身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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終焉の始まり

さよならと約束①

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『前言撤回だ』

 そうレナザードは言い捨てると、私に背を向けつかつかと歩き出す。といっても5歩で足を止め、椅子に掛けてあった服を手に取り、私に投げつけた。

「スラリス、お前はこの屋敷のメイドのままでいろ」

 その声と共に、ふわりと私の手に落ちたのはメイドの制服。つまり、レナザードは、解雇通告を撤回したということ。それはすごく嬉しい。制服をぎゅっと握りしめて満面の笑みで頷く。

 けれど、レナザードが敢えてそれを口にしたのは、それなりの理由があったのだ。

「と、いうことで早速命令だ、スラリス」

 そこで気付いた。レナザードがどうしてわざわざメイドの解雇を撤回すると口に出したかを。だから何とかして遮ろうと口を開こうとしたけれど、一歩遅く、レナザードは今一番聞きたくない命令を私に下した。

「逃げろ」

 ああ、もうこの命令だけは聞きたくなかった。だって、お屋敷の主様からの命令は絶対。逆らうことが許されない。

 それを逆手にとって、命令という形で私を救おうだなんて、レナザードは正真正銘、人の上に立つ人間なのだ。お願いと命令の使い分けが上手すぎる。

 そして【そうきたかっ】と唸りつつも、メイドに戻った私が口に出せる言葉は、これしかない。

「かしこまりました、主さま」

 唇を噛み締めてそう言葉を紡げば、込み上げてくる涙を止めることができなかった。綺麗な涙を流すことができない私は、みっともなくぐずぐずと鼻をすすりながら、横を向いて零れた涙を乱暴に拭う。

 けれど再び足音がしたと思った途端、ふわりとレナザードが私を抱きしめてくれた。

「本っ当にお前は頑固なヤツだな。手がかかり過ぎる」

 呆れた言葉なのに、声音はどこまでも優しい。そして私の涙を拭ってくれるその手つきは、ぞくりとするほど繊細で、自分が庶民には触ることさえ許されない高価な宝石にでもなったような気分だ。

 レナザードに惚れ切っている私は、これ以上惚れることがないと思っていたけれど、それは私の思い込みでしかなかなく、想いは募るばかりで溢れんばかりの愛しさが込み上げてくる。

 けれど、口にしたのは睦言のような甘い言葉ではなく、可愛げのない………でも、心の底からの本音だった。

「頑固なのは、レナザードさまだって同じじゃないですか。どうしたって、私をバイドライル国に行かせてくれないなんて………酷いです、狡いです。本っ当に頼って欲しかったんですよ、私。皆さんを救えると思ってたんですよ、私」

 メイドに戻った私だけれど、言いたいことは言わせてもらう。逆らうことができない命令を下して、あっという間に形勢逆転されてしまったのだ。少しぐらいメイドの愚痴に付き合ってもらおう。

 あの時のように、問答無用で身代わりを押し付けられたわけではないし、その先にどんな過酷なことが待ち受けているかもわかった上で、バイドライル国に行くと言ったのに。もちろんそんなこと口に出さなくても、レナザードはお見通しなんだろうけれど。

 案の定レナザードは、一言【黙れ】と声を発すれば治まる私の愚痴を、ははっと声を上げて受け止めた。そしてふわりと私の頬を包んだと思ったら、そのままこつんと額を当てた。

「そうは言うが、これで、おあいこなんだぞ」

 レナザードの口から唐突に飛び出した言葉に驚いて、思わず身を引く。そんな私に向かって、彼はちょっとムスッとしながら口を開いた。

「俺だってお前から沢山のものを貰ったんだ。それなのにお前は、ずっと俺に何もねだろうとはしなかった。お前は年頃の娘なんだから、身を飾るものの一つぐらいは欲しいだろ?なのにお前から出てきたものは、俺の昔話。そんなもん、もののうちに入らない。ってことで、今、俺が勝手に決めた。恨むなら、さっさとおねだりをしなかった自分を恨め」
「なんですと!?」

 強引かつ横暴なレナザードの持論に、思わずメイドにあるまじき言葉遣いと共に、ぎょっと目を剥く。というか、そもそも───。

「私、レナザードさまに何も差し上げてないですよ!?」
「俺だってお前に何かやった覚えはない。………それだって、おあいこだ」

 レナザードは【何か文句でもあるか?】と言いたげに鼻を鳴らした。

 その俺様の仕草が見事に様になっていて、ちょっとイラッとする。けれどイケメンと俺様の組み合わせは、個人的にはアリだ。もしかしたらこれこそ、惚れた弱みというものなのかもしれないけれど。

 そんな無言のやり取りが続いたけれど、急にレナザードが真顔になる。もしかして今、自分はとてつもなく不細工な顔なのかもしれない。鏡がないから確認できないけれどあれだけ豪快に泣いたんだ、目だってぱんぱんに腫れているだろう。

 そんな不安がよぎり、手に持っているメイド服で顔を隠したくなる。でもその前にレナザードはふわりと目を細めゆっくりと言葉を紡いだ。………だたその飛び出した言葉は、さっきよりも衝撃的なものだった。

「好きだ、スラリス」
「はぁいいいい!?」

 状況を忘れ、絶叫した私にレナザードは仰々しい溜息を付いた。

「ったく、どこから声出してるんだ」

 そう言いながら、ちょっと拗ねた顔がものすごく少年っぽくて、思わず吹き出してしまった。もちろん、すぐさまレナザードの目が据わってしまったのは言うまでもない。
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