身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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終焉の始まり

告白①

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 あの時、燃え盛るアスラリアのお城の一室で、毒薬と短剣を押し付けつけられた時、私はティリア王女とモーリスに対してこう思った。

 ああ、この二人は今、世界の中心に自分たちがいるんだって。そして私が、王女の身代わりを迷うことなく、引き受けることを信じて疑っていないって。

 でもきっと違っていたのだろう。あの二人だって必死だったのだ。

 ティリア王女はバイドライル国と同盟を結んだ時から、自分が献上されることを知っていたのだ。そしてずっと全力で拒んでいたのだろう。けれど武力行使という卑怯な手段を使われ、駆け落ちという最後のカードを抜いてしまったのだ。

 何も知らなかった私はあの時、ふざけるなと思った。人の命を踏み台に使うなと、怒りが込み上げてきた。けれど、今なら王女の気持ちが良くわかってしまう。

 私だってバイドライル国の貢ぎ物になんてなりたくない。王女と同じように、レナザードに【一緒に逃げて】と懇願したい。でも、私は見てしまったのだ。落城する際の惨劇を。

 きっと無事に逃げ切ることができても、私達は十字架を背負うことになる。逃げたところで幸せになんてなれそうにない。

 だから、僅かな時間で必死に知恵を絞って、この策を生み出したというのに。レナザードはお迎えの騎士を斬り殺して、私の一世一代の大演技を台無しにしてしまった。

 声を大にして言いたい、そこは察して欲しかったし、空気を読んで欲しかったと。レナザードが抱えている大切なものを天秤にかけて、私を斬り捨てて欲しかった。

 そんなことを頭の中で思ったけれど、口から出た言葉は素のままの本音だった。

「………もう、誰にも死んでほしくないんです」

 ティリア王女を演じる気力を使い果たしてしまった私に、レナザードは憎らしいほど優しい声でそうかと返してくれる。

 見上げれば、すぐそばに柔らかく微笑むレナザードがいる。けれど、視界に彼の顔が写ったのは一瞬で、あっという間に暗闇に覆われてしまった。抱きしめられた、そう気付いたのは、服越しにレナザードの温もりが伝わって来てからだった。
 
「スラリス、馬鹿なことを考えるな」

 そっか、レナザードは何もかも、お見通しだったのだ。なら私の気持ちだってもう少し慮ってくれたって良いのに。

 そんな憎まれ口を叩きたかったけれど、やっぱり口から出た言葉は、情けない程に飾ることのできない本音だった。

「誰も傷付いて欲しくないんです」
「………そうだよな」
「皆が大切なんです」
「ああ」
「だから、行かせてください」
「駄目だ」

 そこは流れで【ああ、そうか】で良いじゃないか。再び願いを却下された私は、不満を隠すことなくレナザードを睨みつける。

 駄目というのが駄目なのだ。解雇と言えば私が、すたこらと屋敷を去るとでも思っていたのだろうか。

「………私、これでも精一杯考えたんですよ、皆が生き残れる方法を。なのに駄目だなんて言わないでください」

 レナザードの言われた通り、私がこの屋敷を去れば、皆に危害が及ぶことは間違いない。屋敷を取り囲む軍勢があっという間に、ここを塵へと変えてしまうだろう。

 そうじゃなくても危機的状況なのだ。既にバイドライル国の使者を殺害しているのだから。それも全て私をバイドライル国に行かせないために。 

 そんな思いを凝縮して絞り出した言葉なのに、レナザードは再び声を上げて笑った。そんなこと大したことじゃないと言いたげに。

「俺たちのことは気にするな。大丈夫だ心配いらない。ああそうだ………言い忘れていたが、お前が向かう先には、会いたかったアスラリアの連中が待っているぞ。会いたかったんだろ?元気なお前の姿を見せてやれ」

 レナザードの口調は癇癪を起す子供をなだめるようなもの。そして紡ぐ言葉は、菓子を与えてさえれば大人しくなると思っている大人の勘違いに似ている。

 やっぱりレナザードは、私のことなんて何にもわかっていない。

「アスラリアの皆に会えるから何なんですか?私がそれで大人しくここを去るとでも思っているんですか?馬鹿にしないでください。私、バイドライル国に行きますっ」

 きっとレナザードを睨みつけ、私はそう断言する。しかし、レナザードは眉間に皺を寄せ、抱く腕に力を込めた。

「行かせない。いいから早く逃げろ」
「嫌ですっ。逃げません!」

 首を左右に振り、きっぱりとレナザードに言い切る。
 傍から見たら自分は今、聞き分けのない子供のように駄々をこねているようにしか見えないだろう。でも、こうまでしないと彼にはきっと伝わらない。

 本当に私のお願いなんて聞いてくれないし、勝手なことばっかり言って酷い、腹が立つ。───でも、憎めない。憎めるはずが無い。例え私を騙していたとしても、その事実なんて今更どうでもいい。

 イケメンだからって度が過ぎる過保護が許されると思っているのだろうか。私は深窓の令嬢ではないし、誰かに守られ続けるようなものでもないのに。

 あと忘れているかもしれないが、レナザードは自分に言ってくれた。ここで好きにすれば良いと。屋敷から出るなと言われたけれど、我が侭は言ってはいけないなんて、言われていない。

「逃げません、私が行きます。っていうか、逆に私が時間を稼いでいる間に、逃げてください。大丈夫、私こう見えてやればできる子なんです。皆さんを逃がす時間くらいは稼いで見せます。絶対に」
「何故だ?」

 レナザードの問いに、思わずぽかんと口を開けてしまった。

 なぜって……まぁ、そんなの一つしかないじゃん。本当に、このお屋敷の主様は恐ろしく鈍感な人だ。 

 呆れた笑いがくすりと零れる。そしてレナザードの胸に手を当てて小さく息を整える。もういいや、ちょっとだけ茶化して彼に伝えよう。私の気持ちを。

「レナザードさまは馬鹿なんですか?」

 突然の罵りにレナザードの眉がピクリと撥ねた。そんな彼に私は片方の口の端を持ち上げて小馬鹿にしたような笑みを作る。

 固まってしまった彼を無視して、少し力を入れたらするりと抜けた手を、そのままレナザードの胸元へ運ぶ。そして渾身の力で彼の胸ぐらを掴むと自分の方へ引き寄せ、問答無用でレナザードの唇に自分の唇を押しつけた。

「そんなの、あなたのことが好きだからに決まってるからじゃないですかっ」
「なっ」

 私の告白に、レナザードはこれ以上ないほど目を見開いた。
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