目には醜い私が映っているだろう。そして、この手を離せばいい。けれど、レナザードはいつまで経っても私から手を離さない。それどころか、更に力を込める。
「痛いですわ。わたくしの指を折るつもり?傷物として献上するより、無傷で献上した方が褒章だってあがるわ。その手を離しなさい」
「断る」
「………手を離しなさい」
「嫌だ」
先程までの弱々しい声はどこへやら。レナザードは私の言葉を食い気味に否定していく。頑として手を離そうとはしてくれない。
でも私は限界だった。ああ、もうっとやり場のない怒りが込み上げてくる。そしてレナザードが手を持ち上げ自分の唇に押し当てようとした瞬間、それは、風船のように弾け飛んだ。
「いい加減にしてよっ。手を離してってば!」
子供のように地団駄を踏んで、絡められている手を、ぶんぶんと揺さぶる。もちろんそんなことでは離れてくれるわけもなく、カランと剣が床に倒れた音と共に、私は反対の手もレナザードに掴まれてしまった。
そしてレナザードはたまらないといった表情で、ぷっと吹き出して一言こう口にした。
「へたくそな演技だったな」
「なっ!?」
レナザードのしてやったりの表情を見て、どうやら演技していたのは私だけではなかったことに気付く。彼はずっと待っていたのだ。私が素に戻るのを。
ズルい、酷い、傲慢、意地悪。……そしてやっぱり、レナザードには叶わない。
そんなことを考えながら、騙すつもりが逆に騙されてしまった羞恥と悔しさで、頬が熱くなる。だからせめてもの意趣返しにと、私はレナザードをジト目で睨みつけた。
「…………レナザードさまだって、最初は見抜けなかったくせに」
恨みがましくそう言えば、レナザードはふいとあらぬ方向に視線を彷徨わす。あ、そこは認めるんだ、素直だな。こんな状況なのに、思わず口元が綻んでしまう。
でもそれは一瞬で、今度は私がくしゃりと顔を歪めてしまった。
最初に危害を加えないと約束したのは、嘘だったのだ。矛盾する事実、認めたくない現実。
レナザードのことを知りたい、理解したいと思いながら、でも結局、私は何一つ彼のことをわかっていなかった事実に滑稽で惨めで笑いだしたくなる。
でも何より、煽るような私の言葉に怒りをあらわにするどころか、傷付いた顔を見せるレナザードに心が痛むなんてどうしようもない程、私は馬鹿な女だ。
私は今でもレナザードのことが大好きだ。彼と過ごした時間が全て偽りであっても、それでも私はレナザードと過ごすことができて良かった。
いたずらに私の心を翻弄する彼の仕草が好きだった。私の手を取ってくれた、ごつごつとした大きな手が好きだった。笑顔が好きだった。意地悪な顔が好きだった。呆れた顔が好きだった。ぼんやりとした表情が好きだった。
今の私の中には、溢れんばかりのレナザードの思い出と、彼への想いでいっぱいだ。だからこの煌めく様な思い出があれば、これからどんなことがあっても生きていける。
そんな訳で神様、私の演技がうまくいくよう見守っていて下さい。
「さぞかしおもしろかったでしょうね。身代わりとはいえ、敵国の王女があなたに従うさまを見て。愉快でしたか?きっと私の居ない所で、嘲笑っていたのでしょうね」
「……………」
レナザードは私の言葉に、無言で首を横に振る。そして更に顔を歪めて、私へと一歩近づき、私の手を取る。
「その手を放してくださいな。わたくし、バイドライル国の王の元へ行きたいのです」
「嫌だ」
レナザードは震える声で、その二文字を絞り出す。胸が痛い、どうしてそんなことを言うのだろう。いつだってレナザードは、私の気持ちなんてお構いなしに好き勝手なことばかり言う。
「まだ、茶番を続けるおつもりですか?もう充分にわかりました。あなたがバイドライル国に雇われていたものだということも。私を……いえ、ティリア王女を逃がさないように、この屋敷に縛り付けていたことも」
そう言って、手を振り払おうとしたら、今度は反対に指を絡められてしまった。
「………違う。違うんだ、スラリス聞け────」
「何を聞けば良いの?あなたにとって都合の良い言い訳?それとも、自ら敵国へ向かうわたくしへの賛辞?どちらにしても、あなたの口から出る言葉なんて聞きたくないわ」
我ながらレナザードに対して酷いことを言っているし、私が紡ぐ言葉で彼が傷付いているのも知っている。
けれどあと一歩、あと一歩でレナザードは私を諦めてくれるはず。富や権力にほいほい付いて行く愚かな女だと軽蔑してくれるはずだ。
「これがあなたの望みだったのでしょ?安心してください、今度は自分から偽りの王女だなんて吐露したりしませんわ。一生、ティリア王女を演じきってみせます」
顔を歪めて、不敵に笑う。きっとレナザードの目には醜い私が映っているだろう。そして、この手を離せばいい。けれど、レナザードはいつまで経っても私から手を離さない。それどころか、更に力を込める。
「痛いですわ。わたくしの指を折るつもり?傷物として献上するより、無傷で献上した方が褒章だってあがるわ。その手を離しなさい」
「断る」
「………手を離しなさい」
「嫌だ」
先程までの弱々しい声はどこへやら。レナザードは私の言葉を食い気味に否定していく。頑として手を離そうとはしてくれない。
でも私は限界だった。ああ、もうっとやり場のない怒りが込み上げてくる。そしてレナザードが手を持ち上げ自分の唇に押し当てようとした瞬間、それは、風船のように弾け飛んだ。
「いい加減にしてよっ。手を離してってば!」
子供のように地団駄を踏んで、絡められている手を、ぶんぶんと揺さぶる。もちろんそんなことでは離れてくれるわけもなく、カランと剣が床に倒れた音と共に、私は反対の手もレナザードに掴まれてしまった。
そしてレナザードはたまらないといった表情で、ぷっと吹き出して一言こう口にした。
「へたくそな演技だったな」
「なっ!?」
レナザードのしてやったりの表情を見て、どうやら演技していたのは私だけではなかったことに気付く。彼はずっと待っていたのだ。私が素に戻るのを。
ズルい、酷い、傲慢、意地悪。……そしてやっぱり、レナザードには叶わない。
そんなことを考えながら、騙すつもりが逆に騙されてしまった羞恥と悔しさで、頬が熱くなる。だからせめてもの意趣返しにと、私はレナザードをジト目で睨みつけた。
「…………レナザードさまだって、最初は見抜けなかったくせに」
恨みがましくそう言えば、レナザードはふいとあらぬ方向に視線を彷徨わす。あ、そこは認めるんだ、素直だな。こんな状況なのに、思わず口元が綻んでしまう。
でもそれは一瞬で、今度は私がくしゃりと顔を歪めてしまった。
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